勇者召喚編 水龍と対面だよ
「あっ、ふたりともここで待っててよ。水龍が敵か味方かよくわからない今、あいつの攻撃の届く距離まで近づかない方がいいと思うんだ。まずはわたしが出て様子を探るからさ」
丸く切り取った半透明の壁をしまってから、わたしは中に進もうとするライルお兄ちゃんとカーボンさんをアームで制して言った。
「ふたりはこの壁越しに様子を見ていて。半透明だからちょっと見にくいけど、頑丈さならピカイチだからね、流れ弾が飛んできてもふたりを守ってくれるはずだよ」
わたしが言うと、たまごの実力を嫌というほど知っているライルお兄ちゃんは「わかりました」と頷いたけれど、カーボンさんは反論した。
「おい、なにを言っている? お前がひとりで行くと言うのか? その……一応、たまごとはいえ若い女性であるリカだけを、危険な目にあわせるわけにはいかないだろうが」
「ちょっ、カーボンさんたら、なにその不意打ちのイケメン発言!」
わたしはたまごアームの先で軽くカーボンさんを小突いた。強く小突いて、水龍との対決前に大ケガをさせるわけにはいかないからね、えへっ。
そして、両方のアームで頬を押さえるポーズをとって、照れる乙女心を表現する。
「やーん、既婚者の余裕? ちょっと渋くてかっこいいからって、そんな、たまご心をもてあそぶようなことを言わないでよ、もう! カーボンさんのことを好きになっちゃったらどうするの?」
カーボンさんは絶句した。
くねくねするたまごを見て、なぜか一歩後ろに下がり「俺は今、龍のしっぽに似たなにか恐ろしいものを踏んだのか? 俺がいつたまご心なるものをもてあそんだ? このたまご、不気味過ぎる……」と呟く。
「気にしないでください、カーボンさん。このたまごは妄想も非常識なのです。なんといっても、ちょっと目を離した隙にうちの父にまでプロポーズしたくらいですから」
お兄ちゃんの声になぜか冷たさを感じ、震え上がるたまごだよ。
「ち、違うの、あれはね、クルトパパの大人の包容力に憧れただけで……」
「その後、ゼノとカップルになって」
「ああっ、それはクルトパパがお膳立てしてくれたし、むげに断るわけにはいかないし」
「あげくの果てに、まだ幼いエドにプロポーズされていましたね。おや、そうすると正式な婚約者はエドということになりますか……」
「エドの件は、身に覚えがないよ、たまごはシロだよ」
怖い。笑っているだけなのに、このギルド職員は怖い。「リカさんは、なかなかお盛んで結構ですね」と言うお兄ちゃんの笑顔が怖すぎて、夢に見そうだよ。
しかし、そこでカーボンさんが割ってはいった。
「おい、たまごの恋愛話は後にして……どうしてたまごが恋愛できるのか見当がつかないが……今は水龍のことが先だろう」
「そう! そうだよ、水龍だよ! とにかくふたりは出てこなくていいからさ。んじゃ、たまご、行きまーす」
わたしはカーボンさんの救いの手をがっつりつかみ、ひと息にまくし立てると穴を潜った。
『何者だァァァァァァァァ!? ここはお前のような人間の来るところではない!』
そこには、澄んだ水をたたえた地底湖が広がり、向こう岸にはわたしがもぎ取ったのと同じ鱗に覆われた、五階建ての建物くらいの巨大な青い龍がいた。
「あれ、喋った……んじゃなくてテレパシー?」
やたらと重苦しい声が、頭の中に響く。
『人間よ、命が惜しくば立ち去れェェェェェェ……え? ……人間? ……たまご? たまごか?』
「たまごっす!」
わたしはでっかい水龍に向かってたまごアームで「よっ」と軽く挨拶した。
なぜか一瞬、水龍がひるんだ。
「あんたが伝説の水龍、ウォルタガンダなの?」
『……たまごが喋った! もしや、中から雛が生まれるのか? ……わしが温めてやらねばならんのか?』
……水龍、結構いいやつなの?
水龍は戸惑ったように首を傾げていたが『いや待て、たまごとはいえ侵入者だ。とにかく、何者も立ち入ることは許さん!』と言い(正しくはテレパシーなんだけど、面倒くさいからいいよね)グアアアアアアアアアアアアア! と馬鹿でっかい声で吠えた。
あまりのでかさにあたりがビリビリと震動する。
こんなにでっかい声で吠えられたら、普通の人間じゃ腰を抜かすよ。
『命が惜しくば立ち去れい!』
かっと開いたその口から、白く輝く氷の槍が数本飛んできて、わたしの周りにずさずさと突き刺さった。
「リカさん!」
「たまご!」
「大丈夫、ふたりとも落ち着いて。この龍は危険じゃないよ」
わたしは、助けに飛び出そうとするふたりを止めた。
「危険じゃないって、すでに攻撃を受けているじゃないか」
剣を抜いたカーボンさんが言った。
たまごは、こちらに顔を向けて睨んでいる巨大な龍に向かってたまごアームを組み「ふふん」と言った。
「この龍はね、たまごにケガをさせないように計算した上で攻撃してるんだよ。最初に馬鹿でかい声で吠えてビビらせ、あらかじめ一歩も動けないようにしてから、氷の槍を放ったんだ。たまごが動いて槍が当たらないようにね。そうでしょ、ウォルタガンダ?」
『むう……』
「こんなにでっかい水龍が、力を誇示する必要なんてないでしょ。やる気なら瞬殺してるよ、それくらいの実力がある龍だよ。なのにあえて脅かしてきたのは、水龍を恐れさせて二度と人間を近づけたくなかったからじゃないの?」
『……貴様、ただのたまごではないな。何者だ?』
「よくぞ聞いてくれました! わたしは」
「通りすがりの旅のたまごです。キシテルの村の泉の水量が減少している件で、現地調査を行っております」
「この優良ギルド職員めえええええーっ! なんで事務的に済ませちゃうの! ここはたまごのキメゼリフをポーズをつけて言うところでしょ!」
「時間の無駄です、仕事は効率的に。ウォルタガンダ、僕は冒険者でたまご取り扱い主任者を兼任しているライルです。こちらはキシテルの村のカーボンさん。このたまごはたまご族の少女で自称アイドルのリカさんです」
『お、おう、そうか。いかにもわしがウォルタガンダだ』
和やかに事務的に紹介が終わってしまったよ!
「……水龍との出会いを踊りにしても」
「ダメです」
ダメ出しも早いよ!
「見たところ、この地底湖がキシテルの泉の水源で間違いがなさそうですが、水量の減少にあなたが関わっていますか?」
『うむ』
ちょっとちょっと、たまご抜きで話を進めないでよーっ!
いいとこ見せられないじゃないよーっ!
『しかし、なぜここがわかったのだ?』
「泉の湧いてるところにたまごアームを突っ込んだの。そしたら、ここがわかったの。これ、あんたの鱗でしょ?」
わたしはたまごボックスから輝く鱗を取り出して見せた。
『ぬ……ぬぬ……ぬぬぬぬぬぬ』
「リカさん……」
「バカたまご……」
青い水龍の、顔が赤く染まった。
『わしの鱗をむしったのは、お前かァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!』
怒りの叫びが響き渡った。
やべ。




