番外編 リカ、バイトをがんばってるよ! 最終話
「こんにちは。ライルです」
今日も優良ギルド職員は礼儀正しい。
異世界補正で完璧な日本語で、玄関を開けるなり挨拶をする。
「ただいまー! さあさあ、みんなお待ちかねのライルお兄ちゃんの登場だよ!」
わたしが玄関に入りながら叫ぶと、Tシャツに短パン姿のヒロがドタドタと音を立てて出てきた。
「わあ、マジにライルさんだ! いらっしゃい!」
いい笑顔で、飛びつかんばかりにやってきたのだが。
ヒロめ、頭から水がぽたぽた垂れているよ。
中3で剣道部のヒロは、今日は練習試合だと言っていたので、帰ってきてシャワーを浴びたのだろう。お兄ちゃんの顔を見て、ものすごく嬉しそうだが、Tシャツがみるみる湿っていく。
この喜びっぷりは……もしかしてヒロは、おねえちゃんよりもライルお兄ちゃんのことが好きになってしまったのだろうか?
「ヒロ、ちゃんと頭を拭きな! そして、ライルお兄ちゃんとわたしとどっちを選ぶの!?」
「……ねーちゃんがまた変なことを言い出してる。ライルさん、気にしないで。それよりもさ、いつまでうちに泊まれるの? 明日もいる?」
「あらあら、ライルお兄ちゃん、いらっしゃい! むしろ、お帰りなさい!」
ヒロの頭にバスタオルをかぶせながら言うのはママだ。
「突然の訪問の失礼をお許しください」
頭を下げるライルお兄ちゃん。さすがきっちりしたギルド職員、カウンター業務担当なのである。
「やだわあ、今さら何を堅苦しいことを言ってるの! ママとお兄ちゃんの仲じゃない!」
どういう仲だよ。
「うちに入るときは、ただいまー、でいいのよ」
にこにこするママに、ライルお兄ちゃんは照れたような笑みを浮かべる。
「ママ、とりあえずうちに入らせてよ、お肉が悪くなったら大変だよ。ほら、お兄ちゃんがお肉を買ってくれたんだよ。しかも見てこれ、なんと国産牛なんだよ!」
わたしが誇らしげにビニール袋をさしだすと、ママは袋の中をのぞき込んだ。
「まあああああああ、お肉がこんなにたくさん! しかも、国産牛なのね? すごいわ、柔らかそうな霜降りお肉でとても美味しそう。ライルお兄ちゃん、高かったでしょう?」
「いつもお世話になってますから」
にこやかに言うお兄ちゃん。
お金の出所は神だけど、お兄ちゃんが世界の破れ目を押さえたお手伝いのバイト料だから、正当なお兄ちゃんの稼ぎなのだ。
「これは、今夜はカーニバルね。Japanese SUKIYAKI カーニバルよ。ただの祭りじゃないわ」
ママはサンバのステップらしいものを踏みながら、冷蔵庫にお肉をしまいにいった。我が家では、ことあるごとに、ママとわたしは手を取り合って踊るので、踊り関係がうまいのだ。わたしが芸術的にリザンの踊りを踊れる秘密はここにあるんだよ。
その時、わたしのスマホが着信音を鳴らした。
『リザンダヨー リザンダヨー』
「あれ、神からかな? ……お兄ちゃん、なんでちょっと引いてるの?」
ライルお兄ちゃんがスマホから身体を引いたので、わたしは尋ねた。
「いや、なんだか背筋が寒くなるような歌が聞こえたもので、つい」
あれ、少し顔色が悪くなってるよ。
おかしいなあ、わたしの素敵な歌を入れた着信音なのにさ。
ママがキッチンからパタパタと戻ってきて言った。
「お肉は大丈夫だから、さあさあ、まずはあがってちょうだい。今、パパがお風呂に入っているのよ。ライルお兄ちゃんとリカちゃんは、ご飯の後に入りなさいね。お兄ちゃん、なにかしゅわっとしたものでも飲む?」
「あ、お願いします」
また炭酸飲料と戦う可愛いお兄ちゃんが見れると思って、わたしは「きひひひ」とあやしく笑いを漏らしてしまう。
ああ、ライルお兄ちゃんが来てくれて、嬉しいな!
