そして商業ギルドへ
「あっ、リカさん! 冒険者ギルドでの用事は終わりましたか?」
鍛練場から戻ってくると、カウンターの脇にあるテーブルにギヤモン商店の双子のニックがいた。わたしの姿を認めて、片手を上げながら立ち上がる。
「うん、大丈夫、終わったよ」
「そうしましたら、商業ギルドの方へお願いできますか?」
「ああ、そうだったね! そっちも行かなくちゃ」
喧嘩……教育的指導なんてやっていたら、すっかり忘れていたよ。早くギヤモン商店にミスリルタートルとエビルリザンを渡さなくちゃ、依頼が終わらないよ。リザンの頭がないとたまご踊りができなくなるけど、数日間の辛抱だね。
「そうお時間は取らせませんよ。馬車も用意しましたので、よろしかったらどうぞ」
商売人だけあって、当たりが柔らかく人懐こいニックが笑顔で言ったので、わたしはクルトパパを振り返った。
「じゃあ、わたしはこのまま行くよ。あとはよろしくね、クルトパパ。また明日、依頼を見に来るから」
「わかった、お疲れさん」
わたしはたまごアームをひらひらと振って冒険者ギルドを出て行こうとしたが、アームの先をぐいっとつかまれた。
「まて、たまご!」
ゼノだ。ごめん、忘れてた。
そして、積極的だね! たまご、急に手を握られたりしたら、照れちゃうよ。
くねくね動いて恥じらいを表現しながら言う。
「ゼノ、ニックが迎えに来てくれたからあとは大丈夫だよ?」
「……ギヤモン商店の息子だな。あんたはたまごの暴走を止める自信があるのか?」
苦虫をかみつぶしたような顔でニックに尋ねるゼノ。
「まったくありませんね!」
きっぱりと言い切り、あははははと爽やかに笑うニック。
イケメンじゃなくても、こういう感じのフレンドリー男子の方が女子にモテるんだよね。
ゼノも少し見習うといいよ。顔に頼っていたら、幸せはこないよ。
清潔感とフレンドリーさがあれば、顔がどうでもモテ男子になれるとわたしは思うね。
そして、あんまり筋肉に頼る生活をしていたら、女子より男子にモテちゃったりするんだよ。
そしてその先は禁断の……男
「おいたまご」
「サーセン」
だからなんで、この副団長は勘がいいのかな!
もしかして、たまごの心を見抜くスキルを持っているのかな?
「暴走なんてしないよ、わたしは心身ともに安定したたまごだよ」
「どこがだ」
「さっきのはランクC冒険者の義務として、態度に問題がある冒険者を教育的指導しただけなの。ねえ、もうちょっとたまごを信じなよ?」
「リカを信じてあげろよ、いい子だよー、いい子だよー」
クルトパパの援護射撃だ。
そしてなぜか口調が『リザンダヨー』に似て聞こえるのは気のせいか?
