勇者召喚編 怪鳥との戦い
たまごの結界は音や地響きも軽減するようで、中でのんびりお昼ご飯を食べていたときには気づかなかったけど、たまご色に光る透明なドームを出たら遠くから怪鳥アビスパーのものらしい『キエーッ!』という鳴き声が聞こえてきた。
そして、時折どしんという音がする。なにか重いものが落ちるような音だ。
平原を進み、林を越える。
平原の途中で、馬が二頭倒れていた。おそらく聖女たちを乗せて怪鳥から逃げて、途中で力尽きたのだろう。
助けられるかなと思って高度を落としたけれど、もう命がないようだったのであきらめる。
命がけで主人を助けた馬たちは、目を見開いたまま死んでいた。
最後の最後まで走り続けようとして、もしかすると死んでもそれに気づかないで走り続けようとしていたかもしれない馬たちの立派な最期の姿を見たら、たまごの心に怒りが湧いてきたよ。
林を越えると、遥か彼方の上空に巨大な鳥が二匹、飛んでいるのが見えた。
あれが怪鳥アビスパーらしい。
地上では、騎士たちが槍と剣を持って果敢に怪鳥に立ち向かっていた。しかし、空飛ぶ魔物と戦うのは不利である。魔法を使えればまだましだが、物理攻撃となるともう、絶対的に不利なのである。
アビスパーは、鱗に覆われたメタリックな外見の、巨大な空飛ぶニワトリに似た魔物だった。しかし、鳴き声は『コケーッ』ではなく『キエーッ』である。
空を一直線に飛んできたわたしは、スピードを落とさずに、そのまま騎士を攻撃しようと地上に向けて滑空するアビスパーの頭に体当たりした。
『グギエーッ』
いきなり横っ面を殴られた状態のアビスパーは、奇声を発すると、脳震盪を起こしたのかふらふらと堕ちて行きかけたが、ブルッと頭を振って羽ばたき、ものすごく凶悪な目つきでたまごを見て『キエーッ』と鳴いた。
どうやら敵だと認めたらしいけど……悪いがたまごの方が頭に来てるんだよ!
下では、騎士たちが限界に近いようで、地面に膝をついていた。たまごが突っ込まなければ危ないところだったよ?
「……えっ? たまご? なぜたまごが……しかも、空を」
ぐいんと弧を描いて騎士たちに近寄ると、革でできた防具をつけて武器を持つ彼らは、信じられないような顔をしてわたしを見た。
「ええと……たまごよ、君は味方なのか?」
「そうだよ、助けに来たんだよ。あんたたち、立てるの?」
わたしが騎士たちに訪ねると、ボロボロになっている彼らは「大丈夫だ、助太刀感謝する!」と叫んで立ち上がった。
わたしは、再び急上昇すると、目つきの悪いアビスパーの頭に横から体当たりして、またよろよろにしておいた。もう一羽はこちらの様子を冷静に伺っている。
「無理しないでここはたまごに任せなよ! あんたたちを助けるように、聖女たちに頼まれてるんだ」
「聖女さまに? となると、聖なるたまごなのか?」
いや、普通のたまごだけど。
わたしは彼らの近くに着地すると素早く薬草と毒消し草を出し「この騎士たちを元気にする薬を『調合』!」と叫んだ。
「とにかくこれを飲みなよ! かなりボコボコにされてるじゃない。体力を回復してやり返しな!」
『すごいミルクセーキ』を手渡しながら言う。
馬の最期を見たせいで、好戦的な気分になってるたまごだよ。
騎士たちがいなかったら、また『虐殺たまご』になっていたかもしれないね。わたしは結構動物に甘いんだ。犬やネコも大好きだし、馬だって可愛いよ。
「たまごと一緒に落とし前をつけようよ……ふふっ」
たまごの黒い気持ちがわかっちゃったのか、騎士たちは一瞬びくっとしたけど、ミルクセーキの甘い香りに誘われて飲み始めた。
「こっ、これは!」
「たまごの良く効く薬! ごめん、時間がないからさくっと飲んで体力回復してね。じゃあ、たまご行きます!」
たまごアームでびしっと敬礼をきめてから、わたしはまたたまご飛行に入った。急上昇してから怪鳥アビスパーの真っ正面に突っ込んでいく。
「『レンジでたまご』!『レンジでたまご』!」
とりあえずふたつ出したたまごを持ち、こちらに向けて口を開けて威嚇してくるアビスパーに投げつけると、鳥は思惑通りにたまごを食べた。
途端にボフンという音がし、またしても『キエーッ』と叫びながらアビスパーは首を振り、飛行の高度を下げていく。
さらに、旋回したたまごがガンガン体当たりをして、怪鳥の体力を削った。
『キエーッ』
「『レンジでたまご』!」
『キエーッ』
「『レンジでたまご』!」
口の中で爆弾に爆発されると、全身を硬い鱗で覆われた怪鳥もさすがにダメージ大きいらしい。しかし、気性の荒い鳥らしいアビスパーは、めげずにたまごに攻撃を仕掛けてくる。
「アビスパーの弱点はどこなのかな? やっぱり魔石があやしいけど、この世界の魔物も胸に魔石が入ってるのかな」
わたしは飛び回りながらたまごのスクリーンを見て、アビスパーの説明を読んだ。
『全身をドラゴン並みの防御力を持つ鱗で覆われた巨大な鳥。頭部にある魔石が急所だが、外部から破壊することは難しく、今まで倒した者はいない』
「ええっ、そんなに強いんだ! もしかして、たまごはピンチなのかな。他になにか情報は……あっ」
「たまご、危ない!」
騎士たちが叫んだ。
アビスパーの説明に『たまごが大好物』って書いてある!
