番外編 ライルは日本で異世界無双する? 最終回
「愚かなおろちめ……よくもわたしの可愛い弟を痛めつけてくれたね。さあさあ、たまごのターンがやってきたよ」
「ねーちゃんは、そんなにも俺のことを……」
感動する弟。
わたしはおろちをじっと見て復讐宣言してから、ジャンプしながらダッシュして、おろちの頭に飛びついた。
たまごアームで固定しながら、そのままたまごホーンを根本までぐっさりと首に打ち込む。
おろちが、ビクッと身体を震わせた。
「やまたのおろち、覚悟するがいいよ……たまごがお仕置きしてやるよ。……アハハ……タマゴダヨー、タマゴダヨー、ザンサツタマゴガオシオキダー」
わたしはそのまま、おろちの胴体に向かって滑り降りた。
シューッと音がして、おろちの首が引き裂かれる。
おろちがギャーッと叫ぶ。
下まで行ったわたしは、再びおろちの首の上まで上がり、ホーンを刺す。
「アハハハハハハ、地獄の滑り台だよ!」
シューッ、シューッ、シューッ、と、何度も滑り降りて、その度におろちは引き裂かれる。
わたしが楽しく滑り降りる度に、おろちの肉と皮が細かく裂けていく。
身ごと剥かれるバナナのように。
おろちは首を振ってわたしを振り落とそうとするけど、たまごアームでしっかりと掴まっているから大丈夫だよ。
「アハハハハハハ、滑り台はタノシイネー、身体をフサフサにしてやるよ! おろち、フサフサ、アハハハハハハ、こまかーく裂いたら、おろちの皮で三つ編みを八つ作ってやるよ、楽しいね、楽しいね、タノシイネーアハハハハハハ」
おろちは首を落とさなければ死ぬことはない。皮も肉もそぎ取られて骨だけになっても、頭がそのままくっついていれば死ねないのだ。
「ね、ねーちゃん! やめろよ! いくら俺のためでもこんなの怖いよ、怖すぎるよ……」
「な、なんという残酷な仕打ち! これが本当の惨殺するたまごなのですね、これに比べたら今までのは惨殺ではなかったのですね……知りたくなかった……」
ギャラリーが青くなっているけど、気にしないでたまごは滑りつづけるよ。
わたしはせっせとおろちを引き裂いた。おろちがのたうち回っても、絶叫しても、気にしないで引き裂いた。
だって、ヒロのお腹を裂いたんだもん。
ヒロが死んじゃうところだったんだもん。
だからわたしはおろちを裂くよ。
どんどんどんどんおろちが細かくなっていくよ。
ほーら、これでもう頭3個分は骨だけになったよ!
「いくらなんでも酷いよ、酷すぎるよ、やられた俺が悪かったから、もう勘弁してくれよ! ライルさん、頼むからおねーちゃんを止めてくれよーっ!」
あらあらヒロくん、どうしたの?
顔の色が真っ青だよ。半泣きになってるよ。ブルブル震えているよ。
そうだ、ヒロにはおろちの皮で、素敵なミサンガを作ってあげようか?
願い事が叶いそうだよ。
剣道の試合のお守りにもいいね。
わたしはおろち細工が上手なたまごだよ。
「カワイイヒロクン、オネーチャンガチャーントオシオキシテオクネー」
ひらひらと振ったたまごアームが赤く染まっている。
わたしはおろちの返り血で、真っ赤なたまごになっていた。
「アハハハハハ、タノシイネー、さあさあ、もっと細かくしていくよー。肉を裂こう、皮を剥ごう、おろちの身体でアクセサリーを作ろう、みんなで可愛いおろちのアクセサリーを使うんだ、おそろいおそろいウレシイネー」
「うわあああん、そんなの欲しくないよー嬉しくないよーっ!」
本格的に泣きが入るヒロ。
「リカさん、もうやめてください!」
ホーンをおろちに刺して、滑り降りようとするわたしを、ライルお兄ちゃんが止めた。
「やめないよー、ヤメナイヨー、オロチハワタシガザンサツスルヨー」
「リカさん!」
「ジャマシナイデヨ、コロスヨコロスヨコロスヨコロスヨコロスヨコロスヨコロスヨ」
「正気に戻りなさい!」
お兄ちゃんがミスリルの剣でわたしに斬りかかった。
わたしはホーンで受け止める。
キーン、と音がして、ミスリルの剣が刃こぼれした。
「リカさん! あなたは何者ですか? 惨殺たまごですか? 違うでしょう!」
フェイスシールドを上げたお兄ちゃんが、わたしをじっと見て言った。
「ザンサツタマゴ……ザンサツタマゴ……ワタシハザンサツタマゴ……だっけ? あれ?」
「あなたは愛のたまご戦士、でしょう?」
お兄ちゃんは、優しく優しく言った。
「リカさんはみんなの役に立つ、よいたまごですよね。みんなのアイドル、みんなのヒーローですよね」
お兄ちゃんは剣を引いて、血まみれのたまごを撫でた。
いい子いい子。
