勇者召還編 村の水不足
さてさて、大量に放出した魔物の肉のおかげもあってか、突然現れたわたしたちであったが、キシテルの村の人たちに大変歓迎された。
小さな村なので普段は旅人が立ち寄ることも少なく、宿屋などというものはない。そこで、わたしとライルお兄ちゃんは、村長さんのうちにご厄介になる……はずであったが。
「ってことで、わたしは裏の空き地にたまごハウスを出させてもらうからね、お構いなく」
村長さんの家でお茶を飲みながらたまご饅頭をかじり、わたしは言った。
外ではわいわいと談笑しながら、たくさんの肉に興奮する村の人たちが獲物をさばき、今夜の肉祭りの準備が滞りなく行われている。味付けの時にはわたしが呼ばれることになっている。
醤油の使い方を教えなくちゃいけないからね。
あれは、仕上げにうまくあぶらないと、焦げて苦いだけになるからね。
わたしは村長さんの家のテーブルにたまご饅頭とたまごサブレを出し、カーボンさんを加えて4人でお茶を飲みながら交流を深めていた。
キシテルの村のお茶は、香ばしく炒ったハーブが使われていて、少し日本茶に似た感じなので、お饅頭によく合うね。
「村長さん、ライルお兄ちゃんのことだけよろしくね」
「わかりました、リカさん……まだその『たまごハウス』なるものが想像つかないのですが」
そこに、ライルお兄ちゃんののほほんとした声がはさまった。
「想像を超えるものなので、気になさらない方がいいかと思いますよ」
鎧を脱いで、村長さんが手配してくれた普通の服に着替えた(『あんなにたくさんのお肉をいただいてしまって、どうお礼をしたらいいのやら』と言って、必要な物をできる限り用意してくれると申し出てくれたのだ)ライルお兄ちゃんは、たまご饅頭を食べながらお茶を飲んでいた。
「他にも想像を超えることが多々出てくると思いますが、すべてスルーしてください」
「スルー、ですか」
「そうです。『たまごだから仕方がないな』と呟くのもいいですね」
「……なるほど。心得ておきます」
村長は、魔法の呪文を手に入れた!
じゃなくって。
「ちょっとちょっとお兄ちゃん!」
「リカさんは『お兄ちゃん』と呼んでいますが、僕の妹分ということで、もちろん本当の兄妹ではありませんから」
「……お兄ちゃん……」
突き放されたような気持ちになって、わたしは力なく言った。
そりゃあ、本当の兄妹じゃないけどさ。
「気のいいたまごです」
そう言って、ライルお兄ちゃんはたまごの頭をつるっと撫でた。
撫でた!
お兄ちゃんが撫でたよ!
お兄ちゃんが、たまごを、つるっと、
「ところで、先ほどリックから話を聞いたのですが」
話題を変えるの、はえーよ!
気持ちの行き場をなくしたので、わたしはとりあえずお茶をすすった。
そして、リックのお父さんのカーボンさんを見た。
この人はさっきからなにも発言していないけれど、もしかして、村長さんの用心棒としているのかな。
「この村は、水が不足している傾向にあるとのことですが」
「はい、そのとおりです」
村長さんは、顔をくもらせて言った。
「今までにはなかったことですが、このところ雨の量が減りまして。しかも、飲み水や生活用水として使われていて、ずっと豊かな水が湧き出していた泉の水が、ここに来て減ってきているのです。こんなことは初めてで、原因はまったくわかりません。先日、王都へ相談の使いを出しましたが、返事はまだ来ません」
「そうですか」
お兄ちゃんは首をひねる。
わたしも首をひねる。たまごには首がないから、中でひねる。
異常気象が起きているのだろうか。雨不足とか、干ばつとか、元の世界ではよく耳にする話だ。
しかし、泉の水ってそんなに簡単に枯れるのかなあ。
井戸とか湧き水とかって、割と安定しているものだと学校で習った気がするんだけど、この世界では違うのかな。
その時、たまごの中でポーン、と効果音が鳴り、『泉を調べてみましょう』とヒントが出た。どうやら、神もどこからか村の様子を見ているようだ。
「お兄ちゃん、泉を調べてみようよ」
わたしは、たまごアームの先でお兄ちゃんの腕をつんつんとつついた。
「そうですね。せっかくですから、明日にでも見せてください」
「ありがとうございます」
と、そこに村のおかみさんがやってきた。
「たまごの魔導調理師さま、そろそろ味付けの指導をお願いします」
「わかった! 塩と香草で軽く味をつけてあるね?」
「はい、その通りにして、さっとあぶりました」
わたしは「んじゃ、ちょっと味付けしてくる!」とたまごアームをしゅたっ! と上げ、おかみさんの後に着いていった。
肉祭りは盛況に終わった。
あぶって醤油をさっと塗り、さらにあぶって香ばしさを出したうさぎ肉は絶品だったし、キシテル村の郷土料理である鹿肉(正しくはドゥーパー肉だけど)の煮込みも美味しかった。余った肉は燻製にされたのだが、蒸して軽く燻された鹿肉はまた違った風味で美味しかったし、村で採れたみずみずしい野菜の料理もたっぷりと添えられていた。
ま、全部美味しかったってことだよ!
