蒼き明暗(H)
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ベッドに寝転びながら、ライはぼんやりと天井を見つめていた。明かりは全て消して寝る方なので、部屋は真っ暗だった。
酒場は既に閉まっている。普段はもっと夜遅く、それこそ日付が変わるまで営業するのだが、週に一回、休日の代わりに早く店を閉める時がある。今日がその日だった。
「眠れないな……」
ごろんと体の向きを横にする。朝から忙しかったのにも関わらず、瞼は落ちてくれなかった。
ふと、蒼い花びらが脳裏によぎる。
「……エレンの花、だったよな」
ウェルエーヌがセリアからもらった花。綺麗な花。懐かしい感じのする花。
(まただ……なんなんだ? この違和感は)
脳の奥で、なにかがくすぶっている。
バンダナを外した額に手をやる。寝る時までバンダナをつけるなんてことはさすがにしない。
小さい頃から母親や、ハンターの仲間たちと世界を渡り歩いてきたのだから、エレンという花に見覚えがあってもおかしくはないのかもしれない。
しかしよく分からないが、その感覚とはどこかが違うのだった。
(母さん……)
既に暗闇に慣れた目を細くし、深く思案の渦へと潜っていく。
『あんたの体は、健康だけど、普通ではない』
いつだったろうか、
かつて母親が言った言葉。
どういうことか全然分からなかった。
自分は健康な上に、体も鍛えている。
重い病気にかかったこともなければ、持病もない。
異状な部分など何も無かった。
無いはずだ。
今でもあの言葉の意味は、全く見つけられてない。
「ウェルエーヌ……」
意識せずに呟いた名。それは、誰だ?
腰まで届く蒼い髪。儚き花を連想させるその姿。
悲しみを宿した蒼い瞳は、常に現実とは違うどこかを映しているようで、不思議と気になる少女。
彼女のことだ。
――――ギシ、ギシ
と、廊下から聞こえた足音で我に返った。
「ボベックか……?」
トイレかと思ったが、トイレはライの部屋とは逆方向にある。それ以前に一階に寝ているボベックがわざわざ二階のトイレを使いに来ることはおかしい。なら、他の部屋になにか物でも取りに来たのだろうか?
耳の側でアゼルの姿をした蝶ほどの大きさの悪魔が「女の部屋に夜這いじゃねーか?」と囁いた。
(そんなわけないだろっ)
手でそれを握りつぶすと、ライは廊下に耳を澄ました。
足音は、ライの部屋の前で止まったようだった。
「?」
ぎいと、扉が開けられると同時に、人影が入ってくる。それは、ボベックではなかった。
「ウェル、エーヌ……?」
闇が覆う部屋の中、ライに向かって歩いてくる人影はウェルエーヌだった。