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異変と王都の危機

 たまごの『えへ』笑いだけではごまかせそうにないので、わたしはカウンターにそうっとたまご饅頭を並べはじめた。

 美味しいおやつでライルお兄ちゃんの心を和ませようという作戦なのだが……変だな、なぜか成功する気がしないよ。

 魔剣のまわりをたまご饅頭がぐるっと囲み終わった頃、わたしは恐る恐る言った。


「ええとぉ……ギルド長のセラールさんは、今日はお留守なのかなー」


「今日は王都に行っているわ」


 お兄ちゃんが会話に参加してくれないので、チアさんが答える。

 ……あれ、そうなんだ。


「また防衛会議なの? ずいぶんと多くない? まさか戦争とか始まるんじゃないよね」


 王都での会議が頻繁に行われすぎると思うんだけど。わたしはこの世界の情勢とかまったくわからないのだけど、政情が不安定なのだろうか。

 いくら魔法陣を使って一瞬で移動できるからといってもね。長のつく役職の人がそんなにも話し合う必要があるというのは、何かが水面下で起こっている可能性も考えられる。


 と、ライルお兄ちゃんと、チアさんの表情が一瞬だけ揺らいだ感じがした。


「嘘、マジで戦争? 戦争が起こるの? やだよ、たまご、人間は殺せないよ……多分」


 うっかり事故でヤってしまうのと、明らかな殺意を持って人殺しをするのは別だからね!

 パニックでたまごうろうろしちゃうよ!


「落ち着きなさい、リカさん。戦争ではありません」


 ギルド内をうろうろするわたしを心配したのか、ライルお兄ちゃんはわたしをなだめた。


「じゃあなに? 今、戦争『では』ないって言ったね、なら、それに準じるなにかがあるんだね! なに? なにが起きたの?」


 ライルお兄ちゃんはため息をついた。


「あなたは、おばかさんのようで変に頭が働くことがあるんですね」


「おばかだけど、勘はいいたまごなんだよ! で、なに? 言わないと口にたまごアームを突っ込んじゃうよ」


「そんなものを突っ込まれたら言えないでしょうが……」


「なになになに、なーにー、お兄ちゃあん」


「泣かないの!」


 お兄ちゃんの笑顔が困ったなあ、になったとき。

 ギルドの奥にある、ギルド長の部屋に続く部屋のドアが開き、セラールさんが出てきた。王都から帰って来たらしい。

 彼はわたしをちらっと見て驚いた顔をしてから、ライルお兄ちゃんに向かって行った。


「ライル、出撃準備を。最悪の事態です。王都に飛翔しました」


「了解」


 お兄ちゃんは一瞬でギルド職員からランクB冒険者の顔になる。


「リカさん、早速使わせていただきますよ」


 『紅蓮の神影』を掴み、奥の部屋に消える。


「え? なに? どうしたのかな?」


 お兄ちゃんが出撃?

 わたしはなんだか不安になって、ライルお兄ちゃんに続こうとするセラールさんにたまごアームを絡めて尋ねると、彼は少し考えてからそっとアームを外し、ギルドの図書館に行った。


「?」


 すぐに戻ってきて、カウンターに本を広げた。魔物図鑑だ。

 なになに、ドラゴン?

 エビルドラゴンって書いてあって、赤と黒のなんだか偉そうなドラゴンが載っているね。

 性格が凶暴で、繁殖期に栄養補給のために人間を多量に捕食する……げっ、人喰いドラゴンなんだね!

 身体は巨大で、ミスリルタートルの五倍から大きいと十倍くらい、マジでかいなこいつ。

 そして、熱い炎のドラゴンブレスを吹く。

 身体は頑強。

 ゲームのラスボスにもなれそうなくらいの大物だね。


「ギルド長、まさかリカさんに」


「王都にこの魔物が現れました。リカさん、あなたも我々と共に戦えますか?」


 チアさんの言葉を遮り、厳しい顔のセラールさんが言った。


「全然いけるよ。ライルお兄ちゃんはこいつと戦いに行ったの?」


「そうです」


 なるほど、戦争じゃなくてドラゴンが出そうだから、防衛会議をしていたんだね!


