魔物と戦うよ!
わたしとエドが引き取り所を出ると、ギルドに顔を引き攣らせた男が駆け込むのが見えた。
何があったのかなとエドと顔を見合わせていると、中から声が聞こえた。
「大変だ鉱山に魔物が出た!」
「……今、鉱山って言ったよね」
やばくね?
「……お父さん!」
青い顔をしたエドと、冒険者ギルドの建物の中に入った。
ライルさんとチアさんが、真剣な顔で対応している。
「落ち着いて。状況の説明をお願いします」
さすがライルさん、テンション変わらず、である。
チアさんが男に水を渡した。一気にあおる。
「鉱山の奥に、アイアンゴーレムが埋まっていたのを掘り出してしまったらしい。中で暴れて、坑道がだいぶ崩れて、出てこれない者が数名いるんだ。ゴーレムのせいで助けに行けない」
「冒険者ギルドで緊急依頼として受けるということでよろしいですか?」
「頼む、仲間を助けてくれ」
なんだか大変な事になったらしい。
「この時間だと、冒険者はほとんど帰ってきていないので、連絡が着き次第現地に向かわせます」
「お父さんは? お父さんが鉱山にいるんだけど」
「! ガウスんとこのちびじゃねえか!」
「おじさん、お父さんは……」
おじさん、顔を作るの下手過ぎるよ。
今のでガウスさんが閉じ込められてるって一発でわかっちゃったじゃんか。
「どうしよう、リカお姉ちゃん、どうしよう、」
昨日、エルザが危なくなった恐怖がまだ残っているのだろう。
しっかりしているように振る舞っているけど、まだ八つの小さなエドは青い顔をしてぶるぶると震え始めた。
短期間で二回も親の危機でパニックになるなんて、エドがかわいそうすぎる。
「お父さんが、お父さんが死んじゃったらどうしよう、お父さあん、」
「あー、わかったわかった、大丈夫だよ怖くない、わたしがすぐに行くよ」
わたしがたまごアームで背中を撫でると、エドはたまごの殻にほっぺをぴったりくっつけてえぐえぐ泣きはじめた。
何この気持ち。
めっちゃ守ってあげたい感がするんだけど。
しかし、クールなライルさんの声が割って入った。
「駄目です、リカさん。あなたはまだFランクの冒険者ですから、この依頼は受けられません」
「……たまご?」
おじさん、気づくの遅いよ。
全力で鉱山からやってきてへとへとになってるんだね。
「たまごの冒険者だよ!」
言いながらたまごアームをびよんと伸ばして椅子を引き寄せ、おじさんを座らせてあげる。
たまごの小さな親切。
「ライルさん、わたしの腕では無理だと思うの?」
「確かにワイルドベアを倒せるらしいですが、アイアンゴーレムはもっと強い魔物ですよ。あなたが単独で倒せる相手ではありません」
「それはどうかな?」
「それでは、どうやって倒すつもりですか?」
「ふふん、冒険者が自分の必殺技を教えると思う?」
体当たりしかできないとは言えないよ。
「じゃあいいよ、わたしが個人で受けるから、ギルドには迷惑かけないよ」
「そういうことではないんですよ! リカさん、あなたを危険な目に合わせたくないんです!」
やだこのイケメンかっこいいこと言うよ! 顔は普通だけど!
しかし、わたしは引く気はないぞ。
「心配してくれてありがとう。でも、わたしはエドの友達として放ってはおけないよ。大丈夫、無理なら見るだけにするから。ね? だからアイアンゴーレムの弱点と鉱山への道を教えて?」
さあさあ、たまごが可愛くおねだりしてみたぞ。
……え? 効果なし?
たまごは上目遣いができないからか!
