勇者召喚編 三人の聖女
「エマさま、失礼いたします」
副神官長のグラントさんは、崩れ落ちた女性を素早く抱きかかえると、近くにあったソファーに座らせた。わたしはミーリアさんをつついた。
「ねえ、あのお姉さんは病気なの?」
「聖女エマさまは、病気というより、心労がたたって体調を崩されているんです」
「心労……なんだ。で、やっぱり聖女なんだね」
聖女の神力が不安定な原因は、エマさんの心労にあるのかな。誰か聖女役を代わってお休みさせてあげればいいのにって思うけど、特殊な仕事だからきっと代わりがいないんだろうな。このたまごが代わってあげてもいいんだけど。たまごの力でなんとか聖女もできそうじゃない? ……『聖女三人』で並んだ時にすこーし見た目が変かな。
「ちょっとお姉さん大丈夫? このたまごに診せてみなよ。一応わたしには『魔導薬師』っていう肩書きもあるんだからさ」
すると、もうひとりのやっぱり聖女っぽい感じのお姉さんが、目を丸くして言った。
「まあ、そうなのですか! 薬術まで修められていたのですか。強いだけではないのですね、さすがは聖なるたまごさまです」
ミーリアさんが、ふふふと笑い「そうなのですわ、セーラさま。しかも、リカさまの薬は味も……」と言いかけて、そこで『すごいミルクセーキ』の味を思い出したのか、ほっぺたを押さえてうっとりした表情をした。すると、セーラさまと呼ばれたお姉さんは、「ミーリア、味がどうなさったの? ミーリアったら、もったいぶらないで教えてくださいな」と口を尖らせてミーリアの腕を揺すぶる。
セーラさんったら、お茶目な聖女なんだね。面白そうだから、あとで『すごいミルクセーキ』を飲ませてみようかな。
おっとっと、今はそれどころではないんだったね。『魔導薬師』のたまごとして、具合の悪い聖女をなんとかしなくっちゃ。
「エマさん、大丈夫?」
わたしがソファーに近寄って声をかけると、聖女エマは「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」と謝った。
「ねえねえ、聖女のエマさんはなんだか悩み事を抱えているそうじゃない? このたまごに相談してみなよ。わたしは愛のたまご戦士だからさ、困った人の味方だよ。でもその前に……エマさんが元気になる薬を『調合』!」
たまごボックスから薬草と毒消し草を取り出したわたしは、たまごアームに持って『調合』を唱えた。
心と身体の不調にはなにが効くのかな?
たまごアームがたまご色に輝き、そこには薬が……いや、これはわたしの大好物のおやつだよ!
「わあ、美味しそうなカスタードプリンが出たよ!」
思わず声をあげながら、もう見るからに美味しさが伝わってくるプリンを鑑定する。
『すごいカスタードプリン』
新鮮なたまごとミルクと砂糖で作られた、甘くて滑らかなカスタードプリン。ほろ苦く香ばしく、そして甘いカラメルソースもたっぷりで、あまりの美味しさに食べた者の精神的なダメージを軽減し、体調を良好に整える働きがある。良質なバニラビーンズが使われているため、大変香りが良く、元気な人もおやつとして食べると素晴らしく幸せな気持ちになれる。
「プリンがめっちゃ食べたくなっちゃったよ、今日のおやつはこれに決定! っと、その前に病人のエマさんに食べさせなくちゃ」
万事にぬかりのないたまごが、ご丁寧にスプーンまで付けてくれたので、わたしはお皿にぱっかんされて美味しそうに揺れているプリンをエマさんが持たせて、手にスプーンを握らせた。
「まあ、なんという魅惑的な香りなの! これがたまごさまの薬なのですか?」
初めてプリンを見たらしく、エマさんが驚きの声を上げた。
「そうだよ。これは『プリン』って言ってさ、ただの美味しいおやつに見えるけど、実はもっのすごーく良く効くたまごの素敵な薬なんだ。ほら、まずは一口食べてよ」
予想外の薬に戸惑うエマさんである。しかし、聖女シルビアこと果物屋のシルビアさんとミーリアさんが「エマさま、それ、間違いなく美味しいですよ!」「ええ、たまごさまのくださる薬は、すごく美味しいんです。きっとびっくりなさいますわ」「さあさあ、早く」「一口食べて、どうぞご遠慮なく」「本当はわたしも……」「一口でいいから……」と、瞳にあからさまに羨望の色を浮かべて迫ったので(やっぱり女子はプリンが大好きだよね!)スプーンでプリンをすくった。
「まあ、不思議な感触の食べ物ですね、ふるふるしているわ」
カラメルの茶色とたまご色のコントラストも美しいプリンを、エマさんは口に入れて、その途端目を見開いて「んんんーっ!?」と驚きの声を上げた。
「こ、これは! こんな薬がこの世に存在するなんて! ……甘くて冷たい『プリン』が喉をつるんと滑り降りていったわ。なんて美味しい食べ物、いえ、お薬なんでしょう!」
一口でエマさんの頬がばら色になったよ。さすがはたまごのすごい薬だね、そこらの薬とは効き目が違うよ。
神官長のクールガさんと副神官長のグラントさんは、エマさんがみるみる元気を取り戻したので、驚いて言った。
「なんという回復力だ、まるで神の御業を見ているようだ」
「こんな効き目のある薬をたちどころに作り上げるとは、さすがは神に遣わされた聖なるたまご……」
ふふん、たまごの薬はね、美味しさだって神業級だよ!
