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とある呪具店の平凡な日常

作者: 三月

設定は適当です。深く考えずに読んで下さい。

 某月某日 晴天


 今日は珍しく団体客が来た。全員が学生のようだ。一応庶民的な服に身を包んでいるが、育ちの良さが隠しきれていない。恐らくは御忍びで来た貴族の子息達であると思われる。

 本日のお客様は総勢5名。男性客が4人に女性客が1人という、なんともアンバランスな組合せだ。

 そして5人の様子も何やらおかしい。1番身分が高いと思われる金髪碧眼の少年は、女性客の隣に張り付きまるで所有権を主張しているかのようだ。

 その反対側には、濃紺の髪と瞳をした同じくらいの年頃の少年が張り付いている。金髪少年に負けじと睨み付けているが、相手の身分を思ってか、やや遠慮がちだ。

 そんな3人の様子に嫉妬を隠さずに先頭に立っているのは赤毛の少年だ。護衛役なのか、周囲に気を配っているようだが、それ以上に後ろの女性を気にしている。

 最後の1人は栗色の髪に琥珀色の目をした少年だ。金髪少年とやや似通った顔立ちの彼は、憎々しげに女性客を睨み付けている。それは嫉妬からというより、嫌悪していると言った方がいい目付きだった。

 そんな目で見られているのに気付いていないのか、それとも無視しているのか、女性客はのんびりと商品を見ている。薄桃色の髪と瞳の、中々整った顔立ちの少女だが、周りの4人と比べると所作が優美さに欠ける。間違いなく彼女は庶民の出だろう。

 庶民と貴族が共に行動すること自体には、何ら問題はない。彼らの制服はこの国でも最高峰の学園の生徒である証。かの学園は実力主義で有名だから、庶民でも実力があれば貴族並みの待遇を受けられると聞く。

 問題というより違和感を感じるのは、彼女がまるで彼らの主のように振る舞っていることだ。栗毛の彼が嫌悪感を露にしているのも、その辺が原因だろう。しかし、お客様の個人的な事情に首を突っ込むつもりはない。


 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」


 長年の接客業で鍛えられた笑顔を顔に貼り付けてご挨拶。例え子どもでも客は客。今後お得意様になるかもしれない未来を考えて、常に最上の対応をするのが私流だ。


 「これを、彼女用に調整してほしい」


 そう言って出されたのは、危険度の低い呪具の1つ。腕輪型のこの呪具はあまり攻撃的ではなく、呪具にしては穏やかな方なので店頭に並べている物の1つなのだが・・・。


 「申し訳ございません、お客様。こちらの商品をお売りすることは出来ません」


 私は慎んで頭を下げた。しかし、彼らはまさか断られるなんて思ってもみなかったのだろう。怒気も露に詰め寄ってきた。


 「売れないとはどういうことだ!何か不満でもあるのか!?」


 やれやれ、ですねぇ。彼らはどうやら呪具というものをまるで理解していないようだ。


 「その通りですお客様。ただし、彼女に不満があるのは私ではなくその呪具の方です」


 ポカンとしている彼らに、出来るだけ解りやすく説明をする。

 呪具とは、ただの道具ではない。その名の通り、呪いの力を持つ道具なのだ。

 元はただの道具、もしくは装飾品であったものが、使用者や製作者の強い想いを受けて力と意思を持ったもの。それが呪具となる。

 その呪具に意思を与えた者が憎悪などの負の感情が強ければ、それは人に害を与える力を持ち、逆に慈愛や親愛など、誰かを思いやる気持ちから生まれたモノは護り、癒すための力を得る。

 そして個々の意思を持つが故に、彼らは自らの意思で主を選ぶ。こればかりは彼らの意思を無視して売ることは出来ない。そんなことをすれば悲劇が待っているのは明らかだからだ。

 どんなに穏やかな呪具でも、例え癒しの力しか持たない呪具でも、望まない相手に所有されれば全力で抵抗する。その結果主である人間が死んだとしても、彼らはそれに一切頓着しない。

 だからこそ、私は彼らの意思を汲み、相性の良い相手だけに売るのだ。そしてそれは国との契約でもある。相性が悪いと、呪具が嫌がっていると知っていてそれでも売った場合、私は厳罰に処される。どれだけ金を積まれても、決して頷かないために交わされた契約だ。まぁ、そんな契約などしなくても呪具が望まない相手になどいくら金を積まれても売る気はないが、国としては形式が大事らしい。

