勇者召還編 たまご、お兄ちゃんと召還されちゃったよ
「……わあ! またしても森の中!」
わたしが以前、エンドルク国のビルテンという町に異世界転移した時もそうだったけれど、身体を包んでいた金色の光が薄れて現れた風景は、やはり鬱蒼とした森であった。
人騒がせな神のはからいで日本にやってきたライルお兄ちゃんを、ビルテンの町にお見送りするはずだったのに。
神が世界の破れ目から魔物を異世界に逃してしまい、そこから勇者召還を要請されたとのことで、お兄ちゃんとわたしがここに送り込まれたのだ。
勇者か……。
そんなもの、このたまごにできるのだろうか。
神をまったく尊敬していない、このたまごに!
ま、お兄ちゃんがいるから大丈夫だろう。
やっぱり神をまったく尊敬していないのは一緒だけど、お兄ちゃんは立派な社会人なので、きっと勇者役もうまいことこなしてくれるだろう。
木々が立ち並ぶ中に、獣道くらいの頼りない道があり、たまご姿のわたしはそこにふわふわと浮かんでいた。
わたしはさっそくお馴染みのコントローラーを手にしてまわりをうかがった。
「街中に転移すると、思わぬ事故が起こる可能性が高いですからね」
「わあ!」
後ろから声がしたので、もう一度叫んで慌てて振り向くと、そこにはミスリルの鎧に身を包んだライルお兄ちゃんがいた。
「……お兄ちゃん。あなたはなぜ、可愛い妹分に対して抜刀し、低く隙のない構えをとっているのですか」
「振り向いたたまごに、敵だと誤認されて惨殺されるのを防ぐためです」
「ひどいや、お兄ちゃん!」
わたしはたまごアームで顔を覆って、しくしくと泣き……しまった、たまごだから顔がなかったよ!
わたしはたまごの殻をつるつると撫でながら、なんとなく悲しみを表してみる。
「こんなに可愛いたまごに酷いことを言わないでよ。乙女心が傷ついちゃうよ」
「召還というから、神殿や遺跡に転移するかと思ってましたが」
「ちょっとお兄ちゃん、聞いてる?」
「さて、どの方向に進めばいいのやら。もう少し情報が欲しかったですね、あの神は慌て者でいけません」
「お兄ちゃんてば! 聞いてよ!」
「とりあえず、空には太陽がひとつありますから、今は昼間なのでしょうね。でも、もう沈みかけているようです。見知らぬ異世界で、夜に移動するのは避けたいですね」
「あっさりスルーされてるよ! しかも、お兄ちゃんてばものすごく冷静に状況を分析してるよ!」
さすがはビルテンの冒険者ギルドカウンター係である。
なにがあっても動じない。
でも……ちょっとはたまごを構って欲しいの。
「お兄ちゃああああん」
「川があれば、それを辿って人の集落がみつかると思うんですが」
「お兄……『たまご索敵』」
わたしがそう言うと、スクリーンに索敵画面が現れた。そこにこの国の簡単な地図が出ている。
「お兄ちゃん、ここはミランディアっていう名前の国で、このほっそい道を進むと川があるよ。たまごの便利な能力でわかるの」
お兄ちゃんのスルー能力の高さにちょっとしょんぼりするたまごだよ。
「じゃ、行こ」
寂しげにうながしちゃうよ。
「なるほど、ここはミランディア国というのですか。なかなかいい情報です。リカさんは役に立つたまごですね」
トロトロと進もうとしたたまごのてっぺんに、お兄ちゃんの手が置かれた。ぽんと弾む。
「え?」
「さあ、日が暮れる前に、川まで進んでしまいましょう」
「今、役に立つたまごって言ったの?」
「そうです」
「たまご、お兄ちゃんと一緒にいて良かったの?」
「なにを当たり前のことを言ってるんですか。さあ、行きますよ」
「……うん! わたし、役に立つんだよ! ライルお兄ちゃん、たまごはミランディア国でもトップアイドルになるからね!」
誉められてテンションの上がったわたしは、コントローラーを操って、いそいそとお兄ちゃんの後ろにくっついて進んだ。
「よそ見をした末の後ろから体当たり、なんてことはやめてくださいね」
そんな、わたしが大好きなお兄ちゃんを肉塊にする訳ないじゃん!
