第五話 夢幻戦夜 mugensenya (A)
第五話――――――――――――夢幻戦夜
大通りから外れた目立たない場所に位置する、言わば裏通り。
廃れた建物や、異様な雰囲気を漂わせる店屋が並ぶ、怪しげな通り。その中に占い屋はひっそりと佇んでいた。
外は無人のようで無人ではなく、
夜の闇に溶け込むように人影が隠れていた。
頭上には、雲一つ無い夜空に月が輝く。
ずっと様子を窺っていた人影が、行動を起こす。
無音で占い屋に近寄り、隣の建物との隙間を通って裏に回り込もうとし――――
「こんばんは。人の家の周りでこそこそするなんて、いい趣味してるわね」
闇の中から姿を現したリアナが、人影の動きを止めた。
そいつは月光の下に姿をさらすと、にやりと唇を歪めた。
「へっ、バレてたか。残念だぜぇ。せっかく驚かしてやろうと思ってたのによ」
「何のようかしら? ストーカーなら他を当たってくれる?」
リアナが、姿を現した男――――賞金首がかけられているほどの暗殺者であるオイディプスと対峙する。
「俺はなぁ、一度決めた獲物は逃がさない主義なんだよ」
一瞬で、空だったオイディプスの手にナイフが握られる。両手に三本ずつ。計六本。
「……あなた一人だけ? 仲間がいなかった?」
「あいつらなら、今頃女を捕らえに行ってるんじゃねえかなぁ。俺も行きたかったんだけどよぉ、こっちの方が楽しそうでさあ」
ナイフの刃が、きらりと月光に反射した。
「壁よ」
リアナが呟く。
すると、彼女目掛けて投げられた六本のナイフが眼前で速度を失い、落ちた。
「へへ……オマエ、いい女だな。しかも魔道士とキタ。こんなにおいしい獲物は久しぶりだぜ」
嘗め回すようなオイディプスの視線に、リアナは吐き気を覚えた。
「気持ち悪い男は、お断りね!」
ポニーテールを風になびかせ、両手を前に出す。
「刃よ!」
オイディプスの周囲から、夜の闇よりも暗い漆黒の刃が現れ襲い掛かる。
しかし、それをぎりぎりでかいくぐり、オイディプスは獣のような低い姿勢でリアナに突っ込んできた。
リアナがその場を飛び退き、同時に魔法を放つ。
だが、それよりも迫り来るナイフの方が早かった。
左腕と腹部に僅かな痛み。
喉から洩れようとする声を抑えたが、今の痛みで魔力を収束していた集中力が途切れた。そのせいで、放とうとした魔法がリアナの中から消え失せる。
そのまま、オイディプスに押し倒された。
「オマエみたいないい女を、このまま殺すのは惜しいなぁ」
下卑た笑いと共に服を引き裂かれる。リアナの白い素肌が露になった。
「っ……!? 変態! 何するのよっ!!」
必死にもがく。しかし単純な力の差で男に勝てるはずが無かった。
魔法を使おうにも、すぐ眼前でいやらしい目をして見下している男の目線を浴びたままでは、精神力の集中などできたものではない。これがメテュリーナならば、冷静に魔力を収束できるのだろうが。
「いい眺めだなあ! 早速遊ばせてもらうぜ」
オイディプスの顔が、リアナの発育のいい双丘に下りてくる。
(――――!!)
リアナは歯を食いしばった。
だが、
脳裏に浮かんだ最悪の展開には、全くならなかった。
眼前で男が――――炎に包まれたからだ。
(……魔法!?)
鮮やかな深紅の炎。
リアナはあまりに綺麗なその炎に一瞬魅入ってしまったが、すぐに我に返った。苦しみもがいて地面を転がり回るオイディプスに、魔法を放つ。
重低音を立てて現れた黒い球体が、炎ごとすっぽりとオイディプスを包み込んだ。
「最っっっっ低!!!!」
リアナが毒づいた次の瞬間、球体の中にいるオイディプスが豪快に血を吐く。
体を内部から破壊する魔法。闇魔法の中でも代表的なものである。
「がああああああああああっっっ!!!!」
オイディプスが断末魔の叫びをあげた。