「なあんだよかった! たまご、てっきり戦争が起きたのかと思っちゃったよ。ドラゴンなら倒せばいいからね、事態は単純明快だよ」


「倒せばいい、とか……リカさん、今これを読みましたよね? 文字は読めるんですよね? 国のひとつも全滅させるくらいの凶暴なドラゴンが現れたんですよ、災厄級のたちの悪い魔物なんですよ?」


「セラールさん、失礼だよ。わたしはね、常識を身につけるために魔物を狩る前には図書館の本で確認しますってお兄ちゃんにきちんとしつけられたたまごなんだよ? ちゃんと読んでるに決まってるじゃん! それよりさあ、」


 わたしはうひひと笑いながらギルド長にたずねた。


「これ、高く売れる魔物なの?」


「……」


 セラールさん、目がガラス玉のように無表情になってるよ。

 青い魔石のようで綺麗だけど……大丈夫、狩ったりしないよ!


「リカちゃん、ドラゴンは素材の中でもピカいちなのよ。希少だし、性能の良い武器や防具になるし、みんなが欲しがる素敵な素材だから、大金になること間違いなしよ」


 チアさんがにっこり笑いながら言った。

 わたしの瞳がきらんと輝く。


 じゃあ、こいつを倒したら、タマゴーランドが建設できるかもしれないね!

 たまご、張りきっちゃうよ!


「わーい! ドラゴン倒して大儲けだよ! 今すぐ追いかけるよ」


 身体は頑強。

 たまごアタックが通用するのかな。

 でも、わたしは無敵のたまご戦士だからね。しつこくしつこく戦って、なんとしてでもドラゴンを倒して大金を手に入れてみせるよ。

 そして、タマゴーランドのたまご姫になって、みんなのアイドルになるんだ。

 かーんぺき!


「チア、止めるのか煽るのか、どっちなんですか」


「女の勘がイケると囁くので、煽ることにしたわ」


 そうだね、女の勘は侮れないよね。


「じゃあ、ひとっ飛びで行ってくるよ」


「飛ぶ? リカさん、魔方陣は使わないのですか?」


 動揺するエルフ。


「わたしには魔法はきかないと思うし、空を飛んだ方が速いからね! ドラゴンはわたしのものだよ、誰にも渡さないよ、ばいばーい」


「空……飛ぶたまご?」


 時間がないから、混乱するエルフはチアさんに任せてたまごは行くよ。






「リカ、どうした?」


「パパ、わたしはドラゴンと戦ってくるよ。見事倒して大儲けするんだ」


 町の真ん中だけど、急ぐからここで飛んじゃおうかなーと思っていたら、門からバザックパパが駆けてきた。見ると剣を背中に背負っている。引退した冒険者をも引っ張り出す緊急事態ということなのだろうか。


「だめだ、危険過ぎる! ドラゴンのことがわかっていないな!」


「ちゃーんと図書館の本で調べましたー。パパこそ、たまごのなにを見てきたの? わたしは全然大丈夫、自信があるよ」


「冒険者にとって、実力の過信は命取りになるんだ、冷静に考えろ」


「わたしはいつだって冷静だよ! テンションは高めだけどね! じゃあ、行ってきまーす」


「リカ、待て、リカ!」


 わたしはバザックパパにアームを振り、そのままジャンプを繰り返し高く飛び上がると、たまごマッハ飛行で王都へと向かった。


 




 わたしは結構なスピードになってもBボタンを押しつづけ、猛スピードを出して王都へと向かった。誰かにドラゴンを横取りされたら一大事だからね。

 

 たまごマッハ飛行は期待を裏切らず、あっという間に王都に着いた。着いたのはいいんだけど、あまりのスピードに減速に失敗してしまい、王都の空をぐるっと三周してしまう。

 ドラゴンが心配で上を見ていた人たちはわたしを見てびっくりしたらしく、わたしを指さしながら口々に「たまごだ!」「たまごが空を飛んでいる!」と叫んでいるらしいのがわかった。

