たまごの正体は(自称)美少女だ
さて、ギヤモン商店主催の『生きててよかった!肉祭り』(実は『大儲けするぜ!肉祭り』)はみんなを幸せな気分にして無事に終了した。
冒険者たちにはお上品とは言いかねる飲みっぷりの者も多いので、エドたちには声をかけなかったけど、途中で抜け出して肉料理アラカルトをたっぷりと届けておいた。
ひいき上等!
この子たちはわたしのファンクラブ会員一号と言ってもいいくらいだし、わたしのことを大好きだからね、そりゃあお気に入りにもなるよ、わたしはファンを大切にするたまごだよ。
「お疲れ様でしたー」
わたしは明日、ミスリルタートル狩りに行く気満々なので、たまごアームをひらひら振って酔っ払い冒険者共を放置して門へと向かった。
「リカさん、あなたはいつもどこに泊まっているんですか?」
ライルさんに声をかけられる。
ギルドの良心である平凡ランクB冒険者は、あまりお酒を飲んでいないようだ。明日の業務に差し支えないようにセーブしているのだろう。
「泊まっているっていうか、町の外の壁の近くで……野宿?」
なのかな?
一応装備ひとつで夜明かししてる訳だし?
「野宿、ですって?」
ライルさんはわたしの返事に驚いたようだ。
「あなたはたまごですが、女性……なんですよね?」
「ちょっとお兄ちゃん! 妹の性別がわからないの? ありえなーい!」
いつもぴちぴちの15歳いたいけな美少女アピールをしているつもりなのに、残念なほど浸透していなかったよ!
「ありえないのはあなたの方ですよ! 確かに腕っ節が強いし防御力はあるけれど、女性が野宿って問題があるでしょうが!」
あ、お兄ちゃん怒ってる。
「お兄ちゃん、もしかすると、わたしのことを心配してくれているの?」
ここにきて、ツンのライルお兄ちゃんがとうとうデレたのか?
なんたることだ。
思わずくねくねと怪しい媚び媚びポーズをしてしまうよ。
「ギルド職員としての義務的心配をしています。ランクC冒険者は大事な戦力なので」
さすがギルド職員の鏡。
ぶれがないね! デレがないね! がっかりだね!
「お金がない訳ではないのでしょう? まさか、宿泊拒否をされたのですか?」
「違うよ。ってゆーか、わたしが拒否られキャラみたいな言い方しないでよう、こんなかわいらしいたまごが拒否られる要素がどこにあるの」
「……惨殺たまご、とか?」
「きゃー、それはライルさんの中にこっそりしまわれていたわたしの評価! 違うよ、町を歩いていても、気さくに声をかけられているお茶の間アイドル的なたまごだよ。みんな優しくしてくれているよ。その優しいそぶりが恐怖から来るものだとかいう意見はいらないよ!」
お兄ちゃんの気持ちの底に隠れているものを知ってしまって、妹はショックで小さな胸を痛めているよ。
「それならばいいのですが。ではなぜ町の中に泊まらないのですか」
「たまご的な事情だよ。あのね、バザックさんは知ってるけど、わたしは自分の家を持っているの。だから、家を出す場所さえあれば安全に夜を過ごせるんだよ。町の中に土地を買って、毎日そこに出してもいいかなとは考えてるんだけど。もうちょっとお金が貯まったらね」
金ぴかのエビルリザンが売れたらお金持ちになれるから、その時に考えよう。
毎晩巨大なたまご型の建物が現れる謎のスポットになるかも知れないけど、どうせ「たまごだから」で納得されるに決まっている。
この世界の人のそういうアバウトなスルースキル、いいわあ。
「それでは、その家とやらがどれ程安全なのか、ギルド職員として確認しておきましょう」
「ライルお兄ちゃんは仕事熱心だねえ。そこは嘘でもいいから『君の事が心配で仕方がないんだ』とか熱く言えるようになれば、お兄ちゃんももっともてるのになあ。茹ですぎたたまごみたいに固すぎて彼女ができないんだって?」
「強く言わせていただきますが、余計なお世話です」
ライルお兄ちゃん、顔色を変えていないけど、声にイラッと感が出ているよ。
「うるさいことを言っていると、ミスリルタートルの討伐許可を取り消しますよ。さあ、とっとと町の外に行きましょう」
「うわあ、脅すとは卑怯なりだよ!」
真面目なギルド職員が職権を濫用しようとするとは、こりゃイタいとこ突いちゃったようだね。すまん。
「やったあ、平屋ができてる!」
町の外のいつもの場所に着いて装備を確認したわたしは、喜びの声を上げた。
装備 たまご〉
たまごハウス レベル1〉
たまごハウス レベル2〈平屋タイプの家
平屋だよ、きっとお風呂も着いているはず!
