たまご、とっとと帰る
「おはようおはよう、みんなおはよう、たまごだよ」
わたしは今日も元気に王都の冒険者ギルドに顔を出した。朝一番の冒険者ギルドは、これから依頼を受けようとする冒険者たちで今日も混雑している。
「マイダーリン、クルトパパはいるかな? 別に用事はないけれど」
「おはよう、リカちゃん。ギルド長なら今日は会議に出ているわよ」
わたしが声をかけると、頭に三角耳の付いたカウンターのお姉さんが言った。
「おいたまご、後ろに並べよ」
「暇ならなんか出せ」
ここ数日で顔なじみになった冒険者たちが、野太い声で言った。
「言われなくても並ぶよ! わたしはきちんとした態度のたまごだからね、強いからって『オラオラ雑魚はどきやがれ、俺の前に立つなんざ百年早いわ』とか言ったりしないよ」
「……お前、本当は言いたいんだろ」
「ふふん、そう思うならどきやがれ!」
「何をぉ!」
「駄目よーリカちゃん。女の子がそんなチンピラ男みたいな口をきいてはいけないわ。ゼノにフラれちゃうわよ?」
「イヤーンゴメーン、たまごったらいけないお口!」
三角耳お姉さんに注意されたので、わたしは急いで可愛いポーズを作る。
「だからゼノには言わないで?」
「こらたまご! 全部聞いてるぞ! そして俺とお前は監視者と監視対象者以外の関係ではない!」
ギルドに入ってきたゼノに、朝から怒鳴られちゃったよ。
今日も正統派のイケメンだね。兵士のかっちりした制服がよく似合っていて、たまご心をくすぐるよ。
だけどちょっとたまごに対して冷たいよね。
「ちっ、往生際の悪い男だな」
いい加減にあきらめて、たまごの彼氏になればいいのに。クルトパパにも推薦されていることだしさ。
「往生してたまるか! そして、舌打ちするな!」
わたしの可愛い正体を見せたというのに、ゼノはまったくわたしを彼女扱いする様子はない。
おかしい。
ライルお兄ちゃんといいゼノといい、いたいけな美少女の姿にこんなにも動じないとは変なのである。
さては、わたしがアイドル志望だから、恋愛ご法度補正がかかっているんだな、そうなんだな。
恐るべき異世界の力。わたしの可愛さを押さえ込むとは。
「ううむ、容姿で惑わす事が不可能となると、あとは食欲で釣るしかないな。ゼノ、朝ごはんは食べた?」
「その手に乗るか。残念ながら腹いっぱい食べてきた」
美味しいたまごサンドでイケメンを釣る作戦は頓挫した。
「おいたまご。美味いものをくれるなら、列の一番最初に入ってもいいぞ」
むさい冒険者たちが釣れた。
「お前ら、すっかりたまごに餌付けされたな! よし、両手を出すがいい」
わたしはずらっと並んだ手にたまごサンドをひょいひょい乗せながら列の先頭に進んだ。
美味しいたまごサンドをもらった冒険者たちは、「うめえ、うめえ」と言いながらハムと野菜とたまごがたっぷりはさまったたまごサンドにくらいついている。
かわいい奴らめ。
ここは美味しい賄賂が効く非常にチョロい世界なのである。
「丸くおさまったところで、今日のお勧めをお願い」
わたしはいつものようにカウンターのお姉さんに声をかけた。
先日、商業ギルドのメリンダおばあちゃんにもらった『高い魔物リスト』を冒険者ギルドに提供して、わたしに狩って欲しい魔物をチョイスしてもらっているのだ。
「はい。今日は……」
「リカさんはここにいますか?」
ギルドの扉が開き、ギヤモン商店のニックが入ってきた。
「あ、いたいた、おはようございます、リカさん。良かったです、これを早く渡したくて」
「おはよう、ニック。相変わらず忙しそうだね」
「おかげさまで、ギヤモン商店は大忙しですよ。これ、エビルリザンの頭の剥製です」
「わあ、もうできたんだ! ありがとう、待っていたんだよ」
「そう思って、朝一番でお届けに来たんですよ」
ニックは人の良さそうな笑顔で言った。
この、人の懐に潜り込む愛想の良さは商人向きだね。
「見てもいい?」
渡された袋にたまごアームを突っ込むと、素早く隣に来たゼノがアームをつかんだ。
「やん、ゼノってば人前でだ・い・た・ん」
「出すな。それは出すな」
「えー、出さなきゃ確認ができないじゃん」