……たぶんね。えへ。
「当たり前じゃーん、もう、お兄ちゃんたら、このたまごをなんだと……あ、やっぱり言わなくていいや」
冷静に心折れる事実を告げられたら、せっかく上がったテンションが急降下しちゃうからね。
「薄暗くなってきましたが、日が落ちる前に河辺に着けて良かったですね」
「うん! 夕ご飯も調達できたしね。お肉食べようよ」
ここに来るまでに、ラビータという角が2本生えたウサギと、アラピーグというグリーンの耳がついたピンク色の豚を数匹倒して、たまごボックスに収納しておいたんだよ。名前と美味しい肉だという情報は、もちろんたまごのスクリーンから得たよ。
両方ともたいして強い魔物じゃなかったから、お兄ちゃんの手を煩わせることなく、このたまごがたまごアームの一撃で倒したんだ。アームの先を堅く尖らせて、ウサギも豚も一突きで息の根を止めたよ。そのあまりの見事さに、お兄ちゃんが「うわあ……」と言ってたけど、深くは考えないよ。
「お兄ちゃん、今夜はここで野宿なの? ミランディア国の人もさー、召還したからにはちゃんとお出迎えしてくれなくちゃダメだよね。たまご、困っちゃう」
『困っちゃうポーズ』を可愛くとるたまごをあっさりスルーして、ライルお兄ちゃんは言う。
「いや、こうして自由に動けるのはかえって好都合です」
「なんで?」
「召還者側は、自分たちに都合のいい情報しか渡してこない可能性が高いですからね。世界の破れ目から逃げ出した魔物に対応するという目的はわかっていますが、まずはこの世界がどんな所なのか、偵察しておきたいものです」
さすがはお兄ちゃん、いろいろなことを考えてるね。
わたしがビルテンに転移したときには、なーんにも考えなかったけどね!
ドンマイ!
「じゃあさ、ここでひとまずキャンプの準備とか、する? ……あれ……お兄ちゃん、荷物とかアイテムとかなにか持ってる?」
「いえ、装備品しかありません」
ミスリルの鎧、ミスリルの剣、以上!
「……あれ? たまごもアイテムがほとんどなくなってる! うっそー!」
たまごボックスの中身を確認したわたしは、がっかりした。
薬草も毒消し草もなくなってる。
これじゃ、美味しいおやつを調合できないよ。困ったなあ。
「どうしよう、倒した魔物と薪にしようと拾った枯れ木と、あとはリザンの頭しか残ってないよ」
「リ、リザンの!?」
わたしはシャン、とエビルリザンの頭の剥製を取り出した。目の部分に赤い魔石がはまって金の鱗に覆われた、とっても華やかで素敵な頭を見るや否や、お兄ちゃんは真後ろに大きく跳びずさって剣を抜いて構え、そのあとがっくりと肩を落とした。
「ああもう……リカさん、そういう物騒なものを突然出すのはやめてください」
「あ、ごめんごめん」
うかつにこれを出すなと前にゼノにも叱られたっけ。
目の前に十億円位する王冠を出されたような衝撃なんだろうな。
今度出すときには見る人の心の準備ができるように、ちゃんと『リザンダヨー リザンダヨー』と歌いながら出すことにするよ。
わたしはたまごボックスにリザンの頭をしまった。
「ねえ、わたしはここにたまごハウスを出せるからいいけどさ」
わたしはなんとかワンルームタイプのたまごハウスを出せそうな、川のそばの開けた場所を見ながら言った。
「ライルお兄ちゃんはどうやって寝るの? テントも寝袋もないし」
「僕なら、火の番をしながら起きていますから、大丈夫ですよ」
