勇者召喚編 ごめんね水龍
「うわわわわわわわわわわ」
わたしは水龍ウォルタガンダが振り回す、鋭い鉤爪のついた腕を避けた。
『たまごめ、許さんわアアアアアアア!』
今度は口から熱湯を吐く。
「リカさん、あぶない!」
たまごの絶対防御力を知ってるはずのライルお兄ちゃんが、そんな声を発するほどに、水龍の怒りは凄まじかった。
『お前がアアアアアアアア! わしの鱗をオオオオオオオオ!』
脳天からぷしゅーと蒸気を出していないのが不思議なくらいだ。
「ごめん! 水龍、ごめんね! ごめんってば!」
たまごアームに鱗を握りしめたまま、わたしは熱湯を吐きながら暴れまわるウォルタガンダを避け続けた。
怒って煮えたぎっちゃってるよ。
地底湖が温泉にならないか、心配だよ。
ライルお兄ちゃんが龍の怒りを見るや否や、事態についてこれないカーボンさんをひっつかんで、半透明の壁の向こうに避難してくれたから、ふたりは大丈夫。
「ねえ、たまごがこんなに謝ってるんだから、少しは落ち着きなよ」
『ゆでたまごにしてくれるわ!』
「やだよ、可愛いたまごをゆでないでよ! なんて大人げない水龍なの。ごめんって言ってるでしょ!」
『その謝罪にまったく誠意が感じられんわ!』
「あんたのパンチと熱湯を避けながら、誠意ある謝罪ができる生き物なんてこの世にいないよ!」
『ぐぬウウウウウウウウウウウウ!』
「あんた、歳はいくつよ! いい歳して、そんなにでっかい図体して、伝説の水龍とか言われてるくせにさ、たかが16の小娘にこんな真似をして恥ずかしいと思わないの!?」
『ぐっ、ぐぬウウウウ……』
ちょっとばかり水龍の勢いが治まったので、わたしはウォルタガンダのしっぽの真ん中あたりに飛びついた。
「ここの、禿げちゃったところがそうだね。この鱗、元通りにくっつかないかな」
わたしはたまごアームに持った青い鱗を、はげたところに当てた。
『おい、なにを、ああっ、いたたたたたたたたたたたたたたたたたたた』
「えいえい、くっつけー」
『いたたたたたたたたたた、いたいいたいいたいたいって言ってるのだ! よせ、たまご! いたいって!』
水龍なら治癒能力が高いんじゃないかと思って、鱗がはげて肉が出ちゃったところにキラキラの鱗を押しつけたんだけど。
『いたいいたいほんとにいたいんだと言ってるだろうが!』
「うーん、おかしいな。くっつかないな。……あれあれ」
上からなにかが降ってきて、たまごの頭にこここここんと当たったので、拾ってみる。
「なにこのまん丸な魔石。透き通ってすごく綺麗だけど」
コロコロ転がるそれを集めて眺め、またまた落ちてきたので拾いながら上を見る。
「やだ、あんた、泣いてるの!?」
綺麗な魔石は、水龍ウォルタガンダの巨大な瞳からこぼれ落ちる涙だったのだ。
こ、これは、相当痛かったんだな……水龍、マジごめん。
『わしは、泣いてなど……』
ころん、とまた涙の魔石が転がり落ちた。
『いたいからやめて』
かわいそうになり、わたしはやめた。
「あの水龍を泣かすとは、なんて酷いたまごなんだ……」
カーボンさんがわたしを責めた。
ライルお兄ちゃんも、水龍を痛ましげに見て言った。
「容赦なく、ぐりぐりと鱗を押し付けてましたからね。さすがの伝説の水龍も、鱗がないところは弱点だったのでしょう、涙がこぼれるくらいに痛かったんですね」
「泉の水を減らしていたとはいえ、悪意はなさそうな水龍を泣くほど痛い目にあわせたのか」
ちっ、違うよ!
待って!
たまごは鱗を治してあげようとしただけなんだよ!
残虐な拷問をしていたように言わないでよ!
たまごを悪者にしないで!
