ライルお兄ちゃんとデートしたよ
引き取り所を出ると、ライルさんとわたしは並んで服屋に向かった。
「ライルお兄ちゃん、これはやっぱりデートなのですね! まさかお兄ちゃんがたまごとデートしてくれるほどデレるとは思いませんでしたよ、それほどまでにわたしの狩りっぷりが素晴らしかったのですか、そうですか、では張りきったたまごはより一層強い魔物を狩ってきてお兄ちゃんにデレてもらえるように誠心誠意努めますよ! はっ、もしかしてわたしはできるギルド職員に操られてせっせとギルドのために働かされる都合のよい女なのですか!? お兄ちゃんの思う壺だったのですか、そうなのですか、ツンツンギルド職員がそう簡単にデレるはずがないですよね、みんなたまごの勝手なドリームだったのですかやっぱりそうですかなんとか言ったらどうなのですかお兄ちゃん」
「少し黙ってなさい」
わたしの長ゼリフは、一言で切り捨てられた。
たまご、悲しい。
ライルお兄ちゃんは屋台に近づくと、串焼き肉をひとつ買ってきた。
「口寂しいならこれをかじってなさい」
「わーいわーい、ありがとう!」
わたしは串焼き肉を受けとると、たまごボックス経由でたまご内に入れて熱々のジューシーなお肉にかぶりついた。ニンニクと胡椒を始めとしたスパイスが効いていて、岩塩がまぶされてこんがりと表面が炙られた肉を噛むと、じゅわっとした肉汁が口いっぱいに溢れ出す。
肉の旨味が幸せを呼ぶね。
「美味しいよ! お兄ちゃん、これすごく美味しいよ!」
「……中で食べているんですね」
「うん! 串を持って食べているよ。香ばしくて柔らかくてすごくいい味がするね、極上の串焼き肉だね」
わたしがうまうまと肉にかぶりつく姿を想像したのか、ライルお兄ちゃんは口元をほころばせた。
「僕のお勧めの屋台ですよ」
ツンのあとのデレスパイスが絶妙なギルド職員である。
「こんばんは、お姉さん。わたしのこと覚えてる?」
チアさんに紹介されて以前に立ち寄った服屋さんに入ると、見覚えのあるお姉さんがいたので、元気に声をかけてみる。
「あら、もちろんですよ、たまごさん。あなたのような個性的なお客様を忘れるはずがないじゃないですか」
そつがない服屋の店員のお姉さんは、にっこり笑いながら言った。
「そうだよね、わたしが服を買いに来たら相当びっくりしていたもんね。今日も新しい服を買いに来たんだ。この前お姉さんが選んでくれた服は気に入って着ているよ、どうやって着ているかは秘密だから軽くスルーしてね。今日はちょっとおしゃれなピンクのワンピースとか欲しいんだけど。ライルお兄ちゃんがご褒美に買ってくれるの」
「冒険者ギルドのライルさんですね。いらっしゃいませ、こんばんは」
服屋のお姉さんは、ライルお兄ちゃんに挨拶をした。
「こんばんは」
「わあ、お兄ちゃん、顔が売れてるじゃん!」
フツメンなのにね、というのは付け加えないでおこう。
「なんのご褒美なのか、聞いてもいいですか?」
「うん、もちろんだよ! そしてお姉さんも褒めて! 今日はひとりでミスリルタートルを狩ってきたんだよ。王都への道で旅人を襲っていた悪い亀なんだ。商人のギヤモンさんって知ってる? あそこの一家も襲われて大変だったんだよ。でもわたしがやっつけたから、もう安全に旅ができるようになったんだよ、わたしは本当に役に立つたまごだよ」
こういう商売をしている人の情報網は侮れないからね、しっかりとアピールしてたまごの市場イメージを高めておくよ。こういう地道な活動がアイドルには大切なんだからね。
「……ミスリルタートルを、ひとりで?」
「そう! 全力でぼこぼこにしてからひっくり返して、後は一撃でやっつけたの! 苦しまない優しさのある狩りだよ、わたしは殺戮が好きなたまごってわけじゃないからね、そこのところは誤解しないでね」
どういうわけだか誤解されやすいからね、念を入れて説明しておく。わたしは心優しいたまごなのだ。
「お姉さん、見たい? 亀の端っこのところを見せてあげようか? ミスリルで覆われているから、手足も頭もキラッキラしてるんだよ。全部出すと家一軒分くらいになっちゃうからさ、端っこだけね」
わたしがミスリルタートルの頭をたまごボックスから引っ張り出すと、白目を剥いたそれをお姉さんに見せた。
亀の顔もミスリルコーティングされているから、白目さえ気にしなければオブジェとしても使えそうだ。剥製にして壁から頭が生えるようにするとオシャレインテリアだよね。
「まあ! あらまあ! まあまあ!」
お姉さんはおっかなびっくり亀の頭を触った。冒険者じゃなくても肝の据わったお姉さんだ。
