ランクアップはどうするの?
わたしは起き上がり、目をこすった。
「んー、気持ち良く眠れたな」
ベッドは快適で、さすがのわたしも異世界に来た緊張があったのか疲れていたのだが、深い眠りの後は体力がすっかり回復して気分も上々だ。
たまごに対する信頼感もあり、今日はどんな事があるかなと思うとワクワクしてくる。
洗面所で顔を洗うとまた電子音が鳴って、テーブルに朝ご飯が用意された。
「わーい、朝定食だ」
メインのおかずはだし巻き卵。
他にお浸しとか焼き鮭などがならび、ほかほかご飯とワカメと揚げの味噌汁から湯気がたっていた。
完食してテーブルをたつと、食器が収納される。
「どうしようかな。ギルドの冊子を読んでから買い物に行こうかな。着替えも欲しいし」
たまごから出られないけど、このロングTシャツとハーフパンツしか着るものがないのは女子としてどうかと思う。
「お茶が飲みたいな」
言いながら冊子を手に椅子に座ると、テーブルが出てきた。
日本茶と小さな黄身しぐれが乗っている。
わたしは甘い和菓子を食べてお茶をすすりながら冊子を読んだ。
冒険者ギルドに登録された冒険者は、その経験や強さによってA、B、C、D、E、Fの6ランクに分けられ、場合によってはAの上のSというランクが認められる事もある。でも、基本はこの六つだ。
わたしのランクであるFは初心者で、依頼される仕事も薬草狩りや雑用が多い。Eあたりでぼちぼち弱い魔物を狩り始め、Dで一人前、Cで手練れの冒険者と認識される。Bは上級者でAになると戦隊ヒーロー並の憧れの存在、スーパースターだ。
「みんなのアイドルになりたかったら、Aランク冒険者を目指せばいいのかな。姿がたまごでも、強かったらきゃあきゃあ言ってもらえるかもしれない」
まだまだスタート地点だから、先は長そうだな。
でも、もう魔物は狩れたから、わたしの本当のランクはFじゃなくEではないのだろうか。
依頼をこなして経験がたまると、ギルドカードに表示が出てランクアップの手続きができるようになるらしい。
また、ギルド職員の判断でランクアップが特別に行われることもある、って冊子に書いてある。
そのあたりは後でギルドの人に聞いてみよう。
その他には、ギルドメンバーは町の人に迷惑をかけないとか、犯罪者は追放とか、一般常識的なものとか、ギルド図書館の使用方法とかメンバーの割引特典などについて書いてあった。
宿屋やご飯屋さんの割引があったけど、わたしはたまごから出られないから関係ないや。残念。
わたしは冊子をたまごボックスに閉まって、まずはギルドに出かけることにした。
コントロールパネルの装備欄を出す。
たまご、を触れると、わたしはまたたまごの中に入って町の外の草原に立って(浮いて)いた。
よし、冒険者ギルドへ出発だ。
門に行くと、バザックさんはいなかった。交代したのかな。
「おはようございます」
知らない門番さんに挨拶をすると、驚いた顔をしてからにかっと笑った。
「おはよう、あんたがたまごのお嬢さんか! バザックに聞いてるぜ」
「リカって言います」
「おう、よろしく、リカ。俺はマックスっていうんだ」
元気な感じの若い男の人だ。
「この町に来たばかりだそうだな、困った事があったら相談にのるようにバザックから頼まれてるんだ。遠慮なく来いよ」
「ありがとうございます」
門番っていろんな人とやり取りするから、コミュニケーション能力が高いのかな。二人ともいい人だ。
「バザックに気に入られたなら、この町じゃ大丈夫だぜ」
どうやらバザックさんは意外と大物だったらしい。
わたしはもう一度お礼を言うと町に入り、冒険者ギルドへ向かった。
夜が明けてからだいぶ時間が経っているせいか、ギルドの中は空いていた。
「おはようございます」
カウンターから昨日のお兄さんが声をかけてくれた。
お姉さんも目が合うと「おはようございます」と言ってくれた。良かった、たまご嫌いじゃないみたいだ。
「引取り所の方は大丈夫でしたか?」
「はい、全部引き取ってもらえました」
わたしはギルドカードを出して見せた。
お兄さんはカードを確認して頷いた。
「はい、ちゃんと本記入されています。リカさんのこれからの冒険者活動についてお話をしたいのですが、今よろしいですか?」
「はい、お願いします」
わたしたちはテーブル席に場所を移した。
お姉さんがカップにお茶を入れて持ってきてくれたのだけど、これ、どうやって飲めばいいのだろうか。
わたしがカップをじっと見ていると、お兄さんとお姉さんはわたしをじっと見ている。
どうやって飲むのか、期待しているのかな。
昨日、たまごボックスがたまごハウスの中に通じているのがわかったが、もしかしてこのたまごにも通じているかもしれない。
わたしはたまごアームを伸ばしてカップを持つと、たまごボックスにしまった。たまご内のテーブルにカップが現れた。
成功だ。
わたしはお茶を飲んだ。
「爽やかなハーブティーですね。飲み終わったらカップは戻しますので安心してください」
「そうやって飲めるんですね」
お姉さんが感心したように言った。
わたしも今知ったよ。
空いているといっても冒険者の人がちらほら来るので、お姉さんはカウンター業務に戻った。
