勇者召喚編 買い食いしたいたまご
まあそんなわけで、せっかくお迎えに来てくれたグラントさんとミーリアさんには申し訳ないけれど、ふたりだけを馬車で帰して、わたしとお兄ちゃんは町をぶらぶら歩きながら神殿に向かうことにした。
王都だけあって、ヴァーゲルトの町は人がたくさんいるしお店もたくさんあって活気に満ち、まるでお祭りに来たような気持ちになってくる。
「ああっ、あれ、美味しそうだよ!」
「はいはい」
「ねえ、あれちょっと見ていかない?」
「あとのお楽しみにしましょうね」
「あれ! 欲しいんだけど!」
「お店を覚えておきましょう」
無一文のわたしの情熱は、行き場をなくしてお兄ちゃんに向けられるよ。
そして、お兄ちゃんのスルー能力であっさりかわされるよ。
にぎやかな町の様子を見たお兄ちゃんは、「この国の内政はうまくいっているようですね。商業が盛んということは、お金の流れも良いということですから、国民に余裕があるのでしょう」と言った。
雨不足、水不足の問題さえなければ、聖女の力でうまくバランスがとれている国なのだろう。あの人騒がせな神がうっかり魔物を逃がしたりしなかったら、平和だったのかな……。
たまごを見た町の人は、最初は「たまご!?」と驚くけれど、聖女の結界のおかげで『町には魔物はやってこない』という信頼感があるせいか、わたしは敵認定されることはなかった。
巨大なたまごの存在より、ライルお兄ちゃんのピカピカのミスリルの鎧の方に気を取られる人すらいたくらいだから、たまごはミランディア国の人たちに抵抗なく受け入れられる存在になれそうだ。
迫害されなくて良かったよ。
もしもいじめられたら、たまご、泣きながらリザンの頭を出しちゃうもんね。
グラントさんは雰囲気がパパっぽいけれど、たまごに(当たり前だけど)お小遣いをくれなかったので(くれてもいいのにさ)、無一文のわたしたちはまずはお金を作ることにした。物欲に振り回されるわたしはライルお兄ちゃんに引っ張られてまずは最初に冒険者ギルドを探した。どこで魔物の引き取りをしているかを尋ねるのだ。
大きなギルドの扉を開けてライルお兄ちゃんが先に入ると、中にいる冒険者たちから「おおっ」というどよめきが起こる。
腕の立つ人間は、強さに敏感なのだろう。いくら物腰が柔らかくても、ヤマタノオロチの頭を切り落としてしまう腕を持つライルお兄ちゃんなのだ、身体から発しているオーラが違う。
そう、決してミスリルの鎧がピカピカだからではないのだ。
「見ろよ、あの鎧」
「いい鎧を持ってるなあ」
……ないと思うよ?
そして、お兄ちゃんのその後に続いてわたしが入ると、中にいる冒険者たちから「うおおおおっ!?」と変な声が起こる。
「た、たまご?」「あれはたまご使いの冒険者なのか?」「いや、たまごは魔物ではないから違うだろう」「じゃあ、あのたまごは……たまごの冒険者か。まあ、この世にはいろんな種族がいるからな」「だな」「たまごがいても不思議じゃないな」
えっ、不思議じゃないの?
納得しちゃったの?
人々は何事もなかったかのように自分の用事に戻った。
ミランディア人は、なかなか懐が深いね。
あとでおやつでも振る舞っておこうかな。
受付カウンターに並び、お兄ちゃんを見ると、ギルド職員がいつもと違う側にいるのが面白くなって、お互いににやっと笑ってしまった。
あ、たまごは笑えないけどさ、気持ちね。
「お待たせしました」
ねこ耳のお姉さんがにこやかに言った。たまごを見てもまったく動じない。
「魔物を売りたいんですけど、冒険者ギルドに登録するの? 今日ヴァーゲルトの町に来たばかりの旅行者なんだけど」
わたしが尋ねると、ねこ耳お姉さんはうなずいた。
「そうなんですか、お疲れさまでした。手形など、なにか身分証をお持ちですか?」
わたしが「オープン」と言って特別手形を出すと、そこには
名前 リカ
年齢 16
性別 女
種族 たまご族
職業 たまご戦士
スキル ランクC冒険者
特別手形該当者
という非常にあっさりとした表示がされていた。レクスさんが、あまりの内容に情報制限をかけてくれたらしい。
「リカさんとおっしゃるのですね。今までお住みだった国で冒険者登録がされているようなので、改めて登録する必要はありません。隣にある冒険者ギルドの引き取り所をすぐにお使いになれますよ」
特別手形、という文字を指ですっとなぞり、視線で『確認しました』と言ってよこしたねこ耳お姉さんは、わたしにカードを返しながら引き取り所の場所を手で示した。
「また、こちらのギルドで依頼を受けることも、もちろん可能です。お時間がある時に、あちらの一覧をチェックしてみてくださいね」
「ありがとう。お姉さん、いい耳してるね」
「ありがとうございます。たまごさんもいい殻の艶ですね」
わあ、誉め返されていい気分だよ!
