たまごは狩りが上手だよ
さて、妙な難癖をギルドにつけてきた冒険者を追い払い、ギルド内はいつもの雰囲気に戻った。
戻ったよ!
たまご踊りについて熱く語ってくる変な人とかいるけどね。
それは、わたしの踊りがあまりにも芸術的すぎたから仕方がないのだ。
カウンター前に順番に並び、わたしはライルお兄ちゃんにカードを出して確認してもらう。
チアさんの方が混み混みだったからね。
みんな、かわいこちゃんに弱いな。
「……サンドパイソンメイジも討伐したんですね」
カードから引き出したデータをチェックしながらライルさんが言う。
わたしがあまりにも無差別に魔物を狩ってくるので、彼はわたしのカードに期限無しの討伐依頼を全部ぶち込んでおいてくれたのだ。こうしておくと、該当する魔物が自動的に記録できるので便利である。
サンドパイソンメイジの名を聞いた途端に周りから「おおーう」というどよめきが起こったので、こいつは有名な魔物だったのだろう。高くて有名だといいな。
「うん、魔法を使うでかい蛇だったよ。蛇のくせにたまごに逆らうなんて生意気だよね。魔法決戦になったけど、余裕でたまごの大勝利だったよ」
正しくは、蛇の魔法を総スルーした挙げ句、殴打してくるしっぽに逆にたまごアタックでダメージを与えてグテングテンに骨を砕き、口にレンジでたまごを放り込んで一発で仕留めたんだけどね。
ビジュアル的に派手な稲妻とか炎とかがギシャーン、バーン、みたいな魔法決戦をしたいところだったけど、わたしの使える魔法はたまごしかないのだから仕方がないよ。
蛇の使う魔法はギシャーン、バーンしていたけどね。ちっ。
「魔法を使うでかい蛇……ですか……まあ、リカさんだからそんなものなのですね。サンドパイソンメイジはいい素材なので、すぐに引き取り所に卸してください。魔法防御力も高いし物理ダメージを軽減するので、防具の材料として重宝するんですよ。また商業ギルドが大喜びしますよ」
聞き慣れない言葉を聞いたので、聞き返してみる。
「商業ギルド?」
「はい。商品の流通販売に関わるギルドですよ。まずは素材がなければ商業はなりたちませんからね、最近良い素材を狩って引き取り所に持ち込んでいるリカさんのおかげでこの町の商売は上向きで、商業ギルド長からリカさんに一度紹介をしてほしいと言われてるんですよね」
「ふふん、商業ギルドにとってもこのわたしは期待の星というわけですね。お兄ちゃんは鼻高々だったでしょう」
「商業ギルド長は商売柄スルースキルもしっかりしてますからね、リカさんを会わせても大丈夫でしょう」
「お兄ちゃん、それ褒めてないでしょう!」
「チアさん、リカさんに何か飲ませて、その辺に置いておいてください。カウンターが落ち着いたら、商業ギルドに顔を出してきます」
「スルーしたうえその辺に放置かよ! 疲れてイライラしているたまごを怒らせたらどうなるか、思い知るがいいさ!」
わたしはたまごアームでたまごボックスの中からたまご饅頭を取りだし、ギルド内の冒険者の顔目がけて投げつけた。
「こうなったら、冒険者ギルドをめちゃくちゃにしてやるっ!!!」
たまごアームは投擲が得意なんだよ!
100パーセントの命中率で、冒険者どもの口にたまご饅頭が強制的に突っ込まれるんだ。
「ぐあああああっ!」
「美味いいいいいいっ!」
「こっちにも投げやがれ、このたまごめっ!」
「疲れた身体に染み入る甘さだああああっ!」
「もっと投げろおおおおおおっ!」
「はい、あーん」
女性の冒険者には、ちゃんとたまごアームでお口にパックンしてあげるのがたまごの優しさだよ。
猫耳ちゃんにも魔女っ子ちゃんにも、お口にたまご饅頭をそっと押し込んであげると、ほっぺをもぐもぐさせて食べていてかわゆいよ。
「美味しい?」って聞いたらうんうんと頷いて可愛かったから、もうひとつずつそっと渡したよ。
「たまご! はよ! こっち!」
「ほれ、あーん! あーんってばよ!」
「野郎どもうるせーよ! お前らにはこれで充分だ!」
口を開けて並ぶ冒険者たちには、片っ端からたまご饅頭を投げ込む。
良い子のみんな、こんなことをしていいのはたまごだけだからね、真似しちゃいけないよ。食べ物で遊ぶのはやめましょう。
「リカちゃん、あーん」
カウンターで口を開けるのは、チアさんだ。
くそぉ、モテ女の甘えっ子スキル、超ムカつくんだけど!
