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お母さんの病気とニュースキル

 エドがうちを教えてくれるというので、ギルドに寄る前に住宅街に向かった。

 住宅街といっても、平屋が並んでいるごちゃっとした場所だ。

 足取りの軽いエドと雑談をしながら家に近づいたとき、半泣きの女の子の声が聞こえた。


「お母さん! お母さん! しっかりして!」


 エドが一瞬固まり、そして、走り出して一軒の家に入った。


「お姉ちゃん! お母さん!?」


「エド、どうしよう、お母さんの具合が良くないよぉ……」


「……ええと、ええと、お姉ちゃん、薬草も毒消し草も取ってきたんだ、飲ませようよ」


 子どもふたりの会話が聞こえた。

 部外者のわたしがプライベートに入っていいものか迷ったけど、お姉ちゃんと呼ばれた女の子の声もどう考えても幼女のものなので、家を覗かせてもらう。


「エド、どうかしたの? なんか手伝える?」


「! たまご!?」


 小さな金髪の女の子に驚かれた。そばかすがあって、エドにそっくりだ。


「わたしはリカ。たまごだけど冒険者だよ。今日はエドと一緒に薬草採取をしてたんだ」


「お姉ちゃん、リカお姉ちゃんは僕の命の恩人だよ!」


 エドに言われて、女の子は頭をがくがくして頷いた。動きが人形みたいになっている。

 かわいそうに、パニックになっているようだ。

 わたしは中に入らせてもらった。


「ねえ、お母さんは大丈夫? お医者さんを呼ばないの?」


「お医者さん……」


 だめだ、この子どもたちはひどく動揺している。考えがまとまらなくなってるみたいだね。


 誰かが玄関先から顔を出した。中年女性だ。


「ララちゃん、どうした……たまご!?」


「たまごの冒険者だよ!」


 驚く女性に言う。

 今はたまごに驚いている場合じゃないよ。


「おばちゃん、お母さんの具合が悪くなっちゃったんだよ」


 エドが泣きそうな震え声で言う。どうやら近所のおばちゃんが心配して顔を出したらしい。


「ねえ、ここんちに詳しい人? かかりつけのお医者さんがわかる? この子たち、パニックになっちゃってるから手を貸してもらいたいんだけど」


 人の良さそうなおばちゃんは、力強く頷いてくれた。


「もちろんさ! あたしが先生を呼んでくるよ、待ってな!」


 おばちゃんはそういうとすぐに姿を消した。


「どうしよう、お母さんが薬草を飲めないよ、どうしよう、」


 お姉ちゃんのララちゃんは、すり潰した薬草を横たわった金髪の女性の口に入れようとしていた。

 お母さんは飲み込む力がないらしく、ほとんどが唇の外にくっついている。


 すごくまずそうだよ。

 病人がそれを飲むのって無理じゃないかな?


 金髪頭が二人でおろおろしている。

 お母さんは顔色が真っ青で、呼吸が浅い。

 やばくね?


 何かこういう時に使えるたまごのスキルはないのかな。

 わたしはコントロールパネルを探した。

 回復魔法はないのかよ! 


 ボーン、と電子音がなり『メッセージが届きました』の表示が出た。即、開く。


『誰かの役にたちたいと願う気持ちはアイドルにとって大切なものです。新しいスキルが付け加えられました。頑張ってください。神より』


 神の助け、来た!


 スキルを見る。



スキル 異世界言語万能

    調合〉



「ああもう、使い方!」



スキル 異世界言語万能

    調合〈材料をたまごアームで持ち『調合』と唱えて強く念じると、薬ができる。



「エド、薬草と毒消し草をちょうだい」


 わたしはたまごアームで薬草と毒消し草を掴んだ。


「エドのお母さんに効く薬を『調合』!」


 たまごアームが黄色く光った。

 アームがカップを握っていた。

 中にとろっとした感じのたまご色のものが入っている。

 これが薬なの?


 わたしがスクリーン越しにカップを凝視していると、『鑑定』という表示が現れたので触れてみる。


『すごい卵酒』


 はあ?  


 卵酒、だと?


 なんで薬じゃなくてお酒が出てきちゃうかな?


 こんなものを病人に飲ませていいの……かな?


「おがあざん、おがあざん、じっかりじでえ、」


「やだよう、やだよう、うわあああん」


 子どもたちは大パニックである。

 目と鼻からいろいろと汁が出ている。

 お母さんの顔色はますますヤバい感じになっている。


 くっそー、たまご! 信じてるからな!