 なんか曲芸でもしなくちゃいけないかなと思ったわたしが、三周目はジョイスティックを操って螺旋に飛んで見せると、感銘を受けたらしい人々がぽかんと口を開けた。

 わたしはサービス精神旺盛なたまごだよ。


 あっ、いけない。

 遊んでいる場合じゃなかった。


 わたしは赤と黒のドラゴンが侵攻している門のところに行った。


「うわあ、すごく大きなドラゴンだね! 頭がでっかいよ、さすがのたまごもあれを持っては踊れないよ」


 頭が小屋くらいあるんだよ。身体なんてビルくらいだよ。

 それが、石造りの門を蹴散らして、餌を求めて王都の街に入ろうとしている。 


 その前に立ち塞がるのは、悲しいくらいにちっちゃな人間たちだ。

 あっ、ドラゴンが食いつこうとしている!


 わたしは空中からBボタンで加速し、そのままドラゴンの頭に突っ込んだ。


「たまごアターック!」


 流れ星の如くドラゴンの頭に激突するたまご。

 ぐわあん、と鈍い音がして、ドラゴンの頭がふらっと動いた。


「リカ! リカじゃないか」


 わたしはドラゴンを迎え打とうとしていた人々の方に近寄った。


「ゼノー、久しぶりだね! 新しい彼女はできた?」


 今日もとってもイケメンだね! いつもの兵士服と違ったフル装備がかっこいいよ。


「今はそれどころじゃないだろうが!」


「リカさん、セラールギルド長があなたをよこしたのですか?」


 魔剣を持ったお兄ちゃんも駆け寄ってきた。


「まあ、そんなとこ。じゃあ、このドラゴンはたまごがもらったよ!」


「え?」


「だから、これはわたしの獲物だからね、誰も手出しは無用だよ!」


「なにを馬鹿なことを! ひとりで災厄級の魔物を倒せるわけがないだろう。ここは心をひとつにして立ち向かうところだぞ」


 ゼノったら、久しぶりに会った元カノにむかって怖い顔をしないでよ。


「リカさん、この非常時に非常識なことを言うのはやめてください」


「あっ、お兄ちゃん、今のはシャレだね! いいね、心和むね」


「和まないでください」


 鎧姿のお兄ちゃんに睨まれた。


「あっ、大変、ドラゴンがゲロ吐きそう」


 ドラゴンがクワッと口を開いて空気を吸い込んだのが見えたので、わたしはBボタンを連打して飛び上がる。


「レンジでたまごーっ! レンジでレンジでレンジでレンジでレンジでたまごーっ!」


 たまごを量産して、ドラゴンの口の中に次々と投げ込むと、ドラゴンははすべてのたまごを飲み込んだ。


 数秒後、ドラゴンの体内で爆発が起きたらしく、ばふんという音がして耳と鼻と口から煙と炎が上がった。

 ゲロじゃなくて炎を吐こうとしていたようだね。


 ドラゴンは苦しかったらしく、咆哮をあげた。


「よし、たまごは今日も絶好調だよ!」


「よし、じゃあ、みんなで力を合わせて」


「わからない人だね!」


 わたしはゼノを叱りつけた。


「あれはわたしの獲物だって言ってるでしょ! 誰にも手出しはさせないよ、そしてドラゴンの素材は全部このたまごのものだよ。タマゴーランドの建設資金にするんだからね」


 アイドルになれるかどうかがかかっているんだからね、たとえゼノやライルお兄ちゃんでも容赦しないよ。


「リカさん、非常識な我が儘を言うのもいい加減にしなさい! 許しませんよ!」


「やだーっ、やだやだ、お兄ちゃんの横暴! このドラゴンはわたしのだよ誰にもやらないよーっ!!!」


 こうなったら実力行使だ。


「リカさん! どこに行く気ですか?」


 わたしはドラゴンの後ろに回った。

 たまごアームをドラゴンの尾にしっかりと絡ませて持つ。


「よおし、地獄の特急列車が出発するよ!」


 わたしはジョイスティックを前方に倒すと、Bボタンを押した。


「やめなさい、リカさん!」


「リカ! やめろ! 馬鹿な真似は止すんだ!」


「出発進行ーーーーーっ! ひゃっほーーーっ!」


 威勢のいい雄叫びを上げ、たまご列車の出発だよ!