「彼女と一緒にいたい気持ちはわかるが、お前も仕事がたてこんでいるんだろう? デートは仕事が終わったあとにすればいい」
「うわあ、ゼノがそんな気持ちを抱えていたなんて知らなかったよ! たまご、喜んじゃうな」
ゼノはたまごアームからぱっと手を離すと、ぶるぶると激しく首を振った。
「抱えてない! 一辺たりとも抱えていない! クルト、事態を妙な方向に持っていこうとするのはやめろ、そんなに自分の身がかわいいのか?」
「かわいいに決まっているだろう! うちの嫁は怖いんだ!」
クルトパパが、真剣な目で即答した。
話がよく見えないけれど、クルトパパが恐妻家だということはわかったよ。
怖い奥さんで大変だね。
優しいたまごにしておけばいいのに。
「すみません、俺も忙しいんでリカさんを連れて失礼しますよ」
ニックはさりげなくわたしとゼノの間に身体を割り込ませる。
早く魔物を引き取ろうと気が急いているのだろう。
「おい」
「大丈夫ですよ、副団長。俺もビルテンからここまでずっと、リカさんと共に旅をしてきたんですよ。この方が立派な冒険者だということは保障します。リカさんは意味もなく暴走するような方ではありません」
「ほらあ、ゼノはわたしに対する評価が低いよね! ニックの方がわかっているよね!」
「そうですよ、たき火さえなければむやみに踊ったりしませんから。では行きましょうか、リカさん」
「じゃあねえ」
わたしは「は? たき火?」とわけがわからない顔のふたりにたまごアームを振って、今度こそニックと出て行った。
商業ギルド長は、かなりお年を召した女性だった。
ぶっちゃけ、ちっちゃいおばあちゃんだ。
しかし、このおばあちゃんことメリンダさんは、たいした肝っ玉を持った女性だった。
一緒に商業ギルドの横にある取り引き所に来たのでミスリルタートルとエビルリザンをだすと、以前に同じように見せた男性陣のようにドン引きする気配など一切見せずに、目を輝かせてニックと一緒に品物を検分した。
ボコられ、穴だらけの亀の甲羅を嬉しそうに撫でる。
「まああああ、こんなに大きいミスリルタートルを! 素晴らしいですよリカさん!」
おばあちゃんに、満面のくしゃくしゃ笑顔で言われ、わたしはいい気分になる。
「えへ、そうかな」
「希少なミスリルをこんなにも多く市場に出せるなんて! 武器屋も防具屋も、もちろん良い武器を求める冒険者たちも大歓迎ですよ、大喜びします。エビルリザンも、身体に傷をつけずに倒してあるから、とても高い商品価値がありますね。素晴らしい毛皮に完璧な鱗!このふたつの素材が市場に出回ったら、この国の景気が上向くこと間違いありませんよ!」
「あっ、そうなんだね」
経済の話は難しいけど、亀とトカゲは大歓迎されるってことなんだね。
「本当に見事な手腕ですね。リカさんは素晴らしい冒険者ですよ、偉業を成し遂げたのですよ」
「えへへへ、そうかな、そうかな」
「魔物を狩るセンスは天才的です、天才冒険者といっても過言ではないでしょう!」
「えっ、たまごは天才?」
「天才ですよ! リカさんはミスリルタートルとエビルリザンを王国経済にもたらした天才冒険者として、商業界にその名が響き渡ることは間違いありませんよ!」
「うわあはははは、そうかなあっ!」
すっげー誉められた!
たまご、ギルド長のおばあちゃんにすっげー誉められたよ!
もうご機嫌テンションだだ上がりだよ!
「わたしはみんなのためになる、いいたまごだよ!」
「ええ、その通りですとも! 景気が良くなり、国民の生活が向上し、皆はリカさんに感謝しますよ」
「やったー! たまごは人気者だ!」
嬉しくて小躍りするたまごだよ。
そして、一緒に踊るメリンダおばあちゃんだよ。
お年寄りなのに軽やかなステップで、たまごアームと手を取り合って踊るよ。
そして、踊り疲れたところですごいミルクセーキを渡すよ。
「んまあああああ、リカさん!」
そして、ミルクセーキの素晴らしさを誉められたよ。
たまご、嬉しいな!
