最終話 たまごよさらば
わたしは白目を剥いてあの世行きになったエビルドラゴンのしっぽを再びたまごアームでしっかりと掴み、王都に向かって掛け声をかけた。
「出発進行ーっ! みんなが大好き楽しい貨物列車が行くよ!」
みんなが喜ぶ素敵な素材をたっぷりと持ち帰るからね。
わたしはBボタンを押した。
さすがにこの重さだといきなりスピードは出ないや。
わたしの背後で重い音が響く。
ざりっ、ざりっ、ざりっ、ざりっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっざっざっざっざっざっざっざっざざーーーーーーっ!
よおし、いい感じに速度が出てきたね。
ドラゴンの身体はとても硬いから、いくら引きずっても全然傷つかないのがいいよね、乱暴に扱っても商品価値が下がらないから安心だ。
まさにたまご向きの獲物だよ。今日はこんなにいい狩りができて幸運だったね、わたしはラッキーガールだね。
ドラゴンの素材が市場に出回るとまた国の経済が回って、国民の暮らし向きが良くなるから、商業ギルドのメリンダおばあちゃんからもたくさん誉め誉めしてもらえるね、間違いないね。
もう、たまごは超ご機嫌だよ!
わたしはウキウキしながらドラゴンを引きずり、土煙をあげながら速度をあげて王都の門へと向かった。
なんでたまごボックスにしまわないのかって?
電車ごっこが楽しいからだよ!
そして、お兄ちゃんたちの前に劇的に登場して、みんなのハートをわしづかみにしたいからね。人気を出すための努力は惜しまない、アイドル志望のたまごだよ。
ドラゴンをがごんがごんと引きずりながら、あっという間に王都に到着した。門からわらわらと人が駆けて来る。
先頭は……さすがだね、ライルお兄ちゃんだ!
そのあとからゼノ副団長が続くよ。
三番手はクルトパパ。貫禄のランクA冒険者がフル装備で走って来るよ。
「お兄ちゃーんお兄ちゃーんお兄ちゃーーーん」
喜びのあまり大声で叫びながらわたしは全力でドラゴンを引きずった。
後ろで巨体がばうんばうん跳ねる。
「リカさん! やはりひとりでは無理でしょう!?」
「お前は安全なところまで下がっていろ!」
イケメンたちは剣を抜いて駆けて来る。
おお、お兄ちゃんの魔剣は炎みたいなものがメラメラしてかっこいいじゃん!
ライルお兄ちゃんはどっちかというと地味男子だからさ、そのくらいのエフェクトがあった方がイケメン度が無理なくアップできるね。
我ながらいいお土産をセレクトしたよ。
このまま突っ込むとみんなを巻き添えにしてしまいそうなので、わたしはBボタンから指を離して減速した。
ずざっ、といい音を立ててドラゴンの動きが止まる。
「リカーッ、あとは俺たちに任せてお前は一旦」
「見て見てみんな、ドラゴン倒したよー」
「態勢を整え……えっ?」
叫びながら駆けてきたクルトパパが、わたしの返事を聞いて変な顔になった。
「たまごの狩りは今日も大成功! 後でドラゴンの肉祭りを開催するよ。ドラゴンの肉は滋養強壮に良い美味しい肉だって本に載ってたよ。楽しみだねー、わたし、肉祭りって大好きなんだ! バーベキューとかいいよね、たき火しようよたき火、みんなでじゅーじゅーお肉を焼こう、そして踊ろうよ」
その場で素敵なステップを踏んで喜びの踊りを踊る。脚はないけどね。
それを見て、わたしのずっと手前で戦闘体勢にあった三人が止まる。
「リカさん……すみません、何を言っているのかわかりません」
ライルお兄ちゃんの手がだらりと下がり、さっきまで魔剣の周りで威勢良くメラメラしていた炎が力無く消える。
わたしはお兄ちゃんに近寄って言った。
「だーかーらー、ドラゴンをやっつけたから、大儲けしたから、みんなに還元して肉祭りをするんだってば! たまごはとっても太っ腹だからね、人気取りじゃ……まあ、ちょっとは考えてるけどさ、ほとんどは好意だから。準備はギヤモンさんちに丸投げして、あとビルテンの町にもドラゴンの肉を送っておこう。お肉を早く送りたいから魔法陣使わせてもらおうかなー、それくらいたまごのために使ってもいいよね。エドたちにもドラゴンを食べさせてやりたいからさ。あそこんちの三人は可愛くてたまごのお気に入りなんだよ」
