勇者召還編 第一村人との遭遇
「あ、お兄ちゃん! 魔物じゃないのがいるよ」
たまご索敵の画面に、初めて青いたまごを確認したわたしは言った。
この画面は、敵は赤いたまご、害のない人は青いたまごで表示されるのだ。
わたしたちは魔物を狩りながら、川沿いに結構な距離を下ってきた。時折強そうな魔物が索敵画面上に表示されると、森の中に足を進めて主にライルお兄ちゃんが魔物を倒した。
この世界でもわたしの強さはやっぱり非常識なようで「あなたにはウォーミングアップとか異世界の戦いに慣れるとか、全く必要がありませんから」と言われてしまったのだ。
ま、そのうちドラゴンでも出てきたら、たまごが活躍しようかな!
なので、わたしはもっぱらナビゲーション係を受け持った。道を確認しつつ、高く売れそうな魔物を探してお兄ちゃんに教えるのだ。
おかげでたまごボックスは倒した魔物でいっぱいだ。これを売ったら儲かりそうだね、うひひ。
そうこうしているうちに、川の側に青いたまごの表示を見つけたのだ。
「良かったあ! 人がいるってことはさ、集落も近いってことだよね。お兄ちゃんとのキャンプ生活も楽しいけどさ、やっぱり新しい友達をたくさん作って楽しくわいわいやりたいよね!」
「そうですね」
この世界に来た目的などすっかり忘れたわたしがわくわくしながら言うと、お兄ちゃんはそんなたまごを優しく見て言った。
「いい人たちだといいですね」
「うん、やな奴にはたまごのお仕置きだよ!」
「必ずその前に僕に相談してください」
若干笑顔が硬くなる『たまご取り扱い責任者』。
「あ、そうだ、たまごのすごい薬が作れるように、早いとこ薬草と毒消し草の手に入れ方も教えてもらいたいんだよ」
「そうですね」
「ああもう、こうしてらんないや! 早く行こう!」
「わあ!」
お兄ちゃんが悲鳴をあげる。たまごアームを伸ばして、ミスリルの鎧ごとぐるぐる巻きにしたからだ。
「じゃ、ちゃっちゃと行っちゃおうか!」
「リカさん! 落ち着いて! 話を! うわあ!」
わたしはお兄ちゃんの身体を頭上に持ち上げて、そのままダッシュした!
わーいわーい、ミランディア国民さんこんにちはー、たまごだよー!
「ちょっと……気持ち悪いです……」
川辺にがっくりと膝をつくお兄ちゃん。顔色が悪い。土の色をして、ちょっとゾンビっぽい。すっかりたまご酔い状態のようだ。
村人Aを見つけた喜びでお兄ちゃんを抱えて、たまごがダッシュしたもんだから、馬車くらいしか乗り物体験のないライルお兄ちゃんは気分が悪くなってしまったの。
ごめんなさい、お兄ちゃん。
しょんぼりするたまごだよ。
「せめて薬草と毒消し草があったら……あ、すいませーん、君、君君、そこの君!」
両手に木のバケツを持ったまま、川の向こう側で立ち尽くしている男の子に声をかける。
「喋ってる……魔物じゃない……」
「魔物じゃないよ、たまごだよ!」
エドより少し幼いくらいの歳の、オレンジ色の髪に緑色の目をしたまだ可愛らしい男の子は、よそ者のわたしたちに警戒しているようだ。
「自分で言うのもなんだけどさ、たまごは頼りになる冒険者で、超いい奴だよ」
「……そうだよね、魔物が森から出てこれるわけないもんね。でも、こんなに大きなたまご、初めて……喋るたまごも初めて……」
男の子はひとりごとを言いながら、うんうんとうなずいている。そして、ライルお兄ちゃんの具合が悪そうなのを見てはっとして、心配そうに「大丈夫? おなかが痛いの?」とおそるおそる近づいてきた。木のバケツをその場に置くと、大きな石の上を歩いて川を渡る。
「どうしよう、村のお医者さんを連れてこようか? おなかのお薬をもらってくる?」
ちょっとちょっと、すげーいい子じゃん!
今、たまごポイントが上がったよ!
