勇者召喚編 泉の秘密
たまごのスクリーンの地図には、たまごアームの軌跡がはっきりと映っているので、この通りに進めばカーボンさんの言う水龍なんたらかんたら……
「水龍ウォルタガンダですよ」
どうしてお兄ちゃんはたまごの考えてることがわかるの!?
まあ、その水龍ウォルタガンダの所まで行けるだろう。
そうしたら、泉の水が減っている原因をなんとかできるはずだ。
「ライルお兄ちゃん、この鱗の持ち主を調べに行こうよ」
「わかりました」
お兄ちゃんは頷いた。
「水龍のもとへ俺も同行してもかまわないか?」
カーボンさんが行った。
村の代表者として、行ってもらった方がいいのかな。狩りが得意なら、山歩きも大丈夫だろうし。
わたしとお兄ちゃんはうなずき合った。
「カーボンさんは、水龍に出会ったことがあるのですか?」
「いや、ない。というか、村の誰も会ったことなどないだろう。水龍ウォルタガンダというのは種族名ではなく、ただ一匹の偉大な龍と言われ、伝説の存在に近いんだ。だから、その鱗を見て俺は『ウォルタガンダ』だと言ったが、実際はトカゲの突然変異体や魚の鱗である可能性の方が高い……」
「ねえねえ、魚の鱗をむしったら、地震が起きると思う?」
カーボンさんに尋ねてみた。
「……思わないな……」
「なるほど。伝説の水龍が水源になんらかの関与をして、泉の水を減らしている可能性が高いわけですか。そして」
お兄ちゃんはわたしを見て、ギルド職員の営業スマイルで言った。
「リカさんは、伝説の水龍の鱗をむしり取っちゃったわけですね」
「あ……や、そ、そうかな? あは、あはは……」
アームに握りしめた鱗を見ながら、だらだらとイヤな汗をかくたまごだよ。
わたしはキラキラと輝く鱗を素早くたまごボックスにしまうと、たまごアームをわたわたと動かして言った。
「ほら、遅くなるといけないからさ、さっさと行こうよ、ね。原因をみんなで調査! そして、解決!」
「そうですね、早く行った方がいいですね」
出発の前にカーボンさんはいったん村に戻り、たまごが謎の鱗をむしり取っちゃったことと、泉の水源調査に行くことを村長さんに報告することになった。
「ねえお兄ちゃん、泉を調べるように神から連絡が入ってるから、進み方としては間違ってないと思うんだ。だけど、この鱗の持ち主が『水龍ウォルタガンダ』っていう元々この世界にいる伝説の魔物だとしたら、わたしたちが探している、世界のつなぎ目から抜け出ちゃった魔物ではなさそうだね」
「そうですか、神からの連絡が……。その鱗の主が伝説の『水龍ウォルタガンダ』か、もしくは異世界の魔物かはまだわかりません、しかし、それが泉をせき止めている可能性が高いですから、排除する必要はありますね。そしてリカさん、出発前に一言言わせてください」
「え、い、いいよ、もちろんいいよ、さあどうぞ」
お兄ちゃんがにっこり笑ったので、たまごは泉のほとりで愛の告白でもされるのかと期待してしまうよ。なかなかロマンチックな雰囲気だね。ドキドキしちゃうね。
「龍がいるようですが」
……あれ? 違うみたい。
「うん、龍がいるけど?」
「惨殺はしないでくださいね」
「……え?」
「ヤタマノオロチの時みたいに、長い首の皮と肉をほそーくほそーく割いて、全部剥いてはたきみたいにしたり」
「え?」
「鱗が堅いからと言って、エビルリザンの時みたいにめったやたらと体当たりして、全身の骨をバキバキに砕いてグダグダのぐにゃぐにゃにしたり」
「え?」
「アイアンゴーレムの時みたいに全身を無惨なほどボコボコのへこみだらけにしたりせず、ヤるならひと思いに、苦しまないようにお願いします。一応僕たちは勇者として召喚されているので、悪魔のような惨殺たまごが現れて、伝説の龍を残酷な方法で葬った、などという噂が国中を駆け巡るような事態は避けたいのです。いいですね?」
そ、そんな、お兄ちゃん!
