王都へ向かうよ
翌朝早く、わたしはエドたちのうちに顔を出した。
そろそろ王都へ出発したいので、一言挨拶をしておこうと思ったのだ。
エドはこの世界でできた大切な友達だからね。
「おはよう、みんな元気?」
「わーい、リカお姉ちゃんだ!」
「リカさん、おはようございます」
ララはお姉さんらしく、きちんと挨拶をする。
そして、飛び出してきたエドは今日もたまごの殻に激突して、鼻の頭を押さえている。男の子はこれくらい元気がある方がいいよね。今日もひいきするわたしである。
「リカさん、いらっしゃい。何もないけどお茶を飲んで行ってね」
「ありがとう。ごめんねエルザ、あまりゆっくりしていられないんだ。そろそろ王都へ出発するから、その打ち合わせも兼ねて商業ギルドに顔を出さなきゃいけないんだよ」
と言いつつ、お茶はもらうよ。
たまごの中で、ハーブのいい香りのするお茶をいただく。
「リカお姉ちゃん、行っちゃうの? すぐに帰ってくるよね?」
「行きは護衛をしながらだから、数日かかるよ。で、少し王都の街を見学してから帰ってくる予定だよ」
「向こうに住んだりしない?」
「わからない。でも、この町が気に入ってるから、多分それはないね。エドたちがいるしさ」
そういうと、エドとララとエルザまでがへにゃっと笑った。
こいつら、可愛すぎだ。
ガウス父ちゃんから奪って三人まとめてうちの子にしてやろうかな、うひひ。
物騒な事を考えているとも知らずに、エドはたまごを見上げる。
「リカお姉ちゃんは強いけど、知らないことも多いから僕心配だよ。それに、たまごだからって、王都の人たちにいじめられないかな。貴族の人とか、怖い人がいるっていうから。僕が一緒にいたら、リカお姉ちゃんをかばってあげられるのに」
うぎゃー、このちびっこジェントルマンめ!
たまご心をわしづかみする気だね。
わたしはたまごアームを出して、エドの頭をぐりぐりと撫でた。
「大丈夫、いざとなったらみんなぶちのめすから!」
「それはそれで心配です」
エルザにマジ顔で言われました。
冗談だよ、冗談……だよ? えへ?
「リカさんがこの町にいないと思うと、心細いし、寂しいです。早く帰ってきてくださいね」
駄目押しでララが寂しい顔をするよ。
だから別れってやつはいやなんだよね!
子どもにはいつもにこにこしていてほしいんだよ。
わたしは薬草をたまごボックスから取り出した。
一服盛ってやれ!
「寂しさがまぎれて元気が出る薬を『調合』!」
たまごアームがぱあっと光り、ふたつのアームの上にシュークリームが四つ、現れた。
よし、おやつ系を期待して自分の分も出したらまんまと甘いものが出てきたね!
わたしは一応、シュークリームを鑑定した。
『すごいシュークリーム』あまりの美味しさに心が癒され、異常状態も回復するシュークリーム。バニラビーンズがカスタードに入っているため風味もよい。噛んだときにたぷっとクリームが出てくるので注意して服用すること
あ、そこは食べるんじゃなく服用なんだね、薬だから。
「さあ、これを食べてテンション上げようか! 噛むと中からクリームが出てくるから気をつけて……話聞こうよ!」
三人にシュークリームを渡すと、すぐに食いついてしまい、案の定たぷっと出てきたカスタードクリームで顔がクリームまみれになった。
エルザさん、いい歳をしてその顔はなんですか。
ドジっ子キャラで、どうせガウスに可愛い可愛い言われているんだろう。
「あまーいね、おいしい」
「クリームとろとろ」
そうかそうか美味いか。
わたしも気をつけて、香ばしいシュー皮にかぶりつく。
……まんまとクリームにたぷっとやられた。
おい、これ、回避不能のトラップだな!