可愛いから饅頭突っ込んじゃうぞ!
いつの間にかみんなの分のお茶を入れてくれてるとか、いちいち気が利くんだよっ!
「チアさん、あなたまでんぐうっ」
お兄ちゃんには、大サービスでふたつ突っ込んであげるね。
口の中がお饅頭で埋めつくされたライルさんはすごい顔になって涙目だけど、気にしないよ。妹の愛を受け取ってね。
「いったい何の騒ぎかな?」
ギルドの奥の扉が開いた。
「あら、」
振り向いたチアさんが、驚いた声を出す。
お兄ちゃんは口がお饅頭だらけで喋れないからね、ふふっ。
「ギルド長! お戻りだったんですか」
ギルド長と呼ばれたその人物は、ファンタジー世界ではお馴染みのエルフらしい男性だった。
長い金髪を後ろで縛り、青い瞳をして、尖った耳を持つ美形のにーちゃんだ。
フツメンのライルお兄ちゃんではとても太刀打ちできないイケメンの登場だが、大丈夫、男はハートだよ! 妹はお兄ちゃんの味方だよ!
「うん、バザックも連れて魔法陣を使ってさっき戻ってきた。そっちのたまごさんが噂の新人なのかな」
ギルド長の後ろから、バザックさんが現れた。
「あっ、パパだー! もう、どこ行ってたのよ、可愛い娘が頑張って大物を狩ってきたのに、褒めてもらおうと思ったのに、パパいないんだもん、ぷんぷん!」
「リカ、お前、ミスリルタートルを本当にひとりで狩ってきたのか? 大丈夫か、ケガはしていないだろ……違っ、俺はパパじゃねえっ! てめえら、そんな目で見るな!」
わたしに近寄って、ケガはないかとたまごの周りを点検し始めたバザックさんを皆がびっくり目で見守り、それに気づいたバザックパパが真っ赤な顔をして怒鳴った。
「……ほう」
「セラール、違うって言ってんだろ!」
ギルド長はセラールさんというらしい。
「ギルド長さんこんばんは、初めまして。愛のたまご戦士のリカだよ。パパがお世話になりました」
「はい、お世話しました」
「ちげーーーーーよ!!!」
「パパ、会話に割り込むのは礼儀に反するよ、大人げないよ。あ、疲れてお腹が減ってるんでしょ、しょうがないパパだなあ、はい、あーん」
「パパじゃっんがあっ」
口にたまご饅頭を突っ込む。
バザックさんがおとなしくなると、ギルド長が言った。
「わたしは冒険者ギルドの長を務めているセラールだよ。リカさん、よろしくね」
「よろしくお願いします。あ、これ、お近づきのしるしにどうぞ。たまご饅頭です」
握手をしようと片手を出したセラールさんが、慌ててもう一方の手も出して、わたしがつかみ出したたまご饅頭の山を受け止めた。
このギルド長には媚びを売っておいた方が良さそうだからね、素早く賄賂を使うよ。
「はい、あーん」
口元にひとつ差し出すと、イケメンエルフは素直に口を開けた。
たまご饅頭を押し込む。
このギルド長は、初対面のたまごからおやつをあーんされるとは、警戒感がないのか自分の判断力に自信があるのか。
「……これは美味しいね」
にっこりと笑う姿に、女性冒険者たちはうっとりとなっている。
「ところで、ミスリルタートルをひとりで狩ってきたっていうのは本当なの?」
