手合わせをお願いいたします!
さてさて、わたしはこの世界に来てから最大のピンチを迎えていた。
ミスリルタートルを狩るためのお墨付きをもらうには、平凡顔だが礼儀正しいイケメンギルド職員(かっこいいのかそうでないのかどっちだ?と言われそうだが、わたしは自称妹としてあえてイケメンだと断言するよ)ライルさんと手合わせして、ミスリルタートルを狩るだけの実力がありそうなすげーかっこいいところを見せないといけないのだ。
ところが、わたしの持つ必殺技は、たまごアタックとたまごホーン、つまり体当たりと頭突きなのだ。
うわー、全然かっこよくないよ!
そして、戦う姿は多分残虐だよ!
相手の全身をめった打ちが基本だからね。
ライルさんをめった打ちにはしたくないんだけど、そうしたらどうやって勝てばいいのだ?
このビルテンの町は、後ろが山で、ちょっと走ったところに魔物の森があり、近くには農村がある。鉱山も少し離れたところにあり、王都までは馬車で数日の距離のまあまあ大きな町だ。
主な産物は魔物から取れるものとか魔石なので、冒険者で賑わっている。
魔物の森で採れる薬草などの植物も質が良いとのことで、王都でも人気らしい。もちろん、鉱山から採れた鉱物も加工されて、サンダルクのおっちゃんのようなドワーフたちの手によって武器や日用品が作られて王都に運ばれる。
そのため、冒険者ギルドや併設された引き取り所はなかなか立派な設備なのだ。
ギルドでは主にカウンターにいるライルさんやチアさんと関わることが多いけれど、他にも大勢の人が働いている。
そんな立派なギルドには、冒険者が訓練を行ったりギルドによる講習が行われるのに使われる練習場がある。
そこで今日はカウンター業務を他の人に任せたライルさんがわたしと手合わせをして、実力の確認をしてくれるのだ。
カウンターというのは、ギルドの顔である。
そして、冒険者を守るというギルドの仕事の最前線を担う、重要な部署なのだ。
依頼書と冒険者のマッチングに失敗をすると、即命の危険につながるし、荒くれ者もいる冒険者たちを問題を起こさないようにさばくのもカウンター職員の仕事だ。
そのため、冒険者の仕事を知り尽くした実力のある者がカウンターに立つ。若いようだがライルさんはランクB、そしてチアさんはランクCのベテラン冒険者なのだ。
その、この町でもトップクラスにいるライルさんと手合わせするのは、力わざだけでランクFからアップしてきた、まだまだ駆け出しのたまごである。
そんなに面白い見世物ではないと思うのだけど。
ちょっと、ギャラリー多すぎだよ!
この町には他に娯楽はないの!?
ってゆーか、みんな働けよ!
わたしが練習場に行くと、そこには無駄に多い人と準備を終えたライルさんが待っていた。
「おはようございます、リカさん。……どうかしましたか?」
「ライルさん! ライルさんがわたしをギタンギタンにする気満々なことがよくわかりましたよ! 可愛い妹に向かって、よくそんな真似ができますね!」
完全装備のランクB冒険者がいるよ!
身体には金属製の防具が付けられ、腰にはでかそうな剣がつってある。
あれが噂のミスリルソードだね。
すっぽんぽんのたまごに比べてかっこよさが違うよ、盛り上がり感が違うよ、戦う前からわたしの負けじゃん。
「あなたは僕の妹ではありませんし、別にリカさんを叩きのめしたいから本格的な装備を付けたわけではありません」
「『可愛い』を否定しない辺りにライルさんの愛を感じましたが、じゃあなぜその格好をしているのですか?」
「惨殺されたくないからです」
うわあああああ、惨殺たまごに認定されちゃったよ!
「リカさんが罪のないギルド職員を殺害するとは思いませんが、力を制御できずに『うっかり』とどめを刺してしまう可能性は否定できないのですよ」
あー、それはわたしも否定できないね。ごめんね。
いや、謝って済むことではないのだが。
でも、わたし、不測の事態に対処できるように、今朝森でたくさん薬草と毒消し草を摘んできたんだよ! 虫の息くらいならすぐに治せるよ!
それにしても、馬子にも衣装というのはこういう事なのか、普段はシンプルなシャツにズボンを着用した懇切丁寧ではあるが平凡な印象であることを否めないライルさんであるが、RPGの勇者的なコスチュームに身を包んだだけでかっこよさが当社比1.7倍くらいに上がり、ランクBの冒険者様であることも相まって、見学に来たらしき女性ギルド職員にきゃあきゃあ言われているではないか。
おのれ、たまごアイドルの地位を脅かすつもりなのか?
ルックスではまったく勝てる気がしないぞ、無念!
もう、このひと時の盛り上がりに付け込んで、このまま嫁でも射止めてしまえ!
そして、人気を落とすがいい!
「では、始めますか」
ライルさんが剣を抜いた。
ミスリルの刃が『切り裂いちゃうゾ、うふ』と言わんばかりに輝いている。
「……たまごホーン」
わたしはしょっぱなから角を生やす。
「お、たまごの頭からなんか出たぞ」
「ぷっ、なんだあれ」
「ぷぷっ」
……この姿を鏡で確認したことがないからわからなかったが、そんなに緊張感に欠けるフォルムなのだろうか。
「おおっ!」というどよめきを期待したわたしはがっかりした。
そして、ライルお兄ちゃん。
剣を構えた姿にギャラリーのお姉さんもうっとりなのである。
お兄ちゃんにはまったく恨みはないけれど……八つ当たりさせて貰うよ!