ワタシハ……イイコ。
「リカさん、あなたは愛のたまご戦士です」
「ワタシハワタシハ……わたしは、愛のたまご戦士、だよ」
そう言うと、そうですね、とお兄ちゃんが笑顔で頷く。
「あなたはエドが大好きな、たまごのおねえちゃんです。彼はあなたのような冒険者になりたいそうですよ、リカさんは愛のたまご戦士、子どものヒーローのたまごですね。とてもよい、素敵なたまごですよね」
そうだね。
エドはわたしのことが大好きなんだ。
リカおねえちゃんみたいな冒険者になりたいって言ってくれたんだ。
「そうなの。わたしはよいたまごなの。惨殺たまごじゃないよ」
「そうてすね。では、たまごの優しさは、なんですか?」
「たまごの優しさは……魔物を一思いにヤることだよ」
そうだよ、それが優しさなんだよ。
「チアさんに言われたっけ。そうだね、それならやまたのおろちを一思いにやっつけなくちゃね!」
わたしはぶるっと身を震わせて返り血を落とすとライルお兄ちゃんに言った。
「わたしは優しいたまごだよ、惨殺たまごじゃないよ! よし、一思いにおろちの息の根を止めよう!」
「あのさあ、その剣じゃおろちの頭、斬れなくね?」
せっかくその気になったのに。
妙にくたびれた顔のヒロが冷静に突っ込んだ。
見ると、お兄ちゃんの持つミスリルの剣は、刃こぼれしてもうボロボロになっていた。サンダルクのおっちゃん、すまん。
「困ったなあ、これじゃあおろちの首は落とせないよ」
さすがは伝説の魔物だね、あんなに切れ味が良かった剣は、おろちの固い首を斬り裂き続けてすっかりがたがたになっている。
まあ、ミスリルの剣にとどめを刺したのは、最後のたまごホーンかもしれないけどね、えへ。
「代わりの剣はないかなあ。おーい、神ー、神ー、」
神を読んだが返事がない。
なんかいろいろ忙しいのかもしれないね。
なにしろ、世界に穴を空けちゃったんだもんね。
「斬るものがないと、どうしようもないね」
もう、こうなったら、ひとっ走り町まで行って刃物を強奪してくるしかないかな? 刃渡りが一メーターの出刃包丁って売ってるのかなあ。
ヒロに聞いてみたら、「売ってるわけねーだろ」と思い切りばかにされてしまったよ。
「じゃあ、刀はどこで買えるの? そこからぶんどってくるからネットで調べてよ」と言ったら、一言「無理だろ」と却下されたよ。
「ライルさんの剣の使い方じゃ、日本刀は振れないと思う。まだ出刃包丁の方が可能性が高いよ」
そうなんだ、本当に困ったなあ。
あ。
剣、あるじゃん。
「ヒロ、草薙の剣がやまたのおろちのしっぽにあるって言ってたよね?」
「ゲームとか、伝説だとね」
「わたし、探して来るよ! 二人とも、ここで待っててね」
わたしはそう言うと、やまたのおろちのしっぽにたまごアームでしがみつき、さくさくたまごホーンを打ち込んで行った。
「草薙の剣ー、どこー、どこー」
しっぽにまんべんなくホーンを刺して、剣を探す。
あんまり強く刺して砕いたりしたら大変だから、優しくね。
地味な攻撃を受けておろちは痛いらしくてのたうちまわっているけど、気にしないよ。
刺した穴から血がぴゅーぴゅー出ても、気にしない。
「どこかなー、草薙の剣ー、どこー」
「うわ、アレも酷いな」
「……たまご的には惨殺ではない……のでしょう」
「セーフなのか? あれ、セーフなのか?」
なんだか宝探しをしているみたいだね。
わたしは見逃しがないように、しっぽにホーンを刺していく。
「あっ、これかな?」
軽くキンとした手応えがあったので、その周辺を切り裂いてみる。
おろちがギャーと言った。
「あった! 草薙の剣、みーつけたっ!」
たまごアームを突っ込んで、光り輝く草薙の剣らしきものを掴んだ。じっと見ていると、鑑定スキルが働いたらしく、『草薙の剣』という表示がスクリーンに出たので、ライルお兄ちゃんに駆け寄った。
「どう? ねえ、いい剣じゃない?」
「これは……」
ライルお兄ちゃんは絶句しながら、草薙の剣を受け取った。
「大変素晴らしい……神話級の剣、です……」
「これならおろちの頭を落とせそうだね! 自分の持ってる剣でやられちゃうとか、おろちってばマヌケだね!」
ぷぷっと笑う。
「さあお兄ちゃん、一思いにやまたのおろちをやっつけちゃってよ」
「……行きます」
ライルお兄ちゃんはフェイスシールドを下ろすと、草薙の剣を構えてすでにボロボロになっているやまたのおろちに斬りかかり、しゅばっ、しゅばっ、と一撃ずつで、残った四つの頭を落としていった。
わーい、さすが草薙の剣、すごい斬れ味だね!
