番外編 ライルは日本で異世界無双する? その6
ちょっと短めです、サーセン!
その晩は、ライルお兄ちゃんはうちの客間に泊まった。和室に客用のお布団が敷かれて、お兄ちゃんはお風呂を勧められた。
そしてなぜかその隣では「ライルさんは俺が守る!」などとふざけたことを言うヒロが寝袋を持ってきて寝ていた。
まったく、何を考えているんだか。
ライルお兄ちゃんを何から守るって言うの?
ライルお兄ちゃんは強ーい強ーいランクB冒険者だよ?
さっき見てわかったでしょ、ヒロよりずっと強いんだよ?
……わたしはさー、異世界召喚されたお兄ちゃんがひとりだと寂しいかなって思って、ちょっと布団を温めておいただけだよ。
途中でママも「うふふ」と笑って入ってきたけど、パパまで潜り込もうとしたけど、そのままパパのお腹をぱやぱやしてふざけっこになってたけど、乱れたお布団はちゃんと直したから問題ないよね。
まあほら、ホームステイにかっこいい外国人青年がやってきたら、誰でもテンション上がっちゃうから、仕方がないよ。
常識を振りかざすヒロの妨害により、家族揃ってのオールナイトトランプ大会も開催中止の憂き目に合い、わたしたちは静かに朝を迎えたのだった。
早起きしたわたしとママで、ジャパニーズな朝食を作った。ぐうぐうよく寝て今日も元気いっぱいなわたしたちは、わしわしと朝からよく食べた。
お兄ちゃんも「美味しいです」と言ってご飯をお代わりしてくれたよ。
そのまま「わたしは可愛いだけではなくご飯も美味しく作れるから、いいお嫁さんになれるよ」とアピールしてみたんだけど、「そうですね、ではいい人見つけてお嫁にいってらっしゃい」と笑顔で送り出されてしまったよ。
そこはせめてお兄ちゃんとして「そう簡単には嫁にはやらん!」と言って欲しかったのにさ。
できることなら「それなら僕のところに来てくださいマイハニー」と言って欲しかったのにさ。
ちぇーっ。
わたしは四角い卵焼き器を使って、だし巻き卵を作ったんだ。
大根おろしを添えただし巻き卵は、ふんわりとした焦げ目のない卵色に焼き上がり、それはもう美味しくできて、わたしは改めて自分のたまご運の良さに感心した。
ちなみに、オムレツを作っても天津飯を作っても茶わん蒸しを作っても、驚くほど美味しく作れるのだ。
たまご運の上昇は、予想したよりもかなり使えるスキルだったよ。
お腹がいっぱいになってくつろいでいたら、わたしのスマホがメールを受信した。
『魔物が実体化したので、討伐をお願いします。あと20分したら玄関までお迎えにあがりますので、支度をよろしくお願いいたします』
「わあ、大変、お兄ちゃんに仕事だよ! 20分後に迎えが来るってさ」
もう、神様は唐突過ぎるんだよ!
ライルお兄ちゃんは、パパとママに「お世話になりました」と挨拶をして、ヒロの部屋に行った。
「さあさあ、急ぎましょう!」
お兄ちゃんに早くミスリルの装備をつけなければね。
「ねーちゃんは外!」
わたしも一緒に部屋に入ろうとしたら、ヒロに押し出された。
うわーん、わたしだってライルお兄ちゃんのお支度を手伝いたかったのに!
これは妹分としての好意だよ、下心なんかじゃないよ。
……半分はね。
やがて、ピカピカのフル装備を身につけたお兄ちゃんが部屋から出てきた。
足にはビニール袋がついたままだ。かっちゃかっちゃ音を立てて階段をおりて、玄関の外に出る。
大丈夫、あと5分くらい余裕があるね。
「はっはっは、かっこいいコスプレだね」
「イベントがんばってね」
パパとママに見送られて、ライルお兄ちゃんは外に出た。
三人で門のところに立ち、神様のお迎えを待つ。
人通りが少なくてよかったよ、『謎の鎧人間現れる』だよ。ハロウィンじゃないから、お兄ちゃんの姿を見た通りすがりの人がびっくりしている。
「じゃあね、お兄ちゃん、がんばって日本を救ってね」
「リカさんには王都を救っていただきましたからね、恩返しです」
ライルお兄ちゃんはそう行って、フェイスシールドを下ろした。
時間が来ると、お兄ちゃんの身体が光り出した。神様お得意の、転移が始まる合図だ。
「じゃあねー、お兄ちゃん! また会えて嬉しかったよ。人騒がせな神様だけど、貸しができたから、後でよく報酬を搾り取るんだよ!」
「任せてくださ……え?」
「どうしたの?」
「ねーちゃん? ねーちゃん! 光ってる! なんでねーちゃんまで光るんだよ!?」
わたしが自分の身体を見ると、例の世界を移動する時の光が包んでいた。
「ちょっと、どういうこと!? わたしは日本ではただの女の子だよ? 戦えないよ?」
「なんかヤバい気がする!」
ヒロがわたしの腕を掴んだ。
「ねーちゃんは行っちゃだめだ!」
「たまごじゃないのにーーーーーっ!」
そのまま、わたしは光に包まれて何も見えなくなった。
気がつくと、わたしとライルお兄ちゃんと、おまけにヒロまでが山の中に立っていた。どうやらわたしの腕を掴んでいたせいで、巻き添えを食らったらしい。