「……エド、君はリカさんが戦っているところを見たことがありますか」
涙が落ち着いてやり取りを見守っていたエドがライルさんに答えた。
「はい、あります」
「どのくらい強かったですか?」
「ワイルドウルフ6匹を、一撃で倒しました。ワイルドターキーも、一撃です」
「ちなみにワイルドベアも一撃で余裕だよ。ワイルドベア程度なら100頭と戦っても無傷で仕留める自信はあるね。でも、本当にいいよ、ギルドを通さなくて。弱点と道は教えて」
「片道半日はかかりますよ」
「わたしなら1時間かからないよ。たまごだから」
Bボタンを押しっぱなしにしたら、1時間で100キロは軽いよ。
「で、弱点は?」
わたしが促すとライルさんはため息をついて、自分の左胸を指先でとんとんと叩いた。
「ここに魔石があります。破壊すれば倒せますが、非常に硬くて力がある魔物ですよ」
「ありがとう。道は? だいたいでいいから」
「こちらへ」
ライルさんは図書館にわたしを連れていくと、地図を見せた。
たまご索敵の地図と比べて確認する。
よし、行けそうだ。
「じゃあ、行ってくる。エド、必ず助けるとは言えないけど、できる限りのことはやってくるからね」
「うん、気をつけてね」
「うちに帰って、エルザとララを守ってあげな。噂が耳に入ってパニックになるといけないからね。エド、ふたりのことは頼んだよ」
たまごアームでエドの頭をくりくりと撫でた。
怖いだろうに、必死でこらえていい顔してるぞ。
エドは将来いい男になりそうだな!
ライルさんが苦い顔をして言った。
「リカさん、あなたの能力を早めに把握しておくべきでした。今の僕は自分の判断に自信が持てません」
「ごめんねライルさん、無理言っちゃって。でも、アイアンゴーレムはわたしに傷をつけることはできないよ。それは事実だから信じて」
「……わかりました、お気をつけて」
「……ここは通せない」
はい、門です。
町の外に出してもらえません。
なんで鉱山のことを知ってるのよ、門番の情報収集力半端ないね!
「大丈夫だよ、心配ないってば。ねえ、バザックさんを無理矢理倒して通るの嫌なんだけど」
魔物は気にならないんだけど、人間に攻撃したくないんだよね。手加減がわからないから、ヤっちゃいそうで怖いのだ。
「バザックはランクBの冒険者だったんだぜ? 倒せねーよ、諦めなよリカ」
横から言うのはマックスだ。
Bってことは、上級冒険者だったんだね。
さすが町の護り手の門番、かっこいいな!
だがしかし、わたしが諦めるわけがない。
「わたしのランクは無限大だよ! ごめん、時間ないからズルするよ」
わたしは後ろを振り返ると、町の奥に戻った。
再び振り返る。
真っ正面に、仁王立ちするバザックさんが見える。
ジョイスティックを前に倒し、Bボタンを押しながらAボタンを連打連打連打!
ポウンポウンポウンと効果音をつけながらわたしは飛び跳ね、だんだんと高くなったところで最後に跳ぶ!
ポウーーーーーーーン!
遥か下にバザックさんを見下ろしながら、門を飛び越えた。
「行ってきまーす!」
「……こんのおっ、お転婆たまごめーーーッ!」
上を向いて絶叫中のバザックさんを後に、わたしは鉱山に向かってBボタンを押した。
鉱山にはすぐに着いた。
鉱山への道はあまり使われないらしくて人通りがないため、思い切り加速して進むことができたからだ。
たまごパワーで山道も楽々登り、それまで殺風景だったところに建物らしいものが見えてきた。
大勢の人が騒ぐ声が聞こえる。
わたしは人の姿が見える前にBボタンを離して減速し、何気ない感じで騒ぎに加わろうとした。
「だから、中では……うおっ、たまご?」
「わかるが……た、たまご?」
だから、何気なく混ぜてよ。
「こんにちは、たまごだけど冒険者のリカだよ。ギルドで事情は聞いたよ」
ランクとか、正式に依頼されてないとかは言わない。
「アイアンゴーレムはどこにいるの?」
「なんでたまごが」
「……たまごが喋った」
「たまごが冒険者をやれるのか?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。失礼なことを言ってる暇はないよ。わたしが対処できる状態かどうか知りたいから、早くゴーレムのところに連れていって。怖いなら場所を教えて。自分で行くからいいよ」