そして、ランクB冒険者の剣さばきは見事だね!
頭をすべてなくしたやまたのおろちは、その身体を力無く横たえて、ぴくりとも動かなくなった。
「すごいかっこよかったよ、お兄ちゃん! わたしは改めて惚れ直したよ」
「ライルさん、さすがです」
わたしたちは拍手でライルお兄ちゃんを迎えた。
「これで日本は救われたよ! お疲れ様でした」
「……なんだか、あまり活躍した感じがしないのですが……」
お兄ちゃんは首をひねる。
「そんなことないよ! 大活躍だよ! あとはヒロインと結ばれるエンディングがあれば完璧だよ!」
「あえて完璧は求めませんので」
んもう、相変わらず隙がないね!
『皆さん、お待たせしました』
もうメール機能を使うのは飽きたのか、それとも他に誰もいないからなのか、スマホから神の声がした。
『世界の穴をようやくふさぎ終えましたよ! 魔物の方はどう……うわああああああああーッ!!!』
「どうしたの!」
『なんですか、この惨殺死体は! こんなむごたらしい殺し方、神もドン引きですよ! ボロッボロのグチャッグチャのデロッデロで、血まみれ地獄の骨が剥きだし! いくらなんでも酷いですよ! こんなの見ちゃったら、怖くて夜も眠れませんよ、神は白夜の国にお引越しですよ! ……ヒロくん! 思春期の少年のヒロくん! 精神的に大丈夫ですか?』
「ちょっと神! まずはうら若き美少女のわたしを心配しようよ!」
『これをヤったのは、誰ですか?』
「……サーセン」
ちぇっ、ちぇっ、さすが神だな、わたしのことはお見通しってわけか!
わたしはたまごボックスから薬草と毒消し草を取り出すと、『すごいたまごアイス』を調合した。
「じゃあ、三人でこれを食べて気分をすっきりさせようよ。……神は食べられないから、なし」
気持ちを落ち着かせてすっきりさせる作用のあるアイスを、三人でしゃくしゃくと食べる。
うん、戦いの後のたまごアイスは美味しいね!
