新しい友達
王都は、王都っていうくらいだから、王宮のある都で、国の中心である。
貴族や王族が住んでいるから、街に入る審査もビルテンの町とは比べものにならないくらい厳しい。
門にはみっつ入り口があり、ひとつは一般向け、ひとつは商人向け、ひとつは貴族向けらしい。
その他に緊急の入り口があり、そこは警備とか伝令とか、あらかじめ申し出てある人が急ぎで通る。
詰め所には剣を装備した警備兵らしい人がたくさんいて、不審な者はいないか目を光らせている。
とはいえ、ギルドに所属しているものは他人には使えないギルドカードを持っているし、そうでない人もよほどの田舎者でない限り身分証を所持しているので、入るための審査にはそう多くの時間はかからない。
わたしたちはお昼前に王都に着いたので、門もたいして混んではいなかった。
「ああ、ギヤモンさんですな! この度は大変な目に逢われたとか」
順番が回って来ると、年配の門番さんが声をかけた。ギヤモンさんとは顔見知りのようだ。
そのとなりでは、兵士の服を着た若いけど迫力のあるあんちゃんが厳しい顔をしてわたしたちを観察している。王都では、チェック業務を行う門番と警備が別れているらしい。
見られるだけではしゃくなので、兵士を観察し返す。
短い金髪に緑の目をしたあんちゃんは、少々顔つきがごついが制服の似合うタイプだ。例えるなら空手部の部長? 女子にデレない硬派なところがステキとか後輩に言われちゃうモテっこ野郎だな。
そして、ミス○○校とか評判の清楚系女子と付き合ったりするんだろう、このスケベ!
……いかんいかん、つい脳内でストーリーを作って罵倒してしまうところだった。たまごは表情がわからないから助かったよ。
「こんにちはコルトさん。いやはや、まいりましたよ! ミスリルタートルに襲われて、これは一家全滅かと覚悟もしました。護衛の冒険者さまに身体を張って逃がしていただき命からがらビルテンの町に着きましたが、重傷で意識も失い……そこへ、天の助け! このたまご戦士さまが素晴らしい薬を使って我々を治してくださったのです」
じゃじゃーん、とばかりにわたしを紹介するギヤモンさんに、盛り上げるように大きく頷く奥さんとレニアさんと、ニックにピート。
商売人だからか、妙に芝居っけのある一家である。
それに「おおっ!」驚くノリの良い門番のコルトさんに、疑いの目でわたしを見る空手部部長。ではなく警備兵。
「そして、それだけではなく!」
他の順番待ちの人たちもなんとなくこっちに注目し始めたため、さらに声を張るギヤモンさん。さてはこのおじさんは、露店からのたたき上げでのし上がった商人だね。人の心をつかむこの喋りはただ者ではない。
「この冒険者、愛のたまご戦士リカさんは、なんとたったひとりでミスリルタートルに立ち向かったのですよ、ミスリルタートルを倒したあかつきには、その買い取り権を我らギヤモン商店に任せると固く約束をして!」
さりげなく権利の主張を入れている。やはりただ者ではない。
「ひとりで、ミスリルタートルを?」
「そんな無茶だろう」
「そんなことができる冒険者は、ランクAクラスだけだ」
順番待ちの列からうまいこと入る合いの手。
うん、商人は口がたつね。チームワークも大変よろしい。
「常識では無理だと考えて当たり前です。しかし、我々は思った! ギヤモン一家を死の淵から救ったこの冒険者は、何か不思議な力を持っていると。そしてそれは我々の勘違いではなかったのだ、このたまご戦士はやってのけた、たったひとりでのミスリルタートル討伐を!!!」
「な、なんだと!?」
「そんなまさか、ありえない!」
……なにこの盛り上がり。
そしてくすぐられるたまご心。
「ふ……ふふ…ふははははは、ギヤモンさんの言うことはすべて真実、これがその証拠だあっ!!!」
どーん。
わたしは高らかに笑いながら、門の前にミスリルタートルを取り出して置いた。二階建てサイズの魔物の死骸を、どーんとね。
「うおおおおおおおっ!!!」
「うわああああああっ、魔物だあっ!」
「ぎゃああああああっ!」
話が聞こえていた人たちは歓声をあげ、まったく事情を知らない人たちの間からは悲鳴が起きた。
「何事だっ!」
「なぜミスリルタートルがここに?」
わらわらと集まってくる警備兵。
「ば、馬鹿者が! それを今すぐ元通りにしまえ、たまご!」
空手部部長がすごく険しい顔をしてわたしに怒鳴った。
いやーん、部長ったらコワイー。
そんな顔をしたら、女の子にモテないゾッ。ウフッ。
空手部部長は、偉い警備兵だったみたいです。
わたしとギヤモンさんは、騒ぎを起こした張本人だということでそのまま取調室に連行されました。
幸い奥さんとレニアさんと、ニックにピートはおとがめなしだったので、先に馬車でお屋敷に戻ってもらいました。
そして、小さくなるおっさんとたまごさん。
「身分証明を出せ」
ギヤモンさんは、商業ギルドカードを出した。
「優良ギルド員だな」
「すみません、コルトさんに命の恩人を紹介したくてつい」
悪気がないんですよーとアピールをするギヤモンさん。
「……ミスリルタートルを買い取ったことをアピールして、商売を有利にしようとしたわけではない、と?」
え? え? そうだったの?
やはり食えないおっさんである。
そして、空手部部長は洞察力があるね。
さすが部長。じゃなくて偉い兵士。
「次」
部長は、じゃなくて兵士長は、ギヤモンさんをそれ以上追求せずにわたしに向かって手を出したので、おとなしく冒険者ギルドカードを差し出した。
ライルお兄ちゃんにおとなしくしてろって言われたからね!
