蒼き明暗(E)
「セリアさんのこと……好きなんですか」
真剣な口調。蒼い瞳が真っ直ぐにライを見据えている。
「え、え? いきなりどうしたんだ……?」
「答えてください」
人の流れが、二人をかわしていく。こちらを気に止める者など誰もいない。
ざわめきと雑踏だけが耳に入る。
――――セリアのことが、好きなのか。
冗談を言って流せる状況ではないようだった。
夕日が少女を照らす。オレンジに彩られた彼女の真摯な表情は、美術画のように魅力的で、思考が麻痺してしまいそうになる。
「お二人さん、こんな道の真ん中で何突っ立ってるんだ?」
それは偶然。脇に、気さくそうな顔を訝しげにした男が立っていた。
「ジャムシェド――――」
「医者の所から帰る途中だったんだが、こりゃあまた大した美少女を連れてるなぁライ。仕事の他にも、やることしっかりやってるじゃねえか」
「あのな」
「見詰め合うのは構わねぇが、もっと場所は選んだほうがいいぜ?」
ジャムシェドは、ライにへらへらと笑うと、呆然としているウェルエーヌの前に行った。
「始めましてお嬢さん。俺は警備所で働いているジャムシェドってんだ。ライとは仕事で知り合った仲さ。よろしくな」
妙にさわやかな態度で、ジャムシェドは左手を差し出し握手を求めた。
「あ、あの……ウェルエーヌ、です。こちらこそよろしくお願いします」
ウェルエーヌも握手しようとして――――手袋を外せばいいのか迷ったようだった。
礼儀正しいのか、几帳面なのか。おそらく両方だろう。
(確か指輪をはめていたのは……)
結局ウェルエーヌは手袋をはずして、ジャムシェドの手を握った。
――――左手。その細い中指には、指輪。
警備所の人間ならば、ハンターの間の噂ぐらい耳に届いているだろう。異常なほど高額な報酬がかけられている依頼があればなおさらだ。
握手は二秒とたたずに終わった。
今の行為は、無防備なものだっただろうか。
「さて、俺はもう行くぜ。あまり二人の邪魔をするわけにもいかねぇしな」
ジャムシェドが背を向ける。
(気付かなかったか……?)
握手の時に、指輪がどんなデザインの指輪かまで凝視するなんて普通はしない。
どこにでもある、アクセサリー屋のファッション用の指輪だと思ったのかもしれない。
だが、知り合ってから日は薄いものの、ライはこの男が他人よりも異常に『勘』が鋭いということを理解している。油断はできない。
ジャムシェドが人の群れへ立ち去る。
が、五歩ほど足を進めて――――そこでぴたりと止まり、振り返った。
「ライ」
「……何だ?」
やはり、気付かれていたのか。
疑念を抱き警戒しながら、平静を保つ。
「これは俺のカンだが……怪我には注意した方がいいぜ」
が、予想ははずれ、返ってきた言葉はいつもの、彼お得意の『勘』だった。
「は? あ……ああ。覚えておくよ」
拍子抜けするライをよそにジャムシェドは去っていく。
完全にその姿が消えてから、ライは肩をおろして安堵した。
「はぁ〜」
「ライ……ごめんなさい。手袋をしたままじゃ、失礼かと思って……」
ライへの目線を下にずらし、ウェルエーヌが節目がちに謝る。
「いや、謝らなくてもいいよ。さすがに焦ったけどな」
もし指輪のことに気付かれていたら、どうなっただろうか。
ふと、そんなことを想像した。
金は人の心を簡単に動かす。魔法のように。
ハンターとして生きてきて、金の魔力は嫌というほど味わってきた。貧しい家の老人から裕福な貴族、さらに王都の騎士まで、多くの人が金を前にすると己の欲望を露わにする。
軽蔑はしない。金はそれほど恐ろしい魔力を秘めたものだから。
ライ自身は、人並みに生活していけるだけの金があれば充分だと思っている。金欲に惑わされたことなど無い。だが、世の中にはどうしても金を必要とする者もいる。身内の病気を治すためであったり、借金を返すためであったり、離れ離れになった兄妹を探しに行くためであったり。
(あいつも……その一人だったな)
再び手袋をはいたウェルエーヌと並び、ライは家に戻った。
ジャムシェドのおかげで中断された、彼女の問いに答えぬままに。