さっぱりしているから、喉の乾きにも効くよ。
神が『どうせわたしは食べられませんよ……どうせ……』といじいじしている。うっとうしいのでもう一本調合し、スマホに「ほら、神の力で根性出して食べてみな!」と言ったら、本当に根性を出したようで、スマホがアイスを飲み込んだ。そして、メール画面になり、パアアッという笑顔の絵文字が出たので、うまく食べられたのだろう。
『……ここの後片付けは、わたしがしますから』
神がそう言うと、やまたのおろちの死骸はキラキラ光る金の粒に変わり、そのまま空気中に溶けて消えた。
『皆さん、お疲れ様でした。これですべて元通りです。ライルさん、元の世界に帰りましょう』
「待って!」
わたしは言った。
「わたしだってかなりがんばったんだからさ、ちょっと願い事でも叶えてみない?」
「あ、俺もがんばりましたー」
ヒロが手を挙げた。
「かなり痛い思いしたんだけど」
『それは申し訳ありませんでした。ヒロくんは、どんな願い事があるんですか?』
ヒロはにやりと笑った。
「神に対して貸しがひとつ、ってことで。いつか本当に必要なときに使わせて」
『……いいでしょう。わかりました。その時が来たら、言ってください。約束の印にこの指輪を渡しておきますので、それをはめてわたしを呼んでくださいね』
ヒロの手のひらに、金の指輪が現れた。
『それで、リカさんの願い事はなんですか?』
「もう一度ビルテンの町に行って、エドたちにお別れを言わせて欲しいんだ」
そう、この前は王都から急に連れ戻されて、きちんとしたお別れができなかったから、心残りだったんだよ。
突然わたしがいなくなって、子どもの心を傷つけてしまったかもしれないからね。大人たちはなんとでもなるからいいけどさ。
『わかりました。では、ライルさん、リカさん、行きますよ』
「神! ちゃんとねーちゃんを帰してよ!」
たまごアームをしっかりと握ったヒロが言った。
『もちろんですよ、ヒロくん。あなたはその穴だらけで血まみれの服をきれいにして、家に送りましょうね。それでは、転移します』
わたしたちは、たまご色の光に包まれた。
「エドー、いるー?」
わたしは剣をふた振り持ったライルお兄ちゃんとビルテンの町に転移した。
現れたところにサンダルクのおっちゃんがいて、超びっくりしていたけど、ボロボロになったミスリルの剣を見て「おおーーーッ!」って顔になり、慌てて受けとると工房に駆け込んだ。きっと元通りに治してくれるのだろう。
それから、エドのうちに行った。
「! リカおねえちゃああああんっ!」
エドが号泣しながら飛び出してきて、たまごに激突した。
わたしはあらかじめ出しておいた『すごいミルクセーキ』をすかさず飲ませて鼻血を止めてやった。
本当にわかりやすい子だね。
「おねえちゃん、おねえちゃん、もう、ひどいや、急にいなくなっちゃうなんて!」
「! リカさん! リカさんだわ!」
「あら、リカさん! さあ、入って、お茶を飲んでいって、まあ、リカさん」
ララとエルザがわたしと一緒にいたライルお兄ちゃんを家に招き入れた。
「今日はお別れに来たんだよ。今までありがとうね、楽しかったよ」
「こちらこそ、ありがとうございました。リカさんにはすっかりお世話になって。わたしたち一家がこうして幸せに暮らせるのは、リカさんのおかげです」
お茶を出してから、エルザはくすんと鼻を鳴らして涙を拭いた。
「リカおねえちゃん、お別れなんて言わないでよ!」
エドは怒っている。
「絶対に、また、ビルテンに来て。お願いします」
「ええと、エド、わたしもまた会いたいけど……」
エドはわたしのたまごアームを握って、キラキラ光る目でわたしを見上げた。
「僕、うんとがんばって、立派な冒険者になるよ。ライルさんに負けないくらいに強い冒険者に。そうしたら、おねえちゃんをお嫁さんにするから!」
「……へ?」
今、なんと?
「リカさん、僕と、結婚してください!」
うぎゃー、まさかのプロポーズきたーっ!
「ちょ、ちょっと待とうか、エド!」
「待たないよ! ええと、僕が大人になるまで待たせちゃうけど。いいでしょ? 僕はおねえちゃんが大好きだから、大事にするよ。お金もたくさん儲けて、欲しいものをなんでも買ってあげるし、幸せにするから、だから僕と結婚してください」
「ほおう、いいんじゃないですか?」
ライルお兄ちゃんかにっこりと笑った。
「エドが18歳になったら、リカさんは25歳ですね。全然ありえますよ」
「ライルさん、リカさんは僕と結婚するから、手を出さないでください」
いやちょっと待てよーっ!
「はい、出しませんよ」
だから、ふたりで話をまとめるなっつーの!
「いいじゃないですか、たまごのあなたにそこまで言ってくれるんですから」
「……いや、だけど、……エド、わたしはまたここに戻って来ると約束できないの」
「それでも待つよ、うんとうんと強くなって、待つから」
「待たなくていいから、エドはエドの好きな女の子と一緒になってほしいなあ、なんて……」
「僕が好きなのはリカさんなの」
ぎゃあああああ、つぶらな瞳が可愛いよ!
でも、でもね、エド!
「エルザ、止めようか! 母としてエドを止めようか!」
「だって、いつも我を張らないエドがここまで強く決心しているんですもの、わたしもガウスも止められないわ」
お前ら夫婦は息子の嫁がたまごでいいのかよ!
「では、今日からエドは僕の弟分として鍛えていきましょう。強い冒険者になって、愛のたまご戦士に相応しい男性になってくださいね」
「はい! ライルさんには負けませんから!」
「頼もしいですね」
やめてー、外掘りを埋めないでー。
みんなそろって大団円、って笑い合わないで!
