番外編 神はたまご使いが荒すぎるよ その2
「わたしは神に頼まれて、この村にいるらしい魔物を退治しに来たんだけどさ、お兄ちゃんたちの目的も一緒なのかな」
わたしはさりげなーくライルお兄ちゃんの横に行くと、たまごアームをお兄ちゃんの腕にしゅるりと絡ませて言った。ちらっとそれを見たライルお兄ちゃんには可愛らしく「うふっ」と笑ってその場をごまかす。
ついでに上目遣いで素敵なブルーの瞳を見上げたら完璧……ああっ、たまごだから上目遣いができないよ、無念!
「神だと? お前に信託があったのか」
わたしの言葉に驚いたのはゼノだ。
彼はたまごが神の下請けをやってることを知らないからね。
「うん、そんな感じのやつ。あれはとんでもない神だけどね。縛って王都の広場に1日吊して足の裏をみんなでくすぐっていいくらいの神だけどね。わたしは困っている神に頼まれたら断れない親切なたまごなんだよ」
「そうか。実はこの村で原因不明の死亡事件が発生してな。現在村人たちは一時的に避難をしている。危険な案件だからということで、俺とライルが調査に来たんだが」
そう言いながらゼノはせっかく絡めたたまごアームをお兄ちゃんの腕からしゅるしゅるっとほどいてしまった。
「あっ、どさくさに紛れてなにすんの!」
「どさくさに紛れているのはお前だろう」
「せっかくお兄ちゃんと妹との心と心の触れ合いをしていたのに」
「心だけにしろ」
「なんでゼノがわたしたちの中を引き裂こうとするの?」
「お互いに助け合って身を守りあうのがパーティだからだ」
「違うね、それは偽りだね! ゼノはやきもきをやいてるんでしょ! 可愛いたまごがお兄ちゃんばかりに甘えるからってさ!」
「断じて違うな」
「え、じゃあ、まさか、ライルお兄ちゃんをたまごにとられるからって……そんな、禁断の男」
「黙れたまご」
「サーセン」
ゼノの顔がマジおこだったので、素直に謝るたまごだよ。
「じゃあそういうことで」
と、大人なたまごはその場をおさめたよ。
「たまごの能力で村の様子を確認したんだけど、どうやら村全体が何か魔物っぽいもので覆われているみたいなんだよね」
「やはり魔物なんですか。しかし、広い敷地を覆う魔物など聞いたことがありませんね」
「たぶん特殊な魔物だよ。この世界の魔物じゃないらしいからね」
人騒がせな神のせいで、よそから来ちゃった魔物だもんね。でも、村人が死んじゃったなんて……神の罪は重いね。くすぐりの刑じゃ済まされないね。あとでシメておかなくちゃ。
神に天罰を下すなんて、まったくたまごも偉くなったものだよ。
「それじゃ、絶対防御の殻を持つこのたまごがちょいと偵察してくるからさ、ふたりはここで待っててね」
「おい」
「待ちなさい、リカさん」
たまごアームを両方とも後ろから引っ張られて、かっくんとなるたまごだよ。
「ちょっと、せっかく真面目にやってるのに、かっくんしないでよ」
「お前、なんでひとりで行くんだ。危ないだろうが」
ゼノが怒ったように言う。
「危なくないよ? たまごは無敵なんだってまだわからないの? 敵の正体がわからないんだから、ゼノとライルお兄ちゃんは危なくて連れて行けないんだよ。原因不明の死亡事件なんだよね。暴れた魔物に物理的に殺されたのとは違うってとこ、引っかかるんだよ」
わたしは優しく言った。
「ねえ、これがドラゴンが相手だっていうのならふたりを連れていくけどさ、多分この世界の冒険者では対処できない魔物だから、わざわざ叱られるのを覚悟して神はわたしを呼び出してここに送ったんだと思うよ。あの神、一見バカっぽいけどそれを鵜呑みにしちゃいけないんだ」
「……なるほど。わかりました」
ライルお兄ちゃんが頷いた。
「ここはリカさんに任せます」
「おい! たまごに任せて大丈夫なのか?」
「ゼノ、恋人を信頼する事も必要ですよ」
「……はあ? 恋人だと? 誰が誰の? 唐突に何を言い出すんだ」
露骨に顔を強ばらせたゼノが、ライルお兄ちゃんに言った。
失礼な元彼だな。
「唐突に思い出しました、ええと……あなたはリカさんと付き合っているんでしたっけ。そうそう、父からの報告にありましたよね、まったく、お兄ちゃんお兄ちゃんと言っていた癖にちょっとリカさんから目を離すとこうですからね、油断も隙もあったもんじゃない。ゼノもそんなことではエドに勝てませんよ、たまごと付き合うなら、細かいことに構わない広い心が必要なんです」
「いつの話だなんの話だ、なんでエドが出てくるんだ? おい、大丈夫かライル? 自分の言ってることがわかってるか?」
「いや、やっぱりゼノでは力不足ですね、ここはたまご取り扱い主任者として僕がたまごと……たまごにつきあえる人間は、この世界に僕だけ……」
「うわあ、お前ますます大丈夫かっ!? 絶対頭をやられてるだろ、なんか悪いものを食ったのか、それともたまごが変なことをやらかしたのか?」