「大きな頭ですね。キラキラ光ってすごいわ、とても強そう。これが最近評判だった、迷惑な魔物なんですね。これをおひとりで狩ったのですか? 本当に? まあ、すごいわ、お強いのですね!」
びっくり目のお姉さんがライルお兄ちゃんに確かめると、お兄ちゃんはしっかり頷いた。
「へえ、お姉さんも知っていたんだ、この亀も有名だったんだね。散々悪いことをしたんだね。でももう大丈夫だよ。これは後で王都で売るから、ミスリルのインゴットになってこの町にもミスリルが流れてくるよ、格安で。そういう約束なんだ」
「じゃあ、じきにミスリル素材の布も入ってきますね。高級品だわ、最近はなかなか手に入らなくて、問い合わせが多かったんですけれどうちでは扱えなかった品ですよ」
「じゃあ、わたしはお姉さんの役にもたったのかな?」
「そういうことになります、ミスリルの流通が増えてとても助かりますよ、ありがとうございますたまごさん」
「わたしの名前はリカだよ! 愛のたまご戦士として活躍するランクCの冒険者なんだ」
「まあ、お見それしました。可愛らしいのにそんなにお強い方でしたのね」
お姉さんが感心してくれた。商売かもしれないけれど、やっぱり気持ちがいいね。
「じゃあ、女同士の話に入れないでその辺の洋服をぼんやりと眺めているライルお兄ちゃんがかわいそうだから、本題のワンピース選びに入るよ」
「リカさん、これはどうですか?」
おおっと、すでにお兄ちゃんはわたしに似合う服を見立ててくれていたのか?
ピンクのワンピースを選んで手に持っている。
なんだよ、お兄ちゃんてば意外にイケメン度が高いじゃん。
「ピンク色に襟と袖口に白いレースが付いていて、リカさんに似合いそうですよ」
「うひゃあ、女子力高そうなのを推してきたね! ねえ、お姉さんどうかな? 15歳の女の子で、お姉さんより少し背が低くて、細……かったんだけど最近ちょっと横に成長してきた子に似合いそうかな?」
「肌の色が白くて長い黒髪の、人間の子ですが」
あ、人間ってつけるのが大事なんだね。
「はい、お似合いだと思いますよ。お色はピンクがよろしいのでしょうか? 淡い黄色のタイプのワンピースもありますけど、こちらはアクセントにフリルが付いていて可愛らしいデザインになっていますよ」
お姉さんは少し雰囲気の違った素敵なワンピースを選んでわたしに見せた。
「きゃー、ふんわりしていてたまご色だね! これも可愛いや。どうしよう、お兄ちゃん、どっちが似合うかなあ?」
ここでたまごハウスを広げるわけにはいかないので、わたしの姿を知っているライルさんに聞くしかないのだ。
「そうですね……」
ライルお兄ちゃんは透視能力でもあるのか、服をたまごに当てて考えているのだが、その様子をお店のお姉さんが不思議そうに見ている。
違うからね、たまごの上からは着ないからね!
「どっちも可愛いから選べないよ。もう、お姉さんは商売上手すぎるよ」
「両方とも似合うと思いますので、二着買いましょう」
「ええっ!? お兄ちゃんってば太っ腹だね!」
わーいわーい、いっぱいご褒美を買ってもらえて喜ぶたまごだよ!
結構お高いワンピース代をお兄ちゃんが払ってくれて、わたしはたまごボックスにしまい込んだ。後でお兄ちゃんの前でファッションショーをしてあげなくっちゃね、妹の大サービスだよ。
決して彼女がいないからお金を使う当てがなくて貯まっているんだなとか思ってないからね、ちょっとだけしか。
「明日は商業ギルドに行きましょう」
お兄ちゃんはそう言って、ギヤモンさんが泊まっている宿屋の受付に声をかけて、商業ギルドに行ってほしい旨を伝言した。
「リカさんの言うことならギヤモンさんは断らないでしょう」
「うん、そうだね。あ、ここまできたんなら、武器屋のサンダルクのおっちゃんのところにも寄りたいんだけど。ミスリルタートルを見たら、生きる希望が湧くと思うんだよね」
わたしはお兄ちゃんを引き連れて、ツンデレドワーフのおっちゃんの店に行った。
「おーい、サンダルクのおっちゃん! 愛の戦士リカがやってきたよ」
「恥ずかしい名乗りはやめんかい! こんな夜に何の用だ?」
「うひひひひひ、おっちゃん、見て驚け! そして、たまごの偉大さに改めて平伏するがよい!」
わたしは高らかに宣言すると、ミスリルタートルの頭をたまごボックスから取り出しておっちゃんに見せた。
「俺はたまごなんぞに平伏した覚えなどないが……うおおおおおおっ、これは! ミスリルタートルだと? なぜ、なぜこれを!?」
サンダルクのおっちゃんはミスリルタートルの白目にくっつきそうなくらいに顔を近づけて驚いた。
ふはははは、期待通りのリアクションをしてもらえて、チョー気持ちがいいね! たまごはご機嫌だよ!
