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ゼノと夕ごはんを食べるよ

「リカ……?」


 ゼノがなかなかあほ面から復活しないので、わたしは再びくるっと回ってポーズをつけた。


「ほら、見て見て。たまご色のワンピースが似合って可愛いでしょ」


「……」


「こんなポーズはどうかな?」


「……」


「んじゃ、これは?」


「……」


「ちょっとゼノ、なんとか言いなよ! みんなのアイドル、愛のたまご戦士リカが目の前でこんなに可愛いポーズをとってあげているのに、口を開けっ放しで無反応とか、人としてどうかと思うよ!」


 何度くるっと回っても思わしい反応が得られないので、わたしのご機嫌は斜めだよ。

 しかも、何気に剣の柄に手がかかっているってどういうことよ?

 わたしを魔物と同列に見ているのか?

 さすが空手部部長、考え方がクールだな!

 

「……本当にリカなのか? たまごの中身なのか?」


「そうだよ、愛のたまご戦士リカだよ。まさか会ったその日にこの格好を見られるとは思わなかったよ、うっかりしたなあ! はっ、これはもしかして、わたしとゼノの間に運命のフラグが立っているからなの? 愛の劇場の序章に突入しちゃったの?」


「……」


「そこで突っ込んでよ! 調子が出ないじゃんか、もう。言っておくけどさ、わたし、ボケ突っ込みのできない彼氏なんて絶対無理だからね」


「……そうか。それは……困ったな」


「うぎゃーっ、しっかりしろよ、副団長! ゼノの突っ込みの鋭さにはさすがクールな空手部部長だなと思わせる光るものを感じていたのにさ、がっかりだよ! ……あ、もしかして、お腹がすいてるの? それで力が出ないの?」


 そういえば、ゼノは忙しそうに飛び回っていたもんね。男子だもん、お腹すいちゃうよね。


「ごめんね、わたしってば気が利かないたまごだよ、お腹をすかせた男子を放置するなんてさ。すぐにご飯にするよ。ちょっとたまごに戻るから、離れてて」


 ゼノはまだぼうっとした顔で立っていたので、手でしっしっと向こうにやってから装備をたまごに戻す。

 座った姿勢で呟いた。


「お腹ぺこぺこな運動部男子が喜びそうな食べ物は……トンカツ! 三元豚のトンカツがいいな! たまご、トンカツ定食を二人前、出してくれる? お味噌汁は豚汁にして、ゼノの分は大盛ご飯でお願い」


 目の前にテーブルが伸び、トンカツ定食が二人前、お盆に乗って現れた。


 うわあ、まさに揚げたてって感じでカツの表面が熱い油でチリチリ言ってるよ。これはすごく美味しそうだね、運動部男子も大満足だね。


 わたしはひとつを手に取り、たまごボックス経由でたまごアームに持った。


「はい、これを持っててね。またたまごハウスになるから離れてて。ゼノを潰すとたまごの評価が落ちるからね」


 ゼノは王都の有名人みたいだからさ、惨殺したらまずいよね。


 きちんと安全確認してからまたたまごハウスに装備を変更する。


「えーと、ライルお兄ちゃんの時みたいに、結界は変形してテーブルと椅子が使えるようにして」


 わたしはたまごに頼み、自分のトンカツのお盆を持ってウッドデッキに出た。テーブルに置くと、ゼノを手招きする。


「ゼノー、早くここに座りなよ。ちなみにここからは結界があるから、激突しないように気をつけてね」


「あ、ああ」


 ゼノがウッドデッキに上がり、テーブルの上にお盆を置くと、ふたりを隔てる結界を拳で叩いた。


「……もしかして、リカはこの外には出られないのか?」


「そうだよ、よくわかったね! わたしはたまごだから、殻の外には出られないの」


 わたしはゼノに座るよう促した。わたしも隣に座る。


「話は食べながらにしようよ、せっかくの揚げたてのトンカツなんだからさ。いただきまーす」


 わたしが箸を持つと、ゼノもそれを真似た。

 さっくりと切れているトンカツを一切れ持つと、絶妙な加減で火が通ったほのかなピンクの肉の断面から肉汁が滴るのがわかる。

 側に添えられたすりごまがたっぷり入ったトンカツソースにたぷっと沈めてから口に運ぶ。


「うわあ、さっくさくだよ!」


 噛み締めると、三元豚の肉が持つ旨味と脂身のコクが口に広がる。ロース肉の赤身と脂身の量が絶妙だよ。決してくどすぎずそれでいてとろけるコクもある、素晴らしい肉のハーモニーだね。


