勇者召喚編 王都へ向かって
「さあて、やれることはすべてやったし、気持ち良く王都に向かおうか!」
「リカさん、ライルさん、ありがとうございました」
「すっかり世話になったというのに、たいした礼もできずに申し訳ないな」
村の防衛力アップ大作戦の翌日、わたしたちは王都へ旅立とうとしている。見送りのために、村長さんとカーボンさん、息子のリックとお母さん、その他の村の人たちが全員来てくれて、村の真ん中にある広場がいっぱいになっていた。
昨日はよく働いたから疲れているのかと思ったら、村人全員で飲んだ『すごいミルクセーキ』の効き目でみんな元気いっぱいになり、おじいさんおばあさんの顔なんか、つやっつやになっていた。
そして。
「なに言ってんの! みんなで早起きして、たくさんの摘みたての薬草と毒消し草をくれたじゃないの。たまごは大助かりだよ、ありがとう。これで、困った人のためにまたたまごの良く効く薬を調合できるよ」
そう、村人総出で森に入り、朝露に濡れた新鮮な薬草と毒消し草を集めてくれたから、たまごボックスには『超たっぷりな薬草』『超たっぷりな毒消し草』が入っているのだ。
護衛のための狩人部隊は、ついでに今夜のおかずもしとめたらしい。「味見にどうぞ」とターキラスという大きな鳥の魔物をくれた。お腹に香草を入れて丸焼きにすると美味しいとかで、ミックスした香草と塩もおばさんが持たせてくれたから、あとのお楽しみができたよ。
「リカお姉ちゃん、ライルさん、いつかまたキシテルに来てね。その時までに、僕は身体を鍛えて立派な狩人になっているから」
「うん。そうしたら、リックの狩った魔物の肉で肉祭りを開いてよ」
「うん! すごく美味しい肉を食べさせてあげるから……」
そこで、リックのまん丸な目から涙がほろほろこぼれてしまった。
「リック……」
「この村にはめったに客人が来なくてな。こんな別れはあまり経験がないんだ……リックも、我々も」
「そうか。わたしだって、旅はしてるけどやっぱり別れは辛い……え? 我々も? おうっ!」
思わず変な雄叫びをあげるたまごだよ。
だって、カーボンさんも村長さんも、おっさん連中も奥さんたちも、みんな涙目になってるんだよ!
「やめてよ、たまごなんてまだ16の女の子なんだから、みんなに泣かれたらもらい泣きしちゃうよ……ライルお兄ちゃん、どうしよう!?」
「これは……」
ライルお兄ちゃんもびっくりした様子で、視線をさまよわせちゃってるよ。
「こ、これはですね……おやつ! たまごのおやつでなんとかしましょう!」
ポンと手を打つお兄ちゃんの言葉に「おお、おやつ!」と叫ぶたまごだよ。
素早く薬草と毒消し草をたっぷりと取り出す。
「ええと、別れの悲しみを和らげる薬を『調合』!」
わあ、山のような『すごいシュークリーム』が現れたよ!
ちゃんとお盆に乗ってて良かったよ。
「さあみんな、これをひとつずつ食べなよ! 噛むと中からクリームがたぷっと飛び出すからね、気をつけて食べるんだよ」
「カーボンさん、お手伝いをお願いします。はい、皆さん二列に並んでください」
ミスリルの鎧を身につけて、かっこいい姿のライルお兄ちゃんが、ギルド職員魂に突き動かされてテキパキとシュークリームを配り始めた。カーボンさんも「おう」と言って一緒に配ってくれたから、あっという間にシュークリームが行き渡った。
これからたまごに運ばれるライルお兄ちゃんにもひとつ渡す。ちなみに、酔い止めの『すごいたまごアイス』は朝ご飯の後にすでに服用させてある。
「じゃあ、キシテルの村の発展と、たまごとライルお兄ちゃんの活躍を祈って、いただきまーす」
いただきまーす、と全員で唱和し、『すごいシュークリーム』を食べる。
案の定、みんなクリームをたぷっとさせて顔につけてしまい、お互いに見合って笑いがこぼれる。
すでにシュークリーム慣れしているわたしとお兄ちゃんはいち早く食べ終わり「それじゃあ、出発だよ!」と準備をする。
たまごアームを変形させて、たまごの上に座席を作る。アームを向こうが透けるほどの薄さにした防風ガラス(?)みたいなもので覆い、すごくかっこいい形に……したいんたけど、所詮はたまご、ちょっとお茶目な感じの形になった。
その座席に、ライルお兄ちゃんがひらりと飛び乗った。