背が高くてほっそりして、どう見ても強そうじゃないギルド長は穏やかに言った。魔法使い系なのかな。
「もちろん本当だよ! どうやってなのかは秘密だよ」
トイレに入っていたらひっくり返ってました、という事実を告げたら、わたしの偉大さが伝わらないからね。
「見せてもらってもいいかな」
「たまごを褒める気満々なの?」
「もちろん」
「ならいいよ! 後でバザックパパとライルお兄ちゃんに見せて褒めてもらうから、その時に一緒に見せてあげるよ」
「できたら、エビルリザンも見たいんだけど」
「いいよ、エビルリザンもサンドパイソンメイジも見せてあげるよ! リザンを使った踊りも見せようか?」
「あれはよしなさい!!!」
たまご饅頭をようやく飲み込んだライルお兄ちゃんが、鋭く叫ぶ。
「ギルド長を危険にさらさないでください!」
「……危険なくらいに魅惑的な踊りなんだよ?」
わたしはかわいらしく見えるように、てへっと笑った。
人当たりがいいはずのお兄ちゃんが、うへっと言った。
さて、ギルド長はたまご饅頭の山をいそいそとしまいに行き、チアさんが「あとの対応はわたしひとりでも大丈夫ですよ」とカウンター業務を引き受けてくれたので、わたしはギルド長のセラールさんとバザックパパとライルお兄ちゃんを連れて引き取り所に向かった。
「こんばんはー! 広いとこ貸して!」
「お、リカ! お疲れさん。今日もいい狩りができたか?」
「もちろんだよ、このたまご戦士にぬかりはないよ」
すっかり顔なじみになった引き取り所のおっちゃんが、後ろについてきた男三人に「おっ」と軽く驚きの声を出してから、広いスペースに案内してくれる。
「今日の獲物はなんだ?」
「大物はミスリルタートルとサンドパイソンメイジだよ。それから、いろんなのを結構狩ってきたから引き取って。ミスリルタートルは、ギヤモンさんに直売するから見せるだけ。あと、ギルド長がエビルリザンも見たいっていうからそれも出すよ」
「ミスリルタートルだとぉ?」
「ここじゃ引き取れないんでしょ。でも、せっかくだから話の種に見てよ。そしてわたしのすごさを噂してよ」
言いながら、まずはミスリルタートルを引っ張り出す。そして、隣にサンドパイソンメイジ、エビルリザンと並べて、脇に魔物取り合わせセットも並べる、
今日は豊作だね!
広場がいっぱいだよ。
「……本当に……ひとりで狩っちゃったんですね」
お兄ちゃんはため息のようなものをつくと、ミスリルタートルの周りを調べた。
そして、調べ終わるとさっとこちらを向き、巨大な亀をびしっと指差して言った。
「ミスリルの甲羅がベコベコとか、まったくあなたはなんて戦い方をするんですか! 非常識ですよ! 普通、ミスリルの塊は、へこみませんから!」
「そうなの?」
「そして、なんでミスリルに無数の穴があいているんですか! 普通、ミスリルの塊は、穴あきませんから!」
「そうなの?」
「……で、致命傷はどこですか?」
「諸事情によりひっくり返った亀の胸を、ひと突きしてヤりました。そこは一思いでヤったよ! なぶり殺してないよ!」
大事なことなので強く言ったのに、なんでみんなドン引きするの?