「これは……イベリトンの肉なのか?」


 食べ物を目の前にして正気に戻ったのか、わたしの真似をして一口カツをかじったゼノが驚いた声で言った。


「わたしの故郷の豚肉だよ。柔らかくてジューシーで、いい味がするでしょ」


「ああ、ひどく美味い肉だな。この外の衣がまた美味い。香ばしくてさっくりとしている」


「それでいて、しっかりと油が切られているからくどさはないんだよね。口の中でサクサクが弾けるよ」


「この、複雑な味のするタレがまた素晴らしいな。入っている木の実のようなものがとてもいい香りだ」


「わたしもごま味は大好きだよ」


 わたしは隣に添えられた醤油玉ねぎドレッシングのかかった、千切りキャベツとカイワレ大根の山を箸で掴み、口の中に突っ込んだ。

 しゃくしゃくしたキャベツの歯ざわりと大根特有のつんとした辛さを感じる風味が、口の中をさっぱりさせて、またお肉を食べたくなる。

 そこをぐっとこらえて豚汁を飲んだ。


「あー、里芋とごぼうは神! なんで汁ものに入るとこんなに旨味を出すんだろうね。美味しいなあ」


 そして、このもちっとして白米特有の甘味があるコシヒカリが、トンカツ定食の土台となるよ。安定の存在感のご飯だよ。


 ゼノもものも言わずにカツ、めし、カツ、めし、と往復している。大盛ご飯にして良かったよ。


 わたしたちはトンカツ定食を堪能し、デザートのオレンジとグレープフルーツのむいたものも食べて大満足で箸を置いた。


「ゼノ、お箸の扱いが上手いね」


「初めて使ったが、このめしを食べるために必死で使ったらマスターできたようだ」


 なるほど、ゼノは固い信念で危機を突破する戦士だということがわかったよ。


「リカ、美味かった。ごちそうさま」


「どういたしまして。たまごは美味しい料理も提供できる優れた愛の戦士だよ。嫁にも最適!」


「俺はいらんぞ」


 良かったよ、ゼノの調子が戻ってきたね! 相変わらずひどいや!


「ところで、リカはいったいどうなっているんだ? いつもたまごの中に人間が入っていたのか?」


「うん、椅子に座るみたいに入っているよ。もしかして、巨大な黄身が入っていると思っていたの? シュールだね!」


 黄身がどうやって喋るんだろうとか思わなかったのかな。


「たまごとはそういうものだろう。人間が入っている方が驚きだ」


 そうかなあ。


「ライルお兄ちゃんには、このことは人には言わない方がいいって言われてるんだ。たまごの中にこんな美少女が入っていると知られたら、いろいろな問題が起こるだろうからね! 『このたまごを割って、俺だけのものにしておきたい』とか言うイケメン貴族が現れたりとか、王太子に一目惚れされて『キミはボクのお人形さんだね』なんて王宮に監禁されたりとかさ。ああ、可愛いって罪作りだよね!」


「そしてお前は残念だな! 本当に残念なたまごだ!」


 そんなに力強くディスられると、たまご悲しいよ!


