勇者召喚編 神殿のお迎え役
わたしたちは、ノックの音が聞こえたとたんアイスをすごい勢いでしゃくしゃく食べ終わらせた(食べ終わるとアイスの棒は消滅する。さすがはたまご、便利な仕様だ)。そして、どうやらかなりデキるお兄さんらしいレクスさんは、扉が開く時にはすでに何食わぬ顔で石板からわたしのカードを出していた。
そう、楽しいおやつの時間があったことは、3人の間のお茶目な秘密なのである。
わたしは自分でも『非常識だな』と感じるデータが記載された特別手形のカードを「クローズ」と唱えて収納した。こんな突っ込みどころが盛りだくさんのカードは、あまり人には見せたくない。
そして、開いたドアから入ってくる人物を見た。
ひとりは、クルトパパくらいの壮年の人物だ。聖職者らしい穏やかな顔の、いわゆる普通のおっさんである。着ているものは白を基調としたシンプルな服で、やはり『神殿でお勤めしてます』感に溢れている。
もうひとりは、ご存じミーリアさん。聖女のシルビアさん付きの巫女さんだ。こちらも『巫女やってます』感たっぷりのあの服だ。
「失礼します。わたしは副神官長を務めさせていただいていますグラントと申します」
おっさ……壮年紳士はそう名乗ると頭を下げた。
ミスリルの鎧姿のお兄ちゃんが立ち上がったので、たまごも立ち上がっ……あ、たまごは座れなかったんだっけ。なので、なんとなくその場で揺れてみる。
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。僕は冒険者のライルと申します。こちらはたまご族の戦士であるリカです」
たまごを見てもそんなに驚かなかったグラントさんなのに、さすがは冒険者ギルドのカウンター業務担当の職員らしいライルお兄ちゃんの丁寧な物腰に、驚いたような顔をした。
そう、こんなピカピカの鎧姿で、こんなきちんとした態度の冒険者はなかなかいないのだ。冒険者なんてものは、魔物にボコボコにされた防具を着て、たいていはがらの悪い兄ちゃんとかヒゲのおっさんとかで、自分を『俺』という人ばかりである。
ライルお兄ちゃんとわたしは、ザベストオブ丁寧冒険者に選ばれてもいいと思う。
たまごの殻はいつでも綺麗だからね。
「グラントさん、よろしく! ミーリアさん、無事に王都に着いていたことがわかって安心したよ」
「まあ、たまごさま、ありがとうございます。わたしもたまごさま方が無事で安心しました。聖なるたまごさまならば大丈夫だとは思っておりましたが」
巫女のミーリアさんは、わたしのことを『聖なるたまご』だと思っちゃってるみたいだね。わたしはただの『神々のスーパーアイドル』なんだけどなあ。
あ、こっちの方がすごい?
「この度は、任務遂行中の聖女シルビアたちにご助力いただき、命を救っていただいたことを、ミランディア神殿でも深く感謝しております」
わたしは深々と頭を下げたグラントさんとミーリアさんに「いいってことよ」とたまごアームを振った。
「困った人を助けるのが、スーパーアイドルである愛のたまご戦士の仕事だからね、こんなのどうってことないよ。他にもなんか困ったことがあったら、このたまごに気軽に相談しなよ」
わたしが言うと、顔を上げたグラントさんとミーリアさんの顔がぱあっと明るくなった。
どうやらたまごに頼みたいことがあるようだね。
「力強いお言葉をありがとうございます。ここではなんですから、神殿の方へ来ていただいてもよろしいでしょうか? ぜひおふたりをおもてなしさせて頂きたく存じますので」
「いえ、我々はただの旅の冒険者、そのようなご丁寧なお気遣いは」
ライルお兄ちゃんの言葉を遮って言った。
「わかった、神殿主催の鳥祭りの話だね! じゃあ、さっそく準備に向かおうか。かなり大きな鳥だから、広い場所じゃないと捌けないからね……どうしたの、ライルお兄ちゃん?」
額に手を当てたお兄ちゃんがため息をついたので、聞いてみる。
「いえ……まあ、いいです、もうたまごのペースで良しとします」
あ、なんかいろんな大人の思惑とか、めんどくさいものがあったのかな?
