勇者召還編 村へ行くよ
「ねえ、気になってたんだけどさ」
薬草と毒消し草をたっぷり集めて、わたしたちは川の所まで戻ってきた。
リックはお兄ちゃんの強さにすっかり感服してしまったようで、戦隊ヒーローを見るようなキラキラした瞳でお兄ちゃんに話しかけている。
ライルお兄ちゃんは、「ライルお兄ちゃん、すごく強いね! どうしたらお兄ちゃんみたいになれるの?」と興奮した子犬のようにはしゃぐリックに聞かれ、「リックくらいの歳ならば、基本的な練習を毎日行い、できれば実戦の経験を重ねて魔物に慣れていくといいですね。剣を振る力が出るのは実は下半身だということを意識して、普段の生活の中で足腰の筋力をあげていくと、安定感が変わってきますよ」なんて優しく相手をするお兄ちゃん……って、おかしいよ、わたしに対する態度とは全然違うじゃん!
たまごだってお兄ちゃんのことはかっこいいと思ってるんだよ。顔はフツメンだけど。
戦ったら……勝てる気がするけど。
だけどさ、お兄ちゃんとは長い付き合いだしさ、家族公認の仲なんだし、もっとたまごにも優しくするべきだと思うよ!
……ちょっぴりすねちゃうたまごなの。
で、お兄ちゃんを殻の中から睨みつつ、川の側に置きっぱなしだったバケツに水を汲むリックに、わたしは尋ねた。
「川の水を汲んでどうするの? ここから村は少し離れてるんでしょ?」
「畑に撒こうと思ってるんだ」
リックは、暗い表情で行った。
「この国には聖女さまが3人いるって言ったでしょ? 聖女さまは、村の泉にも祝福をくださっているから、生活に必要な水はそこで汲めるんだけど……最近、水の量が減ってきたんだ。それに、雨の降る量も減ってきてるの。村長さんが王都の神殿に問い合わせてくれているらしいんだけど、畑に泉の水を使えないから、こうやって川まで汲みに来てるんだ」
「そうなんだ」
水の量が減ってきた。
そして、雨の量も。
これは単なる偶然かな?
わたしはお兄ちゃんと顔を見合わせた。
「お手伝いで大変ですね。でも、水汲みはいい筋力トレーニングになりますよ」
「えっ、そうなの?」
「足腰が鍛えられますね」
お兄ちゃんがそう言って笑うと、リックも「じゃあ、僕、がんばるよ!」と笑った。
村の入り口には特に門もなく、番人もいなかった。魔物に襲われる危険性が、聖女のおかげで低いからだろう。リックは「村長さんに話してくるから、ちょっとここで待っててね」と言い、バケツを持って行った。
「リックの口調からは、切羽詰まったものは感じられませんでしたが、水不足を放置すると深刻な事態になりかねませんね」
水の重要性を知っているライルお兄ちゃんが言う。
「うん。この世界は『聖女さま』の力でかなり安全な環境が保たれているらしいね。でも、今後はどうなるか、わからないと思うよ」
飲料水が不足したり、食糧が不足したり、そんな事態になったらこんな辺鄙な村は途端に飢えるだろう。
それに、泉を管理する聖女の力が弱っているとしたら、森の結界も信用できなくなる。
「この件は、村長さんにも聞いておこうよ。なに、美味しいおやつでも渡したら、ぺらぺらと」
「賄賂で事を済まそうとするのはやめなさい」
「てへっ」
そうこうしていると、大人が数人現れた。
「こんにちは、旅のお方。わたしが村長のルクトです」
「リックの父の、カーボンだ」
白髪頭のおじさんと、オレンジ頭の若いおじさんが言った。若い方のカーボンさんは、かなりがっちりした身体をしている。
ふたりとも、リックから話を聞いているせいか、たまごを見てもあまり驚かない。ちょっと『おおっ!』と声なき声をあげたくらいだ。
「初めまして。突発的な事故でミランディア国を旅することになりました。冒険者のライルと申します」
冒険者にしては丁寧な自己紹介をするライルお兄ちゃんに、おじさんたちは会釈した。
「その気品のある物腰、もしやどこかの国の騎士さまなのでは?」
「いえ、もっぱら冒険者ギルドで仕事をしています。もちろん有事には剣を持って対応しておりますが」
おじさんたちは再び『おおおっ!』となった。
「リックより、大変な腕前だと聞きました」
「息子は俺が鍛えているから、目は確かだ。ドゥーパー3匹をひとりで倒すとはたいしたものだが……獲物はまだ森なのか?」
「いや、持って帰って……」
「ちょっとちょっと! このたまごを無視して話を進めないでよ!」