「どこだろう、ここ? 日本……だよね」
わたしはスマホを出して、神に言った。
「こちらリカ、こちらリカ、速やかな状況の説明を求めます!」
『そこは秩父の山の中です。その近くに魔物が現れました。ライルさんとリカさんで力を合わせて討伐をしてください。なお、ヒロくんが来てしまったのは事故です。ヒロくんは自身の安全の確保に努めてください』
「えっ、俺っていらない子!?」
落ち込む弟。
「待ってよ、わたしは戦えないよ! それから、魔物の種類を教えなよ!」
なんか、シャーッ、シャーッと嫌な感じの音が聞こえてきたよ。
『魔物が近づいて来ました。戦闘準備を願います』
「話聞けよ神! ムリだっつーの!」
わたしたちに気づいたのか、シャーシャー音がどんどん近づいてくるよ。
『魔物は、やまたのおろちです』
「ラスボスクラスのジャパニーズモンスターじゃんかよーっ!」
ゲームでよく聞く名前に、わたしは叫んだ。
お兄ちゃんが、ミスリルの剣を構えた。
「行きます」
落ち着いた声でそういうと、ライルお兄ちゃんはひとりで頭が八つもある巨大な蛇の化け物に斬りかかっていった。
わたしたちは安全なところまで下がり、木々の間からお兄ちゃんの戦う様子を覗く。
さすがのランクB冒険者だ、うまくおろちを挑発しては、頭に攻撃をしている。幸いおろちは火を噴いたりはしないようなので、お兄ちゃんとは相性がいい。でも、残念ながら、巨大な魔物と剣士では、いくらミスリルの剣を使っていても攻撃力が圧倒的に違う。
「ねーちゃん、ネットによると、やまたのおろちは首を八つ落とすとヤれるらしいよ。そんで、酒に弱いってさ!」
自分のスマホで検索していたヒロが言った。
「酒! 酒が弱点か! ねえ、この辺に酒屋はある?」
「こんな山ん中にんなもんねーよ」
だよねー。
そういう情報は事前に欲しかったよ。
そうしたら、酒樽担いでここに転移したのにさ。
「あれだよね、確かやまたのおろちって倒すと草薙の剣をドロップするよね」
「まあ、ゲームだとそうだけど……あれがゲーム通りの魔物かどうかはわかんねーぞ。あ、しっぽの中に剣が入ってるらしいぜ」
ライルお兄ちゃんの攻撃がうっとうしいのか、山の木をばりばりとなぎ倒しながら、やまたのおろちは暴れている。
相手は小さなビルくらいある化け物だから、それに対するお兄ちゃんはとても小さく見える。
ミスリルの装備でキラキラと光りながら、おろちに斬りかかるお兄ちゃんは強いのかもしれないけど、その力の差は圧倒的だ。
もちろん、まだひとつも首を落とせていない。
「ライルお兄ちゃーん、がんばってーっ! ああもうなんなの、応援するしかないのにわたしを連れてきたの? 神! ちょっと神!」
『そんなわけないでしょう、いくらライルくんだって、あんな魔物をひとりで倒せるわけがないです』
「神! あんた無理ゲーにライルお兄ちゃんを突っ込んだの!? 事と次第によっちゃ、勘弁しないよ!」
わたしが神に怒鳴りつけると、スマホにガクブルの絵文字が出た。
『リカさん、話を聞いてくださいよ。ライルくんを連れてきたのは、あなたに再びたまご戦士として戦ってもらうためです』
「……? へ?」
『だから、わたしの力だけでは日本であなたをたまご戦士にすることはできないのですが、ライルくんは魔法の力ごとこっちに来たので、それに引っ張られて半径一キロ以内ならリカさんはたまご戦士に変身することができるのですよ』
「なっ、そういう重要な事は早く言ってよ! 前から思っていたけど、神は言葉が足りな過ぎだよ!」
「ねーちゃん、そんなことより、早くそのたまごになって、ライルにーちゃんをフォローした方がいいぜ。魔法を使ってるのか人間離れしたスペックで戦ってるけど、ひとりじゃさすがにヤバそうだ」
ヒロに言われたので、わたしは神をシメるのは後回しにする。
「わかった。神、変身させて」
「では、空に向かってスマホをかかげ、こう叫んでください。『愛のたまご戦士、ミラクルフォームアップ』」
わたしは神に言われた通りにした。
スマホを持った右手を空に突き上げる。
「『愛のたまご戦士ーっ、ミラクルフォーーームアーーーップ!』うわあ、超ダサい変身!」
ダサかったけど、ちゃんと効果があったようで、わたしの身体はたまご色のくるくる渦巻く光に包まれた。
そしてそれは、わたしの周りに集まって、球形にまとまった。
そうそう、この感じだよ!
光が収まると、わたしは大きなたまごになっていた。
目の前の壁から、コントローラーを取り出して握る。
「……たまご……まんまじゃねえか……」
「ふはははははは、愛のたまご戦士、リカだよ! 悪いやまたのおろちめ、たまごがバッチリお仕置きしちゃうゾ!」
わたしはたまごアームを出すと、しゃきーんとかっこよくポーズを決めた。
「……うわ、キモ」
なんて事を言うのだヒロ!
地味に傷つくからやめて!
わたしはアームでヒロの頭をどついた。