わたしは決して惨殺たまごなんかじゃないよ、今は『魔導薬師』とか『魔導調理師』とかものすごーく平和的なお名前をもらっている、愛すべきたまごなんだよ。
そんな、龍が出たからって、無惨なヤり方なんて……たぶん……しないと……。
あれ?
それ以外にどうやって倒せばいいの?
ええと、ええと……。
「なので、僕の指示に従って戦いましょう。いいですか?」
「はい、お兄ちゃん!」
可愛いたまごは問題を丸投げすることにし、お兄ちゃんによいお返事をした。
「で、この切り立った崖を登ったら、そのまま直進してすぐだね」
「……」
カーボンさんは、崖を見て絶句した。
ここまで、結構な険しい山道を進んで来たので、みんなお疲れである。
たまご以外は。
でもって、行き止まりになった先の崖を見て、男性ふたりは『うわあ』という顔になったところである。
「やっぱり、伝説の龍のいるところに到達するのは、並大抵のことじゃなさそうだね」
「1日で着く場所にいるのは、近いと言っていいでしょう」
「いや、普通1日で着かないだろう? 結構ムチャな道中だったぞ?」
げんなりした顔のカーボンさんが突っ込みを入れる。
確かに、落ちたらヤバい裂け目とか、激流だとか、たまごがふたりを抱えてぽーんと飛び越えちゃったしね。
魔物の群れがいる危険地帯は、たまごが猛スピードで体当たりしまくって綺麗にお掃除しちゃったしね。
唖然とするカーボンさんに、ライルお兄ちゃんは何度も「たまごですから」と囁いていたよ。
「しかし、この崖は、いくらなんでも簡単には登れないだろう」
「なにを言ってるの、このたまごに不可能はないよ! えっと……」
わたしはたまごボックスからごそごそと薬草と毒消し草を取り出して「酔い止めの薬を『調合』!」と唱えた。途端に現れる、2本の『すごいたまごアイス』。
「さあ、これを食べなよ」
わたしはふたりにアイスを渡した。
「なんだ? 突然おやつの時間か?」
カーボンさんが怪訝な顔で言った。
「違うよ。あのね、これはとても美味しいおやつなんだけど、実は良く効くたまごの薬なんだよ。気分が良くなって、特に乗り物酔いに良く効くんだ。もちろん、普通におやつとして食べてもオッケーだけどね」
「薬?」
しゃくしゃく食べながら、カーボンさんはまだ首をひねっている。
「ははは……酔い止めの薬が必要な事態、なんですね……」
不安そうなライルお兄ちゃんも、アイスをしゃくしゃく食べる。
「そうだけどさ、まあ、大船に乗った気持ちでたまごに任せてよ」
こっそり自分のアイスも出したわたしは、たまごの中でしゃくしゃく食べる。
このアイスは、さっぱりしたカスタード味で、本当に美味しいんだ!
「じゃ、食べ終わったところでさ、行くからね」
「行くって……どこへだ?」
怪訝そうなカーボンさんの身体と、観念した顔のライルお兄ちゃんの身体に、たまごアームをしゅるしゅると巻きつける。
「もちろん、崖の上だよ。さあ、しゅっぱーーーつ!」
わたしはコントローラーを操って、たまごを大きくジャンプさせた。
最後はBボタンで、垂直たまご飛行だ。
ぽーん、ぽーん、ぽーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!」
Bボタンを押しっぱなしなので、高く高くひたすら高く飛び上がるよ。
そして、カーボンさんの悲鳴が響き渡るよ。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
カーボンさんの声が枯れた頃、わたしたちは崖の頂上に着地したのであった。