わたしは物覚えのいいたまごだよ!
「……ランクC、しかもレベルアップに充分な実力は備えている、か。……うん?」
偉い兵士はカードとわたしを二度見した。
「たまご族の……女性だと?」
「わたしはリカ、ピッチピチの15歳の女の子だよ! 仲良くしてね、空手部部長!」
「カラテブ……なんだそれは?」
おっと、ついそのまんま言っちゃったよ!
「気にしないで、名前がわからないからそう呼んでみただけだから。兵士のあんちゃんは、なんていう名前なの?」
「俺はゼノというが……」
「よろしくね、ゼノ! ゼノは王都でできた初めての友達だよ、たまごと仲良くしてよ、いじめないでね。仲良くしてくれたら、美味しいおやつもあげるからね」
「お……おやつ?」
「そして、高値で売れる魔物が出たり、倒すとみんなに感謝されて誉められる魔物が出たりしたら、すぐにわたしを呼んでね、速攻で倒すから。このたまご戦士がいる限り、王都の平和は守られたも同然だよ、大船に乗った気でいていいよ!」
「……」
「なんだよう、もっと景気のいい顔をしなよ! ほら、たまご饅頭をあげるからさ」
わたしはゼノの手を無理矢理とると、常備しているたまご饅頭をひとつ握らせた。
「これはわたしの国のとても美味しいおやつなんだ、ゼノは友達だからね、特別にあげるよ。遠慮しないで食べなよ!」
空手部部長のゼノが、たまご饅頭を穴の開くほど見つめているので、わたしは隣のギヤモンさんにもたまご饅頭を渡した。
「リカさん、いつもすいません」
「いいんだよ、ギヤモンさんにもお世話になってるしね」
基本的に、ビルテンの町の人はわたしのおやつタイムに慣れている。
しばらくビルテンにいたギヤモンさんも当然のことながらおやつを受け入れ、その場でパクリとかじった。
「リカさんのおやつは本当に美味しいですね」
「旅に疲れた身体に、甘いものは染みるよね。お茶が欲しいね。ゼノ、お茶は出ないの?」
わたしもたまごの中でたまご饅頭をかじって言った。
「お前たち、ここがどこで今何をしているか、把握しているのか?」
「すいませーん、誰かここにお茶をみっつ、お願いしまーす」
わたしは伸縮自在のたまごアームを伸ばして扉を開けると、廊下に向かって叫んだ。
「お、おい!」
「今お茶を頼んだからさ、ゼノ、早くお饅頭を食べなよ、美味しいよ」
「……」
ゼノが絶句していると、扉がノックされた。
「失礼します、お茶をみっつお持ちしました!」
「ありがとう! 君にもたまご饅頭をあげるね」
お茶を持ってきてくれた若い兵士の口に、たまご饅頭を突っ込んだ。
「んむぐ……ん……んまい、美味いですねこれ! まったりしたとろける触感に深みのある甘さ、そして皮の香ばしさ! 高級な菓子ですね!」
「おお、君は違いが分かる青年だね! もうひとつ持っていきなよ」
「うわあ、すいません、嬉しいっす!」
手にたまご饅頭を持たせると、いい笑顔をしてお茶くみ青年兵士は部屋を出て行った。
「やっぱりたまご饅頭はみんなに愛される素敵なお菓子だね! ……あれ、ゼノ、食べないの? もしかして甘い物が苦手だった? ごめんね、知らなくて! なにかしょっぱいものをあげようか?」
「いや、違うが……」
「じゃあ、食べなよ! なんか疲れた顔をしているしさ、甘い物をちょっと食べて和みなよ、元気が出るよ。それでもダメなら、わたしがいい薬を調合してあげるよ、遠慮なんかしなくていいよ、友達なんだからさ! 警備兵の仕事も大変だよね、たまごがねぎらってあげる!」
隣では、ギヤモンさんがお茶を飲んでほうっと息をついている。
どこでもリラックスできるのが、大物商人だね。
わたしもお茶を飲んだ。
「ねえ、ゼノは警備兵士団の偉い人なんでしょ? わたしは兵士とか騎士とかよくわからないんだよね、国から来たばかりでさ。わからないことだらけだよ。王都も、真ん中に王様が住んでいるらしいってことしか知らないんだ。これから少し王都を見学してから、すぐにビルテンに戻るつもり。後でお土産屋さんのオススメを教えてよ」
「……本当になにも知らないようだな。そして、ギヤモン、あんたは食えない男だな」
「はははは、なんのことでしょう。わたしに言えるのは、リカさんは素晴らしい冒険者で、リカさんと友達になれるのは幸運だということですよ」
「えっ、それはわたしが幸運のたまごだっていうこと? それいいね!」
気を良くしたわたしは、さらにたまごサブレもギヤモンさんに渡した。
もちろんゼノにも渡すよ、友達だもん。
「ほら、ゼノ、これも食べなよ? 美味しいよ?」
ゼノは右手のたまご饅頭と左手のたまごサブレを見比べて、やがてため息をひとつついてから観念したように口に運んだ。
「……美味いな」
「でしょ? たまごは嘘をつかないよ。わたしの友達は、みんなこのおやつが大好きなんだ」
「良かったですね、ゼノ副団長」
「本当に食えない男だな」
「ははははは」
「ゼノ、気に入ったらお代わりもあるから言ってね!」
良かった、王都でもまったりお茶を飲める友達ができたよ!
鬼の副団長をいつの間にか茶飲み友達にしたたまごです。
ゼノ、いろいろがんばれ。