「たまごアターーーーック!」
わたしの親指がBボタンにかかった。
たまごの必殺技の前では、さすがのランクB冒険者も手も足も出ないだろう。
そう思った時もありました。
「おのれええええっ、ちょこまかと! 大人しくそこになおるのですお兄ちゃん!」
「お断りします」
「可愛い妹の言うことが聞けないのですか!?」
「妹じゃありませんし、命は惜しいので」
当たらない!
必殺技が一発も当たらないよ!
考えてみたら、わたしは今までの戦いは闇雲に襲いかかって来る少々おつむの残念な魔物ばかりが相手であった。
わたしの強さを認識できないうちにさくっと攻撃を決めて倒せる相手ばかりだ。
ところがライルさんは人間である。
ちゃんと頭が良い。
そのため、わたしの弱点を見切られていたのだ。
「くっそぉぉぉぉぉ、ぶつからないたまごはただのたまごだ!」
「若いお嬢さんがそんな言葉使いをしてはいけません」
「教育的指導をされたあっ!」
わたしは口とジョイスティックとABボタンを同時に動かすのでたいそう忙しい。
たまご内は快適な温湿度調整がされているというのに、わたしの額には嫌な汗すらかいている。
しかし、ライルさんは涼しい顔をしてわたしの突撃を避け、すれ違い様にミスリルの剣で頭にチョップまで入れるという暴挙っぷりである。
まったく、割れたらどうするのだ。
絶対防御があるから割れないけど。
「ふう……ライルさん、あなたはただの剣士ではありませんね」
「いえ、シンプルな剣士だと思います。魔法を使って身体能力は向上させていますが」
「それで人間離れした回避能力があるのですか」
「防御とかスピードとか腕力とか、およそすべてのステータスを底上げしていますね」
ううん、魔法が無敵過ぎる!
わたしに魔法を使えたら、こんな事態には陥らなかったのに。
しかし、わたしはミスリルタートルを絶対に狩りに行きたいのだ。
物理攻撃が通用しないからと言ってすごすごと負けを認める訳にはいかない。
「ふふん、それでは仕方がありませんね。いいでしょう、たまごの戦い方を見せて差し上げます」
わたしの最大の長所は、いかなる攻撃にもダメージを受けないという点にある。
たとえ様々な能力が底上げされていても、ライルさんは戦いの中で疲労していくはず。能力が低下し、隙もできるだろう。
わたしは長期戦を覚悟し、コントローラーを持つ手に力を込めた。
「うおおおおおっ! ジョイスティックが火を吹くぜ!」
練習場の中をところ狭しと爆走するたまご。
緩急つけながら、ライルさんの隙をつく。
しかしさすがは上級冒険者、そう簡単には後ろを取らせない。
熱い戦いは延々と続く。
「もらった!」
「甘い!」
某アイドルグループも真っ青なバク宙をし、ギャラリーのお姉さんたちから熱い叫び声を貰うギルド職員。
そのまま低い姿勢で斬りかかって来るところを「ワイヤーアクションかよ!」と突っ込みながらかわすたまご。
すかさず方向転換、ライルさんに突進する。
と見せかけてジャンプ!
迫るたまごホーンを避け、前方回転受け身をとるライルさん。
ジョイスティックを操り方向転換。
まだ膝をつくライルさんに、ホーンの一撃!
それを受けるはミスリルの剣。
キン、という澄んだ音が初めて響き渡る。
力を横にいなされ、そのまま横滑りするたまご。
いったんライルさんから引き、体勢を整えてもう一撃……!?
「勝負がつきましたね」
ライルさんは構えを解いた。
右手に握るのは、ミスリルの剣、いや、剣だったもの、であった。
肝心の刃がない。剣の柄しか残っていないのだ。
ライルさんの立っているまわりには、銀色に光る欠片が散りばめられている。
「なるほど、一撃食らったらおしまい、という訳なんですね。よくわかりました。まさかミスリルの剣が粉々にされるとは……」
たまごホーンと打ち合って、剣は粉砕されてしまったらしい。
あ。
その武器、もしかして高くね?
「ここまで徹底的に砕かれると、修復は難しいのでしょうね……」
唇に乾いた笑いを浮かべるギルド職員。
果たしてお給料の何ヶ月分だったのだろうか。
いや、もしかして何年分?
「いえ、命が無事だったのだから、いいのですが……」
ライルお兄ちゃん、超がっかりしているね!
ごめんね、ごめんなさい、お兄ちゃん。
ミスリルタートルを狩ったら、上から下までミスリルのフル装備をプレゼントするから。もちろん、超かっこいい最新のミスリルソードをサンダルクのおっちゃんにオーダーするよ。
背中に『ラ』の字の浮き彫りを入れてもいいよ。
だから……そんな寂しい瞳でわたしに笑いかけないで!
とりあえず、みんなで『すごいたまごアイス』でも食べて一息入れようね!