「じゃあ、ここに家を出すからどいててね」
わたしはライルさんから充分な距離をとると、装備の画面に触れた。
途端に、グリーンのワンピースを着たわたしは家の中に立っていた。
「きゃー、広くなったよ! 和室もあるよ!」
ベッドのある寝室と、和室、そしてダイニングキッチンがあった。
さっそくお風呂をチェックすると、たまご型の浴槽が置かれた風呂場がちゃんと付いていた。脱衣所に体重計が置いてあるが、神の意図が計りかねる。
「嬉しいなあ、お湯に浸かりたかったんだよね」
おっと、家に夢中でお兄ちゃんのことを忘れていたよ!
わたしは窓に駆け寄った。見ると、ライルさんは家の周りをぐるっと一周しながら観察しているようだった。
この家は、窓を開けなければ外からは見えないし、窓を開けてもわたしは外に出られないし外の者もたぶん入れない。
わたしは完全にたまごの中に閉じ込められているのだ。
平屋になったたまごハウスには、ウッドデッキが付いていた。
どうせ結界のようになって外からは遮断されているのだろうけど、ここでご飯を食べたら眺めがいいから気持ちが良さそうだ。
っと、いい加減ライルさんをなんとかしなければ。
わたしはウッドデッキに続くドアを開けて、偽りの外に出た。
「どう、お兄ちゃん、結構いい家に住んでるでしょ? 中にお招きできないのが残念だなあ」
夜の匂いも風もまったく感じられなくて、わたしはこの世界から完全に隔離されているんだなと思う。
ま、そのうち日本に帰るんだから、旅行者気分で全然構わないんだけどね。
ウッドデッキの手すりに身体を預けて、手を振って話しかけると、ライルさんは化け物でも見たような顔をした。
「どうしたの?」
上級冒険者がそんなに驚くとは。
……まさかお化け? お化けがいるの?
わたしの背後にお化けがいるのかーっ!?
わたしはぞくっとして後ろを振り返った。
「……ちょっとお、何もいないじゃん! ひどいや、いたいけな妹を脅かすなんて趣味が悪いよ! だからお兄ちゃんは彼女ができないんだよ、ばーかばーかっ」
びびったわたしは思わずライルさんを罵った。
が、彼はまだ固まっている。
「なに?」
「……リカさん、ですか?」
「なにを今さら。愛のたまご戦士のリカですがなにか問題がっとあああああっ!」
わたしは大きな声を出した。
「この格好で会うのは初めてじゃん!」
「……たまごの中に、あなたが入っているわけですね」
一応内緒話ってことで、ウッドデッキに近づいたライルさんが言った。
試したけれど、透明な壁みたいなものがあって、音は聞こえるし姿も見えるんだけどお互いに壁を越えることができなかった。
「この家も、巨大なたまごなんだよね、変形しただけで。わたしはこのたまごの中から出ることはできないの。命のない物なら、アイテムボックスを通して出し入れできるから、肉祭りの食べ物とかわたしも中で食べてるよ。ねえ、今日のワイルドイベリトンてまじ美味しかったよね! 生姜焼きがめっちゃジューシーでさ、あれ炭火で」
「肉の話はさておき」
話の脱線を許さないカウンター担当者だ。
「わかったよ。あと、服とかも出し入れできるんだ。これも服屋さんで買ってきたワンピースなんだよ。刺繍が可愛いでしょ」
わたしはウッドデッキの上でアイドルらしくくるっと回って可愛くポーズをキメてみた。
「どう?」
「服の話は」
「さておくのかよ! ちっ」
わたしは忌々しげに舌打ちをした。