ゼノがお兄ちゃんの肩をつかんでがたがた揺すぶったけど、お兄ちゃんはまだ「たまごはゼノには渡しませんから」などと虚ろな青い瞳で呟いている。
わたしはたまご索敵画面を調節して、何やらぶつぶつと呟いているお兄ちゃんの様子を確認し、たまごの得意技の『調合』を繰り出してから言った。
「まあ落ち着きなよ、ゼノ。さあ、これを飲みな。お兄ちゃんもこれを飲んでね。今のふたりに必要なものはこれだからね、飲みながらゆっくり和んでたまごを待ちなよ」
わたしはゼノに温かい飲み物の入ったカップを渡し、まだ「たまごを理解できるのは僕だけ……」などと呟くお兄ちゃんの口には無理やり押しつけて飲ませる。
「なんだこれは」
「『すごいエッグノッグ』。ラム酒が入った、ちょっぴり大人な飲み物だね。でも甘くて美味しいよ。んじゃ行ってきまーす」
「おい待てたまご、ここであっさり去るな、空気読めよーっ!」
「美味しい美味しい」
すでに飲んでいるライルお兄ちゃん。
ふたりを置いて、わたしは足はないけど足早に村の中へと向かった。
背後から「うわあ、どうしたライルーッ!?」っていう声が聞こえたけど、あとは空手部部長にお任せだよ。
「やっぱり真っ赤だね」
わたしはたまご索敵の画面を見て、ふうっと息を吐いた。
「無数の赤いたまごが表示されて画面が覆い尽くされているのに、敵を視認できない。これは剣では倒せない魔物だね」
わたしは魔法の画面を開いて言った。
「神、聞こえてるよね。あの狭い破れ目から村全体を覆うほど巨大な魔物は逃げ出せないよ。つまり、逃げた魔物は小さくて無数ってことだよ。さあ、さっさとこいつらを倒せる魔法を出しなよ」
わたしはニヤリと笑った。
「神がバイオハザードを起こしたことは、黙っていてやるからさ」
腐らせないたまご 細菌やウイルスなどを殺すことで、腐敗をさせない
「はい、きた」
わたしはたまご索敵画面を見ながら『腐らせないたまご』を唱えた。そして、現れたたまごを思いきり建物の壁に投げつけた。たまごはぐしゃりと割れ、中から流れ出たゼリー状のたまご液が薄く広がっていった。
たまご索敵画面を見ると、そこから赤い色が消えた。
「ふう、村中にこれを投げろってことか! やってやろうじゃん。腐らせないたまご、腐らせないたまご、腐らせないたまご、腐らせない腐らせない腐らせない腐らせない腐らせない腐らせないたまごーーーーっ!」
わたしは大量に出したたまごを次々に投げ、たまご液で村を覆っていった。
「お、終わったーっ! 全然華々しくないけど、敵を殲滅したよ、ああマジ疲れた! たまご、お茶を入れてよ」
わたしは現れた日本茶をすすり、お茶請けの黄身しぐれを食べた。
「ふう、疲れたところに甘い物がしみわたるね。相変わらずたまごのおやつは美味しいや」
たまごアームで投げたから物理的には疲れていないんだけどさ、やっぱり無数のたまごをまんべんなく投げようとがんばったから精神的に疲れたよ。おかげでたまご索敵画面には赤いたまごはひとつも映ってないよ。
村はたまごまみれになっちゃったけどね、もう危険な魔物はいないからまるっと燃やして建て替えちゃえばいいよ。きっと炎を操る魔法使いがなんとかするよ、ここはそういうのが得意そうな世界だからね。
「さてと。一息ついたから、お兄ちゃんたちのところに戻るかな」
わたしはたまご索敵画面を出しっぱなしにして、村から少し離れた所に『すごいエッグノッグ』を飲ませつつ待たせているライルお兄ちゃんとゼノ副団長のところに戻った。
「お待たせー」
「リカ! 無事のようだな……村の様子はどうだった?」
地面に横たわったライルお兄ちゃんの横で膝をついていたゼノが、わたしの姿を見ると待ちかねた様子で立ち上がった。
「魔物は倒したよ」
「え?」
「だから、もう村には脅威はないよ。ただしまだやることはあるけどさ」
わたしはたまご索敵画面を確認して、ほっと息をついた。
「あー、良かった!」
まったく、肝を冷やしたよ。
だってさ。
さっき超拡大画面を見たら、ライルお兄ちゃんの頭部が、脳内が、魔物の存在を表す真っ赤っ赤に染まっていたんだよ。
わたしとうまく出会えなかったら、お兄ちゃんは脳味噌を魔物に喰われて死ぬところだったんだ。
「お兄ちゃんの身体の魔物は『すごいエッグノッグ』がすっかりやっつけてくれたようだね」
「たまご、いったい何がどうなってるんだ? どうしてこの飲み物を飲んだライルがぶっ倒れたあげくぐうぐう寝てしまったんだ? ひとりで納得しないで説明しろ!」
「んもう、ゼノのせっかちさん。そんなに慌てなくてもこのたまごが優しく説明してあげるからさ。そんなにぐいぐいいったら彼女も逃げちゃうよ。おと」
「黙れたまご」
「わあ、禁断のギャグを言おうとしたのがなんでわかったの? さすがゼノだね、日夜進化してるね、何かを持った男だと前から思っていたよ!」
どんどん勘が鋭くなって、たまごはもうこの楽しいネタを使わせてもらえないよ。残念!