「改めてご挨拶いたしますが、僕はギルド職員のライルといいます。これからよろしくお願いします」
「あ、どうも」
頭が下げられないので、返答する。
「いくつかお聞きしたいのですが。リカさんは、今回のワイルドウルフとワイルドベアを単独で倒された、ということですよね」
「はい」
体当たりしただけなんだけどね。
「今まで冒険者活動は未登録でしていたんですか?」
「いや、特に冒険者活動はしてなかったです。わたしのいたところでは、冒険者ギルドとかなかったし」
「冒険者ギルドがない」
ライルさんの目が光った。
「ギルドのネットワークは世界中に広がっているはずなのですが……リカさんは、失礼ながら大変な僻地に暮らしていたのですか」
「この町とはまったく違うところですね! カルチャーショックを受けていますよ、これからどうしたらいいのかチョー悩んでます」
「そうなんですか。女性がひとりで田舎から出てきて、さぞかし心細いでしょうね」
ライルさん、なんか誤解しているよ。
「でも、リカさんは腕がいいみたいですからね、冒険者になったのは正解だと思います。とは言っても、慣れない場所で初めての仕事をするのですから、充分注意してくださいね」
ライルさんはいい人だ。お兄ちゃんと呼びたい。
「冒険者ギルドは冒険者の皆さんができるだけ安全に仕事をしていけるように全力でサポートしています。リカさんも僕たちと相談しながら無理なくレベルアップを目指してくださいね。ケガなどしないようにね」
いやいや、惚れないぞ!
たまごに優しい性格イケメンらしいけど、惚れないぞ。
「さて、そのレベルアップについてなのですが。このカードを見ていただけるとわかりますが、Fの文字の横にひとつ星が出てきていますね」
「あっ、ほんとだ」
「これは魔物の討伐数がレベルアップの基準を満たしているという印です。しかし、リカさんは冒険者登録をしたばかりで、経験がまだ浅いのです」
うん、ギルドのシステムもいまいちわかってないしね。
「そこで、リカさんには今日からのべで三日、お好きなFランクの依頼をこなしてもらい、その後ギルドにある練習場で実技試験を受けていただいてから、Eランクへのアップをさせていただきたいと思うのですが。いかがですか」
「はい、それでお願いします」
「それでは、あちらの掲示板で依頼を選んでください」
わたしはたまごボックスを通じてお茶のカップをテーブルに戻すと、掲示板の前に立った。
基本的に依頼は自分のランクにあったものを選ぶ。下のものを受けるのは自由だが、上のものはワンランク上まででしかもギルド職員が受けて良いと判断したものでなければ受けられない。
また、依頼に失敗すると、冒険者は違約金を払わなければならなくなる。
こうして、お金目当てに無理な依頼を受けて、冒険者がケガをしたり命をなくしたりしないようにギルドが管理しているのだ。
わたしはFランクの依頼の中から、薬草採取のものを選んだ。
ライルさんのところに持っていくと、「いいですね」と頷いた。
「それでは、この依頼を通して流れを覚えてしまいましょうね。カードを出してください」
ギルドカードを渡すと、依頼の紙に重ねた。ピッと音がする。
「これで依頼がカードに書き込まれました。これは常時依頼ですので、また掲示板に戻しますね。そして、今度は依頼対象について図書館で調べます」
依頼書を戻したライルさんに続いてギルドの奥に行くと、小さな図書館があった。司書らしい人がいる。
「こんにちは」
たまごを見ても驚かないところをみると、すでにわたしの情報を得ていたのだろう。
「まず、薬草ですね。どんなものでどこにあるのか、採取の方法なども調べます。どの本を見たらいいのかわからなかったら、司書のセブに聞いてください」
「はい」
セブさんが手を挙げて合図をした。
「薬草はこの植物図鑑に書いてあります。絵も載っていますので、特徴を覚えてくださいね」
はい、たんぽぽみたいなギザギザの葉っぱをした鮮やかな緑の草ですね。
「群生地点があります。この小川の近くですね。わかりにくい場合はこの地図を合わせて見てください」
この付近の地図を出してくれる。
うん、森に入って少し歩いた小川だね。
「採り方はこれ。根ごと抜いて袋に入れます。ギルドのカウンターで採取用の袋が売っていますから、購入してくださいね。根を掘る道具は金物屋で買えますよ」
スコップがいるかな?
わたしはたまごアームを両手とも出して、ゆで卵の白身のような腕をじっと見た。この先っぽが固くならないかな?
すると、右のアームの先が生卵の白身のような半透明になる。
テーブルにぶつけてみると、コンコンといった。
これなら大丈夫そうだ。
「手で掘れそうです」
「そうですか。じゃあ袋だけ用意すればすぐにでも出発できますね」
「はい。いろいろ教えてくださって、ありがとうございます」
わたしがお礼を言うと、ライルさんはにっこり笑って「いえいえ」と言った。
「リカさんは本当に丁寧で、感じのいい方ですね」
イケメンではないけれど、物腰の柔らかい優しいお兄さんにそんなことを言われて、わたしは照れてしまった。
いや本当に惚れないけどね。
さあ、いよいよ冒険者として出発だ!