番外編 神はたまご使いが荒すぎるよ 最終話
「うっ……このたまごめ……本気で死ぬかと……」
「ミラさんの気持ちが……わかりました……」
ここはサグラスの町の入り口。
目の前にはたまご酔いを起こして地面に四つん這いになるイケメンふたり。
涙で潤んだ瞳にハアハアと息も荒く、乱れた髪が汗に濡れた額に張りついているのも悩ましい。
マニアには堪らない姿だね……なんて考えている場合じゃないね。
「ごめんごめん、素人にはスピードが速すぎたね」
わたしはたまごアームで頭をポリポリとかきながらふたりに謝った。
ついでに舌を『てへっ』と出して、悪気のないことをアピール……しまった、たまごだから舌を出せないよ!
わたしは時間節約のため、たまごアームでふたりを両脇に抱えながらBボタンダッシュでサグラスの町にやってきたんだ。
この世界には馬車しか乗り物がないからね、すごいスピードでダッシュしたもんだから、かわいそうにふたりとも乗り物酔いでぐったりしちゃったんだよ。
わたしは薬草と毒消し草を取り出して『すごいたまごアイス』を調合した。ミラさんのたまご酔いもこれで治ったからね。
「はい、ふたりともお口あーん」
髪を振り乱して涙目で這いつくばるふたりの若い男性の口に『さあ、これをおなめ!』と(あくまでも)心の中で呟きながらアイスをくわえさせるたまごだよ。
こういうのは女王様プレイっていうんだよ。
え、清純なJKがなんでそんなことを知ってるのかって?
別に、ヒロの部屋に隠されていた大人の本を読んだ訳じゃないからね!
ちょっと、違うって言ってるでしょ!
「……ありがとうございます」
「おお、美味いな」
たまごの心にある少し残忍な気持ちに気づかずに、美味しいアイスを喜び弱々しく笑ってみせるイケメンたち。
なんという萌えポイントだ!
このドキドキ感を誰とも共有できないのが残念である。
とにかく、ひとなめで効き目があるすごい薬のおかげで、ふたりのたまご酔いは急速に解消されたようである。立ち上がったふたりはしゃくしゃくとアイスを食べた。
「ああ、ライルさん、ゼノさん……たまご!?」
「お帰りなさ……たまご!?」
わたしたちを出迎えた謎のおっさんと門番らしき人が絶句する。
もう、そんなに驚くなんて、ここには愛のたまご戦士の評判は届いていないの?
これだからテレビのない世界はダメだね!
ゼノがわたしを紹介してくれる。
「こいつはたまごだが。ランクC冒険者のリカだ。村の魔物を倒してくれたんだ」
「愛のたまご戦士だよ! 魔物じゃないよ!」
「なんと、それは大変失礼しました。村長のキトルーです」
さすがファンタジックな世界、たまごに慣れるのが早い。おっさんは自己紹介をして頭を下げた。
「リカさんが魔物を倒してくださったのですか! こんなに早く解決するなんて、なんという素晴らしい腕をお持ちなのでしょう」
おっさんが嬉しそうな顔をした。
「大変ありがたいことです、リカさん、ありがとうございました」
「すごくいい感じだけどたまごを褒めたたえるのはあとあと! さあ村長、これを飲みなよ。そして、飲んだら急いで他の村人のところに行くよ、早いとこ薬を飲ませたいからね」
わたしは『すごいエッグノッグ』を村長に渡した。
「薬、なのですか?」
湯気の立つ甘い香りのそれを、首を傾げて眺める村長。
毒は入ってないよ!
「心配いりません、とても美味しくて薬には思えないのですが、これはリカさんの調合した素晴らしい薬ですよ。今回の異変の原因はどうやら人の体内に入り込む魔物のせいらしいので、薬を村の皆さんに飲んでもらう必要があるのです。さあ、ぐぐっとどうぞ」
笑顔のライルお兄ちゃんに勧められておそるおそる『すごいエッグノッグ』に口を付けるキトルー村長。
「お口に合うかな?」
見守るたまご。
「合わない奴はいないだろう、もう一杯飲みたいくらいだ」
「ちょっとゼノったら、おねだりが上手いよ!」
気のいいたまごはもう一杯『すごいエッグノッグ』を調合してゼノに手渡した。
「おっ、悪いな」などと言いつつ、嬉しそうな顔でゼノが受け取る。
「リカさん、ゼノを甘やかし過ぎです」
それを見ていたライルお兄ちゃんがなぜか少し怖い顔をして言った。
「え、お兄ちゃん、怒ってる?」
「なんで僕が怒るんですか、注意しているだけです」
そう言いながらたまごアームを固結びにしないでよ!
