ギヤモン商店はいいお店
「お願いします、是非ともギヤモン商会で扱わせてください、お願いします!」
お願いしますを連呼しながらたまごアームを握って離さないギヤモンさん。その横でお願いしますと頭を下げる、同じ顔のふたりのお兄さん。
いずれもパンツ一丁である。
パンツファミリーの熱い思いを受け止められないたまごだよ。
「あの、別に買ってもらえれば助かるという話なんで、そのような熱烈な営業活動は要らないからね」
良かった、口にアイスは突っ込まなかったけどギヤモンさんはすっかり落ち込みから回復したようだよ。
わたしもいつまでもエビルリザンの在庫を抱えていたくなかったからね、助かった。人には親切にしてみるものだよ。
「そしてリカさん、よろしかったら、わたしたちが王都に戻るときの護衛をお願いしたいのです」
「護衛を? わあ、めっちゃ冒険者らしい仕事だね!」
魔物が出たら体当たりして道をあける、簡単なお仕事だね。
え? 違う?
「リカさんがいてくださったら、ミスリルタートルが出ても安全に旅ができそうですね」
ピートさんが、爽やかに言った。
ちなみに、そっくりな双子を見分けるのは、パンツの柄だよ。
詳しくはいわないけどさ、これでも15の乙女だからね。
しかし、服を着られたら見分けられないぞ。ズボンを引っ張って確認するしかない。
あ、でも。
「ミスリルタートルの事を警戒しているんなら、もう心配いらないよ。わたしが明日倒して来るから」
「ええ?」
「もう討伐隊が出るのですか?」
怪訝な顔をして聞くのはニックの方だ。
「違うよ、わたしひとりで狩ってきて大儲けするの。ミスリルが品薄だって聞いたからね。そして、ライルお兄ちゃんにフル装備を贈ってえこひいきしてもらうんだ」
「……」
「言っておくけど、これは賄賂じゃないよ。可愛い妹分からの日頃の感謝を込めたプレゼントだよ。あと、ミスリルの剣を粉々に砕いちゃったおわびとね」
「ミスリルの剣を粉々だと?」
「砕ける、のか? ミスリルって」
顔を見合せる商人メンズ。
そして一斉にこっちを向く。
「リカさんお願いします」
「ミスリルタートルを扱わせてください」
「高く買いますから! ねっ!」
おお、狩る前に買い主がいるとは楽で良いではないか。
持つべきものは、裕福な大商人とのコネクションだね。
「オッケー、いいよ。わたしも助かるから。でも、この町の人たちで使う分は安値でおろしてもらうし、わたしも個人的にいくらか貰うよ」
サンダルクのおっちゃんにミスリルをたくさん渡して、黄昏れ状態からひっぱりだしてやらないと、ミスリル加工という伝統が消えてしまうからね。
儲け話にウキウキして、「酷い目に遭った以上に大幸運がやってきた」と、担架で運ばれて来たくせに部屋中をパンツ一丁で踊り狂う男たちを、買い物を終えて帰ってきた奥さんと娘に任せて、わたしは「今夜の肉祭を忘れないでよ」と釘を刺して狩りに出かけた。
もちろん、肉祭の開催者に売り付けようとワイルドターキーとワイルドブルとホーンラビットをたくさん狩ってきたよ。そして、いつもと違う方に行ったら、ワイルドイベリトンという豚そっくりな魔物もとれたよ。
生姜焼きにしたいな!
「まだ時間が余ってるな……っていうか、お昼にすらなっていないや」
狩りを終えたわたしは町に戻ってくると、町の外壁で装備をたまごハウスに変えて、優雅にお茶をすすっていた。
絶対防御のこのハウスは窓を開けないと外から覗くこともできないので、プライバシーは守られる。
でも、見た人は不思議がってるだろうな。
それとも、「ああたまごか」で軽く流されてる?