「わたしの世界ではウィルスとか細菌とか呼んでいるんだけど、生き物の身体に入り込んで病気にしたり殺しちゃったりするすごく小さな魔物がいるんだよ」
本当は魔物じゃないけどね。
でも、ものによっては魔物レベルの怖さだからいいよね。
「たまごの能力で、魔物の場所を特定できるものがあるんだけどさ、それで見たらライルお兄ちゃんの身体に魔物が入り込んでいるのがわかったんだ。だから、小さな魔物を倒す働きがある『すごいエッグノッグ』を飲ませたんだよ。ゼノは大丈夫だったけど、念のために飲んでもらったの」
「ライルの身体の中に、魔物が……だからさっき、恋人がどうのこうのって訳のわからないことを言い出したのか?」
「記憶が混乱したみたいだね。かなりヤバい感じだったから急いで薬を飲ませちゃったけど、もう少しでたまごへの愛を認識してくれそうだったよね」
「それはないな」
ゼノにきっちり否定された。ちっ。
そうこうしていると、ライルお兄ちゃんが目を覚ました。
「……僕は一体……つっ」
頭を押さえて顔を歪める。とても痛そうだ。
「お兄ちゃん、まだ横になってなよ」
「いえ、大丈夫です」
「全然大丈夫じゃなさそうだよ。二日酔いなのかな、それとも魔物にやられた後遺症なのかな、ライルお兄ちゃんが元気になる薬を『調合』!」
わたしは薬草と毒消し草を取り出して、『調合』を行う。
案の定『すごいミルクセーキ』が現れたので、ライルお兄ちゃんに渡す。
「お兄ちゃん、これを飲みなよ」
「ありがとうございます」
どんなときでも礼儀正しいお兄ちゃんは、頭痛に顔を歪めながら『すごいミルクセーキ』を受け取り、一口飲んだ。
「……ああ、本当にすごい効き目です」
明らかに顔色が良くなったお兄ちゃんは、残りの『すごいミルクセーキ』を飲み干すと笑顔を見せる。
「万全になりました。さあ、リカさん、魔物はどうなりましたか?」
わたしは村を襲った魔物について説明をする。
「……それでは、リカさんは僕の命の恩人なのですね。ありがとうございました」
わたしは頭を下げたライルお兄ちゃんに、わくわくしながら聞く。
「ねえお兄ちゃん、愛が芽生えちゃった? たまごと結婚したくなっちゃった? どう? どうかな?」
ヘイ、プロポーズカモン!
「それはないですね」
「よかった、ライルが完治したな!」
ほっとした顔でお兄ちゃんの肩を叩くゼノ副団長。
「そこが完治のバロメーターかよ! こういうシチュエーションになると普通は愛が芽生えるんだよ! 人魚姫だって王子様を助けて愛が芽生えるのに……」
こんなに尽くしているのに、たまごの想いは叶わないんだね……。
ライルお兄ちゃんはお空の星より遠い人だよ。
恋が叶わずしょんぼりするたまごだよ。
「……まあ、今さら芽生えるものでもないですからね」
お兄ちゃんは爽やかなフツメン笑顔で言った。
「え?」
「リカさんの話だと、避難している村人が危ないと考えられるのですが」
「えっ今お兄ちゃん、あ、ヤバい、そうなんだよ! 早く避難している人たちに薬を飲ませないと、体内の魔物が増殖して死んじゃうかもしれないんだ」
「急いでサグラスの町に行きましょう。案内します」
わたしたち三人は、サグラスへと向かった。
まさか、ライルお兄ちゃんがデレた……だと!?