「やだ、徹夜する気なの!?」
「どんな魔物が出てくるかわからないところで寝られませんよ」
わたしはたまごアームを組んで、ううむ、と唸った。
「たまごハウスにお兄ちゃんは入れられないけど……ごはんを渡せるんだから、ハウスの物も渡せるはず……」
「リカさん、僕は冒険者なので、一晩位なら寝なくても……」
「ううん、お兄ちゃんが寝ずの番をしてる横で、妹分のわたしがぐーすか寝るわけにはいかないよ。たまごハウスになるから、ちょっと離れててね」
わたしは『装備』の表示から、たまごハウスを選んでぴっ、と触れた。
そして、ワンルームタイプに変形したたまごハウスのベッドに行き、その上にある収納棚を開けると、そこにはたまご色のふわふわした毛布が数枚入っていた。
それを三枚ばかり取り出すと、たまごボックスにつながるクローゼットにしまう。そして、元のたまごに戻るとたまごボックスからふわふわ毛布を取り出してお兄ちゃんに手渡した。
「これは……あなたはなんという上質な毛布を出すんですか! 野営ですよ!」
わたしは毛布を一枚広げて、「わあ」と驚くお兄ちゃんに被せた。
「今からここに結界を張るから、お兄ちゃんは絶対に見ないでね」
「え? リカさん?」
「すごく力のある結界を張るから。結界の中の害あるものは、毒ヘビも刺す虫もぜーんぶ外に逃げ出すんだよ。見ないでね、絶対見ないでね、じゃあいくよ、『たまごの結界』!」
わたしはリザンの頭を取り出すと大きく振り、シャアアアアアン! と鳴らした。
「お兄ちゃん、お待たせー! 素敵な結界を張ったから、毛布を使って柔らかそうな所でぐっすり寝られるよ。毛布はたまごハウスのクリーンボックスで綺麗にできるから、泥んこにしても大丈夫だよ」
わたしは、硬直して直立不動状態のお兄ちゃんを包む毛布をそっとはがした。
「お兄ちゃん?」
「……あまりに禍々しい歌が聞こえて……僕としたことが、まったく動けませんでしたよ……」
大きくため息をついたお兄ちゃんだったが、すぐに辺りを見回して言った。
「なんですかこれは!?」
川も森の木もいくらか巻き込んで、テニスコートくらいの結界を張ってみたよ。
「たまごの結界! ほんのりたまご色に光って綺麗でしょ。わたしが解除するまではなにも入ってこれないから、安心して夜明かししてね。ちなみに空気はちゃんと通って換気されるので大丈夫。臭くならないよ」
結界に駆け寄り、拳でこんこんと叩いて確かめていたお兄ちゃんが、驚いた顔で言った。
「……こんなに大きな結界を張るとは……さすがはリカさん、非常識ですね」
「リザンの頭を持ってぐるっと踊るだけだから、このくらいのことはたまごにとっては朝飯前だけどね!」
わたしは胸を張った。
「さあさあ、美味しいたまごの夕ご飯も出すけどさ、さっき捕ったウサギのお肉も焼いて食べようよ」
安全な結界の中で、ライルお兄ちゃんとわたしは簡単なかまどを作って火を起こした(お兄ちゃんが生活魔法で火を着けてくれたの。お兄ちゃん、素敵!)。
そして、捌いたウサギの肉を焼き(ナイフがないので刃物状にしたたまごアームをつかんで、お兄ちゃんが捌いてくれた。ふたりの共同作業なんて、さすがのたまごも照れちゃうね!)たまごが出した『たまごにかけると美味しい醤油』を香ばしく焼けたお肉にかけてさっと焦がして、お兄ちゃんのリクエストの三元豚のトンカツ定食も出して、すごーく美味しい夕ご飯を食べたのでした!