わたしはたまごアームを身体の前で組みながら言った。
「レディの名前も聞かないなんて、失礼きわまりないよ!」
「レ、レディ……」
村長は口ごもったが、この人はさすが村長を務めるだけあって、すぐに笑顔になって「大変失礼いたしました」と頭を下げた。
「わたしは、たまご族の戦士、リカだよ。はっきり言わせてもらうけど、最強のたまごアイドルだからね。趣味は肉祭りを開くこと。よろしくね!」
「……戦士? 魔導薬師と聞いてますが」
「わたしはいろんな才能に溢れた、マルチなたまごなの。困ったことはなんでも解決してあげるからね、この親切なたまごにまかせなよ!」
「は、はあ……」
村長はちょっと戸惑っている。
ライルお兄ちゃんが苦笑して言った。
「人騒がせではありますが、リカさんの言ってることは本当です」
村長とカーボンさんは、顔を見合わせた。
「ねえ、この村の人たちは肉は好き?」
「はい、肉は大切な食料ですので、ありがたくいただいてます」
「俺は狩りもできるから、時々森で魔物を狩ってくる」
「へえ。お父さんの影響もあって、リックも早く狩りをしたいんだね。じゃあさ、獲物を渡すから、さばいて肉祭りの支度を頼むね」
「え?」
ぽかんとするおじさんたち。
「リカさん、話もせずにいきなり祭りですか?」
額に手を当てたお兄ちゃんが、ため息まじりに言った。
「難しい話の前に、美味しい肉をお腹いっぱい食べて仲良くなろうよ。出すよー」
わたしはたまごボックスから、倒したばかりのドゥーパーを1匹と、ラビータを20匹出して地面に並べた。
「ええええーっ!?」
おじさんたちは驚きの声を上げ、いつの間にか集まってきていた村の人たちも驚いて「あれ、どこから出したんだ!?」「あんな立派なドゥーパー、しかも首がすぱっと落とされてる……」「ラビータの山! 数が非常識すぎだ!」などと口々に言っている。
「こっちのうさぎはたまごが狩ったの。お肉が美味しかったからさー」
「た、たまごさまが狩りを? どうやって?」
「こうやって」
村長が敬語になって尋ねたので、わたしはラビータをひとつ持ち、空にポーンと放り投げた。
「ほら!」
先端をはじめとする硬く尖らせ、半透明になって光るたまごアームで、ラビータの喉をシュッ! と貫いた。
「こんな感じで、取り放題だよ」
「ひょっ!」
たまごアームからぷらんとぶら下がるうさぎを目の前に突きつけられた村長は、息を飲んだ。
「目にも止まらぬその動き、見事だ!」
顎をさすって感心する、オレンジ頭のカーボンさん。
「なるほど……おふたりとも手練れの戦士とお見受けする」
「まあまあ、そんなに堅くならないでさ! 仲良くしようよ。まずはこれらをさばいて肉祭りだよ、あ、うさぎの味付けはこれにしない? 昨日焼いた残りなんだけどさ、美味しかったからまた食べたいんだ」
わたしはラビータを元の位置に戻すと、昨日の夜に香ばしく焼いたうさぎの肉をたまごボックスから出して、村長とカーボンさんに渡した。余った肉は、周りを囲んでいる村の人たちに配る。
「一口ずつになっちゃうけどさ、味見しなよ」
おそるおそる肉を受け取って口に入れた村人たちは目を丸くして「なんだこの味は!?」「美味い! 香ばしい!」「柔らかいうさぎ肉がカリッと焼かれて、中からは肉汁が溢れてきて……これは美味すぎる……」と感激の声をあげて肉を噛みしめる。
「素晴らしい! なんて美味い調理法なのだ!」
ふふん、焼きたてをそのまま保管できてるからね、味には自信があるよ!
「この『醤油』っていう調味料をかけて炙るんだよ。肉をさばいたら、このたまごが作り方を指導してあげるよ」
お肉をお腹いっぱいにたべられる期待で、明るいざわめきが起こる。
「なんと! たまご族のリカさんは、魔導調理師なのですか!?」
「こんなに美味しく肉を焼くなんて、ただ者ではないです、絶対にスキル持ちでしょう!」
村の人から、そんな声がかかった。
あれ、肩書きがまた増えたね。
まあいいや。平和的な肩書きだし。
わたしは胸を張って、「肉のことなら、狩ってくるところから料理まで、このたまごにどかんとおまかせだよ!」と言った。
村人たちは「おおおーっ」とざわめき、やがてその場は「たまごさん、バンザーイ!」「肉祭り、バンザーイ!」と大きな拍手に包まれたのだった。