「リカさん、あの……」
「もちろんチアさんのことも忘れてないよ。あのモテっ子女子はちょっとあざといようだけどなんだか憎めないんだよねー、本当に得な女だよ! あの人の心を弄ぶようなモテっ子テクをいつか伝授してもらわなくっちゃね。たまごはそこが少し欠けていると思うんだ。ドラゴンの肉を食べさせたら教えてくれるかな」
「リカ、ちょっと話を聞け! ドラゴンを倒したと言ってるのか? お前がひとりで?」
「あったりまえじゃん空手部部長! このたまごをなんだと思ってるのかな、愛のたまご戦士だよ! 無敵のアイドルだよ! ドラゴンの一匹や二匹、はっきり言ってチョロいもんさ。……ああ、おしりを見せてるからわかりにくかったか! ごめんごめん、こうしようか」
わたしはドラゴンのしっぽからたまごアームを離すと、頭の方に回って大きな頭を持ち上げた。かなり重いね。
そして、そのままみんなの方にドラゴン全体をぐるっと回して、頭が王都に向くように方向転換をした。
「ほら、白目を剥いて、ちゃんと逝っちゃってるでしょ? 悪いドラゴンはたまごがこのとおり、成敗したからね、もう安心だよ。このたまごの目が黒いうちは、ドラゴンなんかの思い通りにはさせないゾ! シャキーン! なーんてね、あはははは。『ボクドラゴン、ワルイコトシチャッテ、ゴメンナサーイ』この頭はデカすぎて、口をぱくぱくさせられないから腹話術には向かないや。やっぱり扱い易さではリザンが優れているね! ねえ、みんな、笑ってよ! そしてたまごを誉めてよ! ギャグが滑るとたまごのハートはブルーになっちゃうの」
「……ブルーでも水玉でもストライプでも、好きな模様になるがいいのです……」
お兄ちゃんの手がふるふるしているよ。
「ドラゴンが死んでいる……」
「あのたまご、ひとりでドラゴンを倒したぞ!」
「人喰いドラゴンが死んだ! もう誰も喰われないんだ!」
「やった、やったあ、もう安全なんだ、ドラゴンが倒されたんだー、たまごーっ!」
「ありがとう、たまごーーーーっ!」
「うおおおおお、たまごーーーーーー!」
声が次々とあがり、やがてそれは大きく拡がっていく。
そして、国中からたまごを讃える叫びがする。
「……なんてことだ……このたまご……無理だ、俺の手には負えん……」
がっくりと膝をつき、なぜか敗者の表情をするゼノ副団長。
その肩をぽんと叩き、ゆっくりと首を振るクルトパパ。
そして、笑顔の欠片もないライルお兄ちゃんが沸き上がる歓声を突き破るように叫んだ。
「このっ、非常識たまごおおおおおおおーーーーーーっ!」
「え、えっとぉ……えへ?」
わたしは顔の前でたまごアームを可愛らしく合わせ、くねりと身体をくねらせた。
これはもしや、ライルお兄ちゃんのお説教タイムに突入なのか?
わたしがそう思ったとき、ポーン、と電子音がした。
『たまごを讃える気持ちがたくさん集まりました。リカさんは新人賞を受賞することが決まりました。おめでとうございます。これで任務は達成されました』
え?
新人賞?
任務達成?
アナウンスの内容にぴんとこなくて、わたしは頭をひねった。
「……リカさん、その身体は……」
わたしを叱る気満々だったお兄ちゃんの表情がかわった。
「え、どうかした?」
「身体が金色に光っているぞ!」
モニター画面では自分の身体を見ることはできないが、ライルお兄ちゃんたちの身体に金色の光が反射している。
わーお、ゴールデンたまごだね!
そして、お兄ちゃんの顔が段々下に下がる……わたしの身体が上昇しているのだ。
下を見ると、みんなの驚いた顔が見えた。
『たまごの働きで、この国は滅亡から救われました』
「なんだ、あの声は?」
「神の啓示なのか?」
アナウンスはみんなにも聞こえているみたいだね。
『使命を果たしたたまご戦士は故郷に帰ります。さようなら皆さん、たまごを応援してくれてありがとう。たまご戦士の活躍は永遠にみなさんの心に残るでしょう』
ちょっと、勝手に感動のお別れにしないでよね!
