勇者召還編 薬草がたっぷり
「ねえリック、さっき森から魔物が出てこない、みたいなことを言ってたけど」
尋ねると、素朴な村の男の子であるリックが振り返った。
「うん、もちろんだよ。なんで……あ、もしかして、リカお姉ちゃんたちはミランディアに来るのは初めてなの?」
左右を確認しつつ、慎重に森の中へと進むリックが言った。その後ろにはわたし、そしてライルお兄ちゃんが続く。もちろん、わたしは『たまご索敵』の画面を見ている。周辺には魔物はいないようだ。
「そうなんだ。だから、ミランディアのことは全然わからなくって。リックがいろいろ教えてくれると助かるんだ」
「いいよ、僕でよければ、知ってることを教えるよ」
にこっと笑う。出会ったばかりの、通りすがりの冒険者であるわたしたちに優しいリックは、とても親切でいい子だ。
たまごのお気に入りに登録したよ!
「でも、森のことも知らないなんて、どうやってここにたどり着いたの?」
ぎくり。
「リック、実は僕たちは、魔法の暴走に巻き込まれていきなりミランディア国に飛ばされてしまったんですよ。とても遠くからここに来たので、この国のことはほんの少ししか知識がないのです」
お兄ちゃん、ナイス!
頭の回るギルド職員は、情報をうまく隠しながら真実も混ぜた説明をした。魔法じゃなくて神力ってことだけが違うけど、あとは本当だもんね。
「うわあ、それは大変だったね!」
リックはあっさり説明を受け入れた。
この国も、魔法の暴走があるのかな。
「このミランディアには聖女さまが3人いてね、その力で人が住む場所には魔物が近寄らないようにしてくれているんだよ。僕の住んでるキシテルの村も、さっきの川を境にして森から魔物が出てこないように守られてるんだよ。魔物を狩ることも僕たちの生活に必要だから、あんまり遠くに境は作らないんだって」
魔物の肉は食料になるし、確認はしていないけれど魔石もエネルギー源として使われているのかもしれない。骨や皮も装備の材料になるのだろう。
「僕はまだひとりで森に入れないけど、あと4年たって、試験に合格したら、狩りの許可を村長さんが出してくれるはずなんだ。だからもう、ラビータ1匹くらいなら自分はケガしないで倒せるよ」
「ええっ、その歳でラビータをヤれるなんて強いじゃん!」
わたしが誉めると、リックはえへへと笑った。
「でも、僕はまだ身体が小さいし、力も足りないから、2匹になるとダメなんだ。持てる剣もまだ軽いのだから、一回でラビータにとどめがさせないんだ。毎日剣の練習をしてるよ。大きくなったらたくさん狩りをして、いざというときはキシテルの村を守れるようにならなくちゃいけないからね」
そう言うリックの顔は、日本の男の子のものとは違う表情だった。ビルテンのエドもそうだったけど、やはりミランディア国も日本よりも生活が厳しいんだな。
「あ、ここだよ。リカお姉ちゃん見て、この草が薬草。こっちが毒消し草なんだ」
森の中の少し開けた所に着くと、リックが言って植物を指さした。
そこは、薬草と毒消し草の群生地だった。
「わあ、たくさん生えてるよ! リック、全部採っちゃっても大丈夫なの?」
「うん、ここは魔力が強い場所だから、こぼれた種でどんどん育つんだ。遠慮なく採っちゃって平気だよ。全部採っても明日の朝には元通りに生えてるから。地面に根を張っていて、かなり固いから、掘るのが大変だけど……」
「よっしゃ!」
シャキーン。
わたしはたまごアームの先を採取用スコップの形に変えて、半透明化させた。そして、硬くなった先端を薬草の根本に差し込む。
さっく。さっく。さっく。さっく。さっく。さっく。さっく。さっく。さっく。さっく。
「よし、いい感じ」
さくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさく。
わたしは採ったそばから薬草と毒消し草の根元の土を払い、たまごボックスの中に収納していく。
わたしの手際の良さに、リックのお口はぽかんと開き、ライルお兄ちゃんもいったんぽかんとなったが「……まあ、たまごですしね」と閉じた。
「こんなもんでいいかな」
スクリーンにアイテムを表示すると
薬草 たっぷり
毒消し草 たっぷり
と表示された。
「リックのおかげでたくさんの薬草と毒消し草が採れて助かったよ! ありがとうね」
お礼を言うと、リックはこくこくとうなずき「リカお姉ちゃんは魔導薬師だったんだね! すごいや!」と尊敬の目を向けてくれた。
初めて聞く肩書きだけど、たまごにぴったりだ。これからは『魔導薬師の冒険者』って名乗ろうかな。世のため人のためっていう感じの響きがあるから、『殺戮たまご』なんて言われるよりもずっといいね。
「じゃあ、そろそろ森を出て……あ、魔物が来るよ」
たまご索敵画面にうつった赤いたまごを確認したわたしは、強さを調整するスケールをいじった。
「そんなに強くないね。ラビータとかアラピーグよりも少し強いくらいで、3匹来るよ」
「僕が倒しましょうか」
「うん、お願い。右手斜め前方からやや早いスピードで近づいてくるからね。リック、ライルお兄ちゃんがさくっと魔物をやってくれるから、こっちでたまごと見学していよう。お兄ちゃんはすっごく強いから、いい勉強になるよ」
「うん」
わたしは、丸腰のリックの手を引いて、安全な場所に下がった。
返り血を浴びたら、リックの服が汚れちゃうからね。
「来ました」
「ドゥーパー、鹿に似た魔物で角で攻撃してくる。素早さを魔力で底上げしてるから、見かけよりも素早い動きだって。あ、美味しいお肉がとれるよ!」
かなりどっしりとした鹿の魔物が現れたので、たまごのスクリーンで鑑定した結果をお兄ちゃんに伝える。
ミスリルの鎧に身を包むお兄ちゃんを見て、一匹目のドゥーパーは鼻息を荒くして突進してきた。その迫力にリックが息を飲んで、たまごアームをきゅっと握った。
が。しかし。
鹿ごときに後れをとるライルお兄ちゃんではない。
ミスリルの剣を閃かせ、鹿を軽くいなすとくるりと剣を返し、一撃で首を落とす。
巨大な鹿の魔物がどうと倒れたので、お兄ちゃんの邪魔にならないように「ふんふんふん、鹿の肉~、大儲け~、丸儲け~」と鼻歌を歌いながらたまごボックスにしまった。
一匹目があっさりヤられたのを見て、2匹めと3匹目のドゥーパーは連携してお兄ちゃんを攻撃することにしたらしい。2匹並んで突進してきた。
「ドゥーパーが2匹なんて! お兄ちゃん、逃げて!」
が、しかし。
ミスリルの装備に身を包むキラッキラのランクA冒険者の辞書には、逃げるなどという選択肢はないのだ。
ひらりと身をかわしながら、角を叩き斬る。バランスを崩してよろめいたドゥーパーに近づくと、喉をざっくりと斬った。そして、攻撃対象を見失ってとまどうもう一匹のドゥーパーの背にひらりと飛び乗ると、剣を振るって首を両断した。
「お見事!」
いそいそと獲物をしまうたまごだよ。
「ね、お兄ちゃんは強いでしょ」
「……す……すご……」
驚きのあまり、声も出ないリックは、目をまたしてもまん丸にしていた。
そんなに見開くとおっこっちゃうよ。
お兄ちゃんは剣を一振りして血糊を落とし、綺麗にすると鞘にしまった。その姿もカッコ良く、リックはうっとりと見とれている。
ああっ!
たまごに集めたリックの尊敬の気持ちが、さざーっとライルお兄ちゃんに持って行かれちゃったよ!
「では、リック、キシテルの村に案内してもらえますか?」
「……は、はい!」
頬を染めたリックが、瞳を輝かせながら言った。