おっさん村長は『すごいエッグノッグ』を夢中になって数口飲むと、目を見開いて叫んだ。
「うおっ、こっ、これは! 口の中をとろけて走る甘くてまろやかなたまごの風味に香りのよいお酒! 身体が温まり、うっとりするような心地になる飲み物だ。これが薬とは……」
『すごいエッグノッグ』を飲みながらうっとり顔をするおっさん。
目を細めてカップに口をつけ「ほおっ……」と声を漏らす。
「ああ、なんて美味しいのだ。こんなに美味しい飲み物は生まれて初めて飲む……」
「気に入ってもらえてなによりだよ。さあ村長、案内して」
『すごいエッグノッグ』を片手ににこにこしている村長に連れられて、たくさんの人たちが暮らしているらしい集会所みたいな所に行った。
「わあ、結構人数がいるね! 薬草と毒消し草をエドたちにたくさん採ってもらっておいてよかったよ。備えあれば憂いのないたまごだよ」
片隅に虚ろな瞳のおっさんと不安げな顔の青年がいた。
「父さん! しっかりして!」
「俺を呼んでいるんだ、ほら、聞こえないのか……」
はい、さっそく怪しい言動の村人発見だよ。
わたしは近寄って、息子らしい青年に調合した『すごいエッグノッグ』を差し出した。
「こりゃあ脳まで魔物がいっちゃってるね。早くこれをお父さんに飲ませなよ」
「えっ、たまご!?」
「たまごだけど冒険者のリカだよ! もう、いちいち自己紹介しなきゃ駄目なのが面倒だね」
「皆さーん、聞いてください」
隣でライルお兄ちゃんがイケてるボイスを張り上げた。
「村の魔物が人の体内に入り込んでいる恐れがあることがわかりました。これからランクC冒険者のリカさんが薬を配りますので、全員飲んでください」
さすがライルお兄ちゃん、皆からの信頼も厚いようで、村人たちはこくこくと頷いた。
誰かに呼ばれているらしい虚ろな瞳のおっさんが『すごいエッグノッグ』を飲んでぐうぐう眠り始めたのを確認して「起きたら治ってるから安心しなよ」と青年に声をかけてから、わたしはどんどん『すごいエッグノッグ』調合していく。
子どもたちには『すごいエッグノッグ(ノンアルコール)』を調合するおりこうなたまご。
「大人はこっちだ。ひとり一杯だぞ」
「子どもたちはこっちの薬ですよ。美味しいから全部飲んでくださいね」
この世界では有名な人気者である、冒険者ギルドのライルお兄ちゃんとゼノ副団長に薬を配られて、村人たちは整然と並んで薬を受け取る。
若い女の人はふたりのイケメンにときめいちゃっているらしく、顔を真っ赤にしているよ。
あっ、カップを受け取る時にゼノ副団長の手に指が触れたらしく、ふるふる震えて照れているお姉さんがいる。
ひゃあ、こりゃあ甘酸っぱいものを見ちゃったね!
「うわ、なんだこりゃ? こんなに美味くて薬だと?」
「うわあーい、美味しいよ! これ美味しい!」
喜んで薬を飲む村人たち。
この様子なら、全員飲んでくれそうだね、よかったよ。
「リカさん、本当にありがとうございました」
お酒のせいか頬がほんのり赤くなったキトルー村長が、わたしに向かって行った。
「いいんだよ、わたしは愛のたまご戦士だからね。常に世のため人のために戦っている素敵なたまごなんだ。そのことを噂に流しといてよ。で、説明したとおり、念のためにたまごまみれになった村は一回焼き払った方が安心だね。村人たちは大変だけどさ」
「いえ、リカさんがいなければ、魔物に体内で暴れられて全滅したわたしたちですから。大丈夫、この身体さえあればどうとでもなります」
「うん、その意気でがんばってよ。あ、これあげるよ。村の復興資金にしなよ」
わたしはたまごボックスから前にゼノと行った迷宮で集めた魔石を出して、村長の手のひらにじゃらっと渡した。
「売れば結構いいお金になるばずだよ? これで住みよい村を作りなよ」
「なっ、これは、ええっ? こんなに魔石が……大変な額になります、村ふたつ分はありませんか、これ……」
村長の手がぶるぶる震える。
「余った分は、村人たちの仕事が軌道に乗るまでの資金にしな。子どもたちを餓えさせるんじゃないよ」
「その程度の石なら町のギルドで換金できますからね。よかったですね、有効利用してください」
ライルお兄ちゃんがにこやかに言う。
「そんな、助けてもらった我々がお礼をしなければならないのに、こんなにしていただくわけには……」