ごめんねお兄ちゃん。
「外に馬車を用意してございますので、どうぞこちらへ」
お迎え役のグラントさんがにこやかに言った。副神官長ってことは、かなりの地位についてる人だね。それが直々に迎えに来るってことは、わたしたちはただの冒険者だとは思われてないと考えられるよ。
そして、面識のあるミーリアさんは、本来なら聖女から離れない仕事だろうに、わざわざわたしたちを迎えに来たね。本人確認は石板でできるから、これは知っている若い女性に会わせることで、わたしたちの心証を良くして味方に付けたい気持ちがあったからかな。
わたしはライルお兄ちゃんのことをたまごアームでとんとんしながら言った。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。たまごは親切だけど、それにつけこんで上手く利用しようなんてことを企むような奴は容赦しないからさ。言ったでしょ、わたしには悪い奴を見分ける才能があるって。だから……」
ふふっと笑うたまごだよ。
「そうなったらたまご、お仕置きも徹底的にするからさ……誠実な人には誠実さを、そうでない人にはお仕置きを、それはもう、徹底的にね……」
「リ、リカさん……」
「ふふふ、リザンの頭で地獄の裁きとかね」
「リカさん! あれは、リザンの頭は……」
お兄ちゃんの声が震えた。
「ダメですよ、あれを出して踊るなんて」
「悪い子には地獄の底からリザンが迎えに来るんだよ」
「たまごさま……それはいったい……」
部屋に氷点下の風が吹く。
わたしの実力を知っているミランディア国の皆さん方の顔は、どんな恐ろしいお仕置きを用意されているのかと想像したのか真っ青になっていた。
わたしは雰囲気を変えるように明るく言った。
「もちろん、そんなことをするのは悪い子にだけだよ。たまごを愛して仲良くしてくれる人には、人情が厚いたまごだよ! さ、早く神殿に行こうよ。レクスさん、お世話になりました!」
「い、いえ。こちらこそ、ありがとうございました。お気をつけてどうぞ」
まだ若干顔を強ばらせているレクスさんに見送られながら、わたしたちは迎えの馬車の所に行った。
「……で、たまごはどうやって馬車に乗ればいいの?」
「……馬車の乗り口は狭いですからね」
ライルお兄ちゃんが慰めるように言った。
そうなの、乗り口が狭いの。
たまごが太っているからじゃないの。
「たまごさま、大変申し訳ございません!」
「神殿の馬車はこの大きさしかないのです」
「ああ、パレード用の馬車を用意してくるべきでしたわね!」
いやいやミーリアさん、それはそれで困るかな。
「馬車の屋根に乗っかって行こうかな」
「リカさん、それは目立ち過ぎますからやめましょう」
常識人代表のライルお兄ちゃんが言った。
「じゃあ、馬に乗る?」
二頭立ての馬車の馬を見て言うと、馬たちは『それもやめて』と涙目で訴えた。
「うーん、なら、馬と一緒に馬車を引っ張ろうか」
「本気でやめてください! 『地獄の電車ごっこ』に付き合わされるのはごめんです!」
「あ……」
たまごが引っ張ると、馬車がアイアンゴーレムみたいになっちゃうね、てへ。
「じゃあ、後ろから馬車についていくよ」
「……途中でいなくなって、獲物を売ってお金に変えてから、買い食いしようとしてますね」
なんでわかるの!?
愛なの!?
「たまご取り扱い主任者としては、リカさんから目を放すわけにはいきませんね。僕もリカさんと一緒に行きます。グラントさんたちは先に神殿に行ってもらっていいですか?」
副神官長は「しかしそれは……」と言いかけたけど、「たまごを野放しにするとなにが起こるかわかりませんよ」というお兄ちゃんの言葉で顔をひきつらせた。
「神殿は王宮の近くにあって、とてもわかりやすいと思いますので。では、申し訳ございませんが、我々はお先に戻らせていただきます」
「あとでねー」
わたしたちは、神殿の馬車を見送った。
「僕たちも行きましょう。今日は鳥祭りは無理でしょうね」
「えー。ま、ちょっと遅くなっちゃったしね」
「なので、獲物をお金に変えて、食べ物でも」
「いいの!? お兄ちゃん、いいの!?」
まさかの、買い食い許可なの!?
ライルお兄ちゃんは、にこやかに言った。
「ついでに城下町から情報を仕入れて来ましょう」
「なるほど、そういうことね!」
さすがはライルお兄ちゃん、油断も隙もないところがかっこいいね!




