ミスリルタートル狩りに行きたいよ
さあさあ、今日も張り切るたまごだよ!
昨日、お兄ちゃんの大事なミスリルソードを彼のグラスハートと共に粉々に砕いちゃったわたしは、ミスリルタートル討伐の受付をチアさんにカードにぴっ、してもらった。
「大丈夫ですライルお兄ちゃん、ミスリルタートルを無事に持ち帰り、大儲けしますから。わたしがおずおずと差し出すミスリルの装備一式を笑顔で受け取り、わたしの頭をくしゃりと撫でてください」
「つるり、の間違いですね。そして僕は撫でません」
「その程度の貢ぎ方ではデレないぞ、ということですか! お兄ちゃんはツン要素が多過ぎだと思います。もっとわたしに優しさを」
「あなたに必要なのは優しさではなく常識です。まあ、ミスリルタートルがリカさんにケガを負わせることはないとは思いますが、忠告してもまるごと無視されるのはわかっていますが、ギルド職員の義務としてあえて言わせていただきます。気をつけて」
「義務ですか! そこに愛はないのですか?」
「全スルーで」
「スルー能力を磨き過ぎです!」
「いってらっしゃい」
「義務の笑顔でお見送りなのか!」
わたしは寂しいたまごだよ。
「リカちゃん、いってらっしゃい。あまり魔物をいじめないでね、一気にヤるのも優しさよ」
「チアさんの優しさの傾向はわかりましたが、すべて魔物に注ぐ方向でお願いします、わたしが求めるものとは違っているようなので」
「帰って来たら、一緒にアイスを食べましょう」
「そしておねだりかよ! 為す術もなくモテ女の手管にからめとられるたまごだよ!」
ギルド職員のお墨付きをもらったわたしは、門へと向かう。
「大丈夫だってば。ちゃんとライルさんの許可はもらえたんだよ、わたしはもうランクCのたまごだよ。一人前の冒険者なんだよ」
わたしの冒険を妨害する高いハードルがもうひとつあった。
心のパパこと、バザックさんだ。
今日も町の出口に立ち塞がり、わたしを楽しいミスリルタートル狩りに出してくれない。
本日の相方はマックスさんで、わたしたちの押し問答を横目で見ながら町の外に出かけていく人たちの身元を次々とチェックして送り出している。
わたしが「おはよー」とたまごアームを振ったら、同じく「おはよー」と言いながら片手でしっしっと追い払いやがったよ。
失礼な門番さまだな。
「ライルの判断を疑うつもりはない。しかし、ミスリルタートルをひとりで狩るのはどう考えてもおかしいだろう。図書館でちゃんと調べたのか? あれは単独で倒せる魔物ではないし、非常に攻撃的で狂暴だ。現に、何人もの者が襲われてこの町にも逃げ込んで来ている」
「そう考えたら負けだよ! わたしは非常識なたまごだとミラさんの保証も付いた、立派な冒険者だよ」
「リカ、非常識と立派は同時には存在しない」
「それは初耳だね、わたしの存在自体が奇跡のたまごなんだからいいんだよ。もうもう、パパの心配性めっ」
「パパじゃねえ!」
反応速いな。
せっかくくねくねした可愛いポーズをしたのに、何の効果もなさそうだよ。
さすがは町の守護神、ベテラン門番さまだ。たまごの魅力にそう簡単には屈しない。
しかし、屈してもらわないことには狩りに出かけられないのだ。
たまごボックスの中から『地獄の番人』のぐたぐた死体を出して「ほら、わたしの傑作トカゲのタタキだよ!」って見せるかな。
でも、ライルさんに「これを人目に触れさせないように。気の弱い者だと失神する恐れがありますからね」って釘を刺されてるからなあ。ここ、人通りが多いし。
確かに、五本の首がみんな白目を剥いていて、お化け屋敷で逢いたくない顔になっているんだよね。
マジックがあったら、ぐりぐりとかわゆい黒目を書き込んであげるのに。
と、その時、バザックさんが町の外を見た。
「こんな時間に到着か? ……様子が変だな」
かなり遠くの方から近づいてくる影が見えた。
すごい、勘がいいねパパ!
「自分、見てきます!」
門に併設された門番の待機所から、口にパンらしいものを突っ込んだ若い男が飛び出してきて、馬に乗った。
食事の途中にすまんねあんちゃん!