「それでは、王都に行って参ります」
ミランディア一強そうでミランディア一丁寧な勇者、ライルお兄ちゃんが言うと、わたしも「それじゃあねー」と叫んで出発した。
「行ってらっしゃーい!」
「気をつけてね!」
村の人たちの笑顔に送られて、わたしたちは王都を目指したのだった。
簡易コクピットに守られ、酔い止めと精神的ショック防止のたまごの薬を服用したライルお兄ちゃんは、安定した体勢でたまごに乗っていたので、安心してスピードをあげる。
たまごは地上に浮いているし、スピードにのっていくと地上からの距離も離れて行くので、平原を滑るように進んでいく。
町らしきものも遠くに見えたけれど、そのままスルーして距離を稼ぐ。キシテルの村が割と辺鄙な位置にあったので、過ぎる町はどんどん大きくなり、都会らしくなっていく。
半日くらい進んでから、誰もいない草原の真ん中でたまごを止めた。ここは道もなく、人があまり来ない場所のようだ。たまご索敵を見たら魔物がたくさんいるみたいなので、ライルお兄ちゃんに目をつぶっていてもらい、リザンの頭を取り出して踊り、結界を張った。
「お兄ちゃん、もういいよ」
「……ふう」
ミスリルの鎧のシールドを上げて、お兄ちゃんはため息をついた。
「水龍に対峙したときよりも身体が竦むとは……」
たまごの踊りは芸術的すぎるからね。
「さあ、ここでお昼ご飯にしようよ! ねえ、キシテルでもらった鳥を丸焼きにしちゃわない? たまごボックスにしまっておけば、いつでも焼きたてが食べられるからさ」
「そうですね」
かしゃんかしゃんと鎧を脱いで身軽になったお兄ちゃんが言った。たまごの結界はとびきり安全だから、普段着でのびのびと過ごせるのだ。
「王都に着いたら料理する場所に困りますからね、ここで焼いてしまいましょう」
「はーい」
わたしは、この前お兄ちゃんと作った竈をたまごボックスからどすんと出した。
ついでに火のついた薪も出して竈にくべた。
凍りついたように時間を止めていた薪の炎が、ゆっくりと揺れだし、やがて勢いよく燃え始めたので、さらに薪をくべる。
そして、内臓を出して下ごしらえしてもらってあったターキラスを火の上に乗せ、お腹に香草ミックスを詰め込んだ。
その上を、ライルお兄ちゃんが出した水で濡らした大きな葉っぱで覆っていく。これで鳥の蒸し焼きができるのだ。
「やっぱりバーベキューはワイルドで楽しいね!」
お兄ちゃんが火の面倒を見ている間に、わくわくしながら木を取り出して、たまごアームですぱんすぱんと加工して、簡易の椅子とテーブルを作る。ライルお兄ちゃんの魔法で乾燥済みの丸太を何本か、たまごボックスにしまっておいたのだ。
それらを作る合間にも、まんべんなく肉に火が通るように鳥をひっくり返しては、また葉っぱで覆う。
そして、村のおばさんにもらった果実水の入った瓶と、これもこの前手作りした木のカップとお皿をテーブルに置く。同じくもらったパンも出して、お兄ちゃんの脇に行って炙る。
「どう? 焼けそう?」
「はい、いい感じに焼けてますね」
お兄ちゃんが、葉っぱをめくって見せた。
本当だ! パリッとした皮に脂が浮いて、ジュージュー言ってるよ。
そして、おばさんがくれた香草ミックスが効いて、なんとも美味しそうな香りがしてたまらないよ。
蒸し焼きだから、きっとお肉はジューシーだね。
うわあ、楽しみ! 楽しみだよ! バーベキューサイコー!
わたしは炙って香ばしい香りを放つパンをテーブルに置き、お皿を持ってきた。
「お兄ちゃん、よそってもいい? 端っこ切っていい?」
「どうぞ」
お兄ちゃんが剥がした葉っぱの所から、大きく肉を切り取ってお皿に乗せた。
わあ、表面がパリパリ、中からは肉汁たっぷり!
「いい焼き加減!」
「そうですね。もう薪はいりませんね、余熱で蒸しておけば、中までしっかり火が通るでしょう」
ライルお兄ちゃんはランクA冒険者なので、バーベキューの腕もランクAなのだ。
お兄ちゃん、素敵!
わたしは燃えたままの薪をたまごボックスにしまった。次回のバーベキューで活躍させるのだ。
「……非常識に便利なたまごボックスですね」
「えへ。じゃあ、食べようよ」
わたしたちは(たまごは雰囲気でね)テーブルにつくと、笑顔で「いただきます」をした。