面白いから、今度ライルお兄ちゃんにもたぷっとさせて、慌てる様子を楽しんでやろう。
「じゃあ、またね。わたしは数日中に町を離れるけど、ガウスも一緒に四人とも元気にしてるんだよ。」
シュークリームの効果で元気を取り戻した三人にたまごアームを振ると、わたしは冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドでは、お兄ちゃんがわたしを待っていた。カウンターには別の職員が入っている。
「お兄ちゃん、おはよう! 昨日はありがとう。今日は商業ギルド長にご挨拶するっていうから、ピンクのワンピースを着ているんだよ。見えないけど、気持ちだけ」
「おはようございます、リカさん。昨日は美味しい天丼をごちそうさまでした」
朝からにこやかな優良ギルド職員である。
ギルドのテーブルには、ギヤモンさんと双子のお兄さんズが待っていた。
女性ふたりは市場調査に出かけているとのことだ。
ぶっちゃけて言えば、お買い物?
「おはようございます、リカさん。とうとうミスリルタートルも倒されたそうですね」
「うん、順調に狩りをしているよ。今日は商業ギルド長も含めて、ミスリルの流通についてとか契約についても話し合うよ」
「わかりました。ちなみに、王都へはいつでも戻れるように、この町での買い付けも支度も済ませてありますので、日程についても相談しましょう」
「わたしは冒険者ギルド職員として、リカさんの後見を行わせていただきます」
ライルお兄ちゃんが言った。
冒険者の権利を守るのも、ギルド職員の仕事なのだ。
というわけで、わたしたちは商業ギルドへと向かった。
「くまだ」
「たまごだ」
商業ギルドの応接室で、初対面のギルド長と頷き合う。
すごく熊っぽい男の人がギルド長だよ!
どう見ても、冒険者ギルド向きだよ!
商業ギルド長は熊の獣人で、2メーター越えの身長をしたおじさんだった。頭には黒い耳が付いていて、そこだけなんだかラブリーだね。
「いやはや、愛のたまご戦士さんにようやく会えて嬉しいですよ。いつもいい魔物を卸してくれてありがたいことです、おかげさまでこの町の景気が良くなっています。これからもリカさんの活躍を祈ってますよ」
やたらとがたいのいいおじさんは、丁寧な熊である。
「では、早速ですが、商売の話をしましょう」
まとめると、ミスリルタートルはギヤモン商店が買い取り、王都の加工所で魔法を使ってインゴットにしてから改めてこの町に流通させるということになった。もちろん特別価格である。この件についてはニック兄さんが担当して、わたしに不利がないように責任を持ってすべての手配を代わってくれるらしい。つまり、ニックに丸投げ丸儲けである。
商業ギルド長がチェックして、契約書を交換した。
同じく、エビルリザンについてはピート兄さんが担当だ。
こちらも契約書を交換する。
「リザンの頭をひとつ、剥製にして欲しいんだけど。毒のない奴ね」
「わかりました。記念に取っておくのですね」
「ううん、たまご踊りに使うの」
「たまご踊り、ですか? それはどういった……」
「こんな感じで……」
「リカさんやめなさい、リザンの頭を引っ込めなさい! そして、商業ギルド長、これは見ないことを強く、強くお勧めいたします!」
「えーなんでー」
「いいですか、あれは敵対するものに対してだけ使いましょう。ランクC冒険者を戦闘不能にする力のある踊りですから、一般の方には見せてはいけません。ブラックベアキラーがしっぽを巻いて逃げ出したでしょう? いいですね?」
「えーえー、楽しい踊りなのに」
「……どっちなのですか?」
「まがまがしい踊りです!」
ライルお兄ちゃんが商業ギルド長にきっぱりと言い切った。
踊りは丁寧にお断りされた。ちぇっ。
そして、その翌々日。
我々は王都へと旅立つのであった。
「いいですか、リカさん。なるべくおとなしく、波風を立てず、踊りを踊らず、惨殺もせず、」
「わかってるよライルお兄ちゃん! それよりも、もっと旅の安全を祈ったり王都での活躍を祈ったりしてよ、お説教ばかりじゃたまごの頭を全スルーだよ」
「非常識なあなたにとっては一番必要な事ですから、スルーしないでください。僕としては一緒についていきたいくらいに心配なレベルですよ」
「それは愛なの?」
「義務です」
「返事が速過ぎるよ!」
たまごは悲しいよ!