「民間の馬車らしいが、気をつけろ!」
その背中にバザックさんが声をかけると、パンを飲み込んだ男性は片手を上げると馬を飛ばす。
わたしはたまご索敵の画面を開いた。
「人数は五人、敵ではないよ。後から追って来るものもないね」
「……それはお前の能力か?」
「うん、スーパーエクセレントなたまごの持つ能力のひとつだよ」
馬車らしい影に若い門番さんの馬が通達し、少し会話を交わすときびすを返して馬が駆けてくる。
「ミスリルタートルに襲われた商人の家族連れだ! 軽傷女性がひとり、重傷男性3人、まだ若い娘が馬車を御している」
「マックス、医者だ! あんた悪いが」
近くにいた冒険者に声をかける。
「ああ、ギルドに連絡してくる」
「人手はギルド職員がなんとかしてくれるはずだ」
馬車が門を通って中に走り込み、若い門番男性が馬を誘導する。
身体をぶるぶると震わせながら手綱を握っていたのは、10代くらいの女の子だ。栗色の髪をポニーテールにしていて、マニアに萌え萌えされそうなロリ巨乳だ。繰り返す、身体が細いのに、一部のみが『ばうん』とした主張をする、ロリ巨乳だ。
……別に敵視などしていないわ、たまごを侮るなよ!
ただ、ララちゃんとはタイプが違うなと思っただけである!
あの子はほっそりした可憐系だからな!
「リカ、身体から変なものを立ち上らせるのはやめて手伝え」
いかん、たまごオーラを燃やして戦闘態勢に入ってしまった。
脅える少女を優しくなだめるのは、この場の紅一点であるわたしの役目だ。
「もう大丈夫だよ、落ち着いて」
「ひいっ、たまごが、喋った!?」
余計に怯えられたよ!
「わたしはたまごのランクC冒険者のリカだよ! たまごを食わせることはあっても、とって食ったりしないよ、これでもぴちぴちの15歳、アイドル志望の可愛い女の子なんだからねっ、負けないよ!」
「脅すんじゃねえ!」
バザックさんがわたしをどつき、たまごボディがゆらりと揺れる。
さすがパパ、怪力の持ち主だね。
「それより、医者はまだか? 担架がないと動かせないし」
わたしは馬車、というか、ボロボロになった馬車の残骸を覗き込む。
うげ。
血の海だ。
全身から出血した男性三人が重なるように横たわり、年配の女性がひとり、目を閉じてぐったりと座り込んでいる。
これは素人目からしてもやべえな、血の量が、三人前にしても半端じゃない。
「お父さん……お母さん……」
商人の家族連れだと言っていたから、両親とお兄ちゃんふたり、といったところか。
「彼らは王都からビルデンの町に来る途中でミスリルタートルに襲われたんだな。護衛を雇っていただろうに、お嬢さん、そいつらはどうなった」
「皆……殺されて……」
狂暴な魔物に襲われて、必死で戦ったがギタギタにされ、命からがら逃げ出して来たのだろう。
わたしはたまごアームを操り、たまごボックスから薬草と毒消し草を取り出した。
「そのままでは飲ませられないぞ」
バザックさんがいふかしげな顔で見るが、まるっと無視する。
ごめんねパパ、後で説明するね。
「この怪我人たちを回復させる薬を『調合』!」
たまごアームは、飲みやすそうな黄色い液体の入ったコップを持っていた。
「門番のあんちゃん、スプーンを持ってきて!」
わたしはそう言うと、コップの中身を鑑定した。
『すごいミルクセーキ 〈治癒力を高めて傷を治す作用のあるすごいミルクセーキ。栄養価も高いので、大抵のケガはこれさえあれば完治する。とても美味しくて飲むと力がわいてくるので、おやつにも最適』
だから、薬なのかおやつなのかはっきりしろよすごいシリーズは!
