勇者召喚編 惨殺してないたまごです。
5人を見送り、その勢いで王都へ出発してしまいたかったのに、事務職もこなすきっちりしたギルド職員(しかしその実態は! なんと、Aランクのフツメンだけどイケメン冒険者! お兄ちゃんかっこいい!)は細かいことも見逃してくれない。
わたしはたまごの結界を解除して、なんとなくぐずぐずする。
「ねえ、たぶん、王都に着いたらみんなの前で出すと思うしさー、鳥を見るのはあとでもよくない? もう行こうよ」
「それならなおさら、怪鳥アビスパーの死骸が一般人に見せてもいいレベルかどうか、確認する必要がありますね……リカさん」
「わあ」
笑顔のお兄ちゃんに、たまごアームを握られたよ!
こ、これはもしかして、とうとうたまごに愛の告白…、などと思うほどわたしはおめでたくない。本当だよ。ちょっとだけしか期待してないよ。
「はい、怪鳥を出してください」
「はい」
事務的に言われたよ、ちぇっ。
少しやさぐれた気分になったので、その場にどーんどーんとアビスパーを二羽、勢いよく出した。さすがに二羽を並べてみるとかなりの迫力があるね。戦いの最中はバタバタして気づかなかったけど、ミスリルタートルくらいの大きさの鳥だよ。
ライルお兄ちゃんは腕を組み、感心しながら言った。
「……これはまた、想像以上の魔物ですね。今まで誰も倒した者がいないという話は事実かもしれません」
「空を飛ぶから、けっこう倒すのが手間取ったよ。頭の魔石が弱点だということはたまごの検索でわかったけどさ、こんな硬い鱗で覆われているんだもん」
わたしは鳥の頭をアームでこんこんと叩いた。
ライルお兄ちゃんは、怪鳥を観察しながらぐるっと周りをまわる。
「外傷はありませんね。骨も……砕かれていません」
「体当たりもあんまり効果がなかったからさ。もうしまっていい? 早く王都に行こうよ」
「なるほど、見苦しいことはなさそう……ん?」
お兄ちゃんがくちばしをもって軽く揺すった。
……鳥の口から、つうっと赤いものが垂れた。
やべええええええええええええーッ!
「お兄ちゃん、早く行こうよ!」
「……」
ライルお兄ちゃんが怪鳥アビスパーのくちばしを持ち、ぱかっと開けた。
大きな口なのに、力持ちだね!
開けなくていいのにさ!
中から、赤いものがだらーっと垂れてきた。
お兄ちゃんは、それが地面に血溜まりを作る様子をじっとみつめ、もう中身がなくなったとおぼしき時点で口の中に魔法で出した水を注ぎ、怪鳥アビスパーの血をきれいにゆすいでくれた。
そして、そっと口を閉じると、わたしの方に向き直った。
「リカさん」
「はい!」
「なんですかこれは? あなたはいったいどういう倒し方をしたんですか!?」
観念したわたしは、アビスパーの口の中に『不慮の事故』で入ってしまい、『仕方なく』口の中を刺したら『偶然』魔石を破壊する事ができて、『命からがら』倒すことができた、と説明した。
ついでに、たまごアームで額とおぼしきあたりを拭い、『ふう、危なかった』というアピールをしておく。
ライルお兄ちゃんは「なるほど」と頷いた。
「守りが堅くて、内部からの攻撃的でようやく倒せた、というわけですね」
「そうです! そういうわけです!」
「で? 二羽目は? 先ほど騎士の方が言っていた『口の中に飛び込んだ』という意味を説明してください」
「あっ、あのイケメン騎士が、余計なことを!」
「なんですって?」
「いいえ、たまごは心から、一番かっこいいのはライルお兄ちゃんだと思っています! ちょっとそのあたりを頭に置いといてね」
そして、正直なたまごは(っていうか、嘘をついても百戦錬磨の冒険者ギルド職員にすぐに見抜かれちゃうからね)『レンジでたまご』を持ってアビスパーの口の中に飛び込んだ話をした。
話が終わると、ライルお兄ちゃんはしゃがみこんで頭を抱え「このばかたまご……」と呟いた。
「仕方がないじゃん! 鳥の頭がすっごく硬かったんだもん、体当たりをしてもふらっとするくらいしか効果がないし」
「リカさん……いくら絶対防御の力があっても……」
「本当だってば! すっごく硬いの」
わたしはたまごアームで、鳥の頭をすここここここんと叩いた。
「ね? 『たまごホーン』! ほら、見て!」
わたしは怪鳥アビスパーの頭に外から攻撃することはできないと証明するために、たまごホーンを出して鳥の眉間に頭突きした。
さく。
「あ……刺さっちゃった……?」
刺さっちゃったよ。
たまごホーンが刺さっちゃったよ!