わたしたちは、ママの後に続いてうちにあがった。
「あ、やっぱり神からだ。明日の朝一に迎えに来るってさ」
ダイニングキッチンの椅子に座ってスマホを確認したわたしは、お兄ちゃんに言った。
ライルお兄ちゃんは、今日はコップにジンジャーエールを入れて飲んでいる。「そうですか」と応えた拍子にけふっと炭酸が出てしまい、頬を少し染める様もなかなか趣があってよろしい。
さすがお兄ちゃん、げっぷをしてもかっこいいよ!
その晩は、我が家ではライルお兄ちゃんを迎えて楽しいすき焼きパーティーならぬJapanese SUKIYAKIカーニバルを行った。
お兄ちゃんが買ってきたお肉はすごく美味しくて、みんなでがつがつ食べたけど、神のくれたお金(7万あった。着替えを買った以外は肉につぎ込んだ)でたくさんのお肉が買えたので、みんな満足するまで食べられた。
お兄ちゃんはお父さんと日本酒を飲んで、美味しい美味しいと喜んでいた。
「すっきりした飲み口で、果物のような爽やかさがあって、でも深みがあるお酒ですね」
かなり飲んで、目元がほんのり赤くなっている。
いやん、お兄ちゃんたら色っぽいわ。
「はっはっは、気に入ったなら、どんどん飲みなさい。ライルくん、君はもう息子のようなものだからね、日本に来たらいつでも、遠慮なく遊びに寄りなさいよ」
「ありがとうございます」
やだ、お父さんたら!
まるでお兄ちゃんがわたしと結婚するための挨拶にきたみたいじゃない?
「ねーちゃん、それ妄想」
ヒロがぼそりと言った。
えっ、わたし、口に出してた?
「にやけすぎ。ライルさんがねーちゃんを嫁にもらうとかありえねーから」
「そんなのわかんないじゃん! 人間には魔が差すこともあるんだよ!」
「ねーちゃんは『魔』なのかよ」
「トップアイドルだよ。いいじゃん、乙女の夢を踏みにじらないでよ。夜中に鼻から牛乳入れるよ」
「地味で嫌な嫌がらせはやめろよ」
ヒロが嫌な顔をした。
「そうだわ、ライルお兄ちゃん、もうリカちゃんと結婚しちゃいなさいよー」
ママが遠慮なく爆弾を投げてくれたので、ライルお兄ちゃんとパパがお酒を変なところに入れてむせてしまった。
「国際結婚になっちゃうわね。リカちゃんが海外に行っちゃうのは寂しいけど……」
寂しげにうつむくママ。
「そ、そうか、リカが海外に行ってしまうということなんだね、ううん……」
それに続くパパ。
「あの、すみません、そのような話はまったくないので、しんみりしないでいただいて大丈夫です」
ちっ、ライルお兄ちゃんに完全否定されたよ!
悔しいから、ヒロの頭を一回どついて「いてっ」と言わせておいたよ。
「……ね、思いきって婿入りしちゃう?」
ママが上目遣いでお兄ちゃんに言った。
「ライルさん、ごめん。うちの家族が暴走して」
宴会が終わり、お風呂を済ませて、買ってきたTシャツとハーフパンツに着替えたお兄ちゃんに、ヒロが謝った。
お兄ちゃんは今日も客間に泊まるので、お布団が敷かれている。その横にはヒロの寝袋。
ちっ、このお邪魔虫め。
「いいえ。温かくて、よい家庭ですね。僕が異世界の者でなければ、うっかり婿入りしてしまいそうなくらいですよ」
「聞いた!? ちょっとヒロ、聞いた!?」
「ライルさんは異世界人だから、絶対にねーちゃんと結婚できないことがわかった」
「ヒロ、身も蓋もない変換をしないでよね! 少しくらい夢をみさせなよ、まったくもう」
わたしがぷんぷん怒っていると、ライルお兄ちゃんが「よしよし」と頭を撫でてくれた。
「リカさんが、いい子に育ったわけがわかります」
「やったー、お兄ちゃんに誉められたよ! 美人で可愛くて愛くるしいピチピチのいい子だって」
「ねーちゃん、盛り過ぎ」
バンザイするわたしの顔に、枕が飛んできた。
そして、翌朝。
朝ご飯を和やかに食べた後、神が迎えに来たのだが。
「か、神、あんた……その格好!」
「ハーイ、ワタシの名はカミィね! ライルがお世話にナッタね! アリガトー」
にこやかに、あやしく片言に変えた日本語で話すのは、金髪に青い瞳の、ライルお兄ちゃんに変装した神だった!
「まあ、そっくり! カミィお兄ちゃんはライルお兄ちゃんのご兄弟なのかしら」
「フタゴのキョーダイ、デースね!」
嘘つけ!