「お姉さん、この人はライルお兄ちゃんって言って、わたしの兄貴分なんだけど、国では冒険者ギルドの職員をしているんだよ」
「まあ、同業の方ですね。……失礼ですが、腕前は?」
冒険者ギルド職員=腕が立つ、という方程式は、この世界でも常識らしいね。
ねこ耳お姉さんに瞳をキランと光らせて尋ねられたお兄ちゃんは、いつものフツメンで答えた。
「ランクAです」
お兄ちゃんも、自分のカードを出してお姉さんに見せた。
「ラ、ランクA!? 確かにランクA……お見逸れしました」
おやおや、お姉さんのお耳がぴんと立っちゃったよ。
「失礼いたしました。お強い方なのですね」
すぐに落ち着きを取り戻したお姉さんとは対照的に、冒険者ギルド内の冒険者が激しくざわめいた。
「ランクA、だと!?」
「ランクA冒険者をよく国から出したな! どこの冒険者だ」
「あの鎧、ただ者ではないと思ったが」
「さすがはランクAだ」
「だからたまごを連れているのか」
いや、最後のはよくわからないよ。
「すみませーん、引き取りをお願いしまーす」
引き取り所はすいていたので、ぐんぐん奥まで進んでカウンターまで行くと、受付のおっさんが「うおっ、たまご!?」と一歩後ろに下がった。
「こんにちは。旅行者ですが、冒険者ギルドの受付カウンターは通してきました。魔物を狩ったので、引き取りの方をよろしくお願いします」
ピカピカの鎧姿の冒険者が丁寧な態度で話したものだから、おっさんは「うおっ、お上品な奴だな」と言った。
「リカさん、どのくらい引き取ってもらいますか?」
「うーん、あんまり出したらヴァーゲルトの経済が混乱しちゃうかな」
ビルテンの商業ギルドのギルド長に、ちょっと物流と経済について教えてもらったのだ。保存がきくものならまだいいんだけど、一気にものを放出すると価格の下落と物のだぶつきが起こり、困ったことになるんだよね。
「ねえ、おじさん、肉の在庫はどんな感じ?」
「あ、ああ、今は肉がかなり不足しているから、多めに出してもらえると助かるな」
「それって、怪鳥アビスパーが関係してるの?」
「そうだ。あんな魔物が森のずっと奥から出てきたもんだから、危なくてなかなか狩りに行けなくなってな。あんたたちは大丈夫だったのか? 旅の途中で出くわさなかったか?」
「うん、大丈夫。だってさ、」
たまごボックスは手を突っ込んで、アビスパーの頭を出そうとしたわたしのアームを、お兄ちゃんがぐっと押さえた。顔を見ると、無言で横に振る。
なるほど、うっかり出してはいけないんだね!
「とにかく大丈夫だったよ。で、お肉ならかなりたくさんあるんだけど、どこに出したらいいの?」
「それは良かった。じゃあ、こっちに来てくれ」
わたしは引き取り所のおっさんに連れられて、広い引き受けコーナーに行った。
「じゃあ、いろんな魔物を出していくから、途中でストップかけてね」
おっさんは面白そうに笑った。
「ははは、結構不足しているから、どんどん出して……」
「鹿、鹿、鹿、鹿、鹿、鹿、豚、豚、豚、豚、豚、豚、豚、豚、豚、豚、豚、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛、牛、まだあるよ、鹿、鹿、鹿、鹿、鹿、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥」
「もう結構! ストップ! ありがとう! って、いったいどれだけ狩ったんだ? 凄腕の冒険者だったんだな」
「ヴァーゲルトの人たちにお肉が行き渡るかな」
「ああ、充分だ、みんな喜ぶぞ。おい、早く捌いて市場に出してくれ!」
「わかった!」
わたしたちは魔物の代金を受け取り、「ぜひまた来てくれな!」と引き取り所のおっさんにいい笑顔で見送られた。
ヴァーゲルトの皆さんのお役にたてたことだし……さあ、買い食いだ!