「気にしないでよ、わたしは太っ腹な気のいいたまごなんだ。じゃあさ、新しくできた村はこの辺りで評判の親切な村にするのが目標ってことにしようよ。並の村作りじゃないからね、責任重大だよ、がんばりな」
「リカさん……あなたはなんという素晴らしい方なんでしょう……」
感激する村長。
「わたしはトップアイドルの愛の戦士だからね、こんなもんだよ。できたら親切なたまごの評判を流しておいてね。村の中央にたまごのオブジェを置いた広場を作るとかしてもいいね、それを見た村人がよりいっそうの親切を肝に銘じるようにさ」
わたしは抜け目のないたまごだよ。
「わかりました、たまごの素晴らしさを村人全員で伝えていきます!」
よしよし、いい心がけだね。
「でも、他に何かお礼できるものがありませんか? 本当に申し訳なくて……」
「うーん……あえて言うなら、薬草と毒消し草が欲しいくらいかな? さっきかなり使っちゃったから……」
「お任せください! 我々は薬草採りのエキスパートですから!」
村長の顔が輝き、村人全員の前で言った。
「リカさんのために、薬草と毒消し草を集めましょう!」
「おおーーーっ!」
そして、たまごボックスには『山のような薬草(状態最高)』と『山のような毒消し草(状態最高)』が表示されるのであった。
「さて、魔物退治は終わったから、わたしはそろそろ自分の所に帰るよ」
魔物に感染していた人が『すごいエッグノッグ』を飲んでぐうぐう眠り、起きて頭が痛くなってるところに素早く『すごいミルクセーキ』を飲ませるという気の利いたことをしてから、村長に別れを告げて村の外に出たわたしは言った。
念のためにたまご索敵画面で確認したけど、サグラスの町には赤いたまごマークはひとつも出なかったから、魔物はいないのだ。たまごの仕事は完璧仕上げである。
「もう帰るのか? 少し王都でゆっくりしていけよ。新しい迷宮が見つかったんだぞ? 伝説の防具があるらしいんだ。王都名物たまご饅頭も発売されたし」
「それ、わたしのおやつを真似たでしょ」
「元冒険者が開いた店だから、たぶんお前に饅頭をもらったやつだな」
「あははは、がんばって美味しいおやつを売りなよって伝えておいて」
「……やっぱり来ないのか」
ゼノは少し寂しそうに言った。
「リカさん、ビルテンにも顔を出さないのですか?」
ライルお兄ちゃんもなんとなく寂しげに見える。
「うん。今回は神の遣いっぱしりだからさ、長居はできないんだよ。でも思いがけずにふたりに会えてよかったよ。もしかしてこれからも来られることがあるかもしれないからさ、元気で暮らしてよ。わたしも元気でがんばるけど、この世界は危険でいっぱいだからさ。絶対に無理しないで。わかった?」
魔物のいるこの世界で、剣を振るわなければならない立場のふたりに無理するなっていうのが無理だけど、わたしはあえてそう言った。
「ああ、命を大切にするさ」
「また笑顔でリカさんにお会いしますよ」
「うん。約束だよ」
あ、身体が光ってきたよ。そろそろ時間かな。
「じゃあね」
ライルお兄ちゃんが手を伸ばして、たまごの頭をぐりぐりと撫でた。
わたしは嬉しくなって、えへへと笑った。
「ばいばーい」
わたしは金の光に包まれながら、たまごアームを振った。
「やあ、お疲れ様でした、リカさ……ぐはっ」
わたしは出迎えた神のみぞおちに拳を叩き込んだ。
こんなの神にとってはなんのダメージにもならないことはわかっていたけど、そうしないではいられなかった。
「いきなり何をするんですか、酷いですね」
「ふざけんじゃないよ、このすっとこどっこいの神が! ライルお兄ちゃんが死ぬところだったじゃないのさ!」
わたしはあいたたたと嘘くさい仕草でお腹をさする神に言った。
「ライルお兄ちゃんが感染してるってわかってたんだね? もう何人もの人が死んでいたし、お兄ちゃんだって危ないところだったんだよ。あんたは何を考えているんだよ、お兄ちゃんを殺すなんて……」
お兄ちゃんの頭の中が真っ赤になった画面を見たとき、わたしは血の気が引いて倒れそうになったんだよ。
目の前でライルお兄ちゃんに死なれたらと思うと……。
「でも、死ななかったでしょ?」
神はにっこり笑った。
「村人たちも救えてよかったじゃないですか」
「……ねえ、見ていて面白かった? あんた、わざと魔物を逃がしたんじゃないの? 神々のエンターテイメントのために」
「違いますよー。いやだな、神がそんな、悪魔みたいなことをする訳ないじゃないですか」