「ええ、もちろんよろしいですとも! むしろ、こちらからお願いしたいですよ」
商業ギルド長はそう言うと、ギルド職員に指示を出した。
わたしは、高い値で売れる魔物のリストをメリンダおばあちゃんに頼んだのだ。狩ってくると喜んで引き取ってもらえる獲物のリストがあれば、狩りの効率が良くなるし、何よりたまごの評判が良くなるからね。
「どんなに強くても狩りにくくても構わない」とギルド職員に言ったら驚かれたけど、彼は魔物のひとつひとつにちょっとしたコメントまでつけてわかりやすいリストを作ってくれた。
「ありがとう。じゃあまたね、メリンダさん。いい魔物が狩れたら自慢しにくるから、いっぱい誉めてね」
「期待して待っていますよ、リカさん」
ギヤモン商店への引き渡しが無事に終わると、外はもう暗くなっていた。
わたしはニックと別れると、門へと向かった。
「おや、たまご戦士のリカさんではありませんか。こんな時間から狩りですか?」
昼間に出会った門番のコルトさんだ。
「ううん、違うよ。王都の外で夜営をしようと思って」
すると、コルトさんは心配そうな顔をした。
「街の近くは魔物は少ないですが、いないわけではないから、ひとりで夜営するのは危険ですよ。もしや、宿泊する場所にお困りなのですか?」
「違うよ、宿に拒否られたわけじゃないからね! そうじゃなくて、わたしはいい家を出すことができるんだよ、たまご族の力なの。街の真ん中にむやみに出すわけいかないから、外に出るだけだよ、心配してくれてありがとうね、コルトさん」
「いえいえ、それならば良いのですよ。でも、何かお困りのことがあったら、すぐに相談してくださいね。わたしはもう勤務が終了しますが、夜勤の者に申し伝えておきますから」
「うん、親切だね! ありがとう!」
バザックさんもそうだけど、門番さんはどこも面倒見のいい人がなるんだね。
わたしはコルトさんにたまごアームをひらひらと振ると、門の外に出てたまごハウスを出す場所をみつくろった。
たまごハウスに装備を変更したわたしは、さっそくお風呂に入った。
花の香りのする入浴剤を入れ、広い湯舟でゆったりと身体を伸ばす。
「あー、いいお湯だね。たまごハウス最高!」
よく泡立ち洗い上がりがしっとりするたまごボディソープで身体を洗い、まるで高級なトリートメントでヘアパックをしたような仕上がりになるたまごリンスインシャンプーで髪を洗う。
脱衣所で部屋着兼寝巻きのすとんとしたワンピースを着て洗面所に行くと、なんと四方向から同時に温風が出るドライヤーシステムで髪を乾かす。
わたしの長い髪もあっという間に乾くので、これはとても良い設備だ。
程よくお腹もすいているので、今夜どんな美味しいものを食べようかなあとわくわくしながらダイニングキッチンに行ったら、音声アナウンスがあった。
『お客様がみえています』
「お客? わたしに?」
誰が訪ねてきたんだろう。
ギヤモンさんちかな? 一緒に旅をして、たまごハウスのことを知っているからね。
わたしは外からは見えないけど中からは見える窓に近づいて、向こうを見た。
「……ゼノ?」
たまごの殻を拳でゴンゴン叩きながら、「おおい、リカ、いるんだろう?」と叫んでいるのはゼノだ。
もちろん、中にはなんの音も伝わらない。
たまごがスピーカーで流してくれたのだ。
「たまご、外に音を出して。ゼノ、たまごを叩くのはやめなよ、手が痛くなっちゃうよ! 今行くからそのまま待ってて」
ゼノがたまごを叩くのをやめたのを確認して、わたしは部屋着をライルお兄ちゃんにもらった黄色いワンピースに着替えた。
「んもう、夜に女の子の家にアポなしで来るなんて! だからゼノはモテそうなのに彼女ができないんだね」
わたしはささっと髪を撫でつけてから、ウッドデッキに出た。
「お待たせ、ゼノ。今日会ったばかりなのに、夜に女の子の家にアポなしできちゃうとか駄目じゃん!」
わたしはウッドデッキの柵越しに言った。
「……?」
「もう仕事は終わったの? 夕ごはんがまだなら一緒に食べていきなよ。うちの料理はかなり美味しいよ」
「……!?」
「ねえ、なんであほ面してるの? イケメンのあほ面カワイーとか言う趣味はないんだよ」
「……リカ、なのか?」
「他の誰がいるのってあああああーっ、またやっちゃったよ!」
わたしは学習しないたまごだよ!
「ごめんねゼノ、この格好で会うのは初めてだったよね、やだもう。わたしはリカだよ、たまごの中身はこんななのでーす」
わたしはくるっと回って、アイドルっぽいポーズをキメてみた。
ゼノはまだあほ面をしていた。
「……リカ?たまご?」