「まさかのミスリルタートルが? ここに?」
「このたまご戦士リカ様が、今日ひとりで狩ってきたんだよ」
「この頭の大きさなら、採れるミスリルの量は……おおっ! なんと!」
「すぐに王都に持っていって、インゴットにしてもらってこっちに卸すように手配するからさ、おっちゃんは思う存分に腕を奮って」
「ミスリルが、夢に見たミスリルが、おお、ここにミスリルが、」
「まずはこのライルお兄ちゃんの剣を作ってよ。不幸な事故で、愛用の剣が折れちゃったんだ」
「またミスリルを扱えるのか、ミスリルだミスリル」
「少しは話聞けよ! そしてミスリルミスリルうるさいよ!」
わたしはミスリルタートルの手を引っ張り出して、サンダルクのおっちゃんの頭をどついた。
おっちゃんは身体が頑丈なドワーフなので、どつかれて軽く吹っ飛んで壁に激突してもケロッとした顔で立ち上がり、首をこきこき鳴らした。
ライルお兄ちゃんは「リカさん!」とわたしを叱り付けた。
「乱暴過ぎます! 冒険者としての自覚が足りません」
「お兄ちゃんごめんなさい」
ま、素直に謝っておくよ。
「おっちゃん、すまん」
「おお、おかげで冷静になった」
よし、おっちゃんがまともに戻ったよ。
「じゃあ、話の続きだよ。まずは、ライルお兄ちゃんの剣を作って欲しい。そして、ミスリルの全身装備を作れる人を紹介してほしい」
「なら、ガントスがいいだろう。俺と同じドワーフ仲間で、防具作りの専門家だ。もちろん、ミスリルの扱いも熟練しているぞ、後で店の場所を教えるから、俺からの紹介だと言ってくれ。奴も喜ぶだろう」
「ありがとう、行ってみるよ。じゃあ、よろしくね」
たまごアームをヒラヒラすると、サンダルクのおっちゃんは名残惜しそうな顔をした。
「行ってしまうのか、ミスリル……」
「なんだよおっちゃん、とんだ寂しがり屋さんだな!」
わたしはミスリルタートルの甲羅の端っこを出して、「たまごホーン」と唱えた。
甲羅の隅っこに頭突きをすると、手の平サイズのミスリルが欠け落ちた。
「あーしまったうっかりとミスリルを欠いちゃったー、仕方ないからおっちゃん持ってなよ、抱っこして寝なよ」
「お、おう。おう! おおうっ!」
サンダルクのおっちゃんはミスリルを大事そうに抱きしめると、言った。
いつも怒り顔のドワーフのおっちゃんが、おやつをもらったエドのようなスゲー嬉しそうな顔になった。
やめろよ、萌えちゃうじゃん!
たまごにはおっさん趣味はないぞ。
そしてライルさんはまたわたしを町の外まで送ってくれた。
「ちょっとそこで待っててね!」
わたしは装備をたまごハウスの平屋型に変更して、急いで今日買ってもらったワンピースに着替えた。
「見て見て見て見て、もうお兄ちゃんしか見せる相手がいないんだから、見て! どう、ピンクのワンピースは似合ってる?」
ウッドデッキに出たわたしは、裸足でワンピースを着てくるくると回って見せる。スカートの裾が大きく翻った。
わたしは慌ててスカートを押さえた。
「わあ、今ちょっとパンツ見えそうになっちゃったよ! いくらお兄ちゃんにでもそこまでサービスするつもりはないからね」
「……」
「見た? 見たの?」
「……見てません。見るつもりもまったくありません」
笑顔できっぱりと言い切られたよ。
「ワンピースは似合っていると思いますよ」
「良かった! じゃあ、次は黄色のやつね」
わたしはたまごハウスの中に駆け込むと、今度は薄い黄色のワンピースに着替えた。
「ねえ、これはたまごのイメージカラー的に良くない? 似合う?」
「そうですね、手に負えないようなふわふわした感じがよく似合っています」
……褒めているよね?