わたしはじっと神を見た。
「わたしは神ですからね、あの世界を管理していますからね。いつも見守っていますよ……人々が一生懸命に生きる姿を。でも、わたしが余計な手出しをしたらいけないんです。お人形さんごっこをしている訳じゃないのですからね」
「でも、病原菌をあの世界に入れたのはあんたのミスでしょ」
「だから、たまご戦士を送ったじゃないですか」
「あの世界の人たちに謝る気はないの?」
「……」
悪びれずに笑顔を見せる神。
「……あんたさあ、自分が全能の存在だと思って調子にのってない? わたしのことも駒のひとつにしか思ってないでしょ。気に入らなかったら捨てられる駒にしか」
「おやおや、ならばそんなにわたしを責めたらリカさんの身が危ないですね。どうするつもりですか?」
「どうもしないよ。だって、わたしはただの女子高生だからね。神の手で簡単にひねりつぶせるよ。だけどね」
わたしも笑顔で言った。
「あんたが全能の存在だって思っていたら、それは勘違いだよ。あんたもうっかりしたら消される存在なんだからね」
「え?」
「あははは、まだわかんないの? ほら……」
神はいぶかしげな顔をして、そして、表情を凍りつかせた。
「……あなた、だ、れ、ですか……?」
「なになに、突然どうしちゃったの?」
わたしはがくがく震えだした神に向かって言った。
「い、ま、誰かが、見てました! わたしたちを見てましたよ!」
「まっさかー、そんなわけないじゃん。神を覗き見する人がいるわけないでしょ、勘違いだよ」
青い顔になった神を笑い飛ばす。
「いやでも、確かに……リカさんだって、さっきそう言った……」
「わたしはなにも言ってないよ? 何にビビってんのか知らないけどさ、神だからといってあまり調子にのったら駄目だってことだけは肝に命じておきなよ。わかった?」
「……」
神は怯えた目で辺りを見回している。
釘は刺すけどね、あまり神を追いつめないでおくよ。
だってさ。
神が狂ったらこの世界が滅んじゃうからね。
「とにかく、死んじゃった村人の補償はちゃんとしなよ。次は幸せな人生が送れるように生まれ変わらせるとかさ」
「……」
「あと、遺族にも補償しときな。幸運多めとか、一生食うに困らないとか」
「……」
「神! 聞いてるの!?」
「はい! 聞いてます! 補償ですね!」
「そう。ちゃんと誠意を見せるんだよ。あと、わたしの報酬だけどね」
「はい」
「あっちの、ええと、エンドルクだっけ?の国でわたしと出会った人たちに、わたしとの関係が深いほど与えて欲しいんだ……『幸運』を」
「『幸運』?」
「そう。わたしはね、ライルお兄ちゃんやゼノやエドたち一家やバザックパパや、とにかく関わったみんなに死んで欲しくないの! だからひいきして。わたしは自己中心的な女だからね、お気に入りの人たちには幸せに暮らして欲しいんだよ。次に神に頼まれて行ったら魔物に食われてましたー、病気で死んでましたー、とか、マジで勘弁して欲しいから」
「わたしが次にもあなたを呼ぶとは限りませんよ?」
「それはそれで別にかまわないよ。あんた意外とビビりだからね、もうわたしの顔を見たくないと思うかもしれないってことは承知の上だよ」
「……わかりました……リカさんってメンタル強いですね」
「あははは、今さらなにを言ってんの。それでわたしをアイドル候補に選んだくせに」
「そうでした、ね」
神はまだ顔色が悪かったけど、わたしに頷いた。
「リカさんに言われたことは、よく考えておきます。あと、報酬の件も了解しました」
「うん」
「それでは、元の世界に戻しますね」
「うん。じゃあばいばーい」
金の光に包まれたわたしが手を振ると、神も小さく手を振り返したのだった。
そして、わたしは日本に戻り、たまご戦士としての活躍は終わった。
あれ?
なんか大事なことを忘れてない?
……ライルお兄ちゃん、意味ありげなことを言ってたよね?
ねえ、確かに言ってたよね?
ちょっとたんま!
やり直し!
ねえ、たまごを戻しなよ、今ならお兄ちゃんを問いつめて力わざでラブラブエンドに持って行けそうな気がするんだよ、だからもう一度ライルお兄ちゃんのところに戻して、ねえ、神! 神ったら神! ねえ、ね
FIN.
「リカさん、惜しい!」
神が笑った。
神による強制終了。
なので、このお話はこれで終わります。お読みくださいましてありがとうございました。