「エド、スプーン持ってきな!」


 わたしが叫ぶと、涙と鼻水で顔をグチャグチャにしたエドが弾かれたように台所に行き、スプーンを取ってきた。

 そこにひとすくい、卵酒を乗せる。


「エドのお母さん、聞こえるかな? わたしは冒険者のリカっていうんだよ。これから薬を飲ませるからね、頑張って飲み込んでね」


 すり潰した薬草でべたべたの口に、ほとんど無理矢理スプーンを突っ込む。そのままスプーンを立てて卵酒を流し込んだ。


「……いや、ちょっと……やっぱ無理か…………飲んだ! よし!」


 弱々しいけど、なんとか飲み込めた!


「よーしよし、もう一口いくよー」


 またスプーンを突っ込むと、今度はすぐに飲み込んだ。

 いい感じだ。


 わたしは何度もお母さんの口に卵酒を運び、一口ごとにお母さんの顔色が良くなった。

 やがて卵酒が半分くらいになり、お母さんの目が開いた。

 わたしを見て、唇が動く。


「……た……まご……」


「たまごだけど冒険者だよ! もっと飲めるかな?」


 お母さんははっきりと頷き、わたしがせっせとスプーンで運んだ卵酒を最後の一口まできれいに飲んだ。


「美味しいわ。身体が楽になる……」


 そう言うお母さんは頬がほんのり赤くなって、微笑みも浮かんでいる。

 ……なんか、大丈夫そうだ。

 さすが、『すごい卵酒』だね!