「それならば、まず絶対に踊らないと約束しろ」
副団長は真剣な目をして言った。
「そうよ、それはわたしからもお願いするわ。ここであの踊りを踊られたら、冒険者たちが使い物にならなくなっちゃうから困るの」
カウンターのお姉さんにも踊りを止められてしまったよ。
そうか、たまご踊りに感動した冒険者たちから戦闘意欲が失われてしまうんだね。あまりにも芸術的だからね。
「わかったよ。たまご踊りは封印するよ。」
わたしは約束をしてから、袋の中の頭を出した。
「わあ、すごく可愛くできているね!」
「目の部分には、魔石をはめ込んであるんですよ。なかなかの迫力でしょう?」
ニックが得意げに言った。
なるほど、金色のリザンの頭に血が滴るような赤い魔石が良く合っている。うさぎさん的な可愛さに見えないこともないね。
「うん、いい出来だよ。白目をむいているよりずっと可愛くていいね」
「……これのどこが可愛いんだ……」
ゼノが力無く言った。
「可愛いじゃん、振るとしゃんしゃん音がするところがまたいいね。わたし好みの頭だよ」
「はい、リカさんがこれを持って踊られるので、鱗がこすれていい音が鳴るようにしてあります」
「わーい、今すぐ踊りたくなっちゃうね!」
「踊るな!」
すかさずゼノが釘を刺す。
踊らないよ。わたしは約束を守るたまごだよ。
「それから、ミスリルのインゴットができました。ビルテンの町に卸す分は商業ギルドの倉庫においてありますが……どうしますか? ギヤモン商店としては、ミスリルのインゴットを運搬してもらう依頼をギルドを通してリカさんに出したいのですが」
「おっけおっけー、わたしが持っていくよ! じゃあ、どうすればいい?」
「ではニックさん、あちらで指名依頼の手続きをしてください。自動的にリカさんのカードに依頼が入るようにしておきますね。リカさんはギルドカードを出してください、そうしたらもう依頼に取り掛かって大丈夫です」
仕事のできるお姉さんがてきぱきと指示を出す。わたしはお姉さんにカードにぴっ、としてもらった。
「じゃあ、これから商業ギルドに行ってインゴットを受け取って、すぐにビルテンに出発するね」
「もう行くのか? 準備はないのか?」
お目つけ役のゼノが慌てたように言う。
さては、わたしとの別れの予感で胸を震わせているね?
「別に準備なんていらないよ。王都のお土産はもう買ってあるからすぐに帰れるの」
「いや、お土産のことではなく……」
「じゃあね、ゼノ。もしまた王都に来たら連絡するよ」
「それだけか!? いろいろ絡んできた割にはあっさりと別れを告げる奴だな」
「短い間だったけど楽しかったよ、わたしがいなくなってもいい人を見つけて幸せになってね」
「……何故か、ものすごい敗北感を感じる……」
うなだれるゼノにひらひらとたまごアームを振り、わたしはミスリルインゴットを受けとるために商業ギルドへと向かった。
たまごボックスにミスリルインゴットをしまうと、わたしは早速ビルテンの町へと出発した。
広い草原をBボタンダッシュで走っていると、ポーンと音がして画面に表示が出た。
『たまごマッハ飛行〉を覚えました』
「飛行? 空を飛んじゃうの? フライングたまご?」
わたしは詳しい表示を出すために画面に触れた。
『たまごマッハ飛行〈Aボタンを連打し適当な高さになったところでBボタンを押す。好きな速度で手を離せばそのスピードで飛びつづけ、再びBボタンを押すと減速して着地する。 を覚えました』
なかなか便利そうな技なので、早速使ってみる事にする。
何度かAボタンを押してジャンプをすると、ポーンポーンとどんどん高くまで跳びはねられるようになる。鳥が飛ぶ高さよりももっと高いかな、くらいのところでBボタンを押したら、その高さをキープしたまま空を結構な速さで飛び始めた。
「ひゃっほう、これは楽しいね!」
障害物が何もない空をひゅーんと飛ぶたまごだよ。
快適な空の旅だよ。
両手を離してもそのまま安定して飛んでいるので、わたしはたまごに出してもらったお茶をすすりながら空の旅を楽しむ。
もしかしたら、マッハ1以上出ているのかもしれない。
呑気にお茶を飲んでいるうちに、もうビルテンの町に着いてしまった。
