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滝神さまの御座す郷  作者: 甲姫
番外編とか
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待ってろ

お題配布元「確かに恋だった」サイト様 https://have-a.chew.jp/

「向こうの空が面白い色らしいから見に行かないか」


 かつては滝神の巫女姫だったサリエラートゥは、いまは時間を持て余すただの娘として、川辺を訪れていた。

 なるべく自然体で、探し人の横から歩み寄る。


 ――よし、言えたぞ。


 誘い出す口実を見つけてからというもの、たったこれだけのことを口にするために、サリエラートゥは十五分以上は思い悩んでいた。どういう言い方をしようか、どの角度から話しかけようか。頭の中で無駄に思い描いたものだ。

 思えば、いつから二の足を踏むようになったのか。前はもっと気軽に遊びに誘っていた気がするのに。自分の意識が、たったひとりにばかり集中するようになったのは、いつからだったろうか。

 薬草を何やら数えたり器に仕分けていた二十代前半の青年が、手を止めて顔を上げるまでにしばらくの間があった。


「いまからか」

「あ、ああ。ヒサヤが忙しいなら、あとででも」


 睨まれたのかと思って、思わず口ごもった。

 しかしこの男、朝霧久也アサギリヒサヤの目つきがきついのはいつものことで、実際は嫌な感情がこもっているわけではないのはサリエラートゥもわかっている。

 彼はもともと異界から現れた者だった。最初は言葉も通じなかったし、その異質な容姿に集落民は困惑したのだった。それがいまや、黒い髪にうねりが無いのも、肌色が明るいのも、見慣れたものである。

 思案顔で手元の薬草の山とサリエラートゥの顔を見比べた後、久也は答えを出した。


「空の色なんてすぐ変わるだろ。いま行ったほうがいいな」

「作業は?」

「再開しやすいように、こうやって重石をおいとく」


 まだ仕分けられていない薬草の上に平べったい石をのせて立ち上がると、げ、と彼は手のひらについた粘土色のぬめりに対して顔をゆがめた。くるりと踵を返し、川に両腕を突っ込んでぬめりを手早く洗い落とした。


「んじゃ行くか。向こうってどっちだ」


 あっち、と指を差してからサリエラートゥがゆっくりと歩き出す。その隣に、歩幅を合わせて久也が並んだ。

 時折手を伸ばし、長い草をかき分ける。

 遠くから猿の鳴き声がした。どうやら和やかな声ではなく、複数の個体が何かを取り合うようにわめいているようだった。


「しっかし暑いな」


 久也は左手で自らの襟を引っぱり、できた隙間に向かって右手で扇いだ。首元に浮かび上がった汗の粒が、見えないところへとするりと流れ落ちる。


「風が吹いているぶん、私は過ごしやすいほうだと思うぞ」


 青年の動作をいちいち観察している自分に気づき、遅れて目を逸らした。

 空を仰げば、さわさわとヤシの木の葉が擦れ合っているのが目に入った。


「俺にはこの風が湿った熱気をA地点からB地点に動かしてるだけな気がするぜ。まあ、トコナツの地だとこんなもんか」

「えぃ、びぃ? 『トコナツ』? 今日もお前の話はよくわからないな」


 そう言いながらもサリエラートゥは口元が吊り上がるのを止めなかった。

 異界から来た青年は、こちらの言語をほぼ覚えたというものの、いつも妙な物言いをする。理屈っぽいし、皆が当たり前に受け入れているものに対して疑問を絶やさない。

 でも不思議と、一緒に居て嫌な気分にならない。


 ――最初の頃はあんなに不可解だったのに。


 集落の民とはだいたい日常生活に関連のある話題ばかりになるが、久也とその相棒であるもうひとりの青年との話は、なんともつかみどころがなくて、飽きない。


「ナツは前にも説明しなかったっけ。ここは雨季と乾季しかないけど、俺らの故郷の二ホンは、シュンカシュウトウってのがあってだな」

「……知らない言葉だ」


 日本(二ホン)は前にも聞いたのでわかる。久也と同じ黒目黒髪で黄とも白とも言える肌色の人間がたくさん住んでいるクニらしい。それ以外の特徴は、何度説明を聞いてもイメージできなかった。家が縦に重なったりするらしいし、薪とは違う燃料で、長距離を勝手に走れる乗り物があるらしい。