「あのさあゼノ、気づいているのかどうか知らないけどゼノもかなり残念なイケメンだから、わたしたちはお似合いのカップルになれると思うの!」


 わたしは結界にびたっと張りついて言った。


「さあここへ、今すぐここへ、ふたりを隔てる結界をも溶かすような熱い口づけを」


「俺にはお似合いのカップルになれる気がまったくしないな! そしてふたりを隔てる結界のありがたさをしみじみと感じているので、絶対に溶かしたくない」


「くそう、イケメンを前にして手も足も出ないぜ!」


 わたしは悔しい思いで結界をバンと叩いて涙を呑んだ。


「まあ、冗談はともかく」


「ふたりの関係を冗談にしないで」


「ライルの言う通りだ、このことは他の者には知られないようにしろよ」


「あっさりスルーしやがった!」


 ライルお兄ちゃんばりのスルーテクを見せるとは、ゼノのくせに生意気だぞ。


「いや、冗談抜きで、お前は隙がありすぎてこちらがヒヤヒヤするぞ」


 ゼノは眉間にしわを寄せて言った。

 顎に手を当てたポーズもよく似合う。イケメンって得だよな。


「よくもまあこれまで無事でいたものだ」


「まあね。でも、わたしだって何も考えていないわけじゃないんだよ……何よその思いきり疑った目は! あのねえ、信頼してなきゃこの姿は見せないよ。ゼノは会ったばかりだからちょい早すぎとは思うけど、でも友達として信頼しているからね」


「本当に会ったばかりだ。そして、友達のラインから一歩でもこっちにくるな。そんなに簡単に人を信じていたら、すぐに食い物にされるぞ」


「たまごだけにね!」


 上手いな、ゼノ!


「わたしはさ、自分が人より少しばかりばかで、少しばかりあほで、少しばかりお人よしだっていうことを自覚しているんだよ」


「……本当に? 少し?」


「そこを突っ込むのかよ! ゼノさんはそういうところがいけないと思います! 女子に対してもっと優しさと思いやりを持ちましょう! そのままでは一生彼女ができませんよ!」


「余計なお世話だ」


「俺の彼女の座はお前のために空けておくぜと言うところでしょうそこは! とにかくね、わたしは頭が悪いけど、その分いい人を見抜く嗅覚が優れているんだよ。何にも考えていないから、物事の本質を知ることができるんじゃないかってママが言ってたよ、意味がよくわかんないけど。だから、すごーく友達運がいいし、他人に食い物にされることもないの。近所のおばあちゃんのところに来た詐欺師を見抜いてお巡りさんに捕まえてもらったこともあるんだよ。お巡りさんはわたしに棒のついた大きな飴をくれたよ、家族でネズミーランドに行ってきたんだってさ、ネズミーランドっていうのはね」


「そこスルーで」


「なんだよ、すごく楽しい話をしようと思ったのに!」


 ぷんぷんになるたまごだよ。


「まあとにかく、この国に来てからもいい友達がどんどんできて楽しいよ。だから、その友達の住むこの国のために愛のたまご戦士として活動していくこともやぶさかでないよ。わたしのできることをしたいと思うんだ」


「……ほう、そんないい心がけを」


「もちろん愛のたまご戦士の名をみんなに知らしめることも大事だけどね。だから、害になる強い魔物を狩ったり、高い魔物を狩ってきてこの国のケイザイを回したりして役に立つんだ。あと、お金も貯めて、ためになることに使おうと思う!」


「ほうほう」


「わたしは特にお金を使うあてはないからね。この国のためになる施設を作ろうと計画中だよ。まずはタマゴーランドを作ろうと思う」


「……え?」


「とても素敵な遊園地にしたいな! アトラクションをたくさん作って、パレードもするんだ」


「いや、遊園地の前に、もっとためになる施設が……」


「真ん中にはたまご城を作るんだ! ゼノも働いてみない? その顔を生かしてぜひたまご王子のキャラクターをやってほしいんだよね。にっこり笑ってみんなと仲良くおしゃべりしたり写真を撮ったりする、とても楽しくてやり甲斐のあるお仕事だよ」


「……リカ」


「わたしはたまご姫として、」


「リカ、お前は心から残念なたまごだな!」


 なんで誉めてもらえないのか、全然わからないたまごだよ!

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