 ズルズルと引っ張られたドラゴンがうろたえて暴れるけど気にしない!

 勢いがついて、大地に爪を立てたドラゴンが大声を上げているけど、さらに加速して爪も外れ、スピードに乗って進むたまごの後ろでばうんばうん跳ねているけど気にしないよ!


 ゼノとお兄ちゃんの叫び声はもうとっくに聞こえない。


「いけいけーっ、たまご列車が爆走するよー」


 わたしは邪魔者のいないところまで、ドラゴンを引きずりながら気持ち良く走った。







「よーし、悪いドラゴンにはたまごがお仕置きだよ」


 ふらふらと立ち上がり、凶悪な目つきでわたしを見ているドラゴンに向かってびしっとたまごアームを突きつける。

 本当ならギャラリーも欲しかったんだけどさ、わたしの大切な獲物を横取りされたらたまらないからね。誰もいない草原で、ひとりでじっくりと戦わせてもらうよ。


 ドラゴンは口を開けて空気を吸い込んだ。


「やっぱり魔物はばかだねー。レンジでレンジでレンジでレンジでレンジでたまご!」

 

 このたまごのすごいところはね、投げられたら必ず食べてしまうところにあるんだよ。

 灼熱のブレスを出そうとしたところにたまごが飛んできて、為す術もなく飲み込んでしまうドラゴン。

 思う壷だね。


 体内でたまごが弾けたうえに高熱の炎が暴走して、ばふっとドラゴンから煙が上がる。

 巨大な身体がよろりと傾いだ。


「どんどん行くよー、たまごマッハ飛行からのたまごアターック!」


 わたしはAボタンを連打してからBボタンを押し、ドラゴンの周りを自由自在に飛び回りながら、主に頭を狙って体当たりをする。

 地味にダメージを積み重ねていく作戦だ。

 頭を集中攻撃されたドラゴンは、やがて注意力が低下していく。

 程よくくらくらになった頃を見計らって、わたしは低空飛行からのたまごアタックでドラゴンの顎の下を狙った。


「たまごアターック!」


 がーん、といい感じの音が響き渡り、アッパーカットされたドラゴンがのけ反った。

 喉元ががら空きになる。


「たまごホーン!」


 わたしが狙うのはただ一カ所。

 ドラゴンの喉にある小さな鱗。

 そこだけは、ほんのりと緑色に輝いている。

 龍の逆鱗というやつで、ドラゴンはこの下に魔石があるのだ。

 わたしは緑の鱗に向かって一直線に飛んだ。なんでも砕く自慢の角をドラゴンに向けて。


 さくっ。


 手応えあり。


 ドラゴンの喉にある唯一の弱点は、あっさりとたまごホーンに貫かれた。


『ギャオオオオオオオオオオオーーーーーーッ!!!』


 地の果てまで届きそうな凄絶な声で叫んだドラゴンは、ゆっくりと白目を剥き、そのまま横倒しに倒れた。


『エビルドラゴンを倒しました』


 アナウンスが鳴った。


「やったー、結構簡単にドラゴンを倒したよ! お兄ちゃんに誉めてもらおうっと。もしかして、またお洋服を買ってもらえるかな? 美味しいものを買ってくれるかな? わーいわーい嬉しいなあ、たまごは最高にご機嫌だよ!」


 わたしはたまごアームでしっかりとドラゴンのしっぽを掴むと、王都に向かって地獄の特急列車を爆走させた。

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