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たまごになりました。 

 そのメールが来たのは、いいバイトが見つからなくて自分の部屋のベッドに寝転がっていた時だった。

 わたしは適当に勉強して偏差値で適当に高校を選んで受験をし合格して、今は春休みだ。

 高校に入ったら、アルバイトをしようと思っていた。

 別に家が貧乏という訳でもないけど、バイトでもしてみたらやり甲斐のようなものが見つかるんじゃないかと思ったのだ。


 しかし、それは甘い考えだったようで、まだお子様のしっぽを引きずっているわたしができそうな仕事はなかなかない。

 別に大金が欲しいとか、そういうんじゃないんだけどな。


 部屋着にしているロングTシャツにハーフパンツを着て寝転がりながらスマホをいじっていると、着信音が鳴った。メール画面を開く。


『急募! 異世界でアイドルキャラクターをやってみませんか? みんなに愛されきゃあきゃあ言われるお仕事です』


「なにこの求人」


 最近はアイドルもバイトがあるんだね、わたしは世間知らずだから初めて聞いたよ。


『とてもやり甲斐があるお仕事です』


 スルーしようとしたわたしは、やり甲斐という言葉で手を止めた。


「やり甲斐、かあ。バイトのアイドルってなにをやるんだろう。キャラクターってことは、ぬいぐるみかぶったりするのかな」


『詳しくはこちらへ』


 わたしはあまり考えずにスマホの画面に触れた。

 その瞬間、世界が暗転した。






 気がついたら、知らない森の中にいた。

 一応首都圏に住んでいるので、こういう景色にはあまり馴染みがない。

 そして更に奇妙なことに、わたしは球形の物の中に閉じ込められている。

 閉じ込められているのに、なぜ森の中だとわかったのか?

 それは、椅子にかけたような状態で宙に浮かんでいるわたしの目の前にスクリーンがあって、外の様子が見えているからだ。


 浮かんでいるので、身体はとても楽である。

 服装はさっき着ていたロングTシャツにハーフパンツ。

 目の前で両手をにぎにぎしても、別に違和感なく動く。


「なんだろここ。コクピットの中?」


 テレビで見た飛行機のコクピットがこんな感じかも。

 機械類はまったくないんだけどね。


 周りを見ると、右下に小さなスクリーンが浮かんでいて、文字が書かれていた。人差し指の先で触ってみると、文字が増えた。ステータスとかアイテムとか装備とか書いてある。

 わたしはステータスという文字に触れた。


名前 リカ

性別 女性

種族 たまご

職業 たまご戦士

年齢 15

賞罰 なし

スキル 異世界言語万能


「……たまご?」


 なにか間違っていると思う。

 

 今度は装備という文字に触れた。


装備 たまご〉


 〉に触れる。


装備 たまご〈絶対防御の殻を持つたまご。レベルが上がるといろいろ便利になる。


 わたしは今現在、たまごを装備しているらしい。

 もしかして、この球形の物体がたまごなのだろうか。


 次に、アイテムに触れる。


アイテム なし

所持金 0ゴル


 無一文のようだ。


 文字の書いてあるスクリーンに、『メッセージ』とあったので、触れてみる。


『この度はご応募くださいましてありがとうございます。このお仕事の目的は、この世界でたまご戦士として活躍して、みんなのアイドルになることです。任務が終了しないと元の世界に戻れないので、頑張ってミッションをクリアしてください 神より』


「ちょっと! 任務の基準がわからないんだけど! しかも、神ってなに?」


 それに、わたしまだ応募してないよ?