「お母さんは薬が効いて落ち着いたみたいだよ」


「よがっだああ……」


「うわあああ」


 姉弟はお母さんに縋り付き、お母さんは「ゴメンね、びっくりさせちゃったね」と言いながら二人の頭を撫でた。






 近所のおばちゃんが医者を連れて戻ってきた。


「薬を飲めたのが良かったね。体調は落ち着いているから大丈夫だよ、安心しなさい」


 人の良さそうなお医者さんだな。

 子どもたちの頭を撫でると「今日の分はお金はいらないよ」と帰って言った。


「良かったね」


 お母さんはベッドに身体を起こしていた。


「たまごの冒険者さま、ありがとうございました」


「わたしの名前はリカだよ」


「わたしはエルザといいます。ララとエドの母です」


 やっぱり金髪の、若くて優しそうな美人さんだ。

 この世界は結婚が早いみたいだね。


「ララはいくつなの?」


「11歳です」


 泣き止んだララは、お姉ちゃんらしいしっかりした顔をして自分で答えた。

 わたしが11歳の時よりも大人っぽいかな。

 さっき号泣していた時はお子ちゃまだったけどね。


「リカさん、ありがとうございました」


 きちんとお辞儀をする。

 礼儀正しい子は好きだよ。

 悪ガキは嫌いだけどね。足を引っかけたくなるからね。


「いいよ、エドとは友達になったからさ、その流れだよ」


 エドが真っ赤になった。

 このかわいさがツボるね。


「お家のことは、ララがやってるの?」


「はい」


「偉いね。じゃあ、わたしはもう行くね。明日、お母さんの様子を見に来てもいいかな。特別な薬を飲ませた責任があるから」


「ぜひお願いします。何から何まですみません」


 パニックになっていなければしっかり者らしいララが頭を下げた。


「じゃあ、お母さんはお大事にね。また明日」


 わたしはたまごアームをふりふりすると、エドのうちを後にした。






 冒険者ギルドに着くと、まだ時間が早くて空いているからか、カウンターにはお姉さん一人だった。


「こんにちは」


「リカさん、こんにちは。お疲れ様でした。依頼は無事に終わったの?」


 たまごと言わずにちゃんと名前を呼ぶところがさすがギルド職員だね。


「はい、終わりました。今日はお姉さんひとりなんだね」


「ライルは休憩中よ。リカさん、わたしの名前はチアっていうの。まだ名乗ってなかったわね」


「チアさん、だね。よろしくお願いします」


「よろしくー。そんなに堅苦しくしなくていいわよ。ライル相手だと敬語になっちゃうのはわかるけどね」


 うん、ライルさんはすごく丁寧にしてくれるから、つられちゃうよね。


「じゃあ、普通にしゃべるよ?」


「どうぞ」


 わたしはギルドカードを出した。


「薬草と毒消し草を採ってきたよ」


「あら、毒消し草の依頼がまだカードに入ってないわね。ちょっと依頼書をとってちょうだい」


 チアさんはカードに毒消し草採取の依頼を入れてくれた。


「これでこれからの分は自動で入るけど、今日はまた買い取りカウンターで本記入してもらってね」


「わかった」


「毒消し草はいくつ採取したの?」


 わたしはコントロール画面を操作した。



アイテム 薬草の入った袋 1

     毒消し草の入った袋 1

     ワイルドウルフ 6 



 あれ、数がわからない。

 わたしは数字のところを長押ししてみた。



アイテム 薬草の入った袋 1

     毒消し草の入った袋 1〈毒消し草が134本入っている

     ワイルドウルフ 6


「134本みたいだよ」


「あら、ずいぶんとたくさん採れたわね。薬草は210本採れているわ。 状態によって買い取り価格が変わるから、引き取り所に持っていって聞いてみてね。薬草採取の依頼の方は達成しました。報酬は現物と交換で引き取り所でね」


「うん、ありがとう。明日も同じ依頼を受けてもいいの?」


「大丈夫よ。同じでも、違うのでも、とにかく三日間頑張ってみてね」


 わたしはたまごアームをひらひらさせて、ギルドを後にした。


    




 薬草と毒消し草は、それぞれ一本が2ゴルと5ゴルだったので、薬草210本と毒消し草134本で1090ゴルになった。

 魔物に比べるとかなり安い。

 ここの物価ってどれくらいなのかな。


 わたしは代金を受けとると、服を買うために町をぶらついた。

 ぶらつく前に、ギルドに戻ってチアさんにお勧めの服屋を聞いてみたら、複雑な顔をして教えてくれた。

 たまごの上から着るわけじゃないんだよ。


「こんにちは」


「……いらっしゃいませ」


 ちょっと間があったのは、たまご?っていう言葉を飲み込んだからだよね。


「服が欲しいんだけど。あと、下着も」


 お店の人が困った顔をしたので、わたしは説明を加えた。


「お姉さんよりも少し背が低くて細い、15歳の女の子が着る普段着を二着、お願い。下着も2セットね」


「ああ、はい、それならこちらはどうでしょうか」


 白い小花の刺繍が入ったグリーンのワンピースと、水色のチュニックと茶色のゆったりしたズボンの組み合わせだ。

 下着は紐で締めるタイプである。


「うん、それでお願い。気に入ったよ」


「ありがとうございます。一緒に部屋着はいかがですか? 柔らかくて着心地の良い素材です」


 すとんとしたシャツワンピースで、寝るときに着ると良さそう。


「それもお願い。お姉さんはセンスがいいね」


「ありがとうございます」


 何気なく商売上手なお姉さんは、にっこり笑った。


「全部で1700ゴルになります」


 今日の稼ぎ以上だったけど、仕方がない。

 わたしは服を受けとると、たまごボックスにしまった。






 わたしはまた町の外にたまごハウスを出そうと思って門へ行った。

 またマックスさんだ。


「今日も外で寝るのか?」


「うん。町の中に勝手に家を出すわけにはいかないからね」


「気をつけろよ。バザックは心配する必要はなさそうだって言ってたけど」


「その通りだよ。ありがとうね。マックスさんもいい人だね」


「惚れるなよ」


「異種間の壁が硬いからそれはないよ」


「確かに硬そうな殻だ」


 わたしはいつものたまごアームひらひらをしてから町の外に行き、装備をたまごハウスに変更した。







 ワンルームの中でクローゼットを開け、今日買った服を取り出す。

 全部まとめてクリーンボックスに入れた。この世界の衛生状態はわからないからね、虫とか付いていたら嫌だし。

 10秒も経たずに洗浄が完了したので、ナイトウェアがわりの部屋着と下着以外はクローゼットに戻す。着ていた服を脱いでクリーンボックスに入れると、わたしはシャワーを浴びて着替えた。


「今日は天津飯が食べたいなあ。カニが入ったやつ。缶詰のカニじゃやだよ」


 希望に沿ってくれるらしいので呟いてみた。


『お食事の用意ができました』


「わあい、天津飯だ!」


 わたしは椅子に座ってレンゲを持った。

 鮮やかに散らばってるグリーンピースは、ちゃんと生のを茹でてあるから美味しいよ。

 カニはもちろん缶詰じゃない、ふっくらしてみずみずしいカニ肉だ。いっぱい入ってカニ肉祭だ。わたしを喜ばそうと思ってくれたんだね!


「たまご、ありがとう! カニ大好物だよすごい美味しいよ。マジ嬉しい、あんた親切だね」


 感謝の気持ちが届いているかどうかわからないけど、わたしはたまごにお礼を言った。


 そして、今日一日でいろんな経験ができたので、満足して眠った。

お友達ができました。

さらに楽しく暮らします。

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