勇者召喚編 役に立つたまごだよ
「じゃあ、地図の中に出現の多い魔物の名前を書き込んでね」
「わかりました」
わたしから大きな地図を受け取った村人Aが、村長のうちのテーブルに向かって書き込み始めた。この人は、キシテルの村でカーボンさんと一緒に狩りをしている男性で、かなり読み書きが得意だそうだ。
同じく狩りが得意な村人B(読み書きはちょいと苦手)が隣に座り、情報提供をして手伝っている。
水龍との会合を終えてキシテルの村に戻り、村長に報告してから一夜が明けた。本当ならもう王都に向かって出発するところだったが、村の防衛に不安があるまま出かけたくなかったので、まずはやることをやっちゃおう、ということになり、早速作業にかかっているのだ。
カーボンさんの話だと村には地図があるとのことだったのだが、村長さんに見せてもらったら情報量が頼りなかったので、紙を張り足し、たまごの地図を参考にしながらわたしが正確な地形などを書き加えて完成させた。
そして、そこに村人AとBが魔物の種類を書き、森から魔物が出てきた場合の危険性がわかるようにしているところだ。
あとで、カーボンさんが中心となって避難ルートを検討することになっている。
「村長さん、村の人たちを全員書き出して、避難が難しそうなお年寄りや小さな子ども、妊婦さん、ケガを負って移動が難しい人をチェックしてよ。いざという時にその人たちのフォローをするチームを作るんだよ」
「わかりました」
「カーボンさん、避難ルートができたら、何日かに分けてもいいから、一度は全員に歩いて確認してもらってよ。魔物がやってきたらパニックを起こしても不思議じゃないからね、身体に覚えさせておくのが一番だよ」
「わかった」
「ライルお兄ちゃん……どうしたの?」
わたしは腕を組んで様子を見守っていたお兄ちゃんが、窓の外の空を見上げたので尋ねた。
「いえ、リカさんが賢いことを言ってるので、異常気象になるのではないかと……」
「ならないよ!」
その時、森に出かけていた男性たちの一団が戻ってきたらしく、外が騒がしくなった。
「たまご……リカ、指示通り、切っても構わない木に赤い印をつけてきたぞ」
「ご苦労さん! じゃあ、切ってくるよ」
わたしと『たまご取り扱い主任者』のライルお兄ちゃん(たまごを監視するのがお仕事らしい……なんでよ!?)は、森へ向かった。
歩いていくと、そこかしこに赤い印のついた木がある。村をぐるっと囲む柵を作るため、間引いても問題ない木を切るのだ。
「どうしますか? 僕が剣で斬ってもいいですが」
「地面に刺しやすい形に整えながら、わたしが切るから大丈夫。ちょっと見てて」
わたしは左のアームを印のついた木にぐるぐる巻きつけて安定させると、右のアームを変形させて、鉈のような形にした。そして、木の下の方に斜めに打ち込む。
さくっ。
思った通り、まるでリンゴの身に包丁を入れるくらいに簡単に鉈が入る。たまごアームは予想以上に使い出がいい装備のようだ。わたしはそのまま木の周りにさくさくと斜めに切れ込みを入れた。
一周したので、左のアームで木を垂直に持ち上げると、先が尖っていて、よく削られた巨大な鉛筆のようになっていた。
「こんな感じでどんどん木を切ってたまごボックスにしまっていくからね。あとで森の外で形を整えるよ。そうしたら、お兄ちゃんが魔法で乾燥させてね」
「……わかりました。見事過ぎて声も出ません」
「ふふん」
お兄ちゃんに感心してもらって、得意満面のたまごだよ。
切り倒して不要な枝を払った木は、ライルお兄ちゃんが生活魔法の応用で乾燥してくれて、あっという間に村の外壁にするための木材が用意された。村の外に積んでおく。後で村の人たちが砦並みの柵を作ってくれるはずだ。
今までの、板でできたペラペラの柵では、鹿もどきが体当たりしたらすぐに壊れるし、うさぎもどきや豚もどきなら飛び越えたりくぐったりしてすぐに村の中に侵入してしまう。
本物のうさぎや豚と違って、魔物は攻撃的なので、そんな事態になったら死傷者が出てしまうだろう。
ほぼ丸太でできた頑丈な柵があれば、避難する時間を稼げるし、場合によっては村の中に籠城することもできる。保存食もたくさん作れたしね。
そして。
「じゃあ、最後の仕上げにいくかな」
「……本当にそんなことができるのですか?」
「たまごの辞書に不可能はないよ! 必殺、たまごドリル!」
わたしは、川のすぐ近くで叫ぶと、激しく振動するたまごアームを構えて土の中に突っ込んだ。すると、地面がおおきくえぐられ、発生した熱で土が溶け、やがて冷えて固まっていく。そのまま、村に向かってぎゅいーんと進み、村の一部を横切ってからまた川下へと戻って川につなげた。
で、川上のスタート地点に戻り、先を川につなげる。すると、できた溝に川の水が流れ込み、村を通る人工の小川の完成だ!
これで畑に撒く水を川まで汲みに行かずに済むし、万一魔物に襲撃されて籠城しても水に困ることはなくなるはずである。
「おおっ、川がやってきたぞ!?」
「なんだ、土に染み込まないこのツルツルしたものは?」
村人たちは驚いて、小川に手を突っ込んでいる。子どもたちもはしゃぎながら「川ができたー」と水をバシャバシャやっている。
熱で溶けて固まった土だからね、かまぼこ型の水道管みたいなものなんだよ。
「さて、こんなものでいいかな?」
ここまで作業の進めておけば、わたしたちが出発してもキシテルの人たちがなんとかしてくれるだろう。
「リカさん、お疲れさまです。いやはや、まさか村に川まで作ってくださるとは思いませんでした、ありがとうございます」
村長さんがにこにこしながらお礼を言った。
わたしはたまごアームをパタパタ振った。
「いいってことよ! この村に来たのもなにかの縁だからね。王都に行った後のことはわからないから、もしかするとこれでお別れかもしれないけどさ、川を見るたびに旅のたまごのことを思い出してよ」
「もちろんです。村の防衛力を上げ、川を作ってくれたリカさんの偉業は、キシテルの村で代々語り継いでいきたいと思います」
「うん、ぜひそうして!」
とても気分がいいたまごだよ!
「それじゃあ、作業がひと段落したことだし、みんなで元気を出そうか! ……『すごいミルクセーキ』をキシテルの村人たち全員に調合!」
気分がいいので、疲れが取れてパワー全開になる美味しいおやつを出しちゃったよ。
ライルお兄ちゃんが「はい、並んでください、全員分ありますので取りに来てくださいね。離れている人にも声をかけてください」と言いながらミルクセーキを配ってくれた。こういう仕事をさせると手際がいい。さすがは優良ギルド職員だよね!