「なんかたまごはたまごの国に帰るみたいだよ! 今までありがとうね、すごく楽しかったよ。たまごがいなくなっても寂しくないように、ちゃんと彼女をつくんなよ、ばいばーい!」
みんながどんどん小さくなっていく。
「……リカさーーーーーーんッ! まだ話は終わっていませんよーーーーッ!」
「お兄ちゃーーーーーーん! だいたい想像つくから、それは聞かなくていいやーーーーーーッ! 元気でねーーーーーーーッ!」
わたしはたまごアームをちぎれんばかりに激しく振った。
「リカーーーーーーーーッ! 待てーーーーーーッ、このーーーーーッ、非常識たまごーーーーーーッ!」
名残を惜しむ兄たちの声に送られてわたしは上昇を続け、そしてやがて真っ白な世界に入っていった。
わたしは自分の部屋のベッドの上に横たわっていた。
「……夢? 寝てた?」
起き上がる。
ロングTシャツにハーフパンツ。
何も変化はない。いつものわたしだ。
手の中のスマホが光っていた。
メールが着信しているので開いてみる。
『お疲れ様でした。この度は神々プレゼンツ異世界アイドル決定戦のアルバイトにご応募くださいまして、ありがとうございました』
神々だと?
神ってひとりじゃないの?
『数々の応募者の中で、あなたが一番素晴らしいパフォーマンスを見せ、神々の心はすっかりくぎづけでした。すでにファンクラブが結成されたほどです。その栄誉が讃えられ、あなたは栄えある新人賞を受賞することになりました、おめでとうございます』
ちょっと!
神々!
わたしはてっきり、異世界の皆さんのアイドルになるんだとばかり思って、媚びを売りまくっちゃったじゃんか!
神々のアイドルを目指すなら、最初にそう言ってよね、もう。
あんたたちはずっとわたしのことを見てたんだね。
まあ、途中から気づいていたけどさ、誰かに見られているのを。
だから、わたしとしても大サービスしたんだよ?
新人賞受賞かあ、みんなたまごの活躍を面白いと思ってくれたようで、何よりだよ。
ねえ、
あなたのことを言ってるんだよ。
ずっとわたしを見てたでしょ?
ま、いいよ。
わたし、別にそんなに気にしてないよ。
だってさ、悪意は感じられなったからね。わたしはそういう勘がすごく働くんだよ、前にも言ったけどさ。
だからって、15の乙女の生活をこっそり覗いて楽しむのはどうかと思うけどさ!
わたしじゃなかったら、変態って叫ばれてぼこぼこにされてるよ。
今後は気をつけなよ。
わたしはスマホの画面を見た。
気になるのはバイト料だ。
わたし、かなり頑張ったと思うんだけど。
『アルバイト料として小さな幸運を、新人賞受賞の副賞としてたまご運の大幅な上昇を差し上げますので、今後の生活にご活用ください』
へ? 小さな幸運とたまご運? それだけ?
『例:足の小指をぶつけにくくなる』
ちっちぇえよ!
小さすぎる幸運だよ!
どう活用しろって言うんだよ!
それに、たまご運の大幅な上昇って……たまごを割ったら黄身が二つ入っているとかそういうやつでしょ、間違いないな!
「あーあ!」
わたしはベッドにひっくり返った。
そして、にやにやと笑った。
すごく楽しかったよ、愛のたまご戦士の生活。
なんだか神様に化かされた気分だけどさ、異世界のみんなはとてもいい人たちばかりだったから、みんなのためになる働きがいっぱいできてわたしは幸せだよ。
あそこに行けて良かったよ!
確かにやり甲斐のある仕事だったね、人のために働くって素敵なことだね。
いい経験ができて良かったと思うよ。
さて、それじゃあこっちの世界のバイトを探そうかな。
と、スマホがまた光った。
友達からのメールだ。
『やっほーリカ! バイトしない? うちの親戚のやってるオシャレカフェで募集してるんだけど、リカの話をして写真見せたら来てほしいってさ。制服可愛いよ』
「えっ、マジ? やったー」
わたしは起き上がって続きを読む。
『そこはオムライスとかたまご料理が売りの店だよ、まかないが美味いよー、どう?』
行く行く、絶対に行くよ!
たまご運の大幅な上昇ってこういうことなんだね、悪くないね!
わたしはメールに返信した。
『マジ嬉しいんだけど! ありがとー! ぜひともお願いしますですよ。わたし、たまご運がかなりいいから、お店の繁盛間違いなしだよお得だよ!』
『了解、伝えておくよ。詳しくは後でまたメールするね!』
よし、これで春休みのバイトはばっちりだ。
わたしはまたベッドにひっくり返った。
こっちの世界でも、みんなの役にたてるようにがんばるよ。
そしてまた、みんなに会いたいな。
成長したわたしを異世界の友達に誉めてもらえるようにがんばるからね。
ばいばーい。
スマホがひっそりと光った。
『リカさんのまたのご応募を心よりお待ちしております。神々より』
FIN.
これでこのお話は終わります。最後までおつきあいくださいまして、ありがとうございました。おかげさまで無事に完結することができました。
「これから読む人のために、感想やコメントでネタバレはしないでね、たまごからのお願いだよ!」