 何度図を描いてもらっても信じがたく、結局は想像しても仕方がないものだった。

 開けた場所に出るなり、辺りが暗くなった。


「お、ちょうど雲がかかって涼しくなったな。走るか」

「は!? 待て、おい」


 わけがわからないまま、青年と数秒分の距離が開いた。

 すぐにサリエラートゥも地面を蹴って後を追う。

 動きやすい膝丈の衣服が疾走を許し、難なく追いつくことができた。身長や足の長さではやや分が悪いが、脚力や日頃の運動量は彼女の方がずっと上である。


「急に走り出すな!」


 返ってきたのは、目を細めた笑顔だった。

 胸がどきりとした。

 この青年は賢いが、集落の男どもに比べると一回り体格が小さく、腕力もなければ、足もたいして速くない。狩りも漁も不得意である。

 何ならしょっちゅう熱を出したりと体調を崩していて、頼りないくらいだ。


(そういうところも――目が離せない)


 己の内に渦巻くこの気持ちがなんなのか、ようやく、彼女はわかり始めていた。わかり始めているからこそ、確信を求めて、会いたくなる。


(いや、ややこしく考えすぎているか)


 初めて青年たち二人がやってきた頃を思えば、こうして楽しそうに笑ってくれるだけで、胸がいっぱいだった。

 民家の集中している辺りを通り過ぎ、丘に上がる。近付くにつれ、人の声と気配で満ちているのが感じ取れる。

 丘の上には三十人以上は集まっていた。しかも木陰のある場所には、だいたい先客がいる。家族連れもいれば、葉にくるんだ携帯食やマンゴーを籠いっぱいにもってきている者もいて、全体的に騒がしい。


「あー、まあ珍しいものって、みんな見たいんだろうな」

「そうか……私も誰かに伝え聞いたんだから、広まっていて当然か……」


 チラリと空を見上げれば、薄紫色の線が果てに向かって伸びているのが見えた。

 確かに不思議な色だったが、これでは落ち着いて眺めることができない。

 落胆に俯いた。もっと穏やかな時間を、共にしたいと思っていたのに。

 どう謝ったものかと再び顔を上げると、傍らから久也がいなくなっていることに気付く。


「おーい」


 呼ばわる声は丘の端の方からだ。

 そこまで行くと、静かに話せるくらいにはほかの人々から離れていた。地面も斜面になっていて、いくらか座りやすいだろう。

 しかし皆が西の空を見やる中、ここに座ったら「面白いもの」の逆を向いてしまうのではないか。糸のように伸びる色素は、沈みゆく太陽を追っていた。


「茂みに沿って寝そべったらいい感じじゃないか」

「寝そべる……なるほど」


 横になれば広い空を見渡しやすいし、茂みからの影で、涼しそうでもあった。

 早速、腰を下ろしてみた。

 膝の裏に触れる草の感触がかすかに濡れている。そういえば午後ににわか雨が降っていた。ここは乾くのが遅れているのだろう。

 空に伸びていた紫色の糸が、赤い色と交わり、雲に滲む。確かに、面白い色だった。

 サリエラートゥが腰のやや後ろの地面に両手を置き、上体を倒しかけたその時。


「待ってろ」


 何を――と訊こうとして、振り返る。が、喉まで出かかった言葉を飲み込んでしまった。

 最近流行っているスタイルの、中央を紐で繋ぎ合わせるスタイルのチュニック。布は、仕立て屋に言いくるめられて選んだのであろう、元気な赤黄緑の三色縞模様である。

 あろうことか彼は片手だけで器用に胸元の結び紐をほどいていた。もう片手では、首の後ろの髪紐を外していた。

 ぱさり、と軽やかな音を立てて黒い髪がほどける。肩より少し長いくらいの毛先が、鎖骨を掠める。


(確かに暑いけど、なんでいま)