後者のような気がする。
本日のおやつはたまご饅頭。たまごの風味が効いたたまご形の一口饅頭で白あんの甘さが優しい煎茶に合う逸品である。
頑張って早起きしてミスリルタートル狩りに行くというそのスタートでこけたので、森での狩りを終えても全然昼前だ。
「そうだ、エドたちを誘って、薬草摘みをしようっと」
薬草と毒消し草は、いくらあっても多すぎることのないアイテムだ。お店でも買えるけど、森に行けばそこら中にはえているからね、一緒にきゃっきゃうふふしながら摘めばエドたちの収入にもなるしわたしも楽しいから一石二鳥だ。
元に戻ったわたしは、Bボタンを長押ししてダッシュで町に帰り、門番にカードをチェックしてもらう。
「またすぐ森に行くよ。お仕事ご苦労様、これあげる。賄賂だよ」
「おお、賄賂か」
「受け取ったら、わたしを愛のたまご戦士として盛り立てなきゃダメだからね」
わたしは今日のお当番の若いあんちゃんにでっかい両手を出させて、山盛りのたまご饅頭を渡す。
わたしは気の利いた賄賂使いが得意なたまごだよ。
「みんなで仲良く分けて、わたしの可愛らしさについて思う存分トークするのだよ」
たまごアームであんちゃんの口の中にひとつ饅頭を放り込んでやったら、満面の笑顔で頷いたので、ひらひらとアームを振ってから、住宅街にひっそりとあるエドのうちに行った。
「エードくーん、ラーラちゃーん、遊びましょー」
「あっ、リカお姉ちゃん!」
「わー、こんにちは! 来てくれたんですね、嬉しい」
「まあ、リカさん、いらっしゃい」
大歓迎されるって気分いいね。
わたしはエドとララの頭をアームで撫でてから、エルザも撫でようか考えたがやめた。
人妻だからな!
「エルザ、お皿貸して」
大きなお皿を借りると、そこに今日大活躍のたまご饅頭を山盛りにした。
「早めに食べてね」
前にあげたたまごサブレを大切にしすぎて湿気らせてしまった過去があるので、注意をしておく。
カビてないだけよかったよ。
エルザはすっかり健康になり、家事をこなせるようになった。ガウスも鉱山の出稼ぎをやめて、毎日帰宅できる仕事をしている。
「今日は薬草摘みと毒消し草摘みをエドとララに依頼したいんだけど、どうかな? 急な話だからギルドより高値で買い取るし、お昼ご飯も付けるよ。いい話だよ、乗らないと損だよ」
マイ天使たちに癒されたいので押しの強いたまごだよ。
「行く!」
「行きたい!」
「ありがとうございます、リカさん。助かります」
「こっちも労働力を確保できて助かる。じゃあ、支度してね」
わたしは支度を済ませた金髪頭たちと一緒に、いいお天気のもと森へと向かった。
「さあ、この袋に入れてね」
わたしは冒険者ギルドで用意してきた袋をふたりにふたつずつ手渡した。
森の入り口には、比較的強い魔物は出て来ない。運が悪いとワイルドウルフが現れるくらいだ。
それでも、子どもたちを連れている責任があるので、わたしはたまご索敵を表示させアラート機能も設定しておいた。念のために弱い敵でも反応するように設定しておく。かわいこちゃんたちが性悪ウサギに蹴られたらかわいそうだからね。
ふたりはお仕事だからと熱心に薬草と毒消し草を摘んでくれて、たちまち袋がいっぱいになる。
「よく働いたから、お腹がすいたでしょう。おしゃべりしながらお昼ご飯を食べようよ」
わたしたちは川で手を洗うと気持ちのよさそうな草の上に座り(たまごは座れないけどね、気持ちだけ)たまごボックスからたまご内に大皿を取り出した。
たまごに向かって「今日のお昼はピザが食べたい、タップリ三人前ね」と呟くと、お皿の上とわたしの分と、ゆでたまごのスライスが美しくトッピングされたピザが現れた。
ピザの具は、ほうれん草とコーンとベーコンで、トマトソースの赤ととろけている黄色いチーズがいかにも美味しそうだ。
これはびよーんと糸を引くチーズだね。
ほのかにガーリックの香りがして、食欲をそそるよ。