うん、褒めている。
「ありがとう、お兄ちゃん! ところでお兄ちゃんの晩御飯はどうするの?」
「相変わらず唐突ですね。もちろん町に帰ったらどこかの食堂で食べますよ」
「ワンピースのお礼にわたしが美味しいものを食べさせてあげるよ」
わたしは装備をたまごに戻した。
そして、たまごに向かって呟く。
「天丼食べたい。大きいぷりっとした海老と、白ギスが入ったやつ。獅子唐辛子と茄子も欠かせないね。二人分でお願い」
テーブルに天丼と漬物が現れた。熱いお茶もついている。
うわあああ、海老がでかいね!
丼から飛び出して激しく自己主張をしているよ。
そして、ワンセットずつご丁寧にお盆に乗っている。よく気がつくたまごだね。
わたしはお盆のひとつをたまごボックス経由でたまごアームに持ちかえ、ライルさんに差し出した。
「はい、ちょっと持っててね」
渡すと、再びたまごハウス平屋バージョンに装備を変更して、天丼の乗ったお盆を持ってウッドデッキに出た。
大きなテーブルの片隅に自分の天丼を置く。
「たまごの結界、こっちの椅子とテーブルにぴったりとくっついて、お兄ちゃんが座れるようにして」
シュウッと結界が縮み、ウッドデッキに置かれた椅子が一脚とテーブル半分がラミネートパックされたようになる。
「ほら、こうすれば結界を張ったままお兄ちゃんも椅子とテーブルが使えるよ。こっちに来なよ」
お兄ちゃんは片手にお盆をもったままもう片方の手をウッドデッキの柵に置くと、そこを支点にひらりと飛び越えた。
さすがにランクB冒険者らしい軽い身のこなしである。
お兄ちゃんは全身鎧をつけて戦っていた方が断然かっこいいと思うよ。
武道大会とかに出れば彼女ができるんじゃない?
別に、フェイスガードで顔を隠しているからとか、遠くからだと顔が見えないからだとかいう意味じゃないからね。
「さあさあお兄ちゃん、天ぷらは揚げたてが美味しいんだよ、早く食べようよ」
わたしはお箸を持つと、自分の海老にかぶりついた。
「ひゃあ、ぷりっぷりのでかい海老だ! 揚げたて熱々の天ぷらをさっと甘辛いおつゆに通してほかほかご飯に乗せたね、米粒が立っててもちもちしてて、こりゃコシヒカリかな。染みたおつゆで茶色くなったところが美味しいよ」
「……これは美味しい食べ物ですね」
席に着いたお兄ちゃんも、わたしの真似をしてお箸を操り、若干ぎこちないながらも天丼を食べている。
「この衣の中にたまごが入っているんだよ。サクサク感がたまらないね。そしてこの香ばしい風味はゴマ油だね!」
「よく……わかりませんが……美味しいのだけは確かです……」
お腹が空いていたのか、お兄ちゃんは男らしく丼を抱えてかっこんでいる。
わたしも潔く丼を抱えてかっこんだ。
うめえ!
「ああこの揚げた茄子のとろっとした感じが好きなんだよね、茄子と油の相性ってサイコー! シシトウもさっぱりして口直しにいいしね」
「この、ふっくらとした白身のものは、魚ですか? 旨味が強いですね」
「うん、白ギスっていう海の魚なんだけど、この味が大好きなんだ。干物も美味しいんだよ」
こうして誰かと一緒にテーブルを囲んでご飯を食べるのは久しぶりだから、余計に美味しいね。
わたしたちはご飯粒の一粒も残さないで食べ終わると、お茶を飲んだ。
「あー、美味しかった」
「ごちそうさまでした」
草原の夜風がライルお兄ちゃんの髪だけを揺らす。
「もうすぐ王都に出発するんですね」
「うん、ギヤモンさんと相談して、なるべく早めにここを発つよ」
「……王都には、いろいろな人がいますからね。なにかあったらこの町に帰ってきなさい」
「あははは、そう簡単には弱音をはかないよ! わたしは愛のたまご戦士として人気者になる使命があるからさ!」
「そうですか」
「そして、なにもなくてもこの町に帰ってくるよ、近いから」
「あ……そうですか。近い、ですか」
わたしひとりなら、半日かからないもん。
「心配してくれてありがとう、お兄ちゃん」
「ギルド職員ですからね」
ツンがぶれないのはさすがだね!
ふたり並んで食後のお茶を堪能してから、お兄ちゃんは町へ帰って行った。
わたしはライルお兄ちゃんが見えなくなるまでウッドデッキで見送った。
そして、ジャグジーバスに入ってカロリー消費を狙った!
ヤベーよ!
串焼き肉を食べたうえに天丼食べちゃったよ!