そして、リックのおねだりに応えて、食後は村人たち全員に『すごいたまごアイス』をふるまった。薬草も毒消し草もたっぷりあるからへいちゃらだ。
ライルお兄ちゃんは村長さんのお宅に泊まり、わたしはたまごハウスの小さい方を出して(興味津々の村の人たちに見守られながらね)ゆっくり休んで朝を迎えた。
「じゃあ、行ってきまーす」
わたしは村長さんに元気に挨拶をして、たまごアームをふりふりした。リックのお父さんで、村ではなかなかの使い手であるらしいカーボンさんの案内で、お兄ちゃんと3人で泉の水が枯れてしまった件を調査しに行くのだ。
「ここがその泉なんだが」
それは村からすぐ近くで、植物の生え方からするとおそらく普段の水量の半分くらいの深さのようだ。泉からは水路が掘られていて、村に引き込まれるようになっているのだが、今はそこまで水位が来ていない。
「なるほどね。じゃあ、今はここまで水汲みに来ないといけないし、この量じゃ畑に撒く分までは賄えないね」
「ああ、その通りだ」
剣を腰に差したカーボンさんは、顎に手を当て難しい顔をした。苦みばしった、なかなかのいい男っぷりである。
リックも大きくなったら、こんな感じのいい男になるのかな。
たまごも、アームを顎に当てて、ふふん、とポーズをとってみた。
お兄ちゃんに呆れたような目で見られた。
「生活は不便ですし、今後も水量が減る恐れもあるので心配ですね。水が湧くのは……このあたりなのでしょうか」
お兄ちゃんが屈んで、泉の中を調べた。わたしも隣からのぞきこむと、ポコポコと湧き出す水が見えた。
「以前はもっと勢いよく湧いていたんだが……」
なるほどね。この先を辿ると、なにかわかるかもしれない。
「ねえ、ここにたまごアームを突っ込んでみるね」
「あっ、リカさん!」
わたしはたまごの白身のようなたまごアームをうんと細くしてグラスファイバーのようにすると、泉の湧き口に差し込んだ。
おお、素晴らしい。スピードをあげてするすると入っていくよ。
「たまご、アームのルート表示をお願い」
新しいスクリーンが開くと、地図上に進むたまごアームが表示された。山の中に入っていくよ。
かなり進んでから、アームの先になにかが触れた。
なんだろう。ちょっとザラザラして固いや。
わたしはそれをアームで掴み、ぶちっと引っこ抜いた。
そのとたん、地面がぐらぐらと揺れ、どこかから咆哮のようなものが聞こえた。
急いでアームを回収する。
「リカさん、あなたはなにをやったんですか!?」
村で、突然の地震に驚いた人たちが騒いでいる。
「水が増えた! いや、また減って……なんだこれは」
水量が不安定になってしまった。
ということは、やっぱり原因は。
わたしは、たまごアームの先につかんだものをふたりに見せた。
「泉に詰まっているのはこれだよ。なにかが水をせき止めてるんだ」
「こ、これは……」
青く輝く、直径約5センチくらいの鱗のようなものを見たカーボンさんが「この眩いばかりに光り輝く鱗は、まさか、水龍ウォルタガンダ?」と呟いた。