「あら、リカさんはわたしの年上の妹になるのね。面白いわね」
ララがくすくすと笑った。
何かが違う。
何か間違っている。
再びビルテンに来たのは失敗だったようだ。
「絶対にまた来てねー」
「リカさん、またねー」
「……エート、オゲンキデ……」
わたしはいつのまにかできた婚約者一家とお別れをした。
「ライルお兄ちゃん、ひどいよ! わたしを売るなんて!」
「おや、人聞きの悪いことを。僕は妹分の幸せを願っているだけですよ」
「そこは『たまごを幸せにするのは僕だ!』って言うところでしょう!」
「スルーで」
うっきー、このスルー能力、ムカつくよ!
「では、リカさん、お元気で。また会えるか会えないかはわかりませんが、あの神がもう何もやらかさないという保障はありませんので」
「うん、いろいろ不手際の多い神だからね! でも、ほんとの本気で、お兄ちゃんにまた会えて嬉しかったよ。お兄ちゃんも元気でね」
「はい。僕もリカさんに会えて、嬉しかったです」
お兄ちゃんはにっこりと笑って、頭を撫でてくれた。
「こんなにはた迷惑なたまごなのに、すっかりほだされてしまいましたよ。リカさんの幸せを祈ってますよ」
「ありがとう。お兄ちゃんも幸せになってね! 誰がなんと言っても、お兄ちゃんはサイコーのイケメンだよ!」
わたしの身体を、たまご色の光が包む。
「本当に、わたしはライルお兄ちゃんが大好きなんだよ! まったくもう、僕がたまごを幸せにするって言って欲しかったよ」
視界が光でぼやけていった。
「さようなら、リカさん。そうですね、もしももう一度会ったら、考えてみましょうか」
「な、なんだとおおおおおーっ!?」
ちょっと待てーっ、今、なんて言った!?
最後の最後でライルお兄ちゃんがとうとうデレたのか!?
戻せ、戻せ、神、戻せーーーーっ!
ああっ、視界いっぱいにライルお兄ちゃんの笑顔が見えて、そして消えていくよーッ、無念!
光で何も見えなくなり、わたしはもとの世界に戻ったのであった。
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『ライルさん、今回はお疲れ様でした。あなたへの報酬がまだでしたね』
僕は王都にある神殿で、リカさんの世界の神と話していた。
『どうしますか? 説明も何もなしで依頼を強制してしまいましたからね、なにか希望があれば叶えたいと思うのですが』
「それでは、リカさんが心から望んだ時に、こちらの世界に転移して暮らせるようにしてもらいたいです」
『……それでいいのですか?』
「はい」
『なるほど、ライルお兄ちゃんとしては、妹が心配で心配でたまらないんですねー。さてはすっかりリカさんに』
「神、泣かしますよ」
『サーセン』
「向こうで幸せに暮らしているのなら、それで構わないのです。でも、もしも日本で生きにくいようでしたら、たまご戦士としてこちらで幸せに暮らせるのではないかと思いますので」
『わかりました。では、リカさんの意思を尊重して、彼女に生きる世界の選択権を与えましょう。オプションで、彼女と心から結びつくことのできる相手が現れたら、たまご装備を解除できるようにしておきます。それでいいですか?』
「はい、お願いします」
『あ、草薙の剣はそのまま使っていてくださいね。結構人を選ぶ剣なんですよ、それ』
「いや、もうすでに神話級の剣を持っているんですけど」
『そっちにも選ばれたのでしょう。あなたはもう、ランクAになってますからね。ギルドカードをチェックしてみてください』
「え?」
ギルド職員がギルドカードについて注意されるとは、不覚。
『それでは、健闘を祈りますよ。もちろん、神としてはあなたたちをワクワクしながら見守っていますからね』
「……なにを見守っているのですか?」
『もちろん、三角関係!』
「やっぱり泣かします」
草薙の剣を抜いたが、すでに神の気配は消えていた。
「あの神は下世話過ぎますね。まあ、勝手に期待してもらいましょう」
僕は剣を鞘に納めると、神殿を後にした。
もうこの世界にはたまごはいない。
けれど、日本という国で、小さな黒髪の女の子がはた迷惑に暮らしているのだ。
こちらの世界のことをたまには思い出しているのだろうか。
思い出す暇もなく楽しく暮らしているといいな、と、少しの寂しさを感じながらも祈る僕であった。
FIN.
このお話はこれで終わりです。
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました!




