蒼き明暗(D)
「今日は、楽しかったです」
買い物も全て終え、家に帰る途中。二人は絶えることのない人の群れに紛れて、家路を辿っていた。
両手いっぱいのパンを抱えた主婦が、子供を連れて通り過ぎていく。敷物を敷いて露店を開いている親父が、腕を組んで寝ていた。
空では、夕日が街を赤く染めている。
「こんなに充実した一日は、久しぶりでした」
赤く照らされたウェルエーヌが、嬉しそうに隣を歩く。手には、エレンの花があった。
「俺は疲れたよ」
苦笑しつつ、巻いているバンダナのずれを直す。正直なライの感想に、ウェルエーヌは微笑んだ。
その微笑みで、すこし疲れがとれた心地になる。
話しながら歩いていると、急ぎ足で来た男性がウェルエーヌの肩にぶつかった。
「きゃっ」
「おっと」
はじかれたウェルエーヌを支える。男性の方は謝りもせずに行ってしまった。
「大丈夫?」
「あ……、は、はい……。ありがとうございます……」
俯きながら、ウェルエーヌはライの胸に手を当てて離れた。頬が赤いのは夕日のせいだろうか。
「あの……」
「ん?」
ぽつりと呟いたウェルエーヌに顔を向けると、数種類の感情が混ざった表情で、彼女はエレンの花を眺めていた。
「セリアさんからもらったこの花……」
「エレンの花、だったよな」
「はい。私の母が一番好きだった花が……この花なんです」
彼女がどんな想いをその花に持っているかは分からない。ただ、とても大切なものだということはライに伝わってきた。
「綺麗な花だな……。見た目も、名前も」
鮮明に心に映る、蒼い花びら。
鈴の音のように耳にこだまする、その名前。
「なんだか……変な感想だけど、懐かしい感じがするんだ。始めて見たはずなのに」
「…………」
気のせいだろうか。
ほんの一瞬、ウェルエーヌの顔が痛切に歪んだように見えたのは。
「一つ、聞いてもいいですか?」
ウェルエーヌが、足を止める。
二歩ほど先に進んでいたライは、彼女に振り返った。
「なんだい?」
「セリアさんのこと……好きなんですか」