あ、バザックパパがこっちを見上げているよ。
わたしはBボタンを押して減速すると、門の近くに着地した。
「パパー、ただいまー。たまごがいなくて寂しかった?」
「おま、空も飛べるのか!?」
びっくり顔のバザックパパが駆け寄って来る。
「うん、さっき飛べるようになったんだよ。すごいでしょ。たまごの宅急便屋さんになれるよ。ならないけど」
「すごいな! 本当に規格外れなたまごだな!」
「ふふん、どんなもんだい」
誉められたら威張っておくよ。
わたしの手柄じゃなくてもね。
「ほら、王都土産だよ。門番さん一同には王都特製の燻製肉セットを買ってきたよ。仕事の合間にかじってね。味見したら、結構スパイシーでいい味だったから、もしかして大人の人だとお酒が飲みたくなっちゃうかもしれないけど、もちろん仕事中は飲んじゃ駄目だからね」
「おおぅ」
わたしが山のような香ばしい肉の塊を渡すと、バザックパパは前が見えなくなった。
「リカ、これは買い過ぎだろう」
「そんなことないよ、肉体労働男子ならすぐに食べ終わっちゃうよ。じゃあね」
「ああ、ありがとう」
待機所から誰か出てきたので大丈夫だろうと思ったわたしは、たまごアームをひらひらと振って門をあとにした。
次に行くのはエドのうちだ。
「ただいまー、みんないるかな?」
「リカお姉ちゃん! リカお姉ちゃんだ!」
すごい勢いでエドが飛び出してきて、案の定たまごに激突する。
「ああもう、また鼻をぶつけたね! エド、学習しようよ」
「いだあい」
かわいそうに、よほど痛かったのか涙をぽろぽろとこぼしている。
わたしは薬草を出して調合し、『すごいミルクセーキ』をエドに与えた。
「ケガに効くからこれを飲みなよ」
「あいあとお」
鼻声のエドがすごいミルクセーキを受け取り一口飲んだ。
「……もう治った」
「たまごの薬は良く効くんだよ。さて、うちに入れてよ」
おいしいおいしいと残りのすごいミルクセーキを飲んだエドに続いて、うちの中に入る。
「お邪魔しまーす。このテーブルにお土産を出すよ」
「まあリカさん! お帰りなさい。お土産をくださるの?」
もうすっかり健康体になったエルザが、ばら色のほっぺたをして言った。
その横にはララもいる。お母さんのお手伝いをしていたのだろう。
「うん。まずは美味しい燻製肉でしょ、あと、エルザとララの服を作るための布と糸。髪飾りもあるよ。キラキラしたやつを買ってきたの、色違いだよ」
わたしは花と羽がモチーフになった、普段使いができるけどオシャレな髪飾りを二人の金髪につけてあげた。
「うわあ、可愛い。リカお姉ちゃん、ありがとうございます」
「こんな良いものをいいのですか?」
「いいのいいの、友達にお土産を買うのは旅の楽しみだからね! 二人の事を思い浮かべながらいろいろ選ぶのが楽しかったよ。ガウスに見せて、たくさん誉めてもらうんだよ。そいで、ガウスのはこれ。お酒ね。ちょっときついけど、美味しくて王都では人気があるって、わたしのボーイフレンドが言ってたよ」
ゼノ副団長の事だ。
ちなみに、お土産選びにも彼に付き合ってもらった……っていうか、街でわたしがなにかやらかさないように、ぴったり張り付いて離れなかったのだ。
「あら、ボーイフレンドができたんですか?」
食いついてきたのはエルザだ。
「うん、すごくかっこいい人だよ。でも、ちょっと照れ屋で冷たくするのがねー、まだまだ若いなって感じ」
わたしは次に、エドにお土産を出した。
「エドにはこれ。採取セットと剣だよ」
「すごい、この剣はいい剣だよ!」
「魔法剣だからね、エドにも扱えるよ。最近剣の練習を始めたって聞いたからさ。いい武器を使った方が早く上達して、薬草採取も安全にできるからね」
「ありがとう、リカお姉ちゃん!」
わたしはたまごアームでエドの頭を撫でた。
「ガウスはガタイがいいからさ、エドもきっとあっという間に大きくなるよ。しっかり身体を鍛えるんだよ」
「うん! 僕もリカお姉ちゃんみたいな強い冒険者になるんだ」
おめめがキラキラして可愛いね。やっぱり未来ある子どもはいいね。
え? わたしもまだまだ子どもだろうって?
そこはちょっとお姉さんぶらせてよ。