「それはなんだ? 何をする気だ?」
バザックさんは放っておいて、わたしは商人のお嬢さんに向かって言った。
「お嬢さんよく聞いて。これからあんたの家族によく効く特別な薬を飲ませるよ。お嬢さんにも手伝ってもらいたいから、まずはこれを飲んでもらえるかな? 薬はまだたくさんあるから、全部飲んじゃって」
「あ……わたし……」
「こんな状況でビビるのは仕方ないよ、これを飲むと元気が出て、そうしたら一緒に家族を助けられるよ」
わたしは震える女の子の口元に『すごいミルクセーキ』を近づけた。
「……いい匂い……」
恐る恐る口を開けて、女の子はミルクセーキを一口飲んだ。
ぱちぱちと瞬きをし、もう一口飲む。
両手が出てコップを掴むと、女の子は夢中でミルクセーキを飲みはじめた。
「おいし……美味しい、こんなに美味しい飲み物を王都でも飲んだことないわ! 甘くていい香りがしてコクがあって、身体の中に染み渡っていくよう……」
女の子の頬がピンクに染まり、すっかり血色が良くなって震えも止まったようだ。
さすが『すごいミルクセーキ』、いい仕事するね。
わたしはもうひとつ『調合』して、飲み終わった女の子に渡した。
「これをスプーンですくって、ケガした男たちの口に片っ端から突っ込んで。口に入ればなんでもいいよ」
わたしは『すごいミルクセーキ』とスプーンを渡して言った。
もうひとつ『調合』し、半分意識の飛んでいるお母さんらしい女性の口にコップをつける。
「頭でもぶつけたの? こぶができてるね。ほらおばさん、これ飲んで」
匂いに誘われたのか、コップを傾けるとおばさんは『すごいミルクセーキ』を口に含んだ。とたんに目に光が戻ってくる。
「あ……わたしはいったい……」
「自分で持てるかな? よし、おっけ、そのまま全部飲んで。どう、お父さんたちは飲めてる?」
「飲めてます、しっかりと飲み込んでます」
お嬢さんが嬉しそうに答えた。
よし、『すごいミルクセーキ』が効いて、ケガした人たちは全員目が開いたね。これでもう大丈夫だ。
「起きられるようになったら、ひとつずつ持たせて」
わたしは『調合』を繰り返して、商人一家全員の分の『すごいミルクセーキ』を出した。お嬢さんが受け取って、もう座れるようになったケガ人の手に持たせていく。
そしてみんな、美味しそうに飲んでいる。
ミルクセーキは優しい味がして疲れた身体と心を癒す飲み物だと思うけれど、すごいシリーズは薬だけあってその効果も大変強くなっている。
すべて配り終えると、眉に縦ジワを寄せてわたしのやることを見ていたバザックさんにもひとつ『調合』して渡す。
「ごめんねパパ、わたしを信じて止めずにいてくれたんだね。嬉しいよ」
「リカ、これはいったいなんだ? そして、まるで魔法を使ったかのようなあの凄まじい回復力はなんだ?」
「これはわたしの特殊な能力で調合した、薬草と毒消し草からできた薬だよ。ケガに効くし、美味しくて身体にいいからおやつにも最適だよ。試しに飲んでみてよ」
「……」
バザックさんは注意深く匂いを嗅ぐ。
「なるほど、甘く良い香りがするな。子どもの好む菓子のようだ」
そっと一口、含む。
とたんに、目を見開いた。
「これは、すごく力のある薬だぞ! しかもひどく美味いな。身体が熱くなり、体力が急激に上昇していくのがわかるし、ありえないくらいに力がわいてくる。なるほど、この力が彼らの傷をみるみる治していく程の治癒能力となったんだな」
「栄養たっぷりだから、大量出血した分の血液もすぐに作られるよ。材料も体力も充分だから。あっ、この前のお医者さんだ!」
わたしは見慣れた顔に手を振る。
マックスさんが、エドんちのエルザさんを診てくれた親切なお医者さんを連れてきてくれたのだ。
その後から、ライルさんをはじめとするギルド職員の皆さんが担架を持ってやってくる。
「やあ、たまごのお嬢さんじゃないか。もしかして、また薬草を使っておいてくれたのかな」
「うん、そうだよ。大丈夫とは思うけど、この人たちのケガを診てくれる? そして、もっと薬が必要なら教えてよ」
「わかった。しかし、この出血量にしては皆顔色がいい。おお、傷もふさがって来ているし、骨にねじれもないな、非常に上手く治療がされている」
「よかった」
先生に診てもらったから、安心だね。
たまごの能力がすごいといってもやっぱり素人がやることだから、専門家にチェックしてもらうことは必要だと思う。
さて、ケガ人も大丈夫そうだし、この事態を収集させるかな。