勇者召還編 ミランディアの魔物
「さて、これからの予定ですが」
鎧を身につけたお兄ちゃんが言った。
「川を下って集落を探す、以上でしょ」
全裸のたまごが言った。
朝食の片付けを済ませ(たまごに「片しといて」って頼んで現れた空間に突っ込んだだけ)毛布も片付け(「洗っといて」とクリーンボックスに突っ込んだだけ)あとは結界を解いて出発だ! という状況だ。
「んじゃ、行こ」
わたしは『たまごの結界解除』と唱えて、川下へと向かった。
「リカさん、待ちなさい!」
「わあ!」
たまごアームをつかまれて、かっくんとなるたまごだよ。
「なにするの! たまごに首があったら、むちうちになるところだよ」
わたしは文句を言ったが、お兄ちゃんはアームを離してくれない。
そして、なにかを言いたげに見つめてくる。
はっ、これはもしかすると……!?
「お兄ちゃんはたまごと手をつないで」
「行きたいわけではありませんよ、もちろん! リカさん、行動する前にきちんと話を聞きましょうか!」
力強く宣言すると、ライルお兄ちゃんは後ろでたまごアームを結んでしまった。アームがどうなってるのかわからないので、わたしは解くことができなくて、後ろでもぞもぞさせながら「ひどいやお兄ちゃん!」と文句を言う。
ほっぺたを膨らませたいところだが、残念ながらたまごにはほっぺたがないのだ。
「あなたの行動の方向性は決してまちがっていません。しかし、リカさんのことをよく知る僕に、念のために説明してください。今、どうやって川を下ろうと考えましたか?」
わたしは胸をそらせて言った。
「たまごは地面から浮いてるし、水面でも浮いてるの。だから、たまごアームでお兄ちゃんをつかんで、水面を川下へびゅーんって飛んでっちゃおうと考えたんだよ! そうしたら、すごく早く確実に着くからね」
「……そんなことだろうと……」
お兄ちゃんは、額に手を当ててうつむいた。
「あ、もちろんお兄ちゃんには、あらかじめ酔い止めのために『すごいたまごアイス』を食べてもらおうと……ああっ、薬草と毒消し草がないから作れなかったんだった!」
たまごの『調合』には、材料が必要なんだよ。
この世界には、薬草や毒消し草があるのかな?
あるなら早くゲットしたいな。
「ごめんごめん、お兄ちゃんが酔わないように気をつけて飛ぶからさ、さあ行こう! アームを解いて!」
しかし、ライルお兄ちゃんは重々しく「ダメです」と言った。
「どうして!? たまご酔いが辛いのはわかるけど、ちょっとくらい我慢しなよ」
「いえ、たまご酔いも由々しき問題ですが、僕が言いたいのはそのことではありません」
うわーん、解きかけたアームをきゅっと締められちゃったよ!
「昨日僕が話したことを覚えていますか? この世界へ僕たちを召還者した者の所に、直接転移しなくて幸いだった、という話を」
「もちろん!」
今聞いて思い出したんだけどね、てへ。
「僕はこの国のことを充分に観察してから、僕たちを招いた人々に接触したいと言いましたよね」
「はい、言いました」
直立不動でいいお返事をする。
「この国にどんな生き物がいるか、どんな魔物がいるか、調べながら行きたいのに、びゅーんと飛んで行ってどうするんですか?」
「あ」
「しかも、あなたの勢いを見ると、この国の人に接触したとたん、『勇者のたまごだよ! この国に入り込んだ魔物を倒しにきたよ!』なんて自己紹介するつもりだったのではないですか?」
「あ」
物真似が上手だね。
そう思ったけど、言えなかった。
「……やはり図星ですね」
ため息をつかれちゃったよ!
「さ、さすがはお兄ちゃん、愛するたまごの心の中までお見通しなんだね!」
「たまご取り扱い主任者なので」
「愛じゃないの? 単なるスキルなの?」
「スルーで」
卒のない笑顔でスルーされちゃったよ!