「たまごは……たまごは、鱗を治してあげようと思っただけなのに……あ、そうだ!」
わたしはたまごボックスに、くっつきそうにない青い鱗をしまい、代わりに薬草と毒消し草をたっぷり取り出した。両方のアームに持って叫ぶ。
「水龍、ウォルタガンダのケガが治る薬を『調合』!……うわあ、でっかい!」
湯船くらいの大きな入れ物が現れたので驚いたよ。中には、おなじみのアレが入っている。
「ウォルタガンダ、これを飲みなよ」
『なんだ?』
「たまごの調合したすごく良く効く薬で、『すごいミルクセーキ』っていうんだ。傷やケガ、体力低下にいいし、元気な人が美味しいおやつとして飲んでもいいんだよ」
わたしの説明を聞いたウォルタガンダが、『すごいミルクセーキ』の容器に顔を近づけた。
『……なにやら甘い良い香りのする液体だな。ほんのり黄色なのは、たまごが入っているからか?』
「そう。たまごとミルクとお砂糖と、バニラエッセンスも入ってるからね、いい香りがして甘いんだよ」
『そうか』
水龍は、しばらくくんくん匂いを嗅いでいたが、『強い魔力の香りがする』と言い、ミルクセーキをひと舐めした。
『こっ、これは!? このような美味なる飲み物を飲むのは初めてだ……』
水龍は、顔を容器に突っ込むと、美味しそうにごくごくとミルクセーキの飲み干し、満足そうなため息をついた。
『美味いだけではなく、身体に力がみなぎってくる。たまご、お前はただ者ではないな』
「ふふふふふ」
わたしは怪しく笑った。
「そうだよ、聞いて驚くがいいよ! わたしは愛のたまご戦士、」
「流れ者のたまごで、美味しいおやつを出すのが特技です」
「お兄ちゃん! たまご戦士としての名乗りをあげさせてよ!」
「必要ありません」
笑顔のお兄ちゃんにばっさりと斬り捨てられるたまごだよ。
『ううむ、なんだこれは……』
そうこうしていると、ウォルタガンダがうなりだした。
「どうしたの? ミルクセーキを飲み過ぎておなかが痛くなっちゃったの?」
『いや、違う。わしの尾がなにやらムズムズしてきたのだ』
水龍がしっぽを降ると、なにかがキラッと光を放った。わたしが鱗をはいでしまったあたりだ。
「ちょっと見せて……ああっ、あんたのしっぽに新しい鱗が生えてるよ!」
『なんだと!?』
「ほら!」
ウォルタガンダが頭をぐるっと持ってきた。ふたりでしっぽを見る。
さっきまで鱗がはげて肉が見え、痛々しい傷だったところに、新たな鱗が生えていた。そしてそれは他の鱗と違って虹色に光り、輝き方も強く、非常に目立つ。
「なんだかすごいのが生えたな」
「さすが『すごいミルクセーキ』ですね。ここからでも光り輝く鱗が見えます。素晴らしい鱗です」
カーボンさんとライルお兄ちゃんも、新しい鱗を見て感心したように言った。
『……そんなにいい鱗か!』
水龍ウォルタガンダが嬉しそうに言い、すぐに『いやその、傷が治ったから良い、ということだ』とモゴモゴ言い訳をする。
「めちゃめちゃイケてる鱗が生えちゃったね! 他の龍が見たらうらやましがるんじゃないの? こんなに光る鱗を持つ龍なんていないよ」
『そうか?』
「友達に自慢できちゃうね」
『自慢など、わしはそんなことは……まあ、目立つのは確かだから、龍の間でも話題になるのは仕方あるまいな』
もう喜びを隠せないウォルタガンダは、左右にしっぽを振って光り輝く鱗を楽しんでいる。
『たまごよ、このわしの鱗をはぐとは許し難い暴挙ではあったが、こうして治ったことだし、水に流してやらんでもないな……水龍だけに』
ちょっとちょっと、お茶目なことまで言っちゃって、水龍はすっかりご機嫌だね!




