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閑話 ライルの悩みの種

「ああ、ライル。君のお父さんからメッセージが届いているよ」


 ギルドに出勤した僕は、冒険者ギルド長のセラールに声をかけられた。


「父からですか? 公私混同して申し訳ありません」


 僕の父は王都で冒険者ギルド長をやっている。

 一見平凡な中年男性にしか見えない父はランクA冒険者でもあり、『雷撃のクルト』という二つ名を持つ実力者だ。父の影響で冒険者になった僕は残念なことに父を追い越すことはできなかったが、どちらかというと華やかな表舞台に出るよりもギルド職員として縁の下の力持ちをしている方が性に合っているようなので、早々に転職した。

 それでも上級者と言われるランクBまではのぼったが。


「リカさんが無事に王都に到着したようですよ。君のギルドカードにメッセージを転送しておきましたから確認してくださいね」


「ありがとうございます」


 僕はギルド長にお礼を言った。

 彼はエルフの血を引くため若く美しい外見をしているが、見た目に騙されてはいけない。

 冒険者として働いたことはないためランクは不明だが、魔法にも剣にも秀でていて、並大抵の冒険者では太刀打ちできない実力者だ。


 朝は一番混む時間なので、メッセージの確認は後回しにして冒険者たちをさばく。彼らは女性職員であるチアの方に行きたがるが、複雑な依頼や際どい判断が必要なものは僕のところにやってくる。こちらも正確な対応をしないと即、冒険者の命に関わってくるので、真剣に処理しなくてはならない。時には無茶を考える冒険者を力づくで止めることもある。


 無茶といえば、その存在がすでに無茶であるたまご戦士のリカさんである。

 今は王都に行っているが、ビルテンに来た時からここを発つまで、見事に毎日僕の肝を冷やしてくれた。

 いや、今も王都で何をやらかしているかと考えると気が休まらないのだが、父であるギルド長にあらかじめ詳しくその生態を報告したうえにたまごの取り扱い方法を紹介状として持たせておいたから、きっとなんとかしてくれるはずだ。


「リカさんは元気にしているのかしら」


 仕事が一段落したところで、チアがお茶を入れてくれた。


「ありがとうございます」


 受けとると、奥からセラールギルド長もやってきた。


「リカさんは初日から飛ばしているようですが、大きな混乱はないようですね」


「そうですか。それを聞いて安心しました」


 しかし、何事もないならなんで父はわざわざメッセージなどよこしたのだろうか?

 僕はギルドカードを出してメッセージを確認した。


 ……見なければよかった。


「ライル、どうしたの? 変な顔をして」


 僕の表情の変化を見て、チアが怪訝そうな顔をした。


「いえ……リカさんはいきなり初対面の父にプロポーズをしたそうで」


「……え?」


 あの殺戮たまごは僕の実家を破壊する気なのだろうか。


「それを逃れるため僕を差し出したところ、すでにリカさんをふったというので、とりあえず手近にいたゼノ副団長を犠牲にすることで難を逃れたそうです」


「えええっ? ゼノ副団長を!?」


 チアが悲鳴を上げた。ゼノ副団長は女性から大人気の独身男性だ。おそらくチアも目をつけているのだろう。


「いやだわ、ゼノさんもリカさんのものになっちゃうの? なんて欲張りなたまごなのかしら!」


 ゼノさん『も』というのはどういう意味だろう。


「ライル、残念だったわね」


「意味がわかりません。僕はお兄ちゃんポジションを崩すつもりはありません」


 そして、父には伝えなければならないことがある。


「ギルド長、クルトギルド長にこちらから連絡するときに、僕からのメッセージもお願いしたいのですが」


「いいよ。なにかな」


「『断る』とお願いします。『でなければ、親子の縁を切る』と」


「おやおや、それは穏やかでない話だね」


 セラールギルド長が苦笑した。


「何を断るの? ライル、ゼノに妬いてるの?」


 チアが興味津々といった表情で言った。


「それも意味がわかりませんね。父はこう連絡してきたのですよ。『ゼノが駄目ならまたお前を推す』と。自分の身可愛さに息子を売る親など要りませんからね」


 まったく、とんでもない父である。場合によっては母に報告しておかねばなるまい。

 たまごの夫にされるくらいなら、たまごを義母にすることを選ぶ。

 まあ、母がそれを許すとは思わないが。


 たまごの中身は実は小さな女の子なのだが、そのことは誰も知らない。

 ワンピースを着て、喜んでくるくる回る黒髪の少女の姿に惑わされてはいけない。

 あれは恐るべきたまごだ。魔物を無自覚に惨殺し、恐怖をかきたてる人騒がせな踊りを踊る、困ったたまごなのだ。


 きっと王都でも、美味しいたまごのお菓子で人の心を操り、ゼノに向かってくねくねとあやしく手をくねらせて妙なアピールをしているのだろう。


 ……まさか、あの不思議な家に招いて、夕飯までご馳走しているのではないだろうな。

 

 そう思うと、なぜか少しイラッとした。


「ライル、笑顔の下に黒いものが見えるけどどうしたのかな?」


「気のせいですよ、ギルド長。リカさんがいないとビルテンは平和に感じますね。しばらく王都で活躍してもらいたいものです」


「でも美味しいおやつが食べられないのは残念だわ。早く帰って来ないかな」


「チア、やめてください。お化けの話をするとお化けが寄ってくるんですよ」


「じゃあ、たくさん噂をしましょうよ」


 チアはそう言って笑った。


「ミスリルのインゴットが着き次第鎧と剣を作りたいから、サイズ確認のために店に来てくれってドワーフの武器屋と防具屋から言われたわよ。ライル、たまごにひいきされてるわね。愛情がゼノに行っちゃって、寂しいわね」


「僕はお兄ちゃんですから。ふざけた妹が幸せになるのなら応援しますよ」


 ゼノは不幸になりそうだが。


「恐怖のたまご踊りがパワーアップしてより素晴らしくなったらしいですからね、ぜひ一度拝見したいものです」


 セラールギルド長はいい笑顔で言った。まったく、恐れを知らないエルフだ。


「……ギルド長も物好きですね。さあ、仕事を片づけてしまいましょう」


 今日もビルテンは平和である。

 なにか物足りなく思うのは、きっと気のせいなのである。

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