「とにかく、あなたはうっかりと余計なことを喋る可能性があるので、ここの人々に接触するときには、僕の話に合わせるようにしてもらいたいのですが」
「はい!」
「まず、勇者として召喚されたことは口外しません。異世界から来たこともなるべく伏せます。いよいよ告げるときには、『そういえばそんな夢を見たような気がする』といった感じのぼかした表現にしたいと考えています」
「はい!」
「僕たちは旅の冒険者です。遠いところからやってきたので、この国のことをまだ良くわかってない、みんなと交流を深めつつ知識を身につけてていきたい、というスタンスで行きましょう。神のかの字も出さないように」
「はい!」
「まずは、魔物と戦いながら自分の力を確認し、この世界についての情報を集めていきましょう」
「はい!」
お兄ちゃんはすごいな。さすがは大人で手練れの冒険者だよ。いろんなことをきちんと考えている。
そうか……たまごに守られたわたしと違って、ライルお兄ちゃんは強いとはいえ生身の人間なんだ。わたしとは危険度が桁違いなんだ。ゲーム感覚でいたら、命を落としてしまう可能性もあるんだ。
わたしは前に、神に約束をさせた。エンドルクの国のお気に入りの人たちに『幸運』を与えることを。大切な人たちがそう簡単に死んだりしないように、守って欲しいと頼んだ。
それがこの世界でも有効なのかはわからない。
だから、絶対防御力を持つたまごのわたしが、体を張ってお兄ちゃんの命を守らなくちゃ。
お兄ちゃんはわたしが守る。
たとえ……どんな犠牲が出るとしても。
「……リカさん?」
「大丈夫、わたしはお兄ちゃんの妹分の、素直なたまごだよ。ちゃんとお兄ちゃんの言うとおりにするよ!」
わたしは殊更明るく言った。
危ない危ない。たまごの中の仄暗い気持ちがお兄ちゃんにバレたら大変だ。
「大丈夫、お兄ちゃんはたまごパーティーのリーダーだよ。そして、たまごはリーダーを全力で守るから、たまごの殻の船に乗った気持ちでいてね」
「なんとも不安定な船ですね」
「もう!」
わたしがすねたらお兄ちゃんは苦笑したけれど、「ありがとうございます、二次被害が恐ろしいので、お気持ちだけいただいておきます」とたまごのてっぺんを撫でてくれた。
ライルお兄ちゃんとわたしは、歩いて川沿いに進んで行った。たまご索敵で検索したら、そっちの方向にちゃんと村があったのだ。
お兄ちゃんは歩きながら木や草や、空を観察していたけれど、ここの植物はやはりエンドルクのものとは違っているようで、薬草や毒消し草を見つけることができなかった。そして、たまごの能力はエンドルク仕様のようで、ミランディアではなんとか魔物は鑑定できたけれど、植物までは網羅していないようだ。
まあ、魔物が索敵・鑑定できるのは助かるけどね!
と、言うわけで。
「お兄ちゃん、右手前方に魔物がいるよ。3匹、トカゲに似た奴で硬いうろこ、魔法使わず、中程度のレベル! ここはたまごが体当たりで」
「僕が行きます。体当たりは中止、後方の守りをよろしく」
ミスリルの剣を抜き、片手で構えながら、お兄ちゃんは軽いフットワークで獲物に近づいた。回り込むと、少し離れた所にいた1匹に斬りかかり、あっさりと首をはねた。
トカゲもどき(リザラスク、という魔物で、あっさりとした柔らかい肉が美味しいらしいよ)は驚いたことに後ろ脚で立ち上がり、前脚から20センチくらいありそうな鉤爪を出してお兄ちゃんに襲いかかる。
「あぶな……いと思ったら」
お兄ちゃんは手首を返すようにして、長い剣を目にも止まらぬ早さで回転させた。二匹リザラスクの前脚が、手首から落ちた。
そのまま横に剣を払うと、首も飛んでおっこった。
「うわ、強い! 早い!」
「さすがはミスリルの剣ですね。軽くて腕の一部のように振るえるのに、この斬れ味です。しかも」
お兄ちゃんが剣を下に振ると、トカゲもどきの体液が全部落ちた。
「防染力もあって、手入れもいりません」
ミスリル、すげーな!
しかし、これは剣がいいだけではないと思うよ。さすがはランクAになっただけあるね、たいした腕前だよ。硬いうろこの魔物を、バターを斬るよりも簡単に、さっくりと斬っちゃってさ……。
「リカさん、この魔物はどうしますか?」
「あ、肉が美味しいって出てるから、高く売れるんじゃないかな? わたしが持って行くよ」
「そうですか。無一文なので、少し稼いでおきたいですね。積極的に魔物を探して、倒しながら進みましょう」
「うん……」
わたしはリザラスクを三体しまうと、いそいそとお兄ちゃんのところに近づいた。
「どうしました?」
「うん、稼げる旦那さまって素敵」
「……ゼノは元気にやってますよ。確か、大物を倒して勲章と金一封を賜っていたような記憶が……」
「たまごをゼノに丸投げするのはやめてよ!」
「エドもなかなか剣の才能があって」
「年齢一桁の少年にも投げるなんて、お兄ちゃんの鬼畜!」
ライルお兄ちゃんは、ははは、と楽しそうに笑うと「さあ、今日中に村につきましょうね」と言った。