「……とにかく、向こうに着いたら冒険者ギルドに一度顔を出してくださいね」
「わかったよう、もう。そして、このどこか失礼な紹介状を見せるんでしょ」
わたしはギルドカードを取り出して、ひらひらさせた。
冒険者ギルド長の美形エルフ、セラールさんが王都のギルド長に紹介状を書いてくれたのだ。
見せてもらったんだけど、たまごとしてはちょっと納得いかないんだよね。
こんな感じなんだもん。
『非常識なほど強いたまごです。やると主張したことは無理と思えてもやり遂げるので、止めるだけ無駄です。スルーしてください』
『非常識なほど少ない知識量ですので、やばい事をしそうなときはすかさず突っ込みを入れてください』
『美味しい物で人の心を操る傾向があるので、賄賂に注意してください』
『まともに相手をすると疲れます。スルースキルをフル活用してください』
『あまり怒らせると妙な攻撃で相手を戦闘不能に陥らせます。もしもならず者が原因不明のダメージを受けていても、たまごがやったんだなと軽く流してください』
『基本的に無害です。捕まえないでください。捕まえた場合、当ギルドは起こった被害については一切責任を負いません』
「この紹介状、絶対お兄ちゃんが下書きしてるよね? どうして僕の可愛いたまごをよろしくねの一言がないのかな? いじめたらお兄ちゃんがお仕置きしちゃうぞの一言がないのかな?」
「スルーで」
「スルースキル磨きすぎだよ!」
「ありがとうございます」
「褒めてねーよ!」
「お口が悪いたまごですね。女の子がそんな口のきき方をしてはいけません」
「ごめんなさい」
ああっ、うっかり謝っちゃったよ!
「ではギヤモンさん、お気をつけて。道中の危険はないでしょう。たき火に興奮して踊ろうとするたまごを止めるだけの、安全な旅です」
「なんでわかるのお兄ちゃん!」
……まあ、いいや。
「まあ、気をつけてな」
門でバザックパパに頭を撫でられ、わたしはギヤモンさん一家と一緒に王都へと向かった。
ギヤモンさんちの双子のお兄さんズは、剣も扱えてそこそこ戦えるらしい。普段は護衛も雇わないで旅をするのだが、前回はミスリルタートルの噂があったから冒険者を雇ったのだという。
だから、この旅のわたしの役目は、エビルリザンとミスリルタートルを運搬することと、草原にいる美味しそうな魔物を狩って食生活を充実させることであった。あとはギヤモンさんちの馬車の横をのんびりと走っている。
馬車に乗るように進められたんだけど、走っていても全然疲れないし、面白い魔物を見つけたらすぐに狩りに行けるからこっちの方がいいのだ。
「見て見て見て見てレニアさん! この魔物、美味しい?」
「まあ、とても美味しい魔物ですね。さすがリカさん、お目が高いですわ、夕飯に料理しましょうね」
「見て見て見て見てレニアさん! この魔物、綺麗?」
「この鱗は加工してアクセサリーに使われる、質の良い物ですわ。さすがリカさん、センスがいいですわ」
「見て見て見て見てレニアさん! この魔物、変な息を吹いてきたの!」
「毒袋を持つ魔物で、薬の材料としてたいそう高値で売れますよ、さすがリカさん、袋を傷つけずに上手に狩られていますね」
『とってこい』をしている犬ではない。
さすが商人の娘さん、たまごあしらいがぴか一なのである。
わたしはレニアさんのおかげで大変楽しく旅を続け、ギヤモンさんはわたしが良いものを手に入れて来るのでほくほく顔になっていた。
winwinだね!
さて、旅は順調に続く。
夜には、ギヤモンさんたちはテントを張ってその中で眠り、わたしはたまごハウスで寝た。
最初の晩は、たまごハウスを見てみんなびっくりしていたけれど、すぐに「まあ、たまごだしね」と順応してしまったようだ。
もちろん、たまご索敵を展開して、危険が近づいたらアラームが鳴るようにはしておいたし、念のため双子がかわりばんこに火の番をしてくれた。
大丈夫、たき火を見ても踊らなかったよ!
みんなの前ではね!
どうにも芸術の血がたぎるので、「わたしの踊りを見ないでください」とどこかの機織りをする鶴のようなことを言って、キャンプをぐるっと囲むようにリザンを持って一回り踊ったのだ。
楽しいんだよ、くせになるんだよ、たまご踊りは。
そうしたら、『たまごの結界を覚えました』っていうアナウンスがあったよ。
『たまご結界解除』と唱えないと、魔物も人も入ってこれない結界は、旅のお役立ちものだよ。
そんな感じで旅を一週間続けたら、とうとう王都に着きました!