なるほど、なんでも壊す、ミスリルさえ壊すたまごホーンは、怪鳥アビスパーの鱗すら貫くんだね、あはははははははははははは!
……やべ。
「……サーセン。たまごホーンを試すのを忘れてました。怪鳥アビスパーの頭にたまごが頭突きしたら、一発でしとめられてました」
たまごホーンを鳥に刺したまま、頭と頭をごっつんこさせてわびを入れるたまごだよ。
「……そのようですね」
立ち上がって、一度空を見上げて「ふうっ」とため息をついてから、ライルお兄ちゃんは笑顔で言った。
怖いよ。
爽やかなのに、笑顔が怖いよ。
「ライルお兄ちゃん、たまごは今度から、非常識な戦い方をする前にちゃんと必殺技を試すことにすると誓います」
「ぜひそうしてください。魔物の口に飛び込むなどという非常識なことをして、周りの者の肝を冷やすのは、もう絶対にやめてください」
「はい」
「今回は戦いに慣れた騎士たちが目撃しただけですが、一般人が見たら間違いなくトラウマになりますよ」
「はい。本当にサーセンでした」
わたしは怪鳥アビスパーからたまごホーンを抜いた。
「それから、このことは他の人たちには秘密にしておきましょう」
ええっ? ふたりだけの秘密?
……血まみれな秘密だね。
冷静なギルド職員に戻ったライルお兄ちゃんは、もう一羽のアビスパーの口を開けると中に溜まった血を全部流し、水で洗ってくれた。
「知られてしまうと、一撃で倒せるくせに、魔物を口の中から滅多刺しにした『虐殺たまご』だと思われてしまいますからね」
「違うの、たまごは本当に刺さらないと思ったの!」
わたしは、アビスパーの頭に開いてしまった穴を、周りの鱗を無理矢理に寄せて隠しながらお兄ちゃんに言った。
「僕は兄貴分なのでわかっています。リカさんが、ほんの少しおばかさんなだけだということを。でも、リカさんを知らない人は誤解するかもしれませんからね。今後は気をつけてください」
「はい……」
しょんぼりするたまごを哀れに思ったのか、ライルお兄ちゃんがたまごを撫でてくれた。
アビスパー虐殺問題は片付いたので、わたしたちはようやく王都に向かって出発した。
ちゃんとお兄ちゃんに一服盛ったので、たまごはスピードをあげて進み、夕方前には王都に着くことができた。
王都は周りを高い壁に囲まれており、門が5つもあった。
「ミランディアの王都、ヴァーゲルトにようこそ」
わたしとライルお兄ちゃんは、『初めて訪れる方専用』の入り口に並んでいたが、すぐに番がまわってきた。
「この町にはどのような用件で来ましたか?」
わたしはお口にチャックをして、おとなしくお兄ちゃんの隣にいた。
「僕たちは他国の冒険者ですが、魔力の暴走でこのミランディアの国に飛ばされて来ました」
「ふむ」
門番で受付係らしいお兄さんが、光る石板のようなものを操作している。
「途中で立ち寄ったキシテルという村でお世話になり、王都への用事を言づかりました」
「ふむふむ。お名前をうかがってもよろしいですか」
「僕はライル、この子はたまご族の戦士、リカです」
「ありがとうございます」
お兄さんが、石板に名前を入れたようだ。すると、石板からピコーンと音がして、ピンク色の光が出た。
「おふたりには特別手形が発行されていますね。この奥の建物に進んでください……レクス!」
「はい」
補佐役らしい、もっと若いお兄ちゃんが呼ばれてやってきた。彼はたまごを見て目をぱちくりさせたが、すぐに人の良さそうな笑顔になった。
「このおふたりを案内して、特別手形の発行手続きを頼む」
「特別手形ですか! わかりました!」
レクスというお兄ちゃんが目を輝かせてわたしたちを見た。特別手形という言葉に反応したようだ。
「改めて、ようこそヴァーゲルトへ。あなた方を歓迎いたします」
「ありがとうございます」
門番のお兄さんはライルお兄ちゃんと握手をし、それからたまごとも笑顔で握手をしてくれた。
うん、この国の王都の人たちも、感じがいいね!