でもって、それを読むと同時に、アビスパーに食べられた!
「うわあ、鳥を食べたかったのに、食べられちゃったよ」
アビスパーに一口でたべられたわたしは、ゴックンされるのを防ぐために、鳥の口の中に先端を尖らせたたまごアームを2本、さくっと刺して身体を支えた。それが痛かったのか、怪鳥が頭をぶんぶん振ったけれど、わたしは口の中に留まっていた。
「もう、たまごを食べるなんて失礼な鳥だね! 『たまごホーン』!」
わたしは額からなんでも貫通する角を出して、アビスパーの口の中であらゆる方向をさくさく刺しまくった。体表は鱗で覆われている怪鳥も、中に入ってしまえば普通の鳥なのだ。まあ、中に入っても平気なのはたまごくらいだけどね。
さんざんさくさく刺していたら、ずうんという衝撃を感じた。もう怪鳥の鳴き声も聞こえない。鳴き声どころか、刺してもびくともしない。
「やれやれ、ようやくおとなしくなったようだね」
外からはもう一羽の怪鳥が『キエーッ』と叫んでいる声が聞こえる。騎士たちは『すごいミルクセーキ』の効果で傷も全快して絶好調のはずたけど、一応様子を見ようと、鳥の口に刺したたまごアームを引き抜いて中からばかっとくちばしを開いて外を見た。
「あれ、地面だよ」
怪鳥アビスパーは、落下していた。
口から出て鳥の巨大な顔を見たら、バレーボールくらいの目玉がひっくり返って白目になっていた。
『怪鳥アビスパーを倒しました』
たまごのアナウンスが響いた。
「なるほど! 口の中から魔石を砕いちゃったんだね」
周りを見回すと、聖女の護衛の騎士たちが勇敢にももう一羽の怪鳥と戦っている。しかし、もちろん剣も槍も怪鳥の鱗を貫くことができない。
わたしは倒したアビスパーをたまごボックスにしまうと、彼らのもとに行った。
「無理しないで。この鳥はすごく硬いから、外からの攻撃は……」
「たまご! 無事だったか!」
「良かった、たまご! なんとか助け出そうとしたのだが、我々の力では及ばず……」
「本当に良かった! さあ、我らがこの怪鳥を足止めするから、たまごは安全な場所へ行くがいい、そして、聖女さまたちの力になってくれ」
「頼んだぞ、たまご!」
怪鳥の攻撃を迎え撃ちながら、騎士たちはわたしの無事を喜び、合間にたまごの殻を軽く叩いて元気づけてくれた。
そして……彼らは今、勝ち目のない戦いだとわかりながら身を呈してたまごを逃がしてくれようとしている……。
「あんたたち、そんな……」
「俺たちは誇り高い騎士だ! たまご、お前は女性だろう?」
「うん、どうしてわかったの?」
「ははは、声や喋り方でわかるさ。女性の身にも関わらず、我らを助太刀してくれて感謝する! 今度は俺たちがお前を守る番だ」
「気高き女性を守るのが騎士の役目だ。さあ、早く行くがいい」
立ち尽くすたまごの前で、剣と槍を持った騎士たちが怪鳥アビスパーと戦っている。決して刺さることのない武器を振るって、諦めずにアビスパーと戦い続ける。
ああもう!
たまごはじんと来ちゃったよ!
「……あんたたちの気持ちは嬉しいけどさ、聖女守るのはあんたたちの仕事だよ。『レンジでたまご』『レンジでたまご』」
「たまご、なにをする気だ!?」
「わたしの名前はリカ、愛のたまご戦士だよ。わたしに倒せない魔物はいないんだ!」
「やめろ、たま……リカーッ!」
「行くなーッ!」
わたしは両方のアームに『レンジでたまご』を持ち、たまご飛行に入った。
近づくたまごを、上空の怪鳥アビスパーは警戒しているようで、最初の一羽のように食べようとはしなかった。しかし、わたしは今、『レンジでたまご』を持っている。魔物が食べずにいられない『レンジでたまご』を。
「さあさあさあ、アビスパー、お遊びはもう終わりだよ!」
『キエーッ』
あらがおうとするが、怪鳥の口は近づく『レンジでたまご』の力に勝てずにぱっかりと開いてしまう。
「リカーッ!」
騎士たちが叫ぶ。
わたしはたまごを持ったまま、アビスパーの口の中に飛び込んだ。そして、喉の奥に『レンジでたまご』を放り込むと、アビスパーの首の中で爆発が起こる。
『ギエエエエエエーッ』
「『たまごホーン』!」
わたしは角を出し、アビスパーの魔石がありそうな場所を口の中から激しく刺した。
さくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさく
やがて怪鳥は動きを止めて、地表に落下した。




