勇者召還編 たまごは魔導薬師
「か……は……ふっ……」
四つん這い状態で荒い呼吸をする、まだ若いおじさん。顔からは嫌な汗がだらだらと落ち、地面にしみを作っている。そして。
「リ……非常識……たまご……」
地面に大の字になり、空を見上げながら青い顔をする、フツメンだけどイケメンの冒険者。
「覚悟して……いたのに……このダメージとは……」
フツメン冒険者は、遠い目で呟いた。
「おかしいな、あらかじめちゃんと酔い止めを食べさせたのにな」
たまごアームを組んで、首を傾げるわたし。
たまごには首がないので、気持ちだけね。
『すごいたまごアイス』の効果でたまご酔いは起こらないはずなのに。
先ほどわたしはふたりをアームでしっかりつかみ、高さ500メートル以上はありそうな崖のてっぺんまで一気にジャンプ&たまご飛行をしたのだ。だって、普通に登っていたら日が暮れちゃうでしょ?
今、わたしたちは切り立った崖から5メートルくらいのところにいる。男性ふたりは、うっすらと草の生えた地面にこんにちはしているが、わたしは雲を下に見て「わあ、なかなかダイナミックな眺めだね!」なんて言いながら観光気分だ。
「ねえお兄ちゃん、なんで気持ち悪くなっちゃったの?」
眺めを楽しみながら、わたしはお兄ちゃんに言った。
「違う……そ、じゃなくって、ですね……」
ライルお兄ちゃんは、涙で潤んだ瞳で「精神的な問題です……」と呟いた。
「精神的? もしかして、ふたりとも絶叫マシーンは苦手なタイプだったのかな、わたしは結構好きで、いろんなのを……あ!」
ふたりは絶叫マシーンなんて乗ったことないよね。
この世界には馬と馬車くらいしかなさそうだし。
だとすると、たまごに抱えられていきなり何百メートルもの高さに飛び上がったら、酔う以前に怖いよね……やば。
わたしは、たまごアームでなんとなく口のありそうなあたりを押さえた。
どうやら上級者向けの逆バンジー状態は、素朴なファンタジー世界の住人たちには肉体的には耐えられても精神的には耐えれなかったようだ。
「カーボンさん、お兄ちゃん、無理させちゃってごめんなさい」
素直なたまごは反省して謝った。そして、薬草と毒消し草を素早く取り出すとアームに持って「ふたりの精神的なショックに効く薬を『調合』!」と唱えた。
すると、アームの先に『すごいシュークリーム』がふたつ、現れた。
「さあ、たまごの良く効く薬だよ。これは精神的なショックを和らげる働きがあるんだ。噛むとクリームが中からたぷっと出るから、気をつけて食べてね」
「いや……ちょっと……無、理……」
ふたりに向かってシュークリームを差し出したが、カーボンさんの四つん這いがぺちょんと崩れ、地面に横たわった。
「うわあ、カーボンさんが大変! お兄ちゃんはひとりで食べられる?」
「……はい、なんとか」
仰向けのお兄ちゃんは、シュークリームを受け取った。たまごの薬を使い慣れているから、効果が絶大であることを知っているのだ。
器用に小さく噛み、中のクリームを少しずつ吸った。前に食べた時には(たまごの計略にはまって)口の周りをクリームだらけにしてしまったので、今回は警戒して上手く食べているようだ。さすがはAランク冒険者だけあって、同じ失敗は二度しないようだね。
ライルお兄ちゃんの方は、シュークリームを食べ出したらすぐに調子が良くなったようで、起き上がって「やっぱりこのシュークリームというものは美味しいですね」と味わって食べている。顔色もよく、精神的なダメージはすっかり消えたようだ。
「ほら、カーボンさん。たまごを信じて一口でいいからかじってみなよ」
わたしがカーボンさんの口にシュークリームを押しつけると、こちらはまだ真っ青な顔をした彼も小さくかじった。
おやおや、この『すごいシュークリーム』を初めて食べるのに、口の周りをクリームだらけにしないとは、この人はただものじゃあないね!
「……うん? これは……」
地面にうつ伏せになって『生ける屍』のようだったカーボンさんは、シュークリームを飲み込むと目を開けた。
「さくっと香ばしい皮に、とろけるクリームだと? それに、なんて良い香りのする甘いクリームなんだ」
「バニラビーンズが入った、本格的なカスタードクリームだからね。たまごだって最高級品なんだから。それがパリッと焼かれたこんがりシューにたっぷり詰められて、もう美味しいのは確実……って、グルメな感想を口にできるくらいに回復したんだね。さすがは『すごいシュークリーム』だよ。さあ、起き上がって食べなよ」
「おお、すまん」
こちらも、たったの一口で薬の効果が出たカーボンさんは、すっと身体を起こすと『すごいシュークリーム』を受け取った。
たぷっ!
ああ、まんまとクリームを溢れさせて、顔がクリームだらけになっているよ。でも、まったく気にしてないところを見ると、シュークリームがよっぽど美味しいんだね。
「美味かったし、気がついたらすっかり気分が良くなっていた。たいした効き目の薬だ、さすがは魔導薬師だな。ありがとう」
「直ってよかったよ。いい眺めを見ながら、少し休憩しよう」
わたしはふたりに少しぬるめの緑茶を渡しながら言った。実は自分もシュークリームが食べたくなって、わたしもたまごの中でこっそりおやつにしていたのだ。香りの良いお茶を飲み、ふうっとひと息つく。
「で、これからのことなんだけどさ」
わたしはたまごの地図を立体展開させながら言った。
「カーボンさんは、ここに来たことはあるの?」
「いや、ない。だいたい、このとんでもない崖を登ろうとする者は今までいなかったからな」
渋いお茶が似合う渋い男は言った。
「じゃあ、わたしの地図に従って進むね。この先に行くと洞窟があって、下へ道が続いてるんだよ。そして、その奥に地底湖らしきものがあるの。たぶん、そこに水龍がいるんだと思うよ。地底湖からの水が泉の湧き水になってるんだろうね」
「そんなところにそんなものがあるなんて、誰も知らなかったな。しかし、魔法の暴走で偶然ここにやってきた旅人のあんたが、なんでそこまでわかるんだ?」
「たまごですから」
お茶を飲み終えたライルお兄ちゃんが、落ち着いた声で言った。
「おい、なんでもそれで片づけるのは……いや、こうも次々と非常識なことをされると、なんだかもうどうでも良くなってきたな。まあ、たまごだから仕方がないな」
「そうですよ。ははははは」
「ははははは」
精神を安定させる『すごいシュークリーム』のお陰か、和やかに笑い合う男ふたりである。
めでたしめでたし。
さあ、謎の地底湖に出発だ!