(そりゃ集落の男は上半身に布をまとわないのも多いし、お前の友人のタクマも最近それに倣ってるけど)

(日焼けするからそういうのは好きじゃないって、言ってたはずじゃ)


 ――私はなんで動揺しているんだ。


 口をぱくぱくさせるだけで、言葉は一切出てこなかった。

 この半袖の服は本来、紐を緩めて頭から脱ぐのが普通であって、すべての穴から紐を抜くものではない。久也は敢えてそうしてから袖から腕を抜き取り、地面に布を広げて見せた。


「よし、濡れないな。これなら安心して寝転がれる」


 布の上から手をぽんぽんと叩いている。

 次いでサリエラートゥの隣に腰をかけては、チュニックを枕代わりにして横になった。髪を解いたのは、寝転がると後ろ首に当たって邪魔になるからだろう。

 ほら、と手招きをされた。


「か、髪がちょっと濡れるくらい、私は気にしないのに」

「虫が這いのぼってきたらさすがに嫌だろ」

「別に嫌というほどじゃ」


 いいから。

 と、なおも勧められたので、大人しく従った。自分も首の後ろで髪を団子に丸めていたのを緩める。

 ついさっきまで着られていただけあって、枕になった布からは温もりと、薬草と汗のにおいがした。臭いとも良い匂いとも言えない微妙なラインで、なんとも落ち着かない。


「お前が嫌じゃなくても俺が気になるんだ、よ」


 近い。声の振動が髪を伝って耳元をくすぐるようだった。

 平常心を保とうと、はるか頭上で踊る桃色の雲の動きを必死に目で追った。そこを巨大な野鳥が悠々と通り過ぎる。

 そのうち、つん、とほつれ髪が引っ張られる感覚がした。サリエラートゥの波打つ黒髪は、縛っていなければ腰ほどの長さである。


「空の色よりだいぶ面白い。来た甲斐があったな」


 言葉の節々から笑いが漏れ出ている印象がある。

 ごろんと寝返りを打ってみたら、案の定、奴は可笑しそうに口元を手の甲で隠していた。手の中には、うねる髪がひと房握られていた。


「――っ、『ばか』」

「ん? なんつった? その単語は記憶にないぜ」


 そんなはずはない。既に一度や二度くらいは罵ってやった気がする――


「うるさい! ヒサヤは、時々どうしてこう――うるさいっ」


 どんな表情をしているかこれ以上見られたくないので、胸に頭突きしてから、そのまま顔をうずめた。

 彼女は心の中でたっぷり五分は絶叫していた。

 その間、彼は特に声をかけるでもなく、彼女の髪をくるくると指先で弄んだりしていた。

 ほどなくして鼻唄が聴こえた。


「それは何の歌だ」

「忘れた。なんかのJ-popだよ。拓真ならアーティスト名わかるかもな」

「じぇいぽ」

「うるさかったか?」

「いや。うるさく、ない。もっと聴きたい」

「つっても、サビ部分もう終わったんだけどな……まあいっか」


 最初からまた口ずさんでくれたらしく、サリエラートゥは聞き入ることにした。

 やがて歌が終わると、パトゥ、と久也は静かに言った。

 その呼び方やめろ――反射的に噛みつこうとして、なんとなくやめた。照れ隠しに、なに、と短く応じる。


「ありがとな」

「何がだ」

「色々」

「……ん」


 たった一言に込められた想いを汲み取って、彼女は甘えるように少しだけほおずりをすると、瞼を下ろした。

うるさいのかうるさくないのかどっちなんだ! 暑いのにひっついてんじゃねえ(身もふたもない)


こいつらはおそらくこの時には付き合っていません。

で、この後いちゃでらぶしたのかというと、たぶん適当な邪魔が入って、しません(⌒∇⌒)


末永くナカヨクしてね。

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