お兄ちゃんはさらに、今度はサンドパイソンメイジを指差して言った。
「そして! なんですかこのサンドパイソンメイジは! こんなに大きいなんて聞いていませんよ!」
「えっ、そうなの?」
「こんなに巨大なパイソン、あなたが縦に並んでもひと呑みできてしまうではないですか! とぐろを巻いたら家一軒分とか、これが普通だと思わないでください、でかい蛇の一言で片付けないでください、非常識にもほどがあります!」
「でも、簡単に倒せたから何の問題もないよ。そしてライルお兄ちゃん、そんなに叫んだら血管切れるよ」
「僕の血管を心配してくれる気持ちがあるなら、もっと熱心に常識を身につける努力をしてください……」
力尽きたらしいお兄ちゃんの肩を、バザックパパがぽんぽんと叩いた。
「そしてこれが、『地獄の番人』てわけだな」
「うん! これもギヤモンさんが買い取ってくれるって。すごい喜んでもらえたよ」
「そりゃあそうだな。めったに見ないお宝だ」
ランクBの元冒険者のバザックパパが感心したように言った。
「なるほど、自分の力を過信しているわけではない、本物の実力者だったんだな、リカは」
「ランクアップ試験で、ひとりで狩ったんでしたっけ……全身がめった打ちですね。サンドパイソンメイジもそうですが」
真剣な顔で魔物を調べていたギルド長のセラールさんが言った。
肝が据わっているのか、オーバーキルっぽい魔物の死骸を見ても表情は冷静だ。
その点はまだまだ青いね、ライルお兄ちゃんは。
「仕方がないんだよ、たまごだから、剣が持てないんだもん。身体を張って戦ってるんだよ」
別に惨殺したくてやっているわけじゃないことを強調しておくよ。
「……なるほど。ライルが肝を潰すほどの大物新人だけありますね。たいした腕です。頼もしいですよ」
「ほんと?」
「本当ですよ。何かあっても、リカさんがいてくれると思うと心強いです」
「そうなの? 頼りにしてもらえるの?」
「頼りになる冒険者です、我がギルドの有望株です」
「わーい、やったあ!」
ギルド長に褒められたよ!
お墨付きのたまごだよ!
「えらかったな、リカ」
バザックパパが頭を撫でてくれた。
「ありがとうパパ! パパの娘としてこれからも頑張るよ」
「パパじゃねえ! と言いたいところだが、これだけ腕の立つ娘分がいるのは俺の誇りだな」
きゃあ、とうとうパパがデレたよ!
「だが、腕が立つからといって驕るなよ。自分の身を危険にさらすことは俺が許さないからな」
やっぱり過保護なパパでした。
そして、お兄ちゃんは。
「ねえねえ、お兄ちゃんも褒めてよぉ~。たまご、がんばったよ」
「……リカさん、商業ギルド長への紹介は明日にしましょうね」
「え?」
「リカさんも、一日中狩りをして疲れたでしょう」
「いやまあ、それほどでも」
「今日は帰って、ゆっくり休みましょうね。明日の朝、冒険者ギルドに来て下さい。商業ギルド長に連絡しておきますから」
「うん」
「そうですね、ミスリルタートルの直売についての契約もあるようですから、ギヤモンさんも一緒に連れていくといいでしょう」
「なるほど」
「ギルド長、僕はこれで早退します。リカさんを送ってきますから」
「……それは構わないけど。珍しいね」
「僕、ちょっと疲れたみたいです」
「おいおい、大丈夫か、ライル?」
バザックパパが心配してるよ。
お兄ちゃん、変だよ。
「リカさん、がんばったご褒美にワンピースを買ってあげます」
ライルお兄ちゃんが、わたしににっこりと笑いながら言った。
「非常識なのは別にすると、とてもよくがんばったと思います。リカさんのおかげで、旅の安全性が格段に増しましたよ。これは冒険者として立派な働きですからね。ご褒美をもらって当然でしょう」
「ええっ、本当!? うわあ、嬉しいなあ! お兄ちゃんありがとう!」
わーいわーい、お兄ちゃんがわたしに服を買ってくれるよ!
嬉しいな!
やっぱりお兄ちゃんはイケメンだよ!
モテないのが不思議なくらい、女心をわかっているね!
「わたし、センスのいい店を知ってるんだ! どうしよう、何色が似合うと思う? 今度はピンクっぽいのが着たいんだけど、お兄ちゃんも一緒に選んでね。早く行こう!」
わたしは引き取り所に卸す以外の魔物をたまごボックスにしまい込んだ。
「たまごに……ワンピース? あるのですか? 腰ミノとか?」
「ライル、お前、本当に……大丈夫なのか?」
女心をまったくわかっていない男どもがなにやら呟いているけれど、たまごの姿しか知らないからしょうがない、許してやるか。
それよりも、お兄ちゃんとお買い物デートに行くよ。
ワンピワンピ!