わたしはたまごボックスを通して草の上にピザのお皿を出した。
初めて見る食べ物への興味と、その暴力的ともいえる食欲をかきたてる匂いに、子どもたちはもう釘付けだ。
「リカお姉ちゃん、これは何? たまごもお肉も乗っていて、すごいご馳走だね」
「ふかふかしているのはパンですか? 本当にいいにおい、美味しそう」
「これはピザといってね、わたしの故郷の食べ物だよ。動かない人にとっては体重的に人をダメにする食べ物だけど、たくさん働いた良い子には元気が出て大きくなれる素晴らしい食べ物になるよ」
わたしはふたりに町で買っておいた果実水を持たせた。
「これで二人分だからね、熱いうちに食べな」
「いただきます!」
「いただきます!」
しつけのしっかりした良い子だね。
カッティングの済んだたまごピザを持ち、熱々の三角の先端にかじりつく子どもたち。
引っ張るとどこまでも伸びるチーズをあむあむと口にひっぱりこむ様子は、そのままCMに使えそうなくらい美味しそうだね。
「……う、わあ、おいし……おいし……」
「……ふぐ……おいしい……」
「慌てずによく噛んで食べなよ。あと、やけどしないようにね」
はぐはぐと夢中になって食べるふたりを見て、ほっこりと癒される。
かわゆいふっくらほっぺにトマトソースがついてるよ。
食べ終わったらお顔を洗おうね。
癒されるねえ、愛の戦士にもこんな休息が必要だよ。
さて、わたしも食べるかな。
「うおっ、これは……」
一口かじったわたしは呻いた。
半熟、だと?
わたしは口に広がるたまごとチーズのコラボレーションに言葉を失った。
トッピングのスライスたまごが半熟だったとは、意表をつかれたよ!
てっきり固くてもそっとした食感が感じられると思ったところに広がる、とろける黄身とチーズのハーモニーだと!?
そこに重なるトマトソースの酸味とコーンの甘みだとおおおおっ!?
いったいどこまでたまごの美味しさを引きだそうとしているのだ。
ピザという強敵を相手に主役の座を取ろうとする。
おそるべし、たまご!
おしゃべりをしながら楽しく食べるはずだったお昼ご飯は、無言でピザにかぶりつくはぐはぐという荒い息遣いの響く時間と化していた。
いやあ、美味いね、たまごピザ!
「今日はふたりのおかげでたくさん薬草と毒消し草が手に入って助かったよ」
エドとララを家に送り、誇らしげなふたりに報酬を渡す。
「少し多いのは頑張り賃だよ」
「ありがとう、リカお姉ちゃん」
「ありがとうございます」
たまごアームで金髪頭をいい子いい子するのも忘れない。
主にわたしの癒しのために。
「あのさ、実はもしかすると、王都に行くことになるかもしれないんだ」
「え? リカお姉ちゃん、いなくなっちゃうの?」
不安そうな顔のエドをもう一回撫でておく。
「護衛の仕事が入りそうなんだ。ついでに王都がどんなところか見学してこようと思って」
馬車で数日の距離なんて、たまごのBボタンで走って来ればあっという間の距離だ。ひとりなら余裕で日帰りできると思う。
「リカさんは実力のある冒険者ですものね。リカさんにしかできない仕事が王都にあるのでしょう。寂しいけれど」
若いお母さんのエルザが言った。
「すぐに戻ってくるよね?」
エドがたまごアームをそっと握って言う。
この懐きっぷりは素直で可愛いよ。
まあ、本人と両親のピンチを救ったんだから、懐きもするか。
「うーん、わたしは流れ者のたまご戦士だから、約束はできないな。でも、離れていてもエドたちは大事な友達だからね」
帰ってくるつもりではいるけれど、たまごアイドルプロジェクトを成功させるには王都での活躍も戦法に加えねばなるまい。
今回は様子見をしてこようと思うのだが。
「うん……」
おっと、ちょっとしんみりムードになっちゃったね!
「じゃあ、またね。すぐに王都に出発する訳じゃないし、また仕事を頼むかもしれないから、よろしくね」
わたしはエドのうちを後にした。