勇者召還編 旅のお供の便利なたまご
夕ご飯を食べた後、お兄ちゃんは結界のところをぐるっと一回りして、安全性をチェックした。さすがはベテラン冒険者、情報を鵜呑みにせずに自分の目で確かめるところが素晴らしい。
わたしは、残ったお肉に醤油をかけてこんがりと炙ったもの(焦げた醤油って、なんでこんなに美味しいんだろうね!)をそっとたまごボックスにしまいながら、光り輝くミスリルの鎧をまとった平凡顔のライルお兄ちゃんを見守った。
顔以外はめっちゃ強そうだ。
実際、強いけど。
さて、たまごボックスの中は時間が止まっているから、これでいつでも熱々うまうまの炙り肉が食べられる。
お兄ちゃんと肉で頭がいっぱいのわたしの前で、お兄ちゃんはチェックを終えて満足げに言った。
「さすが、と言わせていただきますよ、リカさん。本当に虫一匹残っていないようですね。これなら安心して休めそうです」
お兄ちゃんに誉められて、わたしはたまごアームをゆらゆら動かしながら言った。
「でしょでしょ? ギヤモンさんちと一緒に王都に旅した時に『たまごの結界』の効果は実証済みだよ。たまごの踊りがあまりにも素晴らしすぎて、虫も耐えられなくなっちゃうみたいでさ、感極まったのかすごい勢いで逃げていくんだよね。逃げ損なったのは、強制的に外へ出されちゃうみたい。もちろん外からは入れないから、ここは安全地帯だよ。というわけで、焚き火は消して寝ちゃおうよ」
わたしは脇に置かれていた毛布を地面に広げた。
「素晴らしすぎてというのには賛同しかねますが……って、ちょっと、リカさん、そんないい毛布を地面に敷いたらもったいないですよ!」
毛布を持とうとするお兄ちゃんを押しとどめ、わたしは更にもう一枚の毛布を広げた。
「いいのいいの、大丈夫だってば。お兄ちゃんの寝心地を良くするんだ。必要ならまだたくさんたまごの毛布があるよ。とりあえずは二枚を敷いて一枚をかけると、寝心地がかなりいいと思うんだ。あー、たまごから出られたらなあ。お兄ちゃんと一緒にふわふわ毛布で寝るのになあ」
「出られなくてなによりですね」
相変わらずのツンが多めのツンデレお兄ちゃんである。
「……じゃ、お兄ちゃんは脱ごうか」
「え?」
わたしはたまごアームをわきわきと動かしながら、じりじりとお兄ちゃんに迫った。
「うふふん、たまごのお・て・つ・だ・い。寝るのに鎧を着てたら、邪魔でしょ? たまごが脱がせてあげるよ」
「いいえ、結構です」
爽やかな笑顔でこちらに両手のひらを向けられた。
「そんなに遠慮しなくても、たまごとお兄ちゃんの仲……あああああもうっ!」
わたしが近づく前に、かしゃかしゃとミスリルの擦れる軽い音を立てて、お兄ちゃんは自力であっさりと鎧を脱いでしまった。鎧の下にはちゃんとシャツを着て、膝丈のパンツも履いている。
鎧と剣を丁寧に脇に置くと、ライルお兄ちゃんは「それではリカさん、お先に失礼します」と礼儀正しいギルド職員らしく言って毛布の中に潜り込んで「ああ、野営とは思えない寝心地の良さ!」と笑うと目をつぶってしまった。
「んもおおっ、たまごがお世話をしたかったのに! なんでもひとりでできちゃう自立したお兄ちゃんって素敵! でも、たまご、物足りない! お休み前の、仲の良い兄と妹のちょっとした交流をしたかったのにー。……ありゃ? ええっ、お兄ちゃんたら寝付くの早っ!」
さすがはスルー能力がビルテン1、2を争うギルドカウンター職員、この場が安全だと判断すると体力温存のためにとっとと寝てしまったようだ。
「んもう……ま、いいか。おやすみなさい、お兄ちゃん」
すやすや寝てしまったお兄ちゃんの寝顔が可愛かったので「うぷぷ」と笑ってご機嫌になってしまうたまごだよ。
わたしはお兄ちゃんを踏まないように、少し離れた所にたまごハウスを出した。シャワーを浴び、脱いですぐクリーンボックスに突っ込まれて綺麗になった服をもう一度着た。寝間着も可愛いワンピースもたまごボックスから消えてしまったから、お着替えができないのだ。
「町に行ったら豚とウサギを売って、儲けたお金で新しい服を買いたいな。たまごから出られないけどさ、ずっと同じ服を着てるとか、女子高生には耐えられないよ。せめて寝るときのパジャマかネグリジェが欲しいな……」
淡く黄色に光る結界に囲まれて、わたしもぐっすりと眠った。
「お兄ちゃん、おはよう。朝から剣の練習をしてるの? 偉いね」
わたしは、鎧の下の普段着姿(ちっ、ぱんつ一丁じゃなかったよ!)で素振りをするライルお兄ちゃんに声をかけた。
たまごアームにはお盆を持っている。お兄ちゃんの分の、たまごの美味しい朝ご飯だ。ライルお兄ちゃんはご飯が好きなので、朝から親子丼にしてみた。
ほうれん草のお浸しと、浅漬けが添えられているので、栄養バランスもいいし、半熟のたまごが噛みごたえのある旨みたっぷりの鶏肉に絡んで、トローリじゅわじゅわあ、な味わいを醸し出している。
もちろん、そんな親子に負けないのが炊きたての銀シャリだ。一粒一粒が立ち上がった甘みのあるお米に黄色いたまごがまぶさって、お口の中を天国にしてくれる。
「リカさん、おはようございます。この世界での身体の動きを確認してみました。身体能力を底上げする魔法も、エンドルクにいた時と同じく使えます。まだ試していませんが、攻撃魔法も普通に使えると思いますよ。僕はあまり得意ではないのですが」
「ええっ、物理でそれだけ戦えれば充分でしょ? ライルお兄ちゃんは、ヤマタノオロチの頭を全部斬り落とせる程の腕を持ってるんだから」
「そうですね。あれは結構強い魔物でしたね」
涼しい顔で言ってるけど、あれは結構強いどころか、日本を代表するラスボスクラスの魔物なんだけど!
「朝ご飯の準備ができたんだけど、どうする?」
「もう確認は終わりましたので、食事をとらせていただきます」
お兄ちゃんは、蓋のされている丼を期待の目で見た。すっかり日本食に慣れたようだ。
「食事が済んだら、川を下って行きたいと思いますが、とか色々話したいことがありますが、まずはそれを食べてからにしましょう」
「そうだね、熱いうちに食べようよ」
わたしは草の上に座ったお兄ちゃんにお盆を渡し、自分の丼をたまごの中で持った。
「いただきまーす」
「いただきます」
きちんと挨拶をしてから、わたしたちは無言で親子丼をかき込むのであった。