「プリンを食べたら、かなり体調が良くなると思うんだ。そうしたら、詳しい話を聞かせてもらおうかな……って、なに、お兄ちゃん」
ライルお兄ちゃんがたまごの殻をこんこんと叩いたので、尋ねる。
「その薬は初めて見ました」
にっこり。
満面の笑みを浮かべて、ライルお兄ちゃんが瞳で語りかけてくるよ。
もう、お兄ちゃんたら、たまごのおやつにすっかり慣れきっているね!
わたしはソファーの前に置かれたテーブルに、薬草と毒消し草を出してたまごアームで触れた。
「わかったよお兄ちゃん、わたしもここはひとつ食べないと気がすまないところだしね。……全員の分の『すごいカスタードプリン』を『調合』!」
すると、たちまちテーブルに人数分のカスタードプリンがふるふると揺れながら現れた。魅惑のプリンがこれだけ並ぶと壮観である。
「さあさあ、挨拶代わりにたまごのおやつをみんなで食べようよ! ……あ、エマさんにはお代わりが出てるね。しっかり食べて元気を出しなね」
「はい!」
プリンのお皿を差し出すと、さっきとは比べものにならないくらいに力に満ちた声でエマさんが答えて、もうひとつプリンを手に取った。
もちろんすでに、全員のところに素早くプリンを配ってある。
そして、みんなで声と心をひとつにして「いただきます!」と言った。
「ああ、美味しかったです」
「なんという美味しい食べ物なのだろう。心洗われる思いがします」
「わたしの心は幸せに満ちています!」
最後に目をキラキラさせたのは、お茶目な聖女のセーラさんだ。年上みたいだけど可愛いので、思わずたまごアームでよしよししちゃったよ!
「さて、早速ですが」
落ち着いた声でその場を仕切るのは、ライルお兄ちゃんだ。フツメンなのにどんな状況でも物怖じしないその精神力は、さすがはランクA冒険者ならではである。
平凡で、オーラとかまったく出てないのにすごいね!
あ、誉めてるんだよ?
「水龍やミランディア国の皆さんより、すでに降水量に関する問題はお聞きしています。そして、降水量を管理している聖女のおひとりが、なにか心配事を抱えていることもわかりました。僕たちが力になれるかもしれないので、まずはそのあたりをご説明願いますか?」
神官長は、ライルお兄ちゃんがその辺の粗野な冒険者とは訳が違うことを知って、ちょっと驚いた顔をしたけれど、「さすがは神から遣わされた勇者さまですね。ぜひともお願いいたします」と頭を下げた。
うん、残念ながら遣わした神はたいしたことないけどね、ライルお兄ちゃんは頼りになるよ。
「クールガさま、わたしがお話しますわ」
目の光が強くなった聖女のエマさんが、ソファーから立ち上がって言った。
「実は、わたしの娘が魔物にさらわれて、現在行方不明なのです」
「魔物?」
「はい。本来わたしたちの結界から出てくるはずのない魔物が現れて娘を連れ去ってしまって……」
唇を噛み締めるエマさん。
そんなエマさんを、シルビアさんが「大丈夫、ミリーが無事なことは神眼で確認できているのですもの! 必ず勇者さまとリカさまが助けてくださるわ」と励ました。
魔物にさらわれた、ってところでさーっと血の気が引いたわたしとライルお兄ちゃんは、無事という言葉でほっと息をついた。
そして。
「お兄ちゃん、魔物だって……」
「間違いなく、あの神が逃がしてしまった奴でしょうね……」
「ったく、ほんとに人騒がせな神だよ……」
わたしたちは、顔を見合わせてため息をついた。
たまごのスクリーンに『オー、アイムソーリー!』と表示が出て、神のアバターが土下座した。




