蒼き明暗(I)
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「――――憑依? 人に霊やら悪魔やらがとり憑くあれか?」
真面目に話し出してくれたメテュリーナに安堵しつつ、アゼルは答えた。
「そう。ウェルエーヌ――――というかこの名前からしてもうおかしいんだけどぉ、それは後回しにして――――彼女はねえ、簡単に言えばとり憑かれているの。で、それによる影響も色々種類があるんだけど、彼女の場合、一見普通の美少女! なんだけど、ある時急に霊に体を乗っ取られちゃうのよ」
「はぁ? 乗っ取られる……?」
「ええ。発作みたいなものね。乗っ取られている間は、その人本人の意思は消えてしまって、霊の心、霊の思考に交代しちゃうの。『操られる』というよりは『支配される』って感じね」
「……」
思考を整理する。分かりやすく言えば二重人格のようなものなのだろう。
「それでぇ、強力な霊になると、一度支配されるともう二度と元に戻れなくなってしまうの。残酷なことに、彼女はこのパターンの確立が高いわねぇ」
彼女の、重いことをさらりと言うあたりの神経は尊敬に値する。
「何だよそれ……。その憑依は解けねーのか? あんたならその位できるだろ」
「解くだけならできるかもしれないけどぉ、成功率は低いわ。彼女の霊は特殊なのよねぇ。正確に言えば霊ではなくて悪魔。彼女に憑依している悪魔はかなり強力なものなの。特に高度な知識があるし彼女とほとんど同化しちゃっていて、下手すると憑依を解くと同時に彼女の命を奪われかねないわぁ」
「強力……って、その霊だか悪魔だかがウェルエーヌの体を支配すると、どういうことをするんだよ?」
普段から笑みを崩さないメテュリーナが無表情になる。アゼルは珍しいものでも見た顔をした。
「八年前……だったかしらぁ。山岳地帯にあったある村、そこが一晩で荒野になったわ。完全に覚醒したら大都市の二つや三つ、簡単に消し去る力があるでしょうねぇ。あの悪魔は」
□
「どうしたんだ? こんな夜中に……」
言ってから、暗闇に二人きりという場面を誰かに見られてしまったらまずいのではないかと思い至る。
だからというわけではないが、近くの窓のカーテンを開け、室内を明るくした。
月明かりが部屋に差し込む。
ウェルエーヌは、ベッドで体だけ起き上がっているライのすぐ前まで来ていた。
白銀の光に照らされたウェルエーヌは綺麗だった。
が、
「え――――?」
ライの視線は、
他のところに釘付けになった。
――――なにか、 ヨクナイものが視えた。
ウェルエーヌの背後、
そこに、ゆらゆらと煙のようなもやが立ち昇っている。
――――ズキン。
微かに、頭痛がした。
あのもやはヨクナイものだと、存在してはいけないものだと直感が告げている。
「ウェルエーヌ――――」
呼吸が苦しくなったのはその時だった。
物凄い速さで伸ばされた彼女の手が、ライの首を掴んだ。
「ぐっ!?」
そのまま、女性とは思えないほどの力で絞めてくる。
爪が肉に食い込んで、血が滲んだ。もがきながら彼女を見ると、ウェルエーヌの瞳は焦点が合っていなかった。
(これは――――!)
心の中でウェルエーヌに謝りつつ、ライは彼女を押し飛ばした。
手加減をしたとはいえ、鈍い音を立てて、華奢な体がベッドから吹っ飛ぶ。
「はぁ、はぁ」
ライはベッドから素早く飛び降りると、壁にかけている、『あるもの』に手を伸ばした。
槍。
彼が小さい頃からずっと扱ってきた種類の武器である。白色の柄にナイフの形状をした穂先を持つこの槍は、突きだけでなく斬りにも使える。
相手への牽制のためにその槍を掴んで構えると、起き上がったウェルエーヌが、片手を開いて前に突き出した。
「!?」
咄嗟に、嫌な予感がしてその場を飛び跳ねるのと、さっきまでいた場所の背後の壁が、押しつぶされたかのようにへこんだのは同時だった。