たまご索敵の画面に、赤いたまごと青いたまごが映っているから、アイアンゴーレムと労働者の人たちの位置はだいたいわかる。
「あっちが入り口かな」
トンネルがぽっかりと口を開けている。
「中の人たちは無事なんだね?」
「ああ。だが、飲まず食わずで半日以上閉じ込められているから、かなり消耗していると思う」
閉所恐怖症になりそうな状況だ。
「じゃあ、助け出した人たちを介抱する準備だけ整えておいて。中はトンネルが崩れる恐れがかなりある感じ?」
「すまん、今の状況はよくわからない。脱出できた者によると、その時はまだ大丈夫だと言っていた」
トンネルは崩れるのが一番怖い。生き埋めになったら岩盤の重さで潰されるか窒息死だ。
「とりあえず、見てくる」
「ああ、気をつけてな」
わたしは暗い坑道に入った。
外は真っ暗だけど、たまごにはスクリーンがついていて、それが暗視野補正効果がある。そのおかげで特に困らずに進んで行った。
「あっ、あれだね」
目の前に、アイアンゴーレムが現れた。
それは坑道にじっと立って、人工的な赤い瞳をこちらに向けている。
ある程度近づいたら攻撃してくる仕組みっぽいね。
高さ3メートルくらいの、がっしり体型のロボット、といった感じだ。
表面は黒光りしている。アイアンだから、鋼なのかな。酸化した鉄の皮膜が真っ黒だから、そんな色だ。
わたしはその場に留まり、奥に向かって叫んだ。
「鉱山労働者の皆さーん、大丈夫ですかー? 冒険者のリカというものですがー」
「おーい、こっちだー」
良かった、返事がある。
「このアイアンゴーレムがいなくなればー、自力で出てこれそうですかー? ケガ人はー、ないですかー」
「ないぞー、自力で行けるー」
よし。
じゃあ、とりあえずこいつを倒せばいいんだね!
そう思った時期もありました。
「なにこいつ、めちゃくちゃ固いんだけど! 体力削れてる気がしないよ」
わたしはひたすら体当たりをした。
でも、狭い坑内では充分に加速できなくて、効果的な攻撃ができない。
うっかりトンネルを崩してしまっても大変だ。
あーあ、魔法でも使えればよかったのに。
アイアンゴーレムが殴りかかる。
ごーん。
たまごの殻は絶対防御だから、軽い振動が伝わるだけでなんともない。むしろアイアンゴーレムの腕がごーんといってへこんでいる。
黒いボディはかなりぼこぼこなのに、まったくダメージがないのが憎たらしいね。
でも、これだけ体当たりを繰り返したから、経験値が貯まって技のスキルアップができるかな?
ちょっと期待する。
「困ったなあ、きりがないや……作戦を考え直そう」
わたしは『とりあえず倒す』という作戦を練り直す事にした。
で、思いついたのが『とりあえず外に連れていく』作戦。
だってさ、よく考えたらここで倒す必要なんてないじゃん。アイアンゴーレムがいなくなれば、労働者さんたちは出てこれるんだからね。
わたしは後ろに下がってから、ジョイスティックを前に倒しながらBボタンを押し、いいタイミングでAボタンを押した。
「たまごキーック!」
足はないから気持ちだけね。
キックという名の体当たりで、アイアンゴーレムは倒れた。
大の字になったアイアンゴーレムの開いた脚の間に入り込み、出口の方を向いたわたしはたまごアームで両脚を脇に抱えた。
「出発進行ー!」
地獄の電車ごっこだよ!
わたしはそのまま坑道を進んだ。両脇にしっかりとアイアンゴーレムの脚を抱えたまま。
アイアンゴーレムの頭が地面に叩き付けられてガンガンいってるけど、気にしないよ。曲がり角で壁に叩き付けられてガーンといっても気にしない。
止まったら負けだからねー。
「うわああああっ!」
「どいてどいてーっ!」
アイアンゴーレムを引きずりながら坑道から出ると、労働者さんたちがめっちゃ驚いている。
広い所に行かないと戦いの決着がつかないから、そのまま人気のないところを目指してアイアンゴーレムをがこんがこんいわせて猛ダッシュする。
「ありゃひでえよ」
「たまご、恐すぎ」
「あのたまご、清々しいほど容赦ねえな!」
ちょっと、恩人に向かって人でなしみたいに言うのはやめてくれる?
アイアンゴーレムが固いのが悪いんだからね。
……確かに、ビジュアル的に、果てしなく拷問に似てるけどさ。