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「御影」  作者: 穀物
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誰かの御影

 青いワゴン車に乗って約30分。何度か友達と遊びに来たことがある繁華街近くの景色が窓を流れていく。


「街中にある家なんですね」

「事務所の上だからな。普通の家よりかは狭いかもしれないが、男2人でも十分暮らせる」


 もう敬語は外して楽にするといい。ミカゲはそう言った。彼もすっかり、オバサンの前での好青年のような口ぶりではなくなっている。

 京一も堅苦しいのは苦手だ。これ幸いと、肩の力も抜けていった。


「実は、雇っている探偵が何人かいるんだが、そいつらにはお前のこと伝えていない。養子を取ることも言っていない」

「そんな急に大丈夫?」

「あぁ。ちょっと驚かせてやろうと思って」


 あ、こいつ意外にお茶目だ。いきなり子供を連れてくるなんて、お茶目のレベルで済むかは疑問ではあるが。

 京一の中で、段々と舛館ミカゲという男のイメージが固まっていく。


 華やかな街並みを外れて、人気のない路地裏の駐車場にワゴンは止まった。

 そこから歩いて10分ほど。ほとんどまともな会話はなく気まずいようにも感じたが、ミカゲはいたって上機嫌だった(ように京一には見えた)。


 活気付いている商店街の入り口近くのビルで、京一の前を歩いていたミカゲの足が止まった。


「ここの3階。ボロめなのは、まぁ目を瞑ってくれ」


 ボロめとはいうが、ひびはないしツタが巻きついているわけでもない。壁の白がくすんでいるくらいで、よくある小ビルだ。

 1階には小洒落たイタリアン料理店が入っている。ミカゲがここのビルの所有者で、1階を貸しているらしい。見た限り、なかなかに繁盛しているようだ。


 カツン、カツン、コン、コン、

 ミカゲの革靴と京一のスニーカーの音が、塗装の剥げかかった鉄筋の階段を上っていく。

 2階は探偵事務所。下手くそな筆で「グラナート探偵事務所」と書かれた粗末な長い板が、冷たそうなドアの傍に立て掛けられている。


 カツン、カツン、コン、コン、

 3階。2階の事務所前よりも物が多い。一体何が入っているのやら、ダンボールやらプラスチックやらの箱が積まれている。

 まだ上の階があるようだ。

 

「4階は何の階?」

「そこは人に貸している。正式に探偵として雇っている訳ではないが、事務所にちょくちょく顔を出して手伝ってくれる人だから、その時に挨拶でもすればいい」


 ドアのポストに無造作に刺さっていた新聞を慣れた手つきで抜き取り、ミカゲはドアの鍵を開けた。


「いらっしゃい」

「おじゃまします」


「……おかえり?」

「……た、ただいま?」


 慣れるまで時間が掛かりそうだと、お互い顔を見合わせて、軽く吹き出した。



 リビングは簡素なモノトーン調で、すっきりとまとめられている。

 色々まとめて詰め込んできた大きなリュックを床に下ろすと、ふぅーっと力が抜けていった。


「部屋は玄関に1番近い所だ。取り敢えず、勉強机とベッドだけは揃えてある。荷解きしてこい。お茶でもいれておく」

「ありがと」




 部屋の中もリビング同様モノトーン。しかし、他の空間と切り離され、時間が止まっていたかのように、生活感がまるでない。それでいて、扉を開けた瞬間にも分かる埃っぽさ。

 カーテンを開けようとすると、若干の引っ掛かりのあと、すんなり開いた。

 陽当たり、良好。

 




「部屋、どうだった」

「あんなに陽当たり良い部屋もらっていいの?」

「どうせ使わない部屋だったから、むしろ使ってくれたほうが有難い。なにせいきなりな話だったから、ちゃんと掃除も出来てなくて悪いな。後でやっておく」

「別に、俺がやるからいいよ」

「そうか、じゃあ頼む。あぁ、あのままじゃ殺風景で寂しいだろうから、今度の休みにでも家具屋とか雑貨屋とかに行こう」

「あと収納ケースと本棚くらいあれば十分」

「……我ながら、いい息子を持ったものだ」


 こうしていると、本当に親子みたいだ。……そうか。血縁関係にはまだなっていないけれど、もうこの人は俺の「親父」になるのか。

 親と買い物なんて、何年振りだろう。



「そういえば、なんであの部屋は使ってなかったんだ?奥の部屋に結構荷物置いてあるのに」

「まぁ、色々あってな」

「訳あり物件?」

「そんなところだ」

「……おばけが出る、とか」

「かもな」

「えー、俺あの部屋やだ」

「うるさい。おばけとくらい仲良くしなさい」



 香り良い紅茶と上品なチーズケーキは、京一には少し甘すぎた。




-------------------





「お前、それ」

「へ?」

「良い物着けてるな」


 窓の外が薄く赤色になってきた頃、京一は課題の本をリビングで読んでいた。

 ソファで小難しそうな雑誌を広げていたミカゲは、京一の左手腕を指差す。


「今時方位磁針携帯してる奴なんて、絶滅危惧種だろう。模範的な高校生だと思っていたが、粋で良いじゃないか。貰い物か?」

「親父から……あ、前の・・親父から、貰った……?昔過ぎてよく覚えてない」


 アンティークなそれは、銀が錆び、金の縁が剥げかかっていて、それが逆に高級感を出している。


「正直、もう習慣みたいな感じで着けてるだけだから、全然粋とかじゃないけど」


 それでも、長年連れ添ってきた品だ。褒められるというのは彼にとって嬉しかった。


「形見なのか?」

「……さぁ。どっかでのたれ死んでるかもしれないし、しぶとく生きてるのかもしれないし」

「その口ぶりから言うと、あまり良い実親じゃなかったみたいだな」

「ミカゲがそうじゃないことを願ってるよ」

「あぁ。クソ親父なんて言われないように、努力はしてみる」


 彼は雑誌をたたみ、コーヒーを淹れ始めた。終わると、またソファに戻る。


「あのさ、本当に俺で良かったの?」

「何を今更」

「だって、もう俺高校生だし、他にも良い子いっぱいいたじゃん」

「お前こそ、俺でよかったのか」

「こう言うのは照れるけど……実親が出来て嬉しい」

「そういうことだ、察しろ」


 コーヒーを飲みながら話すミカゲは、目を閉じてる。さっきからずっと、必要な時以外は目を閉じてることが気になり、京一は問いかけた。


「ただの癖だ」

「変。」

「……そうだな。いずれ話すことになるだろうし、早速だが打ち明けてしまおう。こういうのは、引き延ばしにするよりか早い方がいい」


 組んでいた足を解き、軽く伸びをする。

 彼が『癖』の理由を語り始めた。瞼を下ろしたまま。




「京一、お前は《ADDER》、知っているな?正式名称は多指症だとか多腕症だとか……細かく分けるとそういう名前だが、誰が呼び始めたのか総称として世間では《ADDER》と呼ばれているアレだ」

「知ってるよ。俺の学年にも2人いるし」


 体の器官が人より多い病気。染色体異常が原因だと言われていて数十年前までは極々珍しい病気だったが、その患者の数が年々増えており、原因も分からないまま、いまでは俗称までつけられるほど一般的な病気になった。


「ミカゲもしかしてADDER?」

「……隠してて悪かった」

「別に抵抗はないよ。隠すのも普通だと思うし」


 ADDER達に対して差別意識のある人は多い。殆どのADDERが、目立たないように奇形部を隠して過ごしている。


「一般的には公表されていないんだが、実はADDERにも色々種類があってなーー」




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