「えっと、たまごさん、そのお兄ちゃんのために僕ができることはなんですか?」
「わたしの名前はリカ。たまごの冒険者で、君よりもずっとお姉さんな女の子だよ。だから、リカお姉ちゃんって呼んでいいよ」
自己紹介をすると、その男の子はこてんと首を傾げて「……たまごのお姉ちゃん?」と言った。
「君は小さいから知らないかもしれないけど、世の中にはいろんな種族がいてね、わたしはたまご族の女の子なんだ」
「へえ。僕は人間族のリックだよ。キシテルの村に住んでるんだ」
リックはたまごに対する警戒を解いたようで、にこっと笑った。
「よろしくね、リック。このお兄ちゃんは、人間族のライルお兄ちゃん。一緒に世界を旅して回ってるんだけどさ、ちょっと乗り物酔いで気持ち悪くなっちゃったの。たいした病気じゃないけどさ、すごく辛くてかわいそうなんだよ。でも、薬草と毒消し草がないから、薬を作れなくて困ってるんだ」
「そうだね、すごく辛そう。だからゾンビみたいな顔になっちゃったんだね!」
リックの目にも、ゾンビっぽく見えちゃうのか。ごめんなさい、お兄ちゃん。リックに向かって「やあ、ご心配なく」と弱々しく手をあげる姿が痛々しいよ。
「薬草なら、ほら、あの木の根元に生えてるピンクの花が咲いてる植物が……わあ、驚いた! お姉ちゃんの動きはすごく早いね!」
聞くや否や、どぴゅーんとダッシュして薬草らしき植物を引っこ抜いてきたわたしは、リックに「これ? ねえ、これ!?」と見せた。
「そう、これが良く効く薬草。でも、ものすごく味が悪いから、気持ちが悪いお兄ちゃんに飲み込めるかなあ。普通は干してから煎じて、ハチミツを入れて飲むんだよ」
「大丈夫、たまごにおまかせ!」
わたしはたまごアームで薬草をつかんだまま「お兄ちゃんの具合が良くなる薬を『調合』!」と叫んだ。
途端に薬草がぱあっと光り、アームの先には『すごいたまごアイス』が3本現れた。
「リ、リカさん、早くそれを……」
ライルお兄ちゃんの震える手がアイスに伸びるが、その前に「お兄ちゃん、しっかりして!」と口に直接アイスをつっこんじゃったよ!
アイスを一口食べると、お兄ちゃんの顔色がゾンビから人間に戻った。良かった、さすがは『すごいたまごアイス』、効き目は抜群だよ。
お兄ちゃんはアイスの棒を手に持つと、しゃくしゃく音をたててアイスを食べてほうっと肩の力を抜き、「生き返りました。やっぱり美味しいです」と言った。
「リカお姉ちゃん、それはなに? どうしたの? どこから出たの?」
リックが驚いて、まん丸おめめになってるよ。
「これはたまごの能力で調合した良く効く薬なんだ。味もすごくいいの。ほら、リックも食べなよ。病気じゃない人が食べると、とても気分が良くなる美味しいおやつだよ」
親切な男の子にアイスを渡すと、わたしもたまごの中でアイスを食べた。
あー、やっぱり美味しいや!
身体に染み渡る、優しい甘さのたまごのアイスに癒されるね。
「ありがとう! いい匂いがするね。いただきます……う、うわあっ!」
リックの目が、さらにまん丸おめめになって、緑色の宝石みたいだよ。
「お、おいし……これ……なんでこんなに冷たくて、甘いの? すごく美味しいよ……わあ、甘いね……」
彼は最後に食べ始めたというのに、しゃくしゃくしゃくしゃく夢中になってアイスを食べ、一番に食べ終わってしまった。
「こんなに美味しいおやつ、僕、生まれて初めて食べたよ!」
ううっ、リックの目が潤んでやがる!
たまご心にぐっときちゃうね!
「ありがとう、リカお姉ちゃん、こんなに美味しいものをくれて。それに、なんだかすごく元気が出てきたの」
「たまごアイスは美味しいだけじゃなくて、元気になる薬なんだよ」
「うわあ……お姉ちゃんはすごい力を持った冒険者なんだね!」
リックはキラキラした瞳でたまごを見つめている。
彼の尊敬は、全部わたしに向いちゃったよ。
隣に、キラッキラしたミスリルの鎧に身を包んだ剣士がいるってのに、少年の憧れの的であるランクAの強さの冒険者がいるってのに、彼の気持ちはぜええええんぶたまごのものだよ!
「まあね」
偉そうにポーズをつけるたまごだよ。
「ねえリック、ものは相談だけどさ、わたしは薬草や毒消し草がもっと欲しいんだよね」
「うん、わかった。お姉ちゃんは、ラビータくらいの魔物を倒せる?」
「ははん、そんなの一撃」
さらに偉そうに言ってみる。
「すごいや! じゃあ、森の中に少し入ったところに薬草と毒消し草がたくさん生えてる場所があるから、お兄ちゃんの具合が大丈夫なら連れて行ってあげるよ」
「僕ならすっかり良くなりました。リック、よろしく。ライルです」
礼儀正しい冒険者ギルド職員は、すっかり元気になった様子でリックに挨拶した。
というわけで、第一村人との遭遇を友好的に果たしたわたしたちは、薬草と毒消し草を求めて森に入った。