 なにこのブラック企業。


 ポーン、と電子音がした。


『お食事の用意ができました』


 小さなテーブルが出てきて、そこにはたまごかけご飯が乗っていた。





 わたしはたまごかけご飯と、脇に添えられていた白菜のお漬物を食べた。美味しかった。


 しかし、このたまごはどうなっているのだろう。

 出口らしいものもないし、動かし方もわからない。

 このまま森の中に転がっていても、アイドルになれるとは思わない。


 何かないかと目の前のツルツルした壁(殻?)に触ったら、四角い切れ込みがあったので押してみた。

 ぽん、とゲームのコントローラーのようなものが出てきた。

 左がジョイスティックで、右にABボタンがあるだけのシンプルなものだ。


 ジョイスティックを前に倒したら、風景が変わった。どうやら前に進んでいるらしい。

 Aボタンを押したら『ポウン』と効果音が鳴ってたまごが飛び跳ねた。Bボタンは急加速だ。

 とにかくここにいてもたまごかけご飯を食べることしかできなそうなので、わたしはたまごを操って森の外に出ることを目指した。






 しばらく進んでいると、前の茂みがガサガサして生き物が現れた。


『ワイルドウルフが現れました』


 音声案内が聞こえた。

 目の前には狼に似た動物が身体を低くして、今にもこちらに飛びかかって来そうだ。


「どうしよう、攻撃手段がないよ」


 たまごの殻に守られているから恐怖感はないんだけど、追い払う方法がないのは心許ない。


 ワイルドウルフが飛びかかってきた。


 たまごに弾き返された。

 わたしは軽い衝撃を感じた。


 また飛びかかってきたが、たまごはびくともしない。

 やはり絶対防御力があるからだろう。


 諦めないワイルドウルフがまたしても飛びかかってきたので、今度はジョイスティックを前に倒しBボタンを押してこちらからも体当たりしてみた。


 ワイルドウルフは「ギャウン!」と鳴いて落ち、そのまま動かなくなった。


『ワイルドウルフを倒しました。たまごアタックを覚えました』


 よかった、攻撃できるようになった。

 体当たりだけど。


 しかし、倒したワイルドウルフはどうしたらいいのだろう?

 ゲームだとアイテム化したりお金に変わったり魔石になったりするんだけどな。ここはそのまんまだ。


「毛皮とか売れるなら持って行きたいなあ」


 でも、たまごではどうにもできない。お金が欲しいんだけど、困ったな。


『たまごアームとたまごボックスが使えるようになりました』


 またアナウンスがあったので、ステータス画面を見る。

 スキルのところに文字が増えていたので触れてみる。


たまごアーム 便利な腕。

たまごボックス 生物以外は時間を止めてしまっておける空間。無限大。


「……たまごアーム?」


 どうやって使うのだろうと右手を伸ばしたら、白い腕がしゅるしゅると伸びるのが見えた。ワイルドウルフの死骸を軽々と持ち上げる。


「たまごボックス」


  目の前の空間に亀裂が入り、黒い口が開いたので、そこにワイルドウルフを入れてみた。


 画面の『アイテム』に触れてみる。


アイテム ワイルドウルフ 1


ちゃんとしまえたようなので安心した。






 そのまま森の中を進んでいくと、時々ワイルドウルフが現れて飛びかかってきた。わたしはたまごアタックで難なく倒して、たまごボックスにしまった。

 高く売れるといいな。


 たまにワイルドベアという熊に似た生き物も現れたけど、たまごアタックを何度か繰り返すとこれも倒すことができた。

 たまごアタックは使えば使うほど強力になるようで、もうワイルドウルフの群れなら一撃で二、三匹は倒せる。

 わたしのアイテム欄にはワイルドウルフが35、ワイルドベアが3と表示され、とうとう森を抜けることができた。


 森を抜けると道があり、遠くに建物が見える。あれが町のようだ。意外に近くてよかった。


 わたしは盗賊に襲われる人にも獣に追われる人にも会うことなく、町に到着した。






「何者だっ!?」


 町の入り口にある門で、門番らしい人に思いきり驚かれる。


「すいません、たまごです」


「……喋った」


「怪しいものではありません。旅の途中の戦士なんです」


 本当は可愛い女の子なんだけどな。

 たまごから出られないから仕方がない。


「魔獣ではないのか?」


「こんな姿ですが、人間です」


「いや……人間ではないだろう」


「心は人間です。たまご戦士のリカです、よろしくお願いいたします」


 なるべく丁寧に挨拶をする。


「ずいぶんと礼儀正しいたまごだな。悪い奴ではなさそうだ。身分証は……ないのか。じゃあ、この判定盤に触れてみろ。犯罪者かどうかわかるからな」


 門番は四角い白い板のようなものを出した。


「はい」


 わたしがたまごアームを伸ばすと、門番はビクッとしたが、逃げずに板を持っていた。なかなか肝の座った男らしい。わたしだったら逃げてるな。白いひょろひょろした腕を伸ばす巨大なたまごなんて恐すぎる。


 板に触れると、ぱあっと光って空中に文字が浮き上がった。


名前 リカ

性別 女性

種族 たまご

職業 たまご戦士

年齢 15

賞罰 なし


 わたしのステータスの一部だ。


「犯罪歴はないから通って……おい、女の子なのか?」


「そうですよ」


「そうか、いや、なんだか済まなかったな」


「いいんです、たまごの性別なんてわかりませんよね」


 むしろわかったらびっくりだよ。


「じゃあ、この仮の通行証を持って町に入ってくれ。町の中に冒険者ギルドがあって、そこで身分証を発行してくれる。もしも冒険者になりたかったら、ギルドカードを発行してもらえば、それが身分証として使えるぞ。身分証は三日以内に仮の通行証と一緒にここに持ってこい。来ないと指名手配されて捕まるから、必ず来いよ」


「わかりました」


「俺は門番のバザックだ。なにかあったら相談しろ」


「ありがとうございます、バザックさん」


 親切な門番さんだ。

 たまごはお辞儀ができないので、わたしはたまごアームをふりふりしてから町に入った。

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