神が嘘ついていいのか!?
そして、カミィお兄ちゃんと呼ばれてにやけるな!
しかし、ママとパパはあっさり騙されたようだ。
「はっはっは、そうかそうか、今度はぜひ君も泊まりにいらっしゃいよ」
そう言って会社に出かけるパパに、神は「アリガトーございマース、ぜひにぜひに!」と嬉しそうに言ったけど……パパ、それ、神様だよ?
「デハデハー、行きまショーか!」
「ママ、ちょっとそこまで送ってくるね」
「あっ、俺も行く」
というわけで、四人でぶらぶら歩き始めた。
人気のない方向へ。
「リカさん、ヒロくん、ライルくんがお世話になりました」
「いいよ、すごく楽しかったから。こういうお世話なら大歓迎だよ」
「……マジそっくりだな、神、すげえな!」
ヒロは神の変装に感心して、神はひどく嬉しそうに胸を張った。
「いやいや、ドヤ顔してる場合じゃないでしょう。世界の破れ目は、直ったの?」
「大丈夫です。問題ありません」
金髪のライルお兄ちゃんこと神が、目をそらした。
絶対問題があるな!
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
ライルお兄ちゃんを急かすところが怪しいね。
たぶん、またなにか手伝わせるつもりなんだろう。お兄ちゃんも苦笑している。
本当に人がいいよね。
「まあ、今度は神も一緒にさ、ゆっくり遊びにきなよ。うちのパパとママも歓迎するよ」
「え? 本当に遊びに行っていいんですか?」
「うん。……ちょ、ちょっと神、あんた涙ぐんでるの!?」
この神、そんなに酷くぼっちなんだろうか。
「はい、必ず、遊びに寄らせていただきます! それでは行きますよ」
ぐいっと涙を拭った神が言い、辺りは金色の光で満ちた。
「お世話になりました」
「また来てね! また会おうね!」
「ライルさん、絶対また来てよ!」
そして、光は薄れていった。
FIN.
光が薄れていって……まわりの様子が目に入る。
って、ここはもしや、世界の境界!?
しかも、わたし、またたまごに入ってるし!?
隣には、ミスリルの鎧をつけて、腰にミスリルの剣を刺したライルお兄ちゃん。
「……どういうことですか?」
お兄ちゃんはシールドを手で上げて、冷静に神に尋ねる。
「あのですねー、破れ目から逃げた魔物が、変なところに行っちゃって……とある世界に迷惑をかけてしまって、そこからされてしまったのですよ……勇者の召喚を」
「は? 勇者! 召喚! まさか!!!」
神の無茶ぶりの予感に叫ぶたまごだよ。
「すみません、頼れるのはあなた方しかいないのです。勇者として、世界を救って魔物を倒してきてください! あとでお礼はしますので!」
「神! お礼をすれば何をやってもいいと思うなよ! 神! 神ーッ!!!」
「……行ってらっしゃーい」
すまなそうな顔の神が、そっと手を振る。
やられた。
為すすべもなく、わたしとライルお兄ちゃんは、金色の光に包まれてどこかの世界にとばされてしまったのであった。
……勇者として。
神、マジ、あとでしばき倒す!
限りなく to be continued. に近い FIN.
◇言い訳のような後書き◇
このお話の最後を読んで、「なんじゃこの終わり方は!」と思った方が多いと思いますので、言い訳をさせていただくことにしました。
このお話は、元々は、
ネット小説大賞を落ちたときにたくさん応援&慰めメッセージをいただいたので、
そのお礼にと書いた5000文字くらいのSSのつもりでした。
それが、書いているうちに収まらなくなって、発表を諦めてお蔵入りさせることにしたのです。
ムーンでの活動をご存じの方は、わたしが連載とかその他の作業でばたばたしていることをご存じだと思います。そのため、今はたまごを書くことができません。
けれど、今回モーニングスター大賞にエントリーするお知らせをしましたところ、たくさんの方がたまごのことを覚えていてくださっていることがわかりました。
なので、「こんな番外編でも楽しく読んでもらえるかな?」と考えて、完成させてアップすることにしました。
続きがいつ書けるのか、お約束することができません。すみません。
でも、リカさんとライルお兄ちゃんが異世界に召喚されるお話は、もう降りてきています。
めっっっっっっっちゃ気長に待っていただいてもいいですか?
すみません。
こんなたまごと作者にお付き合いくださいまして、ありがとうございます。