「下品です。ともかく、この事は他の者には秘密にしておいた方がいいかもしれませんね」
「そうだね、たまごの中身がこんなにウルトラプリティキュートガールだってことがバレたら、もててもてて困っちゃって『こんなに可愛い君を戦いの場になど置きたくないんだ』とか言って冒険者を廃業させようとするイケメンとのラブコメ的な攻防が始まっちゃうからね」
「弱っちくてナメられますから」
「そっちかよ!」
「まあ、この家なら身の安全が保証されていそうなのでいいでしょう。僕はこれで帰りますが、明日の朝ギルドに顔を出してからミスリルタートル狩りに出てくださいね」
お兄ちゃんに優しさを求めたわたしが間違っていたよ、うん。
「わかった。じゃあ、明日ね」
わたしが手を振ると、ライルさんは頷くときびすを返す。
「ああ、そのグリーンのワンピースもたまごの姿もあなたに似合いますよ」
「……」
今のは、デレか?
ライルお兄ちゃんが、初めてデレたのか?
このわたしの可愛いさに、さすがのツンツンギルド職員もデレずにはいられなかったようだな、わはははは!
いい気分になったわたしは、たまご風呂にのんびり浸かり、今夜も熟睡した。
わたしはチョロいたまごだよ!
翌朝。ダイニングキッチンのテーブルに座ったわたしは、『教えて! たまご先生』をやっていた。
昨夜お風呂に入るときに、わたしはうっかりさりげなく置かれた体重計に乗ってしまったのだ。
血の気が引くわたし。
ふ、増えてやがるううううううッ!
体重計に付いた液晶画面には、こう表示されていた。
『おやつの食べ過ぎに注意しましょう』
……まあ、いろいろやっちまったからな。
主に、すごいシリーズの誘惑がこの事態の原因だったと考えられる。
だってさ、人に食べさせたり飲ませたりするものは、責任をもって味見しておきたいじゃん!
アイス美味しいじゃん!
「というわけなのですが、どうしたらいいですか? 今朝はフレンチトーストに本物のメープルシロップをかけたものが食べたいのですが、カロリー的に大丈夫ですか?」
『健康を考えた朝食が準備できました』
音声案内があって、ダイニングテーブルの上の真ん中が異空間ぽく薄暗くなり、今朝の朝食が現れた。
「わーい!」
わたしは用意されたナイフとフォークを握った。
バターでこんがりと焼かれているのは、たまごをたっぷりと使ったカスタード液に浸された厚切りのフランスパンだ。表面がカリッとするまで焼かれて香ばしい。淡いきつね色も食欲をそそる。
甘い中にもバターの塩味がほんのり効いて、全体を引き締める。
トロリと黄金色に光るのは、本物のメープルシロップだ。焼かれたパンにからみつき、じゅわっと染みている。
添えられているのは、温泉たまごが乗った温野菜のサラダ。火の通った人参、いんげん、ブロッコリー、カリフラワー、小松菜に、ニンニクとしょうが、玉ねぎで作られた香味野菜のドレッシングがかけられていて、カロリーオフ仕様だ。
温泉たまごにナイフを入れると、鮮やかな黄色が流れ出て、ドレッシングと合わさりコクを深め、温野菜の甘味を引き立てる。
そしてさらに、グレープフルーツの果実がたっぷりと入ったフレッシュジュースも付いている。酸味とほのかな苦みが、フレンチトーストの甘さに慣れた舌をさっぱりとさせてくれる。
たまご先生、ありがとう!
わたしは今朝も美味しい朝食に満足した。
さて、お腹もいっぱいになったことだし、ミスリルタートル狩りに出かけようかな!