 そんな諸々の事情を説明しても、お客様方は納得してくれないようで。特に女性客の態度は凄まじいの一言ですね。


 「この私が欲しいと言っているのよ?どうして逆らうの!」


 あの、此処までの私の説明を聞いていましたかねぇ?貴女がこの呪具に主と認められていないからなんですけど。

 喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込んだが、私が言いたかったことは伝わってしまったらしい。女性客が般若の形相で睨み付けてきた。


 「モブの分際で、私に逆らうんじゃないわよ!」


 瞬間、女性客から強い魔力が噴き出し、私へと向かってきた。しかし、その力は私に届く前に霧散する。そうして、後に残ったのは・・・・。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 「それで、どうなったんですか?」


 「別に、いつも通りだったよ」


 心底どうでも良いと言わんばかりの口調で答えた店主は、目の前の腕輪を一心に見つめながら磨きあげている。多分、あれが今の話に出てきた腕輪なのだろう。

 しばらくはその様子を見ていたハルカだったが、店主の意識が完全に手の中の魔具に集中しているのを確認してまた掃除に戻った。

 ハルカは水色の髪と瞳を持つ14歳程度の少女の姿をした人形だ。一応呪具として分類されていて、この店の店主のコレクションの1つでもある。

 対する店主は20代半ば程の、黄緑の髪と常に細められているのでわかりにくいが琥珀色の瞳をした一見穏やかな文学青年風の男である。

 しかしこの店主を見た目で判断してはいけない。何せこの男は、一部では『呪具狂い』として有名な狂人なのだ。何よりも呪具を優先して考え、彼の前で呪具を軽んずる発言をした為に不幸に見舞われた人間は数知れないとされている。

 そして当然のように常に複数の呪具を身に付けている彼に攻撃を仕掛けるのは自殺行為でしかない。更に所有を拒む呪具を無理矢理買おうとしていたのなら、呪具達も大いに張り切ってしまったことだろう。

 その時ハルカは偶々外出していたので良く知らないが、気を失ったらしい学生達を運ばされた騎士達はかなり愚痴っていた。この地区の担当になった為にこの店主に振り回されている気の毒な人達だ。年々後始末の手際が良くなっているのは彼等的には大変不本意なことだろう。


 しかし、騎士達の話では運ばされたのは女性客を含む4人だが、店主の話を聞く限りでは呪具からの反撃を受けたのは女性客1人の筈である。この違いは何だろうか?


 「長期間精神系の術を掛けられているとね、本人も意識しないうちに術者と繋がってしまうんだよ。だからもし術者が精神に強い衝撃を受けて倒れてしまったら、掛けられた方も一緒に倒れてしまうだろうね」


 ハルカの心を読んだかのように絶妙なタイミングで店主が教えてくれた。毎回思うが、やっぱり人の心を読めるような呪具を持っているのではないだろうか。聞いてもはぐらかされるだけだろうから聞いたことはないが、そんなに的外れでもない筈だとハルカは思っている。

 だがまぁ、これで疑問は解けた。件の女性客は共に倒れた3人を操っていたということなのだろう。


 掃除を続けながら、ハルカは更に考える。1人だけ女性客に恭順しなかったという栗色の髪の少年。

 そういえば、街では王太子が病に倒れたらしいと噂されていた。元々素行があまり良くなかったという彼に同情する者は少なく、彼の腹心とされている2人の貴族も同様に突然の病に倒れた事から、また何かやらかした結果の自業自得だろうと言われている。

 空いた王太子の席に新たに迎えられたのは王弟である宰相の次男だ。第1王女と婚約して王家に入ったという本人の顔をハルカは知らないが、父親の宰相のことは知っている。確か、次男は宰相と同じ栗色の髪と琥珀色の瞳をしていると聞いたことがあったような・・・・。

 先日店を騒がせたお詫びとして届けられた僅かではない額の金子に、宰相から届けられた多くの呪具。そして滅多にハルカを店から出そうとしない店主が、護衛つきとはいえお使いに出したこと。

 騒ぎを起こしたのが貴族ということで口止めを含んでいるのだろうとはわかっていたし、扱いに困った呪具がこの店に運び込まれることは珍しくもないので、これらをハルカは言葉通りに受け取っていたが、もしもこれが別の意味を持っているとしたら?


 「ハルカ、好奇心が過ぎるのも考えものだよ?」


 ハルカの思考を遮るように声音だけは穏やかに店主が言う。しかし、長年の付き合いであるハルカにはその言葉にされない警告が確りと届いた。

 無言で作業に戻るハルカを満足気に見て自分も作業に戻る店主。

 いつも通りの平凡な日常である。




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