番外編 リカ、バイトをがんばってるよ! その1
リカさんの、日常のお話です。
「ご注文をくり返しまーす。アイスカフェラテとオムライスのセットをおふたつー、アイスキャラメルマキアートとたまごカレーのセットをおひとつー、以上でよろしいですか?」
カフェのテーブルの横に立ったわたしは伝票に書いた注文を見ながら確認し、繰り返して言った。
「あの……」
お客さんの若い男性がおそるおそるきり出したので、わたしは首を傾げながら「はい?」と尋ねる。もちろん笑顔だ。あざとくないぎりぎりのラインで首を傾げるのはなかなか難しいのだが、神公認アイドルであるわたしは、毎晩お風呂上がりに鏡に向かって練習しているので大丈夫。
「俺の、オムライスの上に、ハートをお願いします」
「俺もです」
「あ、カレーの半熟たまごの上にもハートを……」
わたしは三人のお客さんにアイドルにふさわしいキラッとした笑顔を見せて言った。
「お三人さまとも、リカ特製のドキドキケチャップハートつきですね。承りましたー!」
スマイルは無料なんだけど、ファンサービスは明日の売り上げにつながるので怠らないようにするよ。
なんたって、わたしはトップアイドルだからね。神々限定だけど。
やあやあ、皆さんお久しぶり!
愛のたまご戦士こと、リカだよ。
ただいま、卵料理が売りのオシャレカフェでバイト中。友達に紹介されて、毎週土日にはここで働いているんだ。
え? 誰よ、わたしにバイトなんかできるのなんて言った失礼なやつは!
できるに決まってるでしょ。わたしは剣道部を全国大会に導いた、伝説のマネージャーなんだよ。
ウェイトレス業だって、ちょちょいのちょいだよ。
おまけに、たまご運がすごくいいんだからね。ケチャップのハートだってびっくりするくらいに上手に描けるんだから。
嘘だと思ったら一度うちのお店に食べに来なよ!
卵色の制服に白のふりふりエプロンを着けたわたしは、この店のちょっとした人気者だ。
最近は料理にケチャップでハートを描くという秘密のサービスもやっていて、なかなか好評だよ。店長は「ここはそういう店じゃないんだけどなあ」なんて言ってたけど、オムライスの売れ行きが明らかに良くなったので、まあいいかと思っているらしい。
お客さんに親子丼(オシャレカフェに親子丼って、どうかと思うよ?)にもハートを描いて欲しいって言われたときには「やめて、美味しい親子丼にケチャップをかけるのはやめて」って涙目になっていたからやめたけどね。
「いらっしゃいませ-」
ここは一応オシャレカフェなんだけど、ちょっと食堂テイストなところもあるので、わたしはひとりでやってきたお客さんに元気に声をかける。
お昼時にはカフェっていうよりたまご料理が売りの洋食屋さんっていう感じだね。たまご運のいいわたしにはぴったりなバイト先なんだよ。
「あ」
きょろきょろと物珍しそうに店内を見るそのお客さんを見て、わたしは一瞬驚いた。
ライルお兄ちゃんだ!
と、思わせておいて。
実は神の変装なんだよね。
そう、わたしを異世界のたまご戦士に仕立て上げて、その活躍ぶりを楽しんだというはた迷惑な神は、最近このカフェに出没するのだ。
神ってば、他の神とつるんでいればいいのに、どいういうわけだかわたしとお友達気分でちょいちょい絡んでくるんだよね。変な呟きメールも送ってくるしさ。
LINEもしようってうるさいけど、そんなことしたら絶対にうざいことをするだろうから断ってるよ。神々のグループなんかに招待されたらたまらないしね。
で、妙にフレンドリーな神は、わたしがバイトしているこの店にもごはんを食べにやってくるというわけ。
しかも、最初にやってきたときなんか、さらさらの金髪ロングヘアに青い瞳で、白いギリシャ風の服を纏ったベタな『神』の姿だったんだよ! ここはオリンポスじゃなくて日本だよ! ほんとにやめて欲しいよね。急いで「この人、コスプレイヤーなんです」って言ったら、みんなに納得してもらえたから良かったけどね。うん、コスプレって言い訳は便利だよ。
その後は、いろんな姿に変装してやってくるんだ。パパに変装してきたときにはびっくりしたけど、話すときに「はっはっは」って笑わなかったから、すぐに偽者だってわかったよ。娘をなめちゃいけないよ。
そんな神は、今日は異世界ビルテンの冒険者ギルド職員、フツメンだけどイケメンのライルお兄ちゃんに変装してきたみたい。
本物のライルお兄ちゃんは元気にしてるかな。彼女ができたかな。……結婚してたらちょっとショックだなあ。
「おひとりさまですか?」
たとえ神でも、お店に来たならお客さんなので、わたしは接客スマイルで出迎えた。
「ええと、はい。あれ? リカさん?」
茶髪に素敵なブルーの瞳をした偽ライルお兄ちゃんは、今日はTシャツにジーパンを着て、日本に観光旅行にやってきたアメリカンみたいな雰囲気だ。
相変わらず雰囲気イケメンだね。お店中の注目を集めるってわけじゃないけれど、そんなに彫りは深くないけど明らかに外国人のお兄ちゃんをちらちら見ている人もいるよ。
まあ、背が高くて脚が長いから、かっこよく見えちゃうのは仕方がないね。
「こちらのお席はいかがですか?」
わたしはいつも神が座る席に案内した。観葉植物が置いてあって、ちょっとこそこそ話ができる場所なんだ。
「メニューをどうぞ」
「ありがとうございます。リカさん、その黄色い服、似合ってますね」
お兄ちゃんもどきだとわかっていても、その顔で誉められたら嬉しくなっちゃうよ! まったく、姑息なことをしてわたしの気をひこうとするんだから、神ってば仕方がないね。
「なにを今さら! もう、わたしの乙女心を弄ぶのはやめてよね。本当のライルお兄ちゃんに言われたみたいでドキドキしちゃうじゃん」
わたしは偽お兄ちゃんからメニューを取り上げて、ぱたぱたと熱くなった顔をあおいだ。
「さすがは神だね、変装がうますぎるよ。本物のお兄ちゃんに会えたみたいで嬉しくなっちゃったじゃん。今日は何を食べていくの? いつものアイスキャラメルマキアートとオムライスにする? 美味しいデザートのかき氷も始まったよ。ミルクセーキ風味ですごくいい味に仕上がってるし、中にカスタードプリンが埋まっていて素敵なデザートだよ」
神は一通りここのメニューを食べて、このアイスキャラメルマキアートとオムライスのふたつをゴールデンコンビに決定したらしいのだ。
けれど、この新作のかき氷も美味しいんだよ。ほろ苦カラメルソースが秀逸だね。
「いつものって……僕は初めてなんですけどね。それがリカさんのお勧めなら食べてみようかな」
「え?」
「前にごちそうしてくれた天丼は……ないみたいですね。あれもとても美味しい料理でした」
ライルお兄ちゃんもどきはわたしの手からメニューを取り上げて、写真を見ながら言う。
「あれはあんまりたまごが入っていないからここにはないんだけど……ええ? まさか、お兄ちゃん?」
ちょっと待って。
「ライルお兄ちゃんなの? 本物の? 神の変装じゃなく?」
「ええ、本物のライルです。神は用事ができて、ちょっと一緒にこれなくなってしまって。自分から誘っておいて困ったもので……っていうか、変装してここにやってくるんですか? まったくあの神は……」
「わああああああ、本物のライルお兄ちゃんだ! わーい!」
